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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~十二の預言詩篇~
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357話 逢瀬の霧 2


 そのクラウドは、エーリヒとともにしばらく対局席に座っていた。すでに、どの画面も消え、ブラックライトだけが控えめに、クラウドとエーリヒの足元を照らしていた。


「……生きてるね」

「すくなくとも、死んではいないと思うが――ほかの人間に会うまでは信用しかねる」

「俺たちは、お化けだって?」


 クラウドの苦笑に、エーリヒは肩をすくめることで返した。


「……みんな、だいじょうぶかな」

「犠牲者は少ないほうがいい」


 ふたりは、真っ暗な天井を仰いだ。


「喉が渇いたな」

「そうだね。できれば、マタドール・カフェのミルク・セーキか、ショコラを」

「このボロボロのときに、そんなクドそうなものを?」

「ならば、ストロベリー・ソーダ」

「それなら賛成」


 ふたりは、イアリアスのアトラクションから、ようやく出た。クラウドが放出した水は、あまり意味をなしていなかった。彼は水源の蛇口を止め、ゆっくり歩きだした。

 火はない。だが、どこもかしこも炭になっていた。廃墟らしかった遊園地は、今度こそ、完全に廃墟になっていた。

 ラグ・ヴァダの武神との決戦が終わった今、この遊園地の役目は終わった。ついに新しく建て直される日が来るのかもしれない。

 今後を考えるより先に、この乾いた喉を潤すほうが先だった。


「りんごの建物に冷蔵庫があったと思ったけど――」

「いや、クラウド」


 エーリヒが、上空を見上げていた。白い外装に、金色の派手な龍の模様がついたヘリコプター。ララの私用機に違いなかった。


「救助が来た」

 




「ナキジン!」

「しっかりせえ、ナキジーン!」


 さすがに百年分も寿命を与えたナキジンは、もはや寿命が尽きたかに思われたが、元気そのものの二百六十歳は、いきなり起き上がった。


「おお! びっくらこいた」

 彼は、無傷のハゲ頭をつるりと撫でまわした。

「百年分も寿命塔にやっちまう夢を見たわい」


「「「「現実や!」じゃ」だよ!!」」」」


 周りにいた全員が、もれなく突っ込んだ。


「だ、だいじょうぶなんか。ナキジン!」

「おう? ヘーキじゃ」


 ナキジンは、たしかにピンピンしていた。それ以上年を取った気配も、若返った気配もない。


「あんたに、百年以上も寿命が残ってたってことが驚きだよ」

 バグムントも呆れ声で言った。

 

 商店街の惨状は、すさまじかった。階下から見る限りでは、真砂名神社も半分が焼け焦げていた。


「ミシェルちゃんがいないわ」


 ヴィアンカが気づいて慌てたが、カンタロウが「心配いらん」と言った。

 真砂名(まさな)神社の拝殿では、仰向けに倒れて意識を失っているアントニオを、キスケたちが助け起こしたところだった。


「みんなあーっ! 無事か!」


 拝殿から、オニチヨの大声が聞こえた。ついで、フサノスケに背負われたイシュマールの姿が。


「だいじょうぶじゃー!!」


 だれよりも元気なナキジンの声が大路に響いた。そこへ、ララの救助ヘリが、盛大な音を立てて着地した。


「ご無事ですか――船内に残っていた方々は、全員ここに集まっておられると聞きましたが」

「ええ。間違いないわ」

 ヴィアンカが言った。


「ケガ人の救助を優先に――急げ!」

 救急隊員は、すぐさま階段の側面を上がっていく。


 大路の入り口の鳥居に、黒いリムジンが横付けされた。

 そこから降りてきた黒服の男たちの姿に、ヴィアンカの顔が強張った。

 全員が、黒いスーツに革靴、フロックコート。特徴のないシンプルな黒いサングラスをかけ、黒いホンブルグ・ハットをかぶっている。背格好もほぼ同じで、まるで見分けのつかない五人の男が、まっすぐにこちらへやってくる。


「――“イノセンス”が、どうしてここへ」





 ミシェルも、目を覚ました。身体が揺れている。倒れていたミシェルを、心配そうに覗き込んでいたのは、どこかで見たことのある――しかし、会ったことがない少女だった。


「――!!」


 ミシェルは飛び起きた。ミシェルが乗っているのは、荷台の上だ。これは馬車だろうか。そりの荷台? 空を飛んでいる――。

 馬を駆っているのは。


「セプテンおじーちゃん……」

 ミシェルは、眼下に広がる海を見て、叫んだ。

「え? ここどこ? あたしなにしてた?」


 あちこちを見渡し――「どうなったの?」と、めのまえの、少女に聞いた。


「ここは、アストロス」

「え?」

「ぜんぶ、終わったのよ――グングニルの槍で、ラグ・ヴァダの武神は滅びたわ。完全に」


 ミシェルは、少女とともに、彼方にある山岳を見つめた。そこには、山岳だった空間があった。山岳は欠けていた。長く連なる山脈の端が、削られたようになくなっている。


「……」


 ミシェルの記憶は、千転回帰でアントニオが爆発を起こしたときから止まっていた。

 セプテンおじいさんは、後ろを振り返って微笑んだ。

 ミシェルは、いっしょにそりに乗っていた黒髪の女の子を見つめた。とてつもなく綺麗な女の子だった。彼女も目を潤ませて、ミシェルを見つめていた。


「あの――」

「私、マリアンヌよ」

 彼女の目から、ついに涙がこぼれた。

「覚えているわ。あなたが、私のお墓に、クラウドと来てくれたこと」


 ミシェルは、目を見張った。

 マリアンヌの身体が、虹色に輝きながら消えようとしている。ミシェルは慌てて、彼女の手を取った。


「私、もう行かなくちゃ」


 マリアンヌは言った。そろそろ、シェハザールたちを迎えに行かなければならない。彼らは今、アストロスを彷徨(さまよ)い歩いていることだろう。メルーヴァを捜して。


「あた、あたしね、あなたと、はじめて会った気がしないの!」


 ミシェルは叫んだ。本当の気持ちだった。ずっとずっと、ZOOカードの世界で会っていた。ラグ・ヴァダの武神との決戦まで、ずっといっしょにがんばってきた仲間だと、ミシェルはそう思っていた。

 消えゆくマリアンヌを目の前にして、たくさんの言葉は言えなかったけれども、それだけは伝えたかった。

 マリアンヌは、嬉しそうに微笑んだ。

 彼女はみるみる、消えていく。光となって。


『今度出会うときには――』

「うん――」


 いっしょにしたいことが、山ほどあるの。

 私も、ルナやあなたや、アンジェたちと一緒にお茶をしたかった。リリザの遊園地で遊んだり、女の子の話をしたかった。


 彼女は、そう言おうとしたのだと思う。

 ミシェルには、半分しか聞こえなかったけれども。

 




 ルナは、クルクスの入り口で、待っていた。

 さっきまでは、メルーヴァを。

 今は――アンジェリカを。


 霧がますます深まってくる。

 それは、ルナが願ったことだった。

 黙っていれば、すぐにL20の軍隊がメルーヴァを捜しに来てしまう。メルーヴァは、L系惑星群の指名手配犯の革命家なのだ。たとえ死んでいても、すぐに連れて行ってしまうだろう。

 ルナは、少しの時間だけでも、アンジェリカとメルーヴァを会わせたかった。

 L20の軍隊にメルーヴァが連れて行かれてしまっては、それもできない。


「うんしょ」


 ルナとアズラエルは、メルーヴァを静かに横たえた。

 メルーヴァは、重かった。抜け殻になってしまったはずの身体は、想像以上に。

 彼の目は閉じられている。ルナはそっと、彼の頭を膝に乗せて、座り込んだ。アズラエルがルナの肩に、自分が着ていたガウンをさらにかけてやった。


(アンジェ)


 ルナは、なにも見えない霧の向こうに、呼びかけた。


(早く来て)




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