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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~十二の預言詩篇~
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359話 賑やかな別れと、密やかな別れ 2


「……エーリヒ、降りちゃうの」

「うん」


 エーリヒはあっさりといったが、ルナとミシェルの顔がみるみる泣き顔に歪むのを見て、焦ったように――表情筋は変わらなかったが――手を組んだり、膝に置いたりした。


「いつ降りるの」

「来週には」

「――そんなに早く!?」


 ルナたちが絶句するのも、無理もなかった。すでにルナたちに別れを告げた人間がたくさんいたからである。

 マミカリシドラスラオネザが、明日母星に帰る。そして、バーガスとレオナ、チロルも、メフラー商社のメンバーと一緒に帰ることが決まったばかりだった。

 エーリヒが降りるというなら、ジュリも降りるのだろう。


「マタドール・カフェのミルク・セーキを飲んでから降りたかったが、そうもいかんようだ」

 マタドール・カフェの開店は、まだまだ先だ。

「君たちに会えてよかった」

「――!」


 エーリヒの口から出た、確実な別れの言葉に、ふたりは絶句した。


「――マジで」

「マジで」


 エーリヒは、しかたなくうなずいた。


「うそでしょおおお」


 ミシェルは遠慮なく泣いたが、ルナは口をとがらせたまま、うつむいていた。


「――お別れじゃないもの」

「ルナ」

 ルナは、真っ赤な目でエーリヒを見た。

「これで、お別れじゃないの。だって、あたしは、宇宙船の役員になって、四年に一度の出航前には、かならずエーリヒに会いに行くの」

「……!」


 これには、エーリヒのほうが驚いたようだった。彼は、小さく言った。


「……それは、ずっと私の友人でいてくれるということかね?」

「「あたりまえじゃない!!」」


 ルナとミシェルは、口をそろえた。そして、ふたりは、想像を絶するものを見た。あとで、クラウドたちに言っても、だれにも信じてもらえなかった。


 ――エーリヒが、微笑んだ、なんて。





 別れの日は、瞬く間に訪れた。


 ケンタウル・シティのスペース・ステーションには、大勢の人間が――ラグ・ヴァダの武神と戦った仲間たちが、マミカリシドラスラオネザの見送りのために集まっていた。


「まさか、君が船客だったなんて」

 クラウドは素直に驚きを口にした。

「ふふ……わたしの貫録(かんろく)では、勘違いするのも仕方あるまい」


 マミカリシドラスラオネザとベッタラは、ラグ・ヴァダの武神との決戦のために、ペリドットが担当役員となって招いた船客であったと、皆が知ることになったのは、すべてが終わってからだった。


 マミカリシドラスラオネザを母星L42まで送るのは、ペリドットではなく別の役員だったが、見送りにはペリドットも来ていた。戦友勢ぞろいの見送りに、マミカリシドラスラオネザは上機嫌だった。


「そなたに名を呼ばれるのもこれでしばらくないかと思うと、胸が痛い……」


 常にオーバーリアクション気味のエラドラシス最強の呪術者は、クラウドの手を離さず、涙ぐんでいた。


「あは……じゃあ、最後にもう一回だけ」


 クラウドは、ここに来て、すでに10回以上も彼女の名を呼んでいた。「クラウドに名を呼ばれるまでは宇宙船には乗らん!」と彼女が駄々をこねたためだ。クラウドは、すでに喉も枯れ塩梅(あんばい)だったが、心を込めて、もう一度、彼女のフルネームを呼んだ。

 五分以上の詠唱が終わると、マミカリシドラスラオネザは、頬を真っ赤にして、ようやく立った。


「クラウドよ」

「うん?」

「われわれがそなたに、かなえると約束した三つの願い、決して忘れるでないぞ」

「ああ」

「一難あるときは、かならずわたしを呼べ。力になろう」

「ありがとう」


 マミカリシドラスラオネザは、クラウドと力強く握手をした。


「マミカリシドラスラオネザさん、ほんとうにありがとうございました。あなたは、わたしたち親子の恩人です」

 セシルとネイシャも、深々と頭を下げた。


「宇宙船を守った褒美を、マ・アース・ジャ・ハーナの神から頂戴したようだな」

 セシルの目がはっきりと見えるようになったことを、マミカリシドラスラオネザも知ったようだった。

「許された生を、精一杯、生きるがよい」

 マミカリシドラスラオネザは、親子を祝福するかのように、肩を抱いた。


「そういえば、ルナ・D・バーントシェントと、ミシェル・B・パーカーがおらぬが……」


 ふたりの姿が見えないことを、マミカリシドラスラオネザは残念がっていた。クラウドは、苦笑しつつ、言った。


「もうすぐ来るよ――あ、来た来た」


「マミカリ、」

「しどらすらおねざさ~ん!!!」


 感涙ばかりの別れの涙の中、気が抜けるような声。ロビーを、一生懸命走ってくるウサギとネコのほうに、だれもが視線をやった。


「ま、まにあった……」

「ふひえ……」


 ミシェルも膝に手をついて息を整え、ルナは汗みずくで、マミカリシドラスラオネザにひと抱えもありそうな箱を突き出した。


「はい!」

「わたしにか」

「うん!」


 すでに、おつきの者は、別れの花束やら贈り物やらを両手いっぱいに持たされている。マミカリシドラスラオネザは、ルナから直に受け取って、箱から香る香ばしい匂いに笑みを浮かべた。


「これは――エビフライではないか!」

「エビフライの宴会をするまえに、お別れになっちゃったでしょ?」

「覚えていてくれたのか」


 ミシェルの台詞に、マミカリシドラスラオネザは嬉しげにうなずいた。


「ほんとは、自分たちで作りたかったんだけど、」

「いま泊まってる場所はキッチンがなくて」

「お願いしたら、ホテルのシェフさんがつくってくれたの」


 ルナとミシェルは、かわるがわる言った。

 いつもルナたちがつくっているエビフライとは違い、なんだか倍もありそうなエビの豪華絢爛大迫力フライだけれども、ちゃんとタルタルソースもつけてもらった。


「ありがたいことだ……!」

 マミカリシドラスラオネザは、感涙し、ふたりを抱きしめた。

「いつかかならず、わたしの住むラージャ村においで」

「うん!!」


 何度も何度も振り返って、別れの言葉を叫ぶマミカリシドラスラオネザは、周囲に急かされるようにして、宇宙船に乗っていった。


「やれやれ。大騒ぎだったな」

 バーガスが、たくましい肩をすくめて言った。


『午後三時十五分発、E353行きの搭乗ゲートが開きます』

 アナウンスが流れた。次の便で、バーガスたちが帰るのだ。


「ルナちゃん、ミシェルちゃん、ほんとに楽しかったよ」


 レオナが、ルナとミシェルをまとめて抱きしめたのに、ついにふたりは泣いた。

 メフラー親父とアマンダ、デビッドは、一日前の便で出立していた。アマンダが、一日遅らせて、ルナちゃんたちに挨拶していこうよと言ったのを、メフラー親父が首を振ったのだ。

 一度、E353で別れの言葉を告げている。何度も別れなければならないのは、年寄りにはきつい、とメフラー親父は言った。

 だが、バーガスたちが一日遅れで出るのには、なにも言わなかった。


「ばーがしゅしゃん……」


 K38区の屋敷で熱い誓いをしたときのように、再びバーガスの巨大な手とうさこのちいさなおてては、がっしりと組み合った。


「ルナちゃん、キッチンは、おめえの手に委ねたぜ」


 ルナはたくさんバーガスに料理を教わった。K38区の屋敷で、みんなと過ごした思い出は、だれにとっても忘れられないものだった。


「バーガスさんのオムレツがもう、食べられないなんて……!」

「L18に食いに来な。ミシェルちゃんのためだったら、いつでもつくるぜ」

「うわーん!!」


「ルナちゃん、ミシェルちゃん、チロルを可愛がってくれてありがと」

 ピエトに会えないのだけが心残りだよ、とレオナは言った。


「セシル、元気でね」

「レオナも――ほんとにありがとう」

 屋敷で、一番仲が良かったふたりだった。


「ネイシャも、一足先にあたしら、L18で待ってるからね!」


 ネイシャは、地球に到達後、メフラー商社のもとで傭兵になる道を歩むのだ。メフラー親父とも、約束した。


「うん! レオナねーちゃん、ありがとう!」


「まさか、おまえらが残って、バーガスたちが降りることになるとは……」


 バグムントが、納得できない顔でいつまでもつぶやいていた。バグムントは、降りるならアズラエルとクラウドだと思っていた。バーガスたちは、グレンのボディガードとして乗ったわけで、たしかにもうその心配はなくなったわけだが、彼らはメフラー親父に降りることを強制されたわけではない。そのまま、地球に行くと思っていた。


 バーガスとレオナも、ほんとうは、このまま地球に行くつもりでいた。ラグ・ヴァダの武神との決戦直前までは。

 そして、今も、メフラー親父に「いっしょに帰るぞ」と言われたわけではなかった。


 だが、彼らも、もどらざるを得なくなったのだ。

 ふたりに決意をさせたのは、「ユージィンの死」であった。


 決戦が終わって一週間――ついに公開されたふたりの人物の死は、全世界を大きく揺るがした。


 ひとりは、「革命家メルーヴァ」。

 もうひとりは、「ユージィン・E・ドーソン」である。


 エーリヒが、いち早く降りる決意をしたのも、マミカリシドラスラオネザが、エビフライの宴会を待たずして降りることになったのも、同じ理由だ。


 革命家メルーヴァの死も、大きく取り沙汰(ざた)された――だが、まるで比べ物にならないくらいの重大さで取り上げられたのが、ユージィンの死だった。


 アストロスを震撼させた革命家メルーヴァの死は、三日、新聞をにぎわせて終わった。


 ラグ・ヴァダの武神ときたら、あの苛烈な戦いはいったい何だったのかと思うほど、闇に葬られ、表ざたにはされていない。表ざたにしようにも、あの不可思議な黒もややイアリアスの駒は、だれのカメラにも映っていなかったのだからしかたがない。


 それよりも、なによりも、ユージィンの死亡が世界にもたらした影響のほうが、はるかに大きかった。


 軍事惑星の状況は、一変しつつある。

 それに(ともな)い、L4系の原住民も不穏な動きを見せ始めている。


 マミカリシドラスラオネザの故郷もそうだった。彼女の村の周囲がきなくさい状況になってきたので、彼女は故郷に呼ばれ、バーガスたちも、「地球なんて行ってる場合じゃねえ」ということになったのである。


 メフラー親父たちも、帰路を急いでいた。

 どう考えても、ひと波乱ありそうだった。


 エーリヒはいわずもがな――だが、L18の心理作戦部は、文字通り崩壊したと言っていいだろう。今はアイリーンが預かっていて、「貴様の帰還を待つ」とエーリヒに言ったが、彼がL18で、心理作戦部の立て直しを(はか)るとは思えなかった。


「さよなら! バーガスしゃん、レオナしゃん、ちろるちゃーん!!」

「また会おうね!」

「おう! かならず遊びに来いよ!」

「元気でね!!」


 バーガスとレオナがチロルを抱いて、バグムントとともに搭乗口へ向かっていくのを眺め、クラウドは軍事惑星のこの先を思った。




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