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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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356話 バラス 3


 地球行き宇宙船を核とした太陽は。

 まるで、船内を燃やし尽くしていた炎をすべてエマルに注ぎ込むように、コロナを燃やし、色めき立った。

 エマルがまとう炎が、小爆発を起こした。

 フィルズの黒い炎を飲み込むように、爛々(らんらん)と燃えさかる朱色と赤の乱舞――。

 

『あたしは、まだ現役だよ!』


 押されていたエマルの威勢がよみがえった。ビリビリと大気さえ震わせるエマルの声が、アストロス全土に響いた。


『息子にゃァ、まだ負けないよ――よく覚えときな!』


 エマルのコンバットナイフが、ついに、炎をまとって、ツァオの首を横殴りに一閃した。

 太陽の火が、厚く覆った黒雲を、引き裂いた。

 だれも、触れることすらできなかったフィルズが、攻撃を食らった。フィルズの巨大な身体が揺らめく――瘴気がぶわりと縮み――膝をついた。


『あたしは、アダム・ファミリーのエマルだよ!!』


 指先で回したコンバットナイフが、フィルズの胸に突き立てられた。


「――!!」


 シェハザールの瞠目(どうもく)に遅れ、ツァオの口からすべての瘴気が迸って、天に突き抜けた。

 フィルズが足元から瓦解(がかい)していく。

 黒い鱗が剥がれ落ちるように鎧はこぼれ落ち――ツァオの姿が現れた。ツァオの姿をした黒煙は、空中に溶けていくように、消えた。

 

「勝った――!」

「勝った、おい、勝ったぞ!!」

 歓声の湧きかける総司令部に、フライヤの緊迫した声が通った。

「まだです!」


「クイーンを、e-8へ」

 エーリヒは、そのときを逃さなかった。

「チェック・メイト」


 拝殿にいたミシェルの姿が、百五十六代目サルーディーバから、ラグ・ヴァダの女王に変化する。

 ふっと、アストロスの天空から、太陽が消えた。アントニオの千転回帰だけが終わったのだ。

 代わりに、紫と青――白金色が混ざった、目も開けていられないくらいの眩しい光が、地球行き宇宙船から一直線に放たれた。


 味方の駒のクイーンが消えたことに、アストロスにいた者は気づかなかった。なぜなら、彼らの目は、閃光が放たれたと同時に、エタカ・リーナ山岳のほうへ向いていたからだ。


 閃光は、エタカ・リーナ山岳へ向かって放たれた。


 エタカ・リーナ山岳に向かって、槍を放つ女王の姿は、クルクスにいたヒュピテムにも見えた。


「おお――ラグ・ヴァダの女王よ!」


 彼は、天空に向かって(ひざまず)いた。彼が立ったときには、すべてが終わっていた。


 シェハザールにも見えた。

 こちらへ向かって進んでくる、白金色の女王の姿を――。

 槍の、穂先を。

 

 女王が放った槍は――グングニルの槍は、シェハザールのいた、シャトランジの洞穴を直撃した。


 エタカ・リーナ山岳の西側は、一挙に崩れた。槍は氷河に突き刺さり、ずぶずぶと飲み込まれ、紫の閃光とともに、山岳は蒸発した。


 シャトランジの起動装置だけではない。

 ラグ・ヴァダの武神の墓碑のカケラも、消滅させた――チリひとつ残さず。


 すべてが、海に沈んでいく。

 崩壊は、アストロスを揺らせた。


「シェハ――!」

 マリアンヌの悲痛な声が、海上に響いた。


 墓碑の消滅とともに、ラグ・ヴァダの武神の剣も、音を立てて砕け散った。


 ――なんだこれは!


 武神が、手の中の剣が()び、(ほころ)んでいくのを見て叫んだ。

 武神の剣が消えゆく代わりに――クルクスの入り口にあった兄弟神の神像から、二本の剣が、回転しながら飛んできた。

 それを受け取ったアズラエルとグレンが、合図でもしたように、ふたりそろって振り下ろした――。


 ラグ・ヴァダの武神が、よろめいた。


 兄弟神の剣は、武神をまっぷたつにしたはずだった。だが、武神は煙となって、直撃を避けた。


 兄弟神は怯みも迷いもしなかった。グレンがすくい上げる。ラグ・ヴァダの武神は砕け散った剣を、みるみる瘴気でよみがえらせ――応戦する。


 アズラエルが()ぎ払った。追いつめられた武神は、ますます強さを増した。


「ついに、姿を現したか」


 ペリドットの手元のZOOカードに、ラグ・ヴァダの武神「バラス」の正体が現れた。

 ラグ・ヴァダの武神を宿したメルーヴァは、「革命家のライオン」だったが、それが、武神の正体ではない。

 アンジェリカも、カードを見て目を見張った。


「――“強きを食らう――恐竜”!?」

「古代の生き物だ」


 ふたりは、なぜ、こんなにもこの武神が強いのかが、やっとわかった。

 相手が強ければ強いほど、強さを増す“強きを食らう”の頭文字がついた――古代生物、恐竜。

 おそらく、最強で最凶の存在と言っていいだろう。

 ラグ・ヴァダの武神はまさしく、“恐竜”だった。大勢の者を殺し、犯し、奪い、食らいとって生きてきた。野生さながらに。


「太古の、()のままの存在だったのか」


 アズラエルの攻撃が、命中した。ラグ・ヴァダの武神の片足が、消し飛んだ。


 不敵に笑った武神はずぐさま消えた足をよみがえらせようとし、もどらないことに気づいた。吹き飛んだ足先から、太陽の火が侵食してくる。


 身体がもどらない。

 そのことに、武神は怒り狂った。


 唸り声とともに、振りかぶった剣を、グレンが受け止める。


 そこへ、炎の閃光が降ってきて、ラグ・ヴァダの武神の左腕が消し飛んだ。マルコとフィロストラトだった。ふたりの時間差で起こした火炎の一閃が、武神の腕を落とした。

 見れば、ふたりだけではなく、ラグ・ヴァダの武神は天使たちに囲まれていた。


「ヤーコブと、アンリ――シュバリエの敵だ!」


 ――鬱陶(うっとう)しい奴らめ――


 武神は天使たちを薙ぎ払ったが、隙ができたことは否めなかった。武神の剣を受け止め、払いあげた刀で、グレンがもう片腕を落とした。

 武神の咆哮(ほうこう)が、アストロスを覆いつくす。

 黒煙がすでに、ナミ大陸を覆っていた。フライヤたちは、抱き合って、つむじを巻いていく瘴気の中でこらえていた。

 

『終わりだ』


 アスラーエルの声だったか、アズラエルの声だったか。


 ――宣告とともに、ラグ・ヴァダの武神の首が、飛んだ。


 グレンは、武神のよみがえりを予測して構えた。

 だが、武神は、すでに力尽きていた。

 ラグ・ヴァダの女王が放ったグングニルの槍で、刀剣が滅び、そして。

 L03では、三度目の太陽の業火が起こったときに、武神の亡骸(なきがら)がついに燃え尽きていた。


『――()けろ!』


 アズラエルの声。

 斬られた首から、黒い鉱石が破裂するように武神は弾け飛んだ。首がエタカ・リーナ山岳に飛んでいこうとするのを止めたのは、いつしか、ナミ大陸を守るように前に出ていた、夜の神だった。

 夜の神の手で、首は一瞬で蒸発し、それを皮切りに、武神の全身が、なだれをうって崩壊していく。


 大気が動いた。

 黒雲が、武神の体内を巻き上げ、天を突いた。宇宙に向かって巻き上げていく。


 化石の崩壊によって吹き飛ばされそうになったマルコたちを守ったのは、アズラエルたちだった。


 布被りのペガサスが、総本部も吹き飛ばされそうになるのを防いだ。


 アズラエルたちは、天使を懐に守りながら、ラグ・ヴァダの武神が宇宙の藻屑(もくず)となっていくのを見た。





 ――どれだけの時間が経ったのか、だれにもわからなかった。


 フライヤは、意識があった。

 サンディは、気絶していた。だが、メリッサは起きていた。砂とホコリだらけで、顔が真っ白だった。

 バスコーレンとザボンは、咳をしながら、起き上がった。


 天空のペガサスは消えていた。

 総司令部の建物は、奇跡的に無事だ。


 オリーヴが呆然とした顔で飛び出してきて、フライヤの顔を見、くしゃくしゃの笑顔で、笑った。


 スタークは、割れた病院の窓から、下を見下ろした。あろうことか、割れたガラスの破片からスタークを守ってくれたのは、ヒュピテムだった。


「悪い! だいじょうぶか?」

「ええ。平気です。あなたはどこも? お怪我は?」

「だいじょうぶだ」


 スタークは、すぐ外に視線をもどした。だれもいない。

 いや、崩壊した商店街に、たったひとり、たたずんでいる少女がいる。

 スタークは目を見張った。


「――ルナちゃん?」


 姿をとらえたのは一瞬だけだ。すぐに濃い霧が、視界を消した。


 スタークの見間違いではない。クルクスの門にいたのは、ルナだった。


 ルナは待っていた。


 入り口を覆っていた黒雲はすっかり消え、ラグ・ヴァダの武神が残したコールタールの黒と、マルコの剣から放たれた炎が、入り口の街を壊滅させていた。


 ルナも、ついに、ラグ・ヴァダの武神が滅び、宇宙に飲み込まれるのを、じっと見つめていた。


 やがて、だれかの駆ける足音が聞こえてくる。


 光景はすっかり、一センチ先も見えない深い霧が覆っている。まるで、雲のなかにいるようだ。


 もはや自分がどこに立っているかもわからない景色なのに、ルナは、だれが駆けてくるのかが分かった。相手も、わかっているようだった。


 ルナがどこにいるのかが――。


「ルナ!!」


 ルナは、真っ白な世界のなかで抱きしめられた。


「アズ」


 ルナもちゃんと抱きしめ返した。――メルーヴァ姫も、アスラーエル将軍を。

 これは、逢瀬の霧だ。




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