表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
875/955

356話 バラス 2


「これは、いったいなに!?」


 ソフィーが困惑顔で寿命塔に触ろうとし、「ちょっと待った」とバグムントに止められた。


「まださわるな。寿命を取られる」

「え!?」


 真砂名神社に避難したソフィーにフランシス、アルベリッヒとサルーン、チャンとバグムント、ヴィアンカは、寿命塔を見上げた。室長と副室長は、ここにはいない。二度目の火災で火傷をしてしまい、ハッカ堂で手当てを受けていた。


「これが、寿命塔」

 ヴィアンカはソフィーたちに説明した。地獄の審判にいたメンバーは知っている。

「わたしがみんなを呼んだ理由は、これよ」

 

「この寿命塔に、分けたい寿命の年数だけ言って、腕を突っ込むと、寿命を分け与えることができるんじゃ」

「寿命を……」


 ナキジンの説明に、アルベリッヒがごくりと喉を鳴らした。

 この塔は、「地球行き宇宙船」の名を表示しているが、残りの寿命数のところに、数字はなかった。


「ようするにこれは、地球行き宇宙船の“寿命”を伸ばすって、考えていいのか?」


 アルベリッヒが聞くと、ナキジンはうなずいた。


「ね、みんな。一年くらいでいい。協力しない?」


 ヴィアンカは、皆に告げた。バグムントだけはたいそうイヤな顔をしたが、彼がなにか言う前に、ナキジンが「ダメじゃ!」と遮った。


「わしらは、長生きばかりだからええが、おまえさんらはせんでいい」


 ハッカ堂の主、カンタロウも、ヴィアンカたちを止めた。彼らを寿命塔に寄せ付けないように、腕を広げて妨害した。


「わしらは、三百年から、五百年の寿命がある。それは、寿命塔に表示されたから知っておる」

「おまえさんらは、百年そこそこだろうが、そのまえに病気で亡くなったり、事故で亡くなったりするひともおるじゃろ? 皆が皆、百年生きるわけじゃにゃい。やめておきなされ、今、寿命塔で、ひとりひとり確かめとる時間はないでね」


 紅葉庵の看板娘も、反対した。

 そのあいだにも、商店街の若者たちは、「五年!」だの「三年!」だの言って、腕を順繰りに入れて行く。


「あたしもやるわ」

 ソフィーが腕まくりをした。


「バカ! ちょっと待て!」

 あわてて、フランシスが止めた。


「三年くらいいいじゃない! きっとわたしだって、八十年は生きるわ!」

 レスキュー隊時代ならまだしもこの宇宙船にいるなら大丈夫よと、ソフィーは突拍子もないことを言った。


「いや、いや、でも、おめえ、さすがに寿命は――」

 おばあさんが言ったように、いくら平均寿命がそれだけあったとしても、人の寿命はそれぞれちがう。


「寿命を与えても、もどってくるってンなら、話は別だが」

 バグムントがぼやいた。


 ロビンの地獄の審判があったとき、チャンやバーガスには寿命がもどってきた――今度も、そういうシステムなら、協力しないでもない、と彼は言外にいったが。


「バカタレ! 神さんはよう見とる。見返りのない純粋な思いだから、神さんは受け取られるんじゃ」

「寿命がもどってくると思うて手を突っ込んだら、もどってこんぞ」

「じゃから、無理にやらんでええというとるじゃろうが!!」


 ナキジンとカンタロウがバグムントに牙をむくのをしり目に、いつのまにかアルベリッヒが、商店街メンバーに交じって腕を突っ込んでいた。サルーンも、クチバシを突っ込んでいた。アルベリッヒが代表して、「三年!」と叫んだ。


「コラーっ!!」


 ナキジンがあわてて駆けつけたが、遅かった。アルベリッヒとサルーンは、馴染みすぎていて、気づかなかった。


「おまえさんらはよしなさい!」

 アルベリッヒとサルーンは、腕とクチバシを抜き取った。すべてが済んだあとだった。

「いや、俺たちはけっこう長寿だよ? 百歳はざらにいる」

 アルベリッヒはあっけらかんと言った。

「サルーンも俺と同い年まで生きるからね」

「ねー」とでもいうように、タカは、アルベリッヒの腕で首をかしげた。


 ヴィアンカとチャンも、シャツの袖を捲りだした。


「おまえさんら!」


 カンタロウもあわてたが、ヴィアンカは首を振った。


「やらせて」

「やらせてって、おまえさん、」

「あたしは見返りなんて求めてない。協力したいだけよ。宇宙船の危機なのよ? あたしにもやらせて。あたしの命はね、この宇宙船にもらったようなものなのよ!」


 二人目の夫も、もう望めないと思っていた子どもも授かった。なにか、恩返しがしたいのだとヴィアンカは言った。


「わたしも、このあいだ、五年ほど寿命を頂いたそうですから」

 チャンも譲らなかった。

「もらった分をお返しするだけです」


 ふたりは、呆然とするカンタロウをのけて、寿命塔に腕を入れた。それぞれ、「五年分、お返しします」と、「五年分あげるわ! あたしの命をつかって!」と叫んだ。


「ったくよう。しょうがねえなあ」

 女房がやって、俺がやらねえわけにいかねえだろ、とフランシスも、ソフィーといっしょに、太い腕を突っ込んだ。

「よし! 持ってけ三年!」

「あたしは五年、奮発するわ!」

「おまえさんら……」


 寿命塔が、虹色に輝いた。ソフィーとフランシスが腕を抜いた瞬間に、くすぶっていた大路の炎が、あとかたもなく消えた。


「――おお!」

「よしみんな、後に続け!」

 それを見ていた商店街の者は、次々に腕を入れる。

「五年!」

「あたしも五年!」

「ボク、まだ三十二歳だから、八年あげましゅ」

 五歳くらいの子どもが、紅葉色の手のひらを、寿命塔にぺったりとつけた。


 最後まで迷っていたのはバグムントだった。彼は、そっぽを向いて、タバコに火をつけていたが、三十二歳の幼児が手を入れたとき、さすがに苦々しげにつぶやいた。


「俺は、三十まで生きねえと言われたんだ」

「あんた、もうすぐ四十になるじゃない」


 ヴィアンカのツッコミに、バグムントは怒鳴った。


「ああそうだよ! おめーと一緒で、この宇宙船にもらった命だよ!!」


 バグムントも、(くわ)えたばこスタイルで、腕を振るった。まるで、右ストレートでも突っ込むような勢いで。


「持ってけドロボー! 三年でも五年でも!!」

 

 寿命塔は、次々に、寿命を吸い込んでいく。「三年!」「五年!」「八年!」――掛け声が続いた。


「わしゃ、三十年や!」

「カンタ!」


 周りから制止の声が上がったが、カンタロウはためらいもなく腕を突っ込んだ。寿命塔に異変が起こった。虹色ではなく、灰青色の光がカンタロウを取り巻いた。


「うおー!!」


 寿命塔から、他の人間が腕を入れたときとはちがう光が、カンタロウの身体全体をつつんだ。

 光が消えたとき、カンタロウはぜいぜいと息を切らして膝をついたが、不思議なことに、三十年も寿命を分けたというのに、外見的には何も変わっていなかった。

 だが、身体には負担が大きかったらしい。


「あんた! そんな無理をするから――」


 カンタロウが腕を抜き取ると、急に、船内の火が、一斉に鎮火した。

 セシルもサルーディーバも、マミカリシドラスラオネザも、自身の身体にかかる負荷が、ひどく軽くなった気がした。


「火が、消えた――」

「すげえ、やっぱ寿命塔は、」


 そのときだった。

 いままでとは比べ物にならない、最大級の火勢が、階段上から、唸り声をあげて降りかかってきたのは――。


 



「――なにが起こった」


 クルクスの上空から、黒煙が消えた。マルコとフィロストラトは、ふたたび上空へ向かった。今まで黒雲にさえぎられて見えなかった果てが、見渡せる。

病院の窓から見ていたヒュピテムとスタークが、真っ先に、原因に気づいた。


「夜の神様が、消えた」

 ヒュピテムが、つぶやいた。


「――ほんとだ」


 クルクスの玄関口にいた、黒衣の神がいなくなっている。


「ええっ!? うおあ!? どこ行ったんだよ!?」


 焦ったのはスタークだった。クルクスの上空を覆っていたのはやはり、夜の神の力だったのか。それがなくなって、今ははっきりと、燃える地球行き宇宙船が、スタークたちの視界にも入った。


 夜の神がいなくなったせいで、ラグ・ヴァダの武神の黒雲が、玄関口から入ってこようとしている。

 ――ぞぶり、ぞぶりと不気味なうねりを湛えて、入り口の街並みを飲み込みながら。


「うげーっ! こっち来る!」

「……!」

 スタークは焦り、ヒュピテムも汗をにじませた。

「なにしてんだよーっ! どこ行ったんだ! 夜の神様は!!」


「あれは――マルコどのと言ったか」


 クルクスの正面道路を、入り口に向かって飛んでいく二人の天使がいる。


「マルコ! フィロー!!」


 スタークは窓に張り付き、それから、看護師がいないのを確かめて窓を開けようとしたが、厳重にロックがかかっていて、開かなかった。しかたないので、スタークは、窓の内側から叫んだ。


「マルコーっ! やっちまえ! 勝ったら嫁になってやるから!!」

 マルコが、満面の笑みでスタークを振り返るのが見えた。

「ウソ!? 聞こえてた!?」

 そういえば、あの天使たちは、おそるべき地獄耳だったのだ。

 

「聞こえた? マルコ」

「もちロん!」

 マルコの顔は喜びに火照っていた。

「マルコは理想が高すぎていつまでも結婚できなかったけど、やっとできそうだね」

「百歳そこそこのガキに言われたクない」


 マルコはしかめっ面をしたが、めのまえのおぞましい漆黒の泥土に、顔を引き締めた。


「クルクスを守ルぞ、フィロストラト!」

「ああ!」


 夜の神がいなくなったことで、クルクス内に浸食してきたラグ・ヴァダの武神を食い止めようと、ふたりが剣を構えたときだった。

 銀色のきらめきが、城の方から、ゆっくりとこちらへやってくるのが見えた。


「――メルーヴァ姫様?」

 フィロストラトのつぶやきが、それがだれかを示した。


 メルーヴァ姫の姿が見えたとたんに、コールタールのようなラグ・ヴァダの武神の手が、形を成して伸びた――。

 フィロストラトはギリギリでかわし、マルコは空へ逃げた。そして、空から一閃した。

 太陽の炎が、武神の腕をぶった斬り、入り口の家屋をもまっぷたつにした。


「しまった!」


 切り離されてもなお、武神の手は、姫をつかみ締めようともがき――銀色の光に弾かれた。

 




 アストロスから見えた太陽――地球行き宇宙船の大きさが倍になったのは、アストロスにいた者すべてに見えた。


 サルーディーバは、もはや持たなかった。自らの身体とともに、街が燃えゆく光景が、彼女の網膜に残った「最後」の光景だ。

 サルーディーバは、火に包まれて、意識を失った。


「カルパナさん! 海に潜って!!」


 セシルもダメだった。カルパナをかばい、海に潜るのが精いっぱいだった。

 岸辺から、みるみる蒸発していき、海水の上にも火がある。海水の温度は、信じられないくらいに急上昇していた。まるで風呂のようだ。

 セシルは海から、必死で、K19区の――遊園地の火だけを、自らがつくった水源に集めた。


 マミカリシドラスラオネザは、神官全員を周りに集め、彼らと自分を守ることに徹した。もはや、それしかできない。火の玉につつまれた彼らは、マミカリシドラスラオネザの祈りが一瞬でも途切れれば、燃え尽きる。


 イシュマールも、最後の力を振り絞り、ペリドットとアンジェリカのいる祈祷所だけは燃えないように、祈祷をつづけた。





「うぬっ……うぐ、ぐうううううう……」


 ナキジンたちは、襲いかかってきた業火になすすべもなく頭を抱えていたのだが、業火はだれをも襲ってはいなかった。だが、すでに商店街はどの店も炎につつまれている。


 階段下、寿命塔のまえで、業火を食い止めているのは、百五十六代目サルーディーバだった。さすがの彼も、両手で錫杖をかざし、歯を食いしばって踏ん張っている。


 バチバチと爆ぜる大火。熱気だけで倒れそうだった。


「ばあちゃん!」


 紅葉庵の看板娘が、倒れた。

 寿命塔を囲む者たちも、つぎつぎと、商店街を炎上させる熱気にやられ――百五十六代目サルーディーバも、踏ん張った足が、一歩、二歩と下がってくる。


「もう、ダメなの……」


 じわじわと、石の大地すら燃やす火勢が、皆を寿命塔へ追いつめていく。

 絶体絶命だった。

 皆が、大路で焼け死ぬのを、覚悟したときだった。

 

「こうなったら、大盤振る舞いじゃ!」


 それがナキジンの声だと、皆はすぐには気づかなかった。

 彼は、寿命塔にごっちんと頭をぶつけ――突っ込んだ。

 

「ナキジン!!」


 カンタロウが叫んだが、間に合わない。


「わしゃあ、百年分じゃあーっ!!!!!!」


「ナキジーン!!」


 だれも止めることができなかった。寿命塔から、ゴゴゴゴゴ、と唸り声がして、虹色の光が迸った。


「オヒョオオオオオオ」


 ナキジンの悲鳴が大路に響き渡る。


 業火が、ふっと消えた。


 ナキジンのハゲ頭が寿命塔から出てきたときには――大路を燃やし尽くそうとしていた炎は――跡形もなく消えていた。


「ナキジン!」

「おお――しっかりせい!」


 寿命塔から手を離したナキジンは、寿命塔のまえに、大の字に転がった。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ