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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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353話 アストロスの武神と、布被りのペガサス 3


 アントニオが発する太陽の火を「あっちい!」と避けながら、ミシェルは吹き出す汗を袖で拭きながら、周りを見渡した。


 不思議なもので、アントニオの火がこれだけ燃えているのに、周りには飛び火しない。


 地面の「土」が、冷えている気がした。神社を覆う「樹木」もだ。

 

「あっ!」


 ついに燃え尽きた予言の絵のあとには、いよいよバンヴィの絵が燃え出した。

 もちろんミシェルは、アズサの宇宙船から見える、八つの衛星の様子は知らない。


(どうか――間に合って)


 ミシェルは、切実な思いで願った。





「なんてことだ――!」


 ようやく、K19区の遊園地に着いたエーリヒたちは、めのまえの光景に息をのんだ。

 遊園地が炎に包まれている。

 エーリヒは、タカたちが、身を(てい)して入り口を塞ぎ、エーリヒを中に入れなかった理由が分かった。もしエーリヒが最初から遊園地にいたら、最初の炎上で、火に包まれていたかもしれない。それを容易に分からせるほどの火勢だった。

 入り口も、炎上して入りようがない。だが、ソフィーが、車に積んでいた消火器で消し止めた。


「君はほんとうに、最高の担当役員だよ!!」

「用意をしてたちこたんもね!」


 エーリヒとクラウドが手放しでほめると、ちこたんは当然だとない胸を張り、ソフィーはニッコリと笑った。


 なんとか遊園地には入れたが、街と変わらず、あちこち火勢が上がっている。


「こっちだ!」


 エーリヒとクラウドは、まっすぐに「シャトランジ」のアトラクションへ向かった。ソフィーとフランシスもあとを追う。


「うわっ!!」


 焼け崩れ、崩壊してきた美術館の柱が、夫婦とエーリヒたちを隔てた。燃える柱は、通路をふさいでしまった。


「君たちは入口へもどりたまえ!」

 エーリヒは叫んだが、炎の向こうから声がした。

「そういうわけにいかないわ! あたし、あなたの担当役員なのよ!」

「ソフィー、フランシス、俺たちには役目がある! だが、君たちは逃げてくれ、どうか、頼む!」


 クラウドの声に、しばしの沈黙のあと、フランシスが「分かった! 気をつけろよ」という声がした。


「ここまでありがとう!!」

「君たちには、ほんとうに感謝する!」

「生きて帰ったら、今度こそ、お茶でもしましょう!」


 ソフィーが炎の向こうで叫んだ。


「もちろんだ!」


 クラウドとエーリヒは、煤だらけの頬をぬぐいながら、先を急いだ。


「やっと来た! こっち、こっち!!」

「アルベリッヒ!!」


 サルーンを肩に乗せたアルベリッヒが、「シャトランジ!」の手前で手を振っていた。サルーンは、ノーチェ555がK19区の遊園地まえに横付けされるのを見てから、まっしぐらに遊園地の中へ飛んで行った。


「アルベリッヒ、君には礼のしようがない! どうあっても、私の命の恩人だよ!」


 君とサルーンがいなかったら、私はここでとっくに炭になっていた。

 エーリヒは彼の手を取ったが、そこで気づいた。「シャトランジ!」アトラクションの周辺だけが、鎮火している。


「ああ、これね。みんなにがんばってもらったんだ」

 なんと、たくさんのタカたちが、ホースをクチバシで支えて放水している。

「俺は消火器のつかいかたは分からないし、こういう施設にはちゃんと鎮火するシステムが着いていると思ったんだけど、なにぶんにもとても古い遊園地みたいで、消火システムが作動しなかったようだ」

「そうだったのか」

「俺は機械のことはまったく。だが、サルーンが水源を見つけた。水源の蓋は、俺とサルーンで開けて、あとはみんなで」

 アルベリッヒは逞しい腕を捲り上げて、にっこり笑った。彼の顔は、煤だらけだった。


「助かったよ――君がいなかったら、アトラクションには入れなかった。君はもしかしたら、アストロス、いや、世界を救ったかもしれないな」

 クラウドは、心底、感嘆を込めてそう言った。

「大げさだな」

 アルベリッヒは苦笑したが、実際のところ、彼が一番の功労者かもしれない。


「アルベリッヒ」

「アルでいいよ、サルーンもそう呼ぶ――どうした?」

 エーリヒは言った。

「実は、アル。この先で、われわれの友人が火に包まれているかもしれない。助けに行ってやってくれ。それで、できれば安全なところまで誘導してほしい」

「わかった」

 アルベリッヒは真剣な顔でうなずいた。

「逃げてくれと言ったが、この有り様の中、避難もせずに、だれか取り残された者はいないか駆けずり回っていた彼らだ。おそらく、逃げずにわれわれがもどってくるのを待っているかもしれない」

「そりゃまずいな」


 この遊園地は、消火システムが作動しなかったこともあって、ほかの建物より火勢が強い。遊園地の外へ出たならいいが、中にいるのは危険だ。

 エーリヒの予想は当たっていた。ソフィーとフランシスは、水源や消火システムを探しながら、ふたりがもどるのを待っていたのである。


「ふたりを救出したら、いっしょに外へ出ていてくれ」


 遊園地の外では、pi=poが保護機能を発動して、車を守って待っている。

 クラウドが言うと、アルベリッヒは首を振った。


「君たちをここへ置いて行けって?」

「だいじょうぶだ。われわれがここから出るときは、すべてが終わったときだ。そうすれば、太陽の神の発動も終わるから、火はなくなる」


 エーリヒの言葉に、アルベリッヒは黙ったが、やがてうなずいた。


 アルベリッヒとタカの仲間たちがソフィーとフランシスを救助しに向かうと、クラウドとエーリヒは、シャトランジの扉を開けた。

 いざというときのため、扉は開け放したまま。


「これが、イアリアスか」


 クラウドが、感慨深く、眺め渡した。

 地面に敷かれた市松模様の盤と、対局者席はそのままだが、対局者席から見える壁に、デジタルの対局盤がある。

 エーリヒが、先ほど読み終えたばかりのルール・ブックを手に、対局者席に座り、持っていたピンク色の星守り――月の女神の星守りをはめ込むと、電源が着いた。

 対局盤が光をともし、市松模様の盤に駒が現れた。


「いよいよ、本番か」


 エーリヒは、シャツの袖を(まく)り上げ、真剣な顔で手元の対局盤を見――そして。


「!?」


 人生史上最大級――もう、どんなことが起こったとしてもこれ以上驚くことはないくらいの――三オクターブは裏返った声を上げた。

 それはエーリヒとしてもあまりな失策だったし、クラウドに聞かれてしまったことも彼にとっては致命的だった。

 エーリヒの無表情顔から、眼球が飛び出した。


「チェスじゃなくなってる!?」




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