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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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354話 イアリアス Ⅳ 2


「太陽系外まで、一時撤退する!」


 アズサの宇宙船と、オルトワ率いる地球行き宇宙船の護衛艦は、アストロス太陽系の外まで避難することになった。地球行き宇宙船を包む火勢が勢いを増したことと――ほぼ同時に、八つの衛星に送り込んでいた小型無人機からの映像が途切れたからだ。

 

「これは、惑星の軌道にも異変を生じそうだな……」


 アズサはつぶやいた。撤退の途中、チカチカときらめき、今にも爆発しそうな勢いを見せる惑星シウォンの横を通り過ぎながら。





 イシュマールの卒倒とともに、宇宙船東北地区は火炎に包まれた。


 真砂名神社も例外ではない。

 身代わりとなってくれる絵は、二枚とも、一瞬で焼け焦げてしまった。

 もともとこの地が火元であり、至近距離で太陽の神の絶大な力を受けたイシュマールの身体は、老齢もあって耐え切れなかった。


 千転回帰は、想像を絶するものだった。

 ひとではなく、神を直接召喚することの対価。

 アズラエルたちアストロスの武神を招いたときとは、桁違(けたちが)いだ。


「うあああああ!!」


 アンジェリカも苦しげに呻いた。四神を一気に回帰するのは、アンジェリカにとっても、おのれの能力を超えることだった。

 太陽と夜、昼と月の神の絶大なる力の負荷が、アンジェリカひとりの身体にのしかかる。


「耐えろ! なんとか耐えてくれ、アンジェ!」

 ペリドットも必死な声で叫んだ。


「――!」


 奥殿も、バチバチと火が爆ぜ、焦げ臭い匂いと煙が漂ってきた。イシュマールが倒れたために、こちらまで、太陽の熱気が押し寄せる。


(アンジェリカひとりでは、やはり――)


 ペリドットには、神の千転回帰は、ひと柱ずつとはいえ、五分から十分が限度だった。八転回帰をしながら、千転回帰はできるだろうか。


「――ペリドット様!」

「……」


 アンジェリカの悲痛な声に、ペリドットが、ひと柱でも肩代わりしようと手を挙げたとき、ふっと、熱気がやんだ。


 ふたりの耳にも聞こえた、ジャラン、という錫杖(しゃくじょう)の音。


 百五十六代目サルーディーバが、奥殿に現れていた。ミシェルの姿をした彼が、錫杖で地面を打ち鳴らすと、東北地区の火勢は、みるみる消えた。彼が持つ錫杖に、火が吸い込まれていく。





「うおおっ! 消せ! 消せ消せ消せ!!」


 中央区役所ビルも、大火災に見舞われていた。バグムントとチャンが、大慌てで消火器をつかったが、火がなかなか消えなくて、うろたえていたところだった。

 もちろん、pi=poの消火システムはとっくに作動している。だが、通常の火災ではない。太陽の火にはまるでお手上げだった。


「手ごわい火ですね!」


 さすがのチャンも、打つ手なしかと思ったときだった。最初の火勢の時のように、真砂名神社に向かって火が吸い上げられていく。


「たす――たすかった――」

 バグムントと室長が、へたりとしゃがみこんだ。


「われわれも、ここにいるのは危ないかもしれません」

 チャンが言った。

「シェルターに避難しますか」

「地球行き宇宙船が燃えちまったら、シェルターもクソもねえが、このままじゃ、焼け死んじまうな」

「移動しましょう!」


 バグムントと室長たちもうなずいた。そこへ、チャンの携帯電話が鳴った。





「――危なかったわ」


 ソフィーとフランシスも、K19区をふたたび襲った大火勢を見上げながら、肩を落とした。


「みんなそろって、焼き鳥になるところだったよ」


 アルベリッヒとフランシス、ソフィーとタカたちは、みんなそろって、ちこたんの守るノーチェ555に押し込められていた。

 アルベリッヒは、タカたちが全員そろっているか、点呼を始めた。おもしろいことには、アルベリッヒがタカの名を呼ぶごとに、「ピイ」だの「ピ」だの、一羽ずつ、タカが返事をするのだった。


「よかった。全員無事だな」


 大火勢の直後、火が急に方向転換して、海の方へ消えた。火はなぜか、海の上を縫って、K25区のほうに向かっていく。


「こんなところにいた!」

 そこへ、一台の車が横付けされる。


「ヴィアンカ!」

 車から降りてきたのは、ヴィアンカだった。

「あなたもまだ残っていたの!?」


 ソフィーの叫びに、ヴィアンカは「わたしは、役目があったのよ」と笑った。

 彼女は、真砂名神社のふもとで、メリッサと連絡を取る役割になっていたが、イアリアスの発動と同時に彼女とは連絡が取れなくなり、アストロスにも降りられなくなった。そのまま待機していた彼女は、いよいよ船内に残った人間を真砂名神社に集めるために、車を出したのだった。

 真砂名神社では、ナキジンたちが、行動を起こそうとしていた。

 ヴィアンカは、クラウドの探査機が入った携帯を見ながら、言った。


「あなたたちで、船内の残ってる人は最後ね――みんなとにかく、真砂名神社へ集合!」


 ヴィアンカは、中央区役所にいるチャンたちにも、それを告げてきたところだった。


「でもわたし、エーリヒたちを置いては、」

「あいつらは、そう簡単には死なないわよ。それより、真砂名神社に来てもらった方が助かるわ」

 ヴィアンカは言った。

「このままじゃ、宇宙船がやられちゃう。ひとりでも協力が欲しいところなの」





 火勢が落ち着くとともに、アンジェリカも肩で息をしていた――楽になったのだ。ペリドットも気付いた。

 だれかが、ふた柱の神の千転回帰を肩代わりしている。

 昼の女神と月の女神が、別の場所から、千転回帰されていた。


「――マリアンヌ!」


 ペリドットは思わず叫んだ。アンジェリカを助けて、「千転回帰」を肩代わりしているのは、マリアンヌだった。


 ついにエーリヒがアトラクションに到達したことは、エタカ・リーナ山岳にいるマリアンヌにもわかった。そして、アストロスの兄弟神が現れた。つまり、「千転回帰」と「八転回帰」が起動した。


 ラグ・ヴァダの武神本体は――アストロスの兄弟神と戦い、シャトランジの対局のためのエタカ・リーナ山岳の分身は、対局に集中するため、マリアンヌのペルチェにも興味を示さなくなった。


 それを悟ったマリアンヌが、アンジェリカの危機を知り、肩代わりしてくれたのだ。


 マリアンヌも、ルナたちと同じ太古の魂を持つ。千転回帰ができる魂だ。


(――助かったぞ! マリアンヌ)


 ペリドットにも、マリアンヌの微笑が見えた。





 弟神と戦いを繰り広げていたラグ・ヴァダの武神は、急に相手の強さが増したことに気づいた。

 ついに、兄弟神は蘇ってしまった。

 おまけに、ひとりだけではない。

 背後からやってくるのは、三千年前、どうしても倒せなかった兄神の方だった。

 

 ――おのれェえええ――


 ラグ・ヴァダの武神の雄叫びとともに、マリアンヌの足元がグラリと揺れた。


「なに!?」


 氷河に亀裂が走り、マリアンヌは、ふっと宇宙に投げ出されたような無重力を感じた。

 ラグ・ヴァダの武神の刀塚である、墓碑が崩壊した――エタカ・リーナ山岳西側の氷河が、海に沈んでいく。シャトランジの装置部分だけを残し、マリアンヌもろとも――。


「きゃあああ」


 大きな氷河のかけらとともに、大海に落下しようとした彼女とZOOカードを受け止めたのは、大きなそりだった。


「セプテンおじいさん!」

「やれやれ、間に合った」


 落下する氷の塊をよけながら、そりは大海の空をこぎ出した。

 山岳が崩落したあとに現れたのは、大海に突き刺さった、巨大な刀剣だった。


「あれが、ラグ・ヴァダの武神の――」


 刀剣は黒煙を噴き上げながら、持ち主のもとへ、飛んだ。

 飛んできた刀剣をその手に受け止めた武神は、返しざま、弟神に振り下ろした。薄皮一枚で、グレンは避けたが、斜めに切りつけられた部分から、黒い瘴気が漂った。





 ひと気が失せたサザンクロスの農地から、巨大な武神たちが戦う様子が、メフラー親父とアマンダ、バーガスとレオナにもはっきりと見えた。

 空を斬るような巨大な刀剣を、ラグ・ヴァダの武神が手にしたのも。


「この世の終わりってやつだよ……」

 アマンダは涙声で言った。

「デビッドはもう死んじまってる。きっとそうだ」


「バカ言え。死んじゃァいねえさ」

 メフラー親父は、のんきにジープのボンネットに座って、パイプをふかしていた。

「アイツらは、お守りみてえなモンを、アントニオからもらったろう。――それよりよォ、あの、あとから出てきたほう」


「アズ坊に似てるほうかい」

 レオナが言った。


「やっぱありゃ、アズ坊か。あの、右のあとに膝蹴り食らわせるとこなんか、アズ坊に動きがそっくりだと思ってよ」


 神様のくせに、傭兵みてえな動きしやがる、とメフラー親父は笑い、レオナとバーガスは、顔を見合わせた。

 たぶんあれは、アズラエルとグレンなのだ。

 たしかに動きも似ているし、なにより、鎧に隠されてはいるが、ずいぶん目立つ左腕の入れ墨。


「……」


 ひじのあたりに、ウサギが描かれているのは、あれは目の錯覚だと思っていいのだろうか。

 バーガスに限っては、もう何が起こっても驚かないつもりでいた。船内で「地獄の審判」を見てからは。


「よおっしゃ! グレン、そこだ、ぶっ飛ばせえ!!」


 グレンのストレートが武神の腹に直撃したところで、レオナが同じく振りかぶり、バーガスの頭蓋に肘がヒットした。


「おご!」

「あっちはグレンか」


 たしかに、グレンと同じだけ、耳にピアスがくっついている。メフラー親父はファイティング・ポーズをとった。


「行け! そこだ!!」

「やれ! ぶっ倒せえ!」


 アマンダもやけになって、応援を始めた。




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