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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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355話 アマゾネスとフィルズ 1


 シェハザールは、黙って次の駒を動かした。


「ファラス(馬)をc-6へ」


 地球の星守りを持つ、ジリカの駒を動かした。


女闘士アマゾネスを、d-3へ」


 エーリヒが、エマルの駒を動かしたのを見たレオナとアマンダは、ますますヒートアップした。


「行けえーっ!!」

「やっちまえ! エマル!!」


「ファラスをf-6へ!」

 月の女神の星守りを持つピャリコの駒が進んだ。


守護者ガーディアンをh-2へ」

 イシュメルが、一歩前に進む。


 チェスとシャトランジ、両方の経験があるバスコーレンも、息をつめて対局を見守った。だが、彼らにも、この勝負がどう動くのか、まったく予想できなかった。

 なにせ、味方の駒は、チェスでもシャトランジでもない駒になっているし、それぞれが掲げた星守りが、なにを意味するのか、どう作用するのか、だれにもわからなかった。


(神々の加護のもととなる、星守りの力は、無視できない……)


 エーリヒは思案した。

 デビッドである、弓騎士アーチャーからは、相変わらずまっすぐに、オレンジの光が出ている。


 対局は進み、今、デビッドの前方先には、同じ「昼の女神」の星守りを持つフィール(象)――ボラがいる。


 エーリヒは、ふと、ボタンを押してみた。対局の順番に関係なく、ふたたび、アーチャーから弓が放たれた。


『あれ!?』


 デビッドも首をかしげた。アーチャーの矢は、フィールを貫かなかった。同じ空色の光をもつフィールに、吸収されてしまった。


「――!」

「なるほど……そういうことか」


 シェハザールは笑み、エーリヒはうなずいた。

 同じ星守りを持つ駒は、取れないのか。

 クラウドも、対局盤を見ながらつぶやいた。


「そうなると、また話は変わってくるぞ」


 ボラという王宮護衛官のフィール(象)は、そのままc-4まで進んだ。

 d-3には、太陽の守りを持つエマルがいた。


女闘士アマゾネスを、c-4へ」


 エーリヒの宣告とともに、エマルが動いた。エマルがコンバットナイフで突きにかかると、ボラが応戦した。


「見ろ! 戦ってる!」


 やはり、チェスやイアリアスの通常の対局とは違う。まさか、取りに来た駒に対して、そのマスにいた駒が防衛するとは。

 だが、エマルは強かった。二、三度応戦したあと、斜め横のボラの駒、フィールは、音を立てて砕け散った。


「エマルーっ!!」


 アマンダとレオナは声を張り上げて叫び、フライヤたちはふたたび歓声に沸く。

 

「ファラスをa-5へ!」


 地球の星守りを持ったジリカが動き、エマルがピンされる。次の手で、エマルは取られる。


守護者ガーディアンをc-3へ」


 こうすれば、エマルが取られても、イシュメルのガーディアンが、ファラスを取る。そして、ペリポのフィールがノワの「暗殺者アサシン」を取りに来ても、キングで取れる。

 エーリヒは無表情でうなずいたところで、気づいた。


「キングは動かんのか!?」


 キングの駒からは、動く方向を示す緑の光が出ていない。クイーンからもだ。


 おそらく、クイーンは一度きりしか使えないのだろうと察していたが、まさか、キングも動けないとは。


 エーリヒは絶句した。完全にアテが外れた。これ以上の失策はない。


 あわてて、ルフがa-6に移動した後、イシュメルをd-2へもどした。





 エーリヒとシェハザールの行き詰まる攻防が続く中、ラグ・ヴァダの武神と、アズラエル、グレン兄弟神の戦いも、すさまじさを増していた。


 胸の皮一枚を斬られたグレンは、すぐさま体勢を立て直したが、斬られた場所から腐食していくようにイヤな煙が漂った。だが彼は、にやりと笑うと、ゆっくりと、手のひらで、ギズをなぞっていく。

 ジュウ、傷口を焼くような音がして、腐食は止まっていく。


 ラグ・ヴァダの武神が身構えたそのときだった。

 後ろから強烈な回し蹴りが来て、ラグ・ヴァダの武神は、アクルックスを抜けて海のほうまで吹っ飛ばされた。


『バカ野郎! ジュセ大陸まで吹っ飛ばす気か!』

 グレンの怒鳴り声。


『悪ィ』


 アズラエルは謝ったが、心配は無用だった。吹っ飛ばされたラグ・ヴァダの武神は、たちどころに刀剣を構え直して、突っ込んできた。


『タフな野郎だ』


 グレンが呆れ声で言った。戦うごとに、三千年前の記憶がよみがえってくる気がする。


 この武神は、異様なまでにタフだった。

 頑丈で、頑強で、倒れない。

 さっきから、何度グレンの拳が、アズラエルの蹴りが、武神の身体を撃ったかわからない。けれども、この化け物は倒れない。


 三千年前もそうだった。

 武神は、斬られても斬られても、アルグレンの懐に飛び込んできた。自身が斬られることもいとわぬように。

 アルグレンは、耐久力に負けたと言っても過言ではない。

 三千年前と、同じ失敗をする気は、グレンもなかった。





 ――メルーヴァさま。

 

 エミールは、どんどん遠くなっていくメルーヴァの背に手を伸ばした。もう息がつづかない。ヒッ、ヒッ、ヒッという引きつった呼吸音が、自分のものではないように聞こえる。


 視界を覆う暗闇。夜なのか、昼なのか分からない。どこにいるのかもわからない。目印は、メルーヴァの背だけだった。


 エミールはどこまでもお供します。足が折れても心臓が破れても――この命つきてもお供いたします。

 だから、わたしを置いて行かないでください。


 無情に遠ざかっていくメルーヴァの背。


 エミールたちは、もう何日、走り続けているのか分からなかった。エミールは、メルーヴァの背だけを追い続けている。もう、他の仲間がどうなったかなど知る由もない。


 実際のところ、メルーヴァの姿をその目で捉えているのはエミールだけだった。ついてきた五十人の精鋭は、エミールを覗いて、もはや走ることは叶わず、道々で倒れ伏していた。


 ノーリの街を出てすぐに、メルーヴァの姿に異変があった。走る速度が、おそろしく速くなったのだ。それはもはや、ひとの足が駆ける速度ではなかった。それに加え、メルーヴァを黒雲が包み込んだ。


 エミールは恐怖を感じたが、メルーヴァに着いていく以外に、彼に選択肢はなかった。エミールだけではない、皆がそうだった。どこまでも、メルーヴァに着いていくと誓った仲間だった。そのときまでは、まだみんなで、メルーヴァを追いかけていた。


 ひとり、またひとりと仲間が欠落していく。

 エミールは、もはや、仲間たちを気遣うことはできなかった。


 朝が来て、夜が来て、朝が来た。いつだっただろう。そのエミールにも限界が来た。いいや、とうに限界は越している。


 エミールは死んでいた。ほかの仲間のように。走りつづけ、いつか肉体は限界を迎えて倒れていた。けれども、魂がメルーヴァを追っていた。


 メルーヴァは、黒いすい星のように走り続ける。

 クルクス目指して。


 ――アクルックスを。



 


 ついに、エマルの駒をピンしていたファラスが動いた。地球の星守りを持ったジリカの駒だ。

 馬に乗ったジリカが、大斧を振り下ろす。

 だが、エマルの駒は砕けなかった。振り下ろされた斧を、コンバットナイフで受け止めたのである。

 その様子に目を見張ったのは、シェハザールだけではない。再び、数分間の攻防の末、取りに来たジリカを撃退したのは、エマルの方だった。


「わあああああ!!!」


 総司令部は手に手を取り合って叫んだ。サンディの顔にも、ようやく笑顔が浮かんでいた。





「取りに来た駒を撃退するなんてことがあるのか……!」

 クラウドがつぶやき、エーリヒは、納得したように言った。

「星守りの働きと優先順位、そして持ち主との相性、駒の働き、駒となった本人の強さが、すべて作用するようだ」

 エーリヒは、改めて、駒となった者たちの強さに感服していた。

「ついでにいえば、個々の士気もね」


 シェハザール側も、メルーヴァの八騎士をそろえてきたのは伊達ではない。本人たちが強いからだ。


 月の星守りを持ったピャリコのファラス(馬)と、地球の星守りを持ったベッタラの「剣士ソードマン」の対決は、数十分にも及んだ。取りに行ったのは、ベッタラの方だ。


 息詰まる攻防――馬に乗ったピャリコは女性であり、女神である月の神とは相性がいい。地球の星守りの影響にくらべたら、アストロスで発動している月の女神のほうが、加護としては上だった。


 だが、勝ったのは、ベッタラの方だった。長引いた戦闘は、持久力のあるベッタラに軍配があがった。


「ベッタラ! ベッタラ! アノールの戦士、ベッタラ!!」


 アノール族から、地を震わせるような大歓声が上がった。


 破壊された駒から、ピャリコの魂が消えていくのを見つめ、ベッタラは瞑目した。彫像となった顔は、微塵も揺らぎはしなかったけれども。


 そして、アストロスの星守りを持つフィール(象)のペリポが、キングを守る「守護者ガーディアン」たるイシュメルを破壊しに向かったが、一刀のもとに倒された。


「なんだと!」


 これはさすがに、シェハザールにも想定外だった。

 惑星の星守りの中では、アストロスの影響力がもっとも強い。なぜなら、決戦のこの地がアストロスだからだ。

 確実に取れると思ったシェハザールの当ては外れた。

 どんな星守りの影響も受けないイシュメルの「守護者ガーディアン」は、アストロスの地にありながら、もっとも影響力の高い星守りをも持つペリポの駒を、一撃で粉砕した。


「ルフを、a-3へ!」


 太陽の星守りを持つラフランのルフ(戦車)が、昼の女神の星守りを持つデビッドの弓騎士アーチャーの真ん前まで来た。


 戦車に乗った戦士の姿は、太陽の炎をまとい、敵駒の中で二番目に大きく、実に強そうだった。


『あ、やべェのが来た』

 デビッドも、さすがに冷や汗をかいた。

 

「これは、取られるな」

 エーリヒも、感づいた。


 次の手で、デビッドがラフランを取りに行っても、太陽の神と真昼の神では勝負あったようなものだった。太陽の神が確実に勝つ。ふた柱の男神の力は絶大だ。たとえこのままスルーして、さらに次の手でラフランが取りに来ても、同じことだ。さっきのエマルのように、防衛はできない。


(と、なると)

 イシュメルの「守護者ガーディアン」を動かすか否か。


 このラフランは、さすがに太陽の星守りを持たせられただけあって、フィルズのツァオの次に強そうだ。

 イシュメルは、どの星守りの影響も受けない代わりに、どの神の加護も受けることはできない。さっきは防衛したが、この「守護者」という名称からしても、イシュメルの駒は、防衛に力を発揮するのかもしれない。

 この場合、どちらが勝つか分からない。

 イシュメルが負けたら、キングは「シャー・マート」だ。すなわち、「チェック・メイト」である。


「ううむ」

 エーリヒは唸った。


 あとは「暗殺者アサシン」を動かすしかない。


 だが、ノワであるアサシンのルート上には、フィルズがいる。


 ノワの駒はもともと「ビショップ」。斜め方向にはどこまでも行けるという駒である。ナイトとは違い、他の駒を跳び越すことはできない。


(ある意味、賭けだが)


 夜の神の星守りを持ち、「暗殺者」と名付けられたノワの駒。

 ノワが、新月――ルナ・ノワであるならば、もしかして――。


 エーリヒの思案に反して、シェハザールにも、フライヤたちにも、アマンダたちにも、だれにもノワの駒の存在が見えていなかった。


 シェハザールは、ようやく違和感に気づいた。盤内に、駒が一基、足りない。


(アサシンは、どこにいる?)

 

暗殺者アサシンを、a-3へ!」


 エーリヒは、やけくそで言った。ふつうならばビショップは駒を跳び越せない。そこで、途中にあるフィルズにぶち当たっても、同じ夜の神同士、力は吸収されてしまう。駒は、フィルズの手前で止まる可能性が高い。


 だが、新月(ルナ・ノワ)は、フィルズの駒をすうっとすり抜けた。


「……!!」


 エーリヒは思わず立ち上がってガッツポーズを決め、クラウドとハイタッチをした。エーリヒの人生で、だれかとハイタッチをする日が来るとは思わなかった。


 シェハザールはなにが起こったか分からなかった。いいや――勝負を見ていたすべての者が。


 突如、駒が出現したのだ。盤上にはなかった駒が――。


「バカな!!」


 叫んだが、遅かった。


 ラフランの隣に、突如現れた、タカを肩に乗せた僧侶の駒は、錫杖(しゃくじょう)で、横からラフランの駒を破壊した。


 不意をつかれたラフランは、自身の腹に突き刺さった錫杖を見た。一瞬のことだった。いきなり盤上に現れた「暗殺者」は、名の通り敵を暗殺し、ふたたび盤上から消えた。ラフランの腹から、バキバキと音を立てて、宇宙色の駒が崩壊していく。


 ――メルーヴァ様!


 ラフランの断末魔を、シェハザールは聞いた。




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