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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
874/934

356話 バラス 1


『おい! 俺が相手をしていてやるから、そのあいだにメルーヴァを止めろ!』


 グレンの口から出ている言葉が、アストロスの古代言語だったことを、アズラエルはすべてが終わってから思い出して絶句するのだが、今は普通に会話が成り立っていた。


 メルーヴァの進撃に合わせて、ラグ・ヴァダの武神と兄弟神の戦いの舞台も、北へ北へと移動している。


『俺たちの力と夜の神の力がぶつかれば、クルクスも無事じゃすまねえ!』


 グレンの言葉はもっともだった。だが、アズラエルはラグ・ヴァダの武神の剣先をかわしながら、言った。


『もう、メルーヴァは止まらねえ』


 そう言いつつも、アズラエルは、走っているメルーヴァに手を伸ばす。巨神の姿から見たら、メルーヴァはまさにアリのような大きさだった。だが、アズラエルの手を黒雲が阻んで、メルーヴァの姿を隠した。


『焦るな』

 アスラーエルの声がした。

『もうすぐ、あちらの勝負がつく』


 アズラエルは、黒雲を背負って駆け抜けるメルーヴァを見た。彼に、一瞬だけ郷愁を呼び起こしたメルーヴァの姿。

 かつて、ガルダ砂漠で出会った華奢な少年の面影は、どこにもなかった。





 ――メルーヴァ姫よ。


 月の女神よ。

 ルナよ。


 わたしはいったい、あなたをどんな名で呼んだらいいのだろう。


 まるで、わたしは新月(ルナ・ノワ)、あなたは満月(ルーナ・ジェーナ)

 わたしとあなたは同じ名を持ち、同じ目的に向かって歩みながら、ついに顔を合わせて名を呼びあうことはなかった。


 三千年前、わたしがアリタヤで、あなたがメルーヴァ姫だったときも。

 二千年前、あなたがイシュメル、わたしがドクトゥスとして生まれ、メルーヴァと名乗ったはじめのときも。

 千年前、あなたがルーシーで、わたしが盲目のサルディオーネ、チャンドラだったときも。


 千年前、はじめてわたしはあなたと相対した。

 あなたはやさしくわたしの手を取って、願いを聞いてくれたけれども、わたしは目も見えず耳も聞こえず、話せなかったので、この口から、あなたの名を呼ぶことはできなかった。


 今もそうだろう。

 あなたを呼べるだろうか。


 いいや、きっとわたしはあなたに会えない。

 わたしはクルクスの扉で力尽きるだろう。

 来世こそは、あなたと向き合って、その名を呼ぶことがかなうだろうか。

 愛しいわたしの妻とともに並んで、あなたに会うことがかなうだろうか。

 一度でいいから、あなたと語り合いたかった。


 ZOOカードの世界ですら、一度も会うことがかなわなかった、友よ。

 友と、そう呼んでもかまいませんか。

 あなたは、わたしと、ずっと近いところにいた気がしたのです。

 

 わたしの心は歓喜に満ちています。

 今、終わる。

 すべてが終わる。

 走り続けてきたわたしのゴールは、あなたのもとだ。


 わたしは、サザンクロスからではなく、ラグ・ヴァダから走り続けてきました。

 マリーの死を知った、あの日から。


 ああ、もう少し。

 もう少しですべてが終わる。


 ルナ。

 わたしの友よ。

 どうか、わたしの願いを聞いてくれ。

 今こそ、すべてを終わらせてください。

 

 



「くっそ! 押されてる!!」


 サザンクロスから、アクルックス方面の武神の対決を見ていたアマンダたちは、アストロスの兄弟神が、武神の刀剣をかわすのに精いっぱいの状態に、歯がみしていた。食いしばった歯のギリギリ鳴る音が聞こえてきそうで、バーガスなどは、武神ではなく、隣の女どもに震えあがった。


「おまえらが戦えば、あっけなく武神に勝つんじゃねえか」


 それほどの迫力だった。

 たしかに、素手で戦っている兄弟神にくらべ、武器を持っているラグ・ヴァダの武神は優勢に見える。


「あのふたりの武器は!? 剣はないのかい!?」


 レオナが叫び、アマンダが自分のコンバットナイフを振りかざして叫んだ。


「アズラエルーっ! あんた、自分のナイフどうしたんだい!? あたしの貸してやろうか!?」


 メフラー親父は苦笑し、「落ち着いて見てろい、まあだいじょうぶだ」と言った。


「まだ余裕がある」


 銅像顔ではどうにも判別しがたいが、兄弟神は、笑みを(たた)えているように見えた。


「油断を、誘ってンだ」





「ああっ!!」


 フライヤたちも、手に汗を握りながら、イアリアスの対局を見ていた。

 ツァオの、剛腕が振り下ろされた。ベッタラが一撃でやられてしまった一閃だ。

 だが、エマルは踏ん張った。足こそはよろめいたが、コンバットナイフをかざした右手、そして交差した左手は頭上で、腰はしっかりと衝撃を受け止めた。

 受けたのはいいが、なかなかエマルは反撃に出ない。

 今までフィルズ(将軍)に一撃で倒されていた駒とは違い、女闘士アマゾネスは、おそるべき強さで防戦していたが、押されているのはあきらかだった。

 それは、エーリヒとクラウドにもわかった。


「――やはり、アストロスにいる夜の神と、アストロスから離れている太陽の神の加護では、夜の神のほうが強いのか」


 悔しげに、クラウドがつぶやく。シェハザールの薄ら笑いが、彼らにも見えそうだった。


 夜の神は、今まさに、アストロスの地、クルクスで発動している。対して太陽の神は、地球行き宇宙船にいる。物理的距離の違いが、こうも影響の差をもたらすとは。


 細かに分析すれば、それだけではない。夜の神は、妹神とクルクスの民たちを守ろうとしてその力は威力を増し、対して太陽の神は、船内にいる者たちを焼き尽くさないよう、力を加減している。


 これでは、威力に違いがあるのも無理はなかった。


 だれもがそう感じたのは、フィルズを取り巻く夜の神の黒炎と、女闘士アマゾネスを取り巻く太陽の炎の大きさが、桁違いだからだ。


「しかも、フィルズのそばで、ラグ・ヴァダの武神も戦っている」


 エーリヒもつぶやいた。フィルズの黒炎は、夜の神だけでなく、ラグ・ヴァダの武神の力も混じっているだろう。


 中身のエマルが、いくらL系惑星群最強のコンバットナイフの使い手でも、ツァオも、王宮護衛官で最強の実力者だ。


 駒となる人物の実力も互角、士気も、おそらく互角。

 となると、あとは、神の加護によって、勝負が決まる。


 ――このままでは、エマルが負ける。


 エマルが防衛に負ければ、クイーンが取られる。

 すなわち、ラグ・ヴァダの武神の刀塚である墓碑を、滅ぼせない。

 エーリヒは決断し、クラウドに告げた。





「――なんじゃと!?」


 床に伏していたイシュマールは、神官たちに助け起こされて、クラウドからの通信を受け取った。イシュマールは、かすれ声で叫んだ。


「太陽の神の加護だけ、倍加させろじゃと!?」


『頼む! あまりにも、夜の神に対して、太陽の神の力が小さすぎるんだ』


 イシュマールは絶句した。

 いまでも宇宙船が燃え尽きそうなのに、これを倍加したら、今度こそほんとうに宇宙船は燃え尽きてしまう。

 だが、クラウドも叫んだ。


『エマルの駒が取られたら、クイーンがチェックされる。そうなったら、ラグ・ヴァダの武神の墓碑を、刀剣を――消滅させることができない!』


「……!!」

 イシュマールは言葉を失い――しばらく黙った。

「イシュマールさま……」


 神官たちが、不安げに彼の顔を覗き込んだ。

 苦渋の決断だった。

 どの道、ラグ・ヴァダの武神を倒せなければ、アストロスも、地球行き宇宙船も終わりなのだ。

 やがて彼は、「わかった」とうなずいた。





 携帯をポケットにしまい込み、クラウドも覚悟して、「イアリアス」盤を見つめた。


「――まさか、君と、遊園地で死ぬことになるとは」

「ほんとうだよ。私だって、ベッドの上で、ジュリに見守られて死にたかった」


 次の業火では、さすがにここも無事ではすむまい。

 だが、最後まで対局はしなければならない。

 相手の「(シャー)」をチェック・メイトするまで、ここからは動けない。


 クラウドは、アトラクションの外にある水源を確かめに向かった。無駄とはわかっていたが、水源の水を放出した。イアリアス! のアトラクションの周りに、水が流れていく。これで、すこしは持つだろうか。





 イシュマールは、同時通信で、各地にいるサルーディーバたちに告げた。


「聞こえとるか、皆の衆!!」

『聞こえています!』

『ああ、聞いている』

『はい、聞こえています!』


 東南では、サルーディーバが――西北ではマミカリシドラスラオネザが――西南では、セシルの代わりにカルパナが、通信を受け取った。


 今、マミカリシドラスラオネザとサルーディーバは休息していた。セシルの魔術師としての力は、想像以上に偉大だった。ラグ・ヴァダの武神に目をつけられただけはある、力の強大さだ。


 彼女は今、百五十六代目サルーディーバとともに、たったふたりきりで船内の火を消し止めている。


「ええか。いまから、太陽の神の力を倍加させる」


『――!』


 サルーディーバもマミカリシドラスラオネザも、戦慄した。


『宇宙船が燃やし尽くされるぞ!』


 さすがにマミカリシドラスラオネザは抗議したが、イシュマールは、クラウドからの伝言を、そのまま伝えた。

 このままでは、太陽の神の加護が弱いエマルのほうが負ける。エマルが負ければ、クイーンに王手がかけられてしまうことを。


「クラウドたちも、苦渋の決断だったじゃろう……」

 イシュマールは苦しげに言った。

「カルパナさん、セシルさんに伝えてくれ。勝負が決するまで、なんとかK19区だけは――いや、遊園地だけは守り抜いてくれ!」

『はい! お伝えします』


『――そのような事態では、しかたありませんね』


 サルーディーバは、ふらつく身を起こした。足がガクガクする。立っていることさえままならない。ここまで神力をつかったのは、はじめてだった。


(今度こそ、わたくしの力は、消滅するかもしれない)


 サルーディーバは、首にかけている真月神社の肌守りを――ルナからもらったそれを、ギュッと握りしめた。


(どうか、わたくしにお力を)


「皆で、わたしの名を、合唱せよ!!」


 マミカリシドラスラオネザは、神官たちをかき集め、自分の名を盛大に歌うよう依頼した。もちろん、クラウドの声も大音量で流して。


「セシルさん!」


 電話を切ったカルパナがセシルの方を向くと、セシルは、聞いていたようにうなずいた。


「K19区だけは、ぜったい守らなきゃ……」


 カルパナは、セシルの口元に、ミネラルウォーターを持っていった。彼女は汗だくだった。彼女の手の中にある水源は、どんどん、火を飲み込んでいく。

 セシルは「ありがとう、生き返るわ」と微笑んだ。


「カルパナさん、危ないから、水の中にいて」





「みんな! ええか、あとすこしじゃ! 」


 ナキジンが、商店街の者を、階段下に集めていた。

 そこには、かつて階段頂上にあった寿命塔が出現している。寿命塔の名が表示される部分には、「地球行き宇宙船」の名があった。

 地球行き宇宙船は、太陽のように燃え盛っている。

 この勢いが、まもなく倍加する。


 K33区には、マミカリシドラスラオネザが。

 真砂名神社奥殿では、百五十六代目サルーディーバが。

 K27区には、サルーディーバが。

 海近くのK25区では、セシルが――八転回帰によって、神官の前世を蘇らせたセシルが、海の力で炎を消し止めていた。




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