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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~十二の預言詩篇~
889/918

360話 サルーディーバから、サルーディーバへの手紙


 ――前略、アンスリーノ様。


 この手紙があなたに届くころには、わたしはもうこの世にはおりませぬ。しかし、わたしの死がニュースとなってあなたに届くことも、あなたの周囲の者が気づいて、あなたに知らせるということもありませぬ。


 わたしの死は、だれも知ることがありません。知るのはあなたと、あなたが話すがゆえに知るアンジェリカと、哀れな名無しの娘、アンジェリカの姉だけでしょう。


 なぜなら、わたしの死は秘されるからです。おおよそ、十二年のあいだ。

 現在のL03の状況を(かんが)みるに、それが可能だとサルディオーネたちは判断した。


 わたしの死は秘される。そう、十二年の間――あなたとアンジェリカの子が、L03にやってくるそのときまで。

 

 わたしは死にます。この身を焼き、ラグ・ヴァダの武神の亡骸(なきがら)を葬りましょう。


 L05から来たすべての神官は倒れ、数少ない王宮を守る神官たちも焼かれた。太陽と真昼の神の神殿の大僧正であった御方も、武神の亡骸によって粉々にされた。

 

 なんという力、なんという恐るべき執念。カケラとなった亡骸でさえ、絶大なる力を誇る悪神よ。


 だが、まだわたしがいて、パウルと申す僧がいて、サルディオーネ二名がいる。


 パウルとともに武神のもとへ向かいます。おそらく、二度と帰ることはないでしょう。


 思えば、わたしは、先だっての王宮封鎖の際に生きながらえたことが不思議でした。

 けれども、今ならそれが分かります。

 わが命は必要であった。


 ヒュピテムはあなた方の子に仕えるよう、ユハラムとモハにL03の近代化を、ふたりのサルディオーネに、古きものと新しきものをつなぐ役割を託すため。


 新しき世についていけぬものは、いつでも大勢いるものです。その者たちをも、不幸にせんがために。


 わたしと長老会があなたに送った手紙に、あなたがお怒りになったことはよくわかっています。大層失礼なお手紙をさしあげたと、わたしも思っています。


 あなたの妻とすることによって、あの子をサルーディーバではなくしていただきたい――そうして欲しいと願ったのは、長老会ではなくわたしでございます。


 長老会の者どもは、放っておけば、あの哀れな娘の正気がなくなるまで利用しつくし、(おとし)めたことでしょう。あなたが想像するより、ずっと長老会は残虐で、ひとの感情を持たない組織であります。

 

 そう、まるでラグ・ヴァダの武神の手先のようでありました。


 あの子を宇宙船に乗せたことを、わたしは後悔しておりません。

 あなたに、ぶしつけで、下劣なことを申しましたことも。

 けれども、わたしは下劣とは思いませなんだ。なぜなら、あなたが必ずあの子を慈しんでくださると、知っているからです。


 真実、あの子を愛してくださると、わたしは知っていました。

 そこに真実の愛が育まれれば、下劣ではないとわたしは考えました。なにせサルーディーバという者は、ひとの感情を越えるように要求される。あの子は恋もできぬ身でありますし、その想いの持て余し方すら知らぬ。

 あなたに、あの子を、ひとに戻してやってほしいとわたしは思ったのです。


 けれども、あなたがアンジェリカを選ばれたことも、また運命。

 どうか、どうか、アンジェリカを幸せにしてやってくだされ。

 あの子もずっと、自分の容姿に苦しみを持っていた子でございました。どちらかを選ばねばならなかったことは明白。

 それでいいのでございます。

 でもどうか、アンジェリカの姉にも幸せがあるよう導いてやってくださいませ。


 アンジェリカの姉はあわれな娘でございます。

 もはや、サルーディーバ以外に、あの子を呼ぶ名はございません。

 サルーディーバとして、赤子のころから育てられ、女であるがゆえにサルーディーバにはなれぬ。


 いいえ――もっとも(むご)いことは、サルーディーバという存在が、偽物であると知ることです。

 われわれサルーディーバが、かならず通らねばならぬ道。

 歴代つづいてきたサルーディーバというものの存在が、無意味であると知ること。


 われわれは、まず、自分をすら否定せねばならぬのです。

 もはや象徴ですらない――主権もなく、長老会に立てられ、操られる存在。

 ひとでもなく、神でもなく、それでは自分とは何なのか。

 サルーディーバとなる者は、生涯ずっと、自分という者の存在に悩み続けるのです。


 われわれサルーディーバは、偽物です。

 もともと、地球人がL03の民を従わせるためにつくった象徴。

 この星にもとから住んでいたラグ・ヴァダの女王も、サルーディーバという御名であらせられた。

 地球にもサルーディーバという永遠の命を持つ者がいた。

 だから、その名をつかっただけのただの地球人に過ぎません。

 われらL03のサルーディーバは、ほんとうの地球のサルーディーバの子孫にあらせられる、あなたの偽物です。


 われわれはただの傀儡(かいらい)に過ぎぬことを。

 不可思議な力とて、悪神ラグ・ヴァダの武神がもたらしているにすぎないことを。

 だれよりも聖なる者であることを求められ、悪の力を借りる。

 そのことに崩壊してゆくサルーディーバも少なくありません。


 無論、本物のマ・アース・ジャ・ハーナの神もおられる。けれども、悪意に満ちた世界では、どうしても、ラグ・ヴァダの武神にあやつられることが大きかった。

 そして、L03は、そのような世界だったのです。


 けれどもわたしは、自分の生を無駄とは思っておりませぬ。

 あわれなわたしの跡取りを、解放すること――。

 新しいL03を導くこと。

 そして、わたしの死によって、アンジェリカをも解放すること――。


 思えば、それこそが、いまやラグ・ヴァダの武神が滅ぶ証なのかもしれません。

 (まこと)なるマ・アース・ジャ・ハーナの神や、ラグ・ヴァダの女王の(おぼ)()しかもしれません。

 すくなくとも、わたしはそう感じています。


 アンジェリカに告げて下され。

 どうかこれからは、腹に宿った、新たなるサルーディーバにお仕えせよと。

 アンジェリカも、姉も、エルバ家の娘。

 そう――三ツ星のきずなであるメルーヴァ姫の産んだ、イシュメルの正統なる子孫。

 すなわち、ふたりの産んだ子は、イシュメルであると。


 そして、地球のマ・アース・ジャ・ハーナの神話にある、永久に旅する老人、サルーディーバの子孫は、まぎれもなくあなた――アンスリーノさま。

 アンジェリカとあなた様ふたりのお子は、イシュメルであり、真のサルーディーバであるのだということを。


 これからのL03は、わたしには見えぬ。

 ふたりのサルディオーネは見えているようだが、それでも複雑な糸が絡み合い、混沌(こんとん)としてはっきりとはわからぬようだ。

 あなた方のお子が、成人したのち、どのようになるかはわたしにもわからぬ。

 十二年――わたしの死が秘されるあいだ、L03がどう変貌していくのか。

 サルーディーバという象徴はなくなるのか、象徴はまだまだ必要とされるのか。

 けれども、今たちどころにL03から象徴が消えゆくわけにはまいりません。

 それゆえ、わたしは死してもなお、象徴としてL03にありましょう。


 もし、あなたのお子がL03に降り立ったなら、そのときこそ、やっと、本物のサルーディーバがL03を治めるときが来たと言えるのでしょう。

 

 サルーディーバにすべてを捧げると誓ったアンジェリカ。

 わたしが生きているかぎり、アンジェリカは、この地へもどらなくてはならない。

 誓いは誓いです。守らねばなりません。

 あの子の姉の幸せを願い、サルーディーバという立場から解放してやろうとすれば、アンジェリカがL03へもどるよりほかなくなる。

 アンジェリカがL03にもどれば、あの子の姉の孤独は、深まりましょう。

 わたしは、ふたりのあわれな姉妹に救いがないものか、ずっと考えておりました。


 けれども、マ・アース・ジャ・ハーナの神は――真実の神は、お見捨てにならなかった。

 歴代のサルーディーバの想いを()んでくださった。

 あなたとアンジェリカが地球行き宇宙船で出会ったことが、すべてのはじまりだったのでしょう。

 これからアンジェリカは、腹の中の子に仕えればよい。

 L03にもどる必要はありません。

 アンスリーノ様、あなたと健やかな家庭を築き、幸せに暮らしていくことを、この老木は望んでおります。


 ただ、心配なのは、あわれなわたしの跡取りだった娘。

 運命よ、神よ――哀れな子羊を見捨てたもうな。

 わたしは、それを願い、旅立ちます。

 もうゆかねばなりません。

 王宮を焼くわけにはゆかぬ。王宮から出られぬ二名のサルディオーネがいる。ではわたしは行きます。黒雲が、街に広がってゆく。いけません、止めねば。


 どうぞ、お達者で。


 アンスリーノ・マ・アース・ジャ・ハーナ・サルーディーバ様


 サルーディーバ




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