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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~カサンドラ篇~
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42話 ジャータカの黒ウサギ 2


「そして、メルーヴァ――変革者。今回の政変を起こした、革命の首謀者だ」


 アントニオの表情が少し陰ったのは、ルナの気のせいだっただろうか。


「メルーヴァも、サルーディーバ同様、予言されて生まれてくる子どもだ。でも、サルーディーバと違って、その名は歓迎される名前じゃない。なにしろ、変革者だ」


「……」


「メルーヴァは、今のメルーヴァのまえは、千年前に一度現れたっきりらしい。でも、そのときも、カーダマーヴァの一族の記録によると、政変が起こって――辺境の惑星群から、軍事惑星群まで巻き込んだ、大規模な戦争になった」


「ええ!?」


「改革には争いがつきものかもしれないが、みんなが怯えるのは分かるだろう? でも、生まれてくるメルーヴァが、最初から革命を起こそうと思って生まれてくるわけじゃない。ただ、メルーヴァが生まれる、ということは、L03に変革が起こるって、予言されたようなものなんだ。だから、みんな怯えてしまうんだ。今のメルーヴァは、L03の長老会監視のもとで、ふつうの予言師として育てられてきた」


「……」


「みんな、なるべくなら政変なんか起こしたくないからな。はれものに触るようなあつかいでね。かなりガチガチに行動が制限されてて、気の毒だったな。でも、彼は変革者って名前のわりには、引っ込み思案で、どっちかいうとおとなしくて、いつもサルちゃんのあとをくっついて歩いてたような子なんだ。メルーヴァは、サルちゃんたちが大好きだったんだよ。それに――アンジェの婚約者だった」


 ルナは、すでにサルーディーバから聞いていた。


(そのメルーヴァ……さんの、お姉さんが行方不明だって――それで、彼女は、捜していて)


「メルーヴァの改革が終わるのは、イシュメル――安んずるもの――が生まれたときだ。L03の予言詩では、そうなってる。メルーヴァが改革を起こし、イシュメルがその混乱を治める、って感じかな。L03の予言は、伊達じゃないんだ。千年前の話では、イシュメルが生まれた途端に、各地の戦争が沈静化しだしたらしい。まだ赤ちゃんの彼がなにをしたってわけではないのにね」


「L03の正式な予言師や占い師の証言ってのは、裁判にも使えるって話だからな」


 アズラエルが口をはさんだ。


「まあね……なんでもかんでもL03っていう企業もあるくらいだし。俺は、それは賛成できないけど――でも、ルナちゃん、わかってくれただろ。サルーディーバとアンジェは、今、宇宙船に乗ってるし、直接的には革命に関わってないかもしれない。でも、たとえ、予言の力はなくしていても、彼女が“サルーディーバ”であって、L03の中枢に関わってる人物ってことは間違いない。メルーヴァの親しい人物でもあった。そんな彼女のそばにいれば、否応なしに、今起こってる政変に巻き込まれる可能性がある。

 それに、ただでさえ、サルーディーバは今とても不安定だ。なにかあったときに君を守れる余裕なんてないだろう。俺は、ルナちゃんには、“L03には”関わってほしくない。ましてや、この政変の真っただ中の、危険なL03には」


 ルナは、うつむいて、唇をかんだ。

 アントニオの言い分はもっともだった。何かの間違いで政変に巻き込まれたでもしたら、大変なことになる。


「……でも、アントニオ」

「なに?」

「サルーディーバさんが、予言を受けた、L77からきた子がサルーディーバさんを救うって、どういうこと? もしかして、あたしじゃなくて、リサとかミシェルとかキラってことはない?」


「はあ?」

 アズラエルがヘンな顔をした。こちらももっともなことだ。

「おまえが? サルーディーバを? なんの冗談だ」


「や、アズラエル。これも――まあ――冗談じゃないんだ」

 アントニオが苦笑しつつ、言った。

「リサちゃんやミシェルちゃん、もちろんキラちゃんでもない。サルーディーバの予言に出た子は、ルナちゃんだよ」


 ルナは信じられなくて、目をぱちくりさせた。


「じつはさ、アズラエル。サルちゃんは、いま予言の力をなくしてる」

「……なんでまた」

「俺もくわしいことは知らないが、サルちゃんがこの宇宙船に乗ったのは、ルナちゃんがサルちゃんを救ってくれるって予言を受けたからなんだ」

「コイツが?」

「だから言っただろう。受け止めきれない君の気持も分かるって」


 アントニオの言葉に、アズラエルは猛獣みたいな唸り声で応えた。


「それが、彼女自身の予言の力を取り戻すことかどうかはわからないけど――おまえもサルちゃんズとは顔見知りらしいな。アンジェは特に、おまえのことを毛嫌いしてたけど」


 呼び鈴が鳴った。ルナのウサ耳がぴょこーん! と立つ。

 一台だけ掃除のために起動していたpi=poが扉を開けに行くと、「おはようございます」の声とともに入ってきたのはカザマだった。


「カザマさん!」

「おはようございます。ご自宅にお伺いしましたら、こちらだと聞いて」


 どうやらルナのpi=poちこたんが、「リズンに行くぞ」といったアズラエルのセリフを聞いていたらしい。


「あら? 大切なお話ですか? 待たせていただいてもよろしいです?」


 カザマは腰かける前にそう言ったが、アントニオが首を振った。


「いやいや、たぶんリリザの案内と、チケットの手渡しだろ――俺はちょっとアズラエルと話があるから、ミーちゃんとルナちゃんは、そっちでお話ししててくれる?」


 アントニオとカザマの間に交わされた、微妙な目配(めくば)せに、アズラエルだけが気づいた。


「では、ルナさん、向こうでお話ししましょうか。ご朝食は?」

「まだです!」

「では、モーニングをいただきませんか?」

「食べます!」


 カザマはルナを奥の席に誘い、だいぶ離れた席に着いた。pi=poが「モーニングおふたつ!」と注文を取る声が聞こえる。


「なんだ。ルナに聞かせたくないことがあったのか。……もしかして、カザマが来るのを待ってた?」


 アントニオは、時間稼ぎをしていたのか。なかなか本題に入らないと思ったら。


「そういうわけじゃないんだ。ミーちゃんが来るとは思わなかったけど、ちょうどよかった」


 アントニオは、もう一台のpi=poを携帯電話で起動してから言った。こちらはモーニングセットをつくるためだろう。


「ごめん。こっちの話はすぐすむ。俺も開店準備があるから」


 アントニオは笑みを消して真剣な顔になり、自分の携帯電話の画面を、アズラエルに見せた。


「頼みたいことがあるんだ」


 アントニオの携帯電話に表示されていたのは、破格の金額だった。アズラエルも、思わず鉄面皮(てつめんぴ)を崩すほどの――。


「君を通じて、メフラー商社に仕事を依頼したい。無論君にも動いてほしい。この船内に限るけれど――。君がうなずいてくれたら、すぐこの金額が君の口座に振り込まれる」


 表示金額は五億デル。よほどの大仕事かと思ったアズラエルは、次に聞いた内容に、拍子抜けした。


「人を捜してほしい」


 がっかり顔を隠そうともしないアズラエルに、アントニオは苦笑した。


「なんだ、ただの人捜しかと思ってるな? なかなか背景が面倒だぞ」

「面倒?」

「うん。おそらくL18の軍部にもかかわることになるかもしれないから」


 アズラエルは表情をなくした。


「――L03にも?」

「そう。捜してほしいのは、L18で消えたL03の人間だ」


 それを聞いたアズラエルは、ますますしかめっ面になって、言った。


「正直なところを話せ。依頼を受けるのはそのあとだ。俺はどの辺からおまえの(てのひら)の上にいたんだ? 最初からか?」


 アントニオは本気で不思議そうな顔をした。


「どういう意味?」

「ようやくわかった。黒幕はおまえか」

「俺!?」

「おまえは今日、『いつ来るかと思っていた』といった。俺を待っていたんだな? 俺がおまえに、聞きに来ることを知っていた。なぜサルーディーバがルナと会ったのか――」


「あ、いや、そのあたりは、ほんとうに偶然だよ。俺が誘導とかしたわけじゃないよ!?」


 アントニオは本気であわてていた。両手を振りながら、否定した。


「どこからどこまでが偶然だ? 俺とおまえがラガーで会ったことから、今日まで。いくつが偶然で、いくつが仕組まれたことだ? おまえはたしかにラガーの店長と友人らしいが、自分の店が忙しいし、滅多にラガーに来ることはない。なのに、なぜあの日にかぎって店に来た? 俺がミシェルを捜しに来ることもわかっていたんだろ。そして、俺がマタドール・カフェで――」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 アントニオは大げさな手ぶりでアズラエルを制した。


「信じてもらえないかもしれないけど! ほんとうに、ほんとに! すべては偶然なんだ。俺がめずらしくラガーに顔を出した日に君がいて、一緒に飲んだことも、君がミシェルちゃんを捜しにここへ来たことも。もし、たったひとつだけ、俺が事前に知っていたことがあるとするなら」


 アントニオはひと息ついていった。


「クラウドとミシェルちゃんが“運命の相手”で、二人は必ずこの宇宙船のどこかで出会うだろうってことだけ」


 アントニオは、アズラエルとルナもそうなのだ、ということは言わなかった。


 アンジェリカは、宇宙船に乗ってからずっと――いや、乗る前からも、ルナに注目していた。ルナの周辺を占術で見ていた。あのZOOカードで。

 もちろん、ルナと一緒に乗った四人のカードも、いずれ四人と出会う、アズラエルたちのことも。

 ルナが出会う人物を、片っ端からチェックしていた。


 それは、「L77から来た少女がサルーディーバを救ってくれる」という予言のためだ。


 アントニオも、K08区のカフェで、クラウドがミシェルに一目惚れしたのをきっかけに、縁のつながりができていくことは聞いていた。


 だが、それだけだ。ほんとうにそれだけ。

 別に、アントニオが仕組んだわけではない。


「君を待っていたっていうのは、俺があれだけ止めたのに、サルちゃんが強引にルナちゃんに会いに行ったりしたから、文句を言いに来るんじゃないかと思って」

「文句?」

「だって、サルちゃんとアンジェと俺だったら、君が一番文句を言いに来やすいのは俺だろ? いる場所もわかってるし、近所だし、めんどい手続きもいらないし」

「……」

「……違ったみたいだけど」

「……」


 アズラエルは、先ほどの勢いを失っていた。アントニオがウソをついているようには思えなかったからだ。

 すべては、アントニオが仕組んだわけではない――。


「地球行き宇宙船で運命の相手に会えるっていうのは、眉唾(まゆつば)みたいに思ってる人もいるけど、火のないところに煙は立たないってやつ。ほんとうにあるんだよ、そういう出会い。これはほとんどの人が経験するからさ。不思議な偶然が重なって、出会うことも多いから、そう思いたくなるのもわかるよ」


 慰めるようなアントニオの言い方が気に障り、アズラエルは(さえぎ)った。


「……それで、人捜しって、だれを捜すんだ?」

「ああ」


 アントニオは追求がやんだので、こっちはこっちでほっとして、元の話にもどした。


「マリアンヌ・S・デヌーヴという女性だ」

「マリアンヌ……?」


 アントニオが出してきたのは、一枚の紙写真だった。

 色合いも()せた、古いもの。というより、この写真を写したカメラやフィルム(!)自体も古いのだろう。写真にある日付は、三年くらいまえだ。三年前でこのオールド感。L03ならではだ。


「マリアンヌ・S・デヌーヴ。――L03の中級貴族の出で、王宮にも仕えていた予言師なんだけど、一年くらい前から行方不明で……」


 アズラエルは写真を手にして、一瞬で思い出した。


「カサンドラ……」

「え?」

「知ってる。この女を。船内にいる」


 アントニオが身を乗り出してきた。


「見たことがあるのか!?」


 アントニオの大声を聞きつけて、離れた席にいたカザマとルナが、こちらにもどってきた。


「どうしたんです?」


「やっぱりあいつ、本物のL03の占い師か――いや、予言師ってヤツか。俺が、ルナと会う前の話だ。そう――初めておまえの店に来たころだ」

「ああ」

「ラガーで、クラウドにミシェルの居場所を教えた占い師がいた。それがカサンドラ。カサンドラと名乗っていた。でも、首にかけてるロケットタイプのネックレスに、マリアンヌの名が彫ってあった」


 アントニオは、突然の情報を消化しきれないように、口を手で覆った。


「ちょっと待て。……驚いたな。じゃ、この宇宙船に乗ってたのか?」

「あのネックレスが盗品でなければな」

「盗品……」

「わからん。本人かどうかはな」


「マリアンヌさまを、ご存じなのですか」


 カザマが口をはさんできた。


「ああ――ラガーで会った。フードで顔を覆っていたし、人相もだいぶ変わっているからな。だが、似てる。黒髪だったし、目が似ていなくもない」

「ラガーに行けば、オルティスが知っているかな」

「たぶんな。――でももしかしたら、病院にいるかもしれん」

「どういうこと?」


 アントニオとカザマの声色が変わった。

 めずらしく、アズラエルが言葉を(にご)した。


「……ありゃ病気だろ。もう長くねえな。俺らが会ったのが、十一月はじめころか。生きてりゃいいがな」


 寸時、アントニオが言葉を失って――それから、浮かしていた腰をスツールにすとん、と落とした。

 予想だにしない事実を、受け止めかねているようだった。

 しばらくうなだれたあと、泣きそうな顔で、アズラエルを見上げた。


「長くないって……?」

「ああ。かなり進行してるほうだろう。クラウドが見たんだから、まちがいはねえ。あの時点で、もう長くないと踏んでた。カサンドラは、俺たちと最後にラガーで会ってから、もうラガーでは姿を見てない。あの状態なら、担当役員が無理にでも入院させてるだろう。病院にいるなら、多分、クラウドが見舞いにいってるはずだ。場所を聞こうか」


「いや」

 アントニオは首を振った。カザマと顔を見合わせ、言った。

「役員経由で聞いてみる。その方が早いし、事情も聞けそうだ。今日中にサルちゃんたちにも連絡して、会いに行ってみる」

「そうしましょう」

「そうした方がいいな」


 アズラエルは、生きていたら、という言葉は使わなかった。


「なんでまた――彼女にいったい、なにが――」

「カサンドラは、いったい何者なんだ」


 アントニオは、悲痛な顔をあげて、「メルーヴァの姉だ」と言った。


「なに……?」

 今度は、アズラエルが(あご)を落としかけた。

「メルーヴァの、姉だって」


「そうだ」

「……参ったな」


 アズラエルが、口を覆う。それは無意識の行動だっただろう。

 縁者かもしれないと思ったことはあったが。


「ありがとうアズラエル。おまえが教えてくれなかったら、気付かないままだった。――マリアンヌは、マリーは、メルーヴァの双子の姉だ。去年の二月から行方不明だったんだ。サルちゃんたちは、彼女を捜していたんだ。まさか、こんな形で見つかるなんて」





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