352話 夜の太陽と真昼の月 3
「これ――」
拝殿までバンヴィの絵を運んだミシェルと神官たちは、ようやく絵の異変に気付いた。
絵が、変わっている。
右端の、中央を指さしたセパイローと、手のひらに星を乗せたバンヴィはそのままだが、七人の兄弟神たちの様子がちがっていた。
「海の神さま……!」
海の神ゲム(衛星ガーナ)の懐に、なみなみと水がたたえられ、そこには小さな船が浮いている。クジラの形だ。しかも、上半分が燃えている。
ミシェルは、どこかでこの船を見たことがあると思った。そうだ――自分もこのあいだ描いた――これは、地球行き宇宙船だ。
水に冷やされた船の下部だけが、燃えていない。
そして、水の神パルべ(衛星ヴェーデ)が水がめで、なにかに水を注ぎ入れている。こちらに背を向けた姿なので、何に水をかけているのか、はっきりとは見えないが。
(遊園地?)
山の神エルト(衛星ケトル)は山を崩し、天空の神カザカンド(衛星サ)は雷を起こし、火の神ベルパ(衛星シウォン)は手のひらで火を燃やしている。
土の神や樹木の神もそれぞれ、姿が変わっている。
「これは――」
神官たちが首をかしげる中で、ミシェルだけが気付いた。
「これ――衛星の神様が、肩代わりしてくれてるんだわ」
地球行き宇宙船や、アストロスで起きている、炎上や破壊を。
そのころ、エーリヒとクラウドを乗せたソフィー号普通乗用車は、ウェストロードのど真ん中で立ち往生していた。並走している高速道路は、崩落している箇所がある。あちこちから火の手が上がっていた。
「高速は乗らなくて正解だったけど――こっちの道、通れないわね」
ウェストロードから、K10区を通ってK19区に向かおうとしていたが、K10区に入る道が、鉄門で閉ざされていたのである。
富裕層居住区だ。避難の際、盗難防止のために封鎖したのかもしれない。それにしても、鉄門の向こうの住宅街からも火の手が上がっていて、狭い道は通れそうになかった。
フランシスが車から出て鉄門をたしかめていたが、舌打ちしながらもどってきた。
「ダメだな。ゲートを開ける機械が故障してやがんのか、俺のカード通しても開かねえ――どうする、ちょっともどって、K13区から入るか」
「そうね――あのあたりは大きな建物ばかりで、道が広いから、じゃあ、そちらから」
ソフィーが車を転回しようとしたところで、バチバチと音がして、建物が崩れた――中にいたのが軍人と傭兵とレスキュー隊員でよかった。四人が一斉に車外に飛び出たので、命だけは助かった。
車は、建物の下敷きになり、ついでにごう音を上げて爆発炎上したが。
「うおお!! 俺の車が!!」
まだローン残ってたのに! と叫ぶフランシス。
「ここから歩きか……」
もっと絶望的な顔をしたクラウドだったが、間髪入れずやってきた二度目の天の助け。
猛スピードで火勢をよけながらこちらへやってくる小型自動車に、エーリヒもクラウドも見覚えがあった。
まさか。
「ちこたん!?」
『お待たせしました』
ルナのノーチェ555。ルナがララからもらったリリザ限定の高級車で、さっそうと現れたのは、ちこたんだった。
「君、自動車運転アプリ入ってたっけ!?」
思わずクラウドは聞いた。
『ちこたんが自分で入れました』
付喪神つきのpi=poは大変危険である。勝手にアプリを増やしかねない。
ルナは、見覚えのない請求に、あとからびっくりするだろう。ルナには気の毒だが、おかげで、この場にいる四人は命が救われた。
『ちこたんには、大切な任務があったのです。ですから仕方なかったのです。とにかくみなさんお乗りください。目的地までお送りします』
「いや、助かったよちこたん……!」
嘆くフランシスを引きずりながら、四人は小型自動車に乗った。大きな人間ばかりなので大変に狭かったが、贅沢は言っていられない。
ちこたんはみんなが乗ったのをたしかめてから、後部座席のエーリヒに向かって言った。
『エーリヒさん』
「なんだね?」
『そこにある本を直ちに読んでください。それは、今年の10月1日午前7時03分、ちこたんが受け取ったものです。送り主はバンビさん』
「なんだって?」
エーリヒの代わりにクラウドが返事をした。
本は、フランシスのケツに潰されていた。なんとか引きずり出し、開いたエーリヒは、「これは……」と言ったきり絶句した。
『ちこたんは、これをきたるべき時まで大切に預かり、エーリヒさんに渡さねばなりませんでした』
添えてあったメモも見て、エーリヒはちこたんに言った。
「ちこたん。君は立派に任務をやり遂げた」
『まだです。おふたりを、イアリアスまでお届けする任務もあります』
ちこたんは、周囲を確認し、バックした。
「これからは、自動車にもpi=poを乗せておくべきだな」
フランシスが涙目で言った。この自動車は、ちこたんが乗車しているおかげで保護機能が働き、多少の火事にはビクともしない。
「いや、太陽の火相手には、pi=poだって敵わないさ……」
「太陽の火!?」
クラウドの言葉に、ソフィーとフランシスは目を丸くして驚き――それから、めのまえに崩れ落ちて、道を半分ほども塞いだ木々の残骸を見つめた。
すでに、貴族の区画にある高級住宅街は火の海だ。
pi=poの保護機能は、最初の火勢は耐え抜いたが、二度目の火勢は無理だったようだ。
『急ぎます』
ちこたんが車をの向きを変えたところで、どでかいタカがボンネットに着地した――ソフィーとフランシスは、「ぎゃああ!!」と悲鳴をあげた。
「今度はなんだ!」
フランシスが叫ぶ。
「タカじゃねえか!!」
「びっくりしたわ――木が落ちて来たのかと思ったじゃない!」
「サルーン!?」
エーリヒが、後部座席から身を乗り出した。彼は車から出て、ボンネットのタカと喋りだした。
「君、もしかして、今度も道案内をしてくれるのかね」
サルーンが、まさしく、うなずくようにクチバシをぴょこん、と縦に振った。
「頼もしい! いや、じつに頼もしい!! よろしく頼んだよ!!」
エーリヒが、ガッシとタカの両羽根をつかむと、任せておけと言わんばかりに、サルーンは飛び立った。
後部座席にもどったエーリヒは、「ちこたん、あのタカに着いていきたまえ」と言った。
ちこたんは『承知しました』と言った。
ソフィーとフランシスはなにか言いたげに口をパクパクさせたが、
「彼はサルーンと言ってね」
クラウドがしかたなく説明した。
「エーリヒの数少ない友人なんだ」
夫妻には、タカしか友人がいないのかと思われたようだったが、エーリヒは一向にかまわなかった。
「オ、オーケー。なんだかわかんないけど、わかったわ」
ソフィーは肩をすくめて、座席に身を沈めた。




