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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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352話 夜の太陽と真昼の月 2


 その様子は、ガクルックス総司令部にいるフライヤたちにも確認されていた。

 フライヤが持つ観戦盤には、「ジャマル(らくだ)」であるメルーヴァ隊の動き、そして、メルーヴァ隊から突如現れ出でた、ラグ・ヴァダの武神本体の黒雲の発生も、すべて写しだされていた。


「クルクスが一番安全とは、こういうことだったのか……!」


 サンディがうめくように言った。

 クルクスが――クルクスだけが、シャトランジの膜からも、黒雲からも守られている。

 不思議な空白地帯になっている。

 シャトランジの黄金幕を空色の光が弾き、ラグ・ヴァダの武神の黒雲を、同じくらい真っ黒で恐ろしげな黒い炎が、クルクスの内側から噴き出て止めている。


「あそこには、真昼の神様と夜の神様、月の女神さまが待機されていると、ザボンさんからはお伺いしてます」


 フライヤの言葉に、サンディやオリーヴは絶句した。


「夜とか月とかって――」

「それって、マ・アース・ジャ・ハーナの神話のことですか!?」

 フライヤはうなずいた。

「そうらしいです。だから、クルクスは安全なんだそうです」


 サンディはもはや、口をパクパクさせるのみだった。オリーヴとベックも同じだ。


「じゃ、じゃあ、あそこにいるルナちゃんは、とりあえず無事なんだな」


 オリーヴとベックは、ほっとしたような、安心したような、情けない顔をした。彼らは当然、ルナが「月の女神さま」だということは知らない。


「アストロスの陸軍本部の撤退完了!」


 フライヤたちが観戦盤から目を離せないでいるあいだにも、続々と、アストロス中の軍が、ここ、ガクルックス南端に集まってくる。


「シャトランジは、ケンタウル中央まで覆いました!」

「マクハラン少将の隊は、半分が撤退完了しています!」

「バスコーレン隊、先着隊があと三十分で到着予定です!」


 次々にもたらされる報告を、サンディが確認した。フライヤは、観戦盤を見つめたきり動かない。

 突然、はっと、天使隊隊長のヴィクトルが耳を澄ませた。


「ヤーコブが……!」

 長老は、そばにいたふたりの天使に言った。

「シュバリエ、アンリや。ヤーコブが死の危機に(ひん)している。助けに行きなさい」

「ヤーコブが!?」

 二人の若い天使は、「はい!」と叫んですぐに飛び立った。

 入れ替わりに、別の報告が飛び込んでくる。


「ケンタウル中央のアストロス空軍は、――えーっと、“アストロスの武神”両名が到着次第、こちらへ合流するとのことです!!」


 サンディは、もはや開き直った。「武神」だろうが、神話の神様だろうが、この状況をなんとかしてくれるなら、すがるしかない。


「了解!!」





 船内では、すでに予言の絵の一枚目が燃え尽き、ミシェルが描いた二枚目の、地球行き宇宙船の絵が燃え尽きようとしていた。


 拝殿ではアントニオが燃えつづけ、イシュマールたちは祈祷をつづけている。祈祷が始まってから、絵が燃えるスピードが遅くなった気がした。


 ミシェルは、不思議なものを見た。


 炎の中で、溶けるように宇宙船の絵だけが燃え尽き、ラグ・ヴァダの女王の絵姿が、現れたからである。


 今度は、ラグ・ヴァダの女王の姿絵が、端からゆっくりと燃えはじめた。


「――!」


 ミシェルはそれを見て、何回も塗りつぶして悔しかったけれども、この絵を描いておいてよかったと心底思った。


 この絵が、宇宙船が燃えてしまうのを防いでいるのだ。絵が、船内に燃え広がった炎を吸い込んでいくのを、何度も見た。


 ミシェルは、決意した。


 たしか、おじいちゃんの休憩部屋に、道具があったはず。それを借りてきて、もう一枚――そう思ったミシェルのまえに、ベストタイミングで「偉大なる青いネコ」が現れた。


「青いネコ! あたしを手伝って! もう一枚描こう!」


 ミシェルはそう言って駆け出したが、青いネコはミシェルの言葉には答えず、彼女をギャラリーに向かう小径(こみち)に招いた。


「――?」


 青いネコに導かれるまま、小径(こみち)を駆け抜ける。休憩部屋があるあたりを過ぎた。ミシェルは戸惑ったが、ネコは、まだ先だというように、振り返っては先に進む。

 この先は、ギャラリーしかない。


「ネコ? なにがしたいの?」


 ギャラリーまでたどり着いてしまった。まだこのあたりに火は来ていない。

 ミシェルは息を整えて、青いネコを見た。ギャラリーはがらんどうだ。飾ってあった絵は、ララがぜんぶ、保護のために運び出した。ここには、何も残っていないはず――。


「ウソ!?」


 ミシェルは思わず絶叫してしまった。

 ネコに導かれるまま、室内に入って、とある絵が飾られていた場所に行くと、なんと、その絵だけ、残っていたのだ。


 ――バンヴィの絵が。


『これだけは残すよう、アンジェを通じて計らっておいた』


 ようやく、青いネコは口をきいた。ララの悲鳴と号泣が、想像できるようだ。よく承知したものだ。ミシェルは青ざめた。


『ま、そのうち、描きなおして提供するほかあるまい』

「描くのあたしですけど!?」

『なんとかして拝殿へ運ぶぞ』


 ネコが言うが早いか、神主が数人、ギャラリーの庭を横切っていくところだった。ミシェルは思わず叫んだ。


「すみません! この絵を運ぶの、手伝ってください!」





「これは……」


 ちょうどそのころ、アズサ中将の大隊が、アストロス太陽系から少し離れたエリアの調査を終えて、地球行き宇宙船が停泊する座標までたどり着いたところだった。


 地球行き宇宙船と、アストロスが――。


 映し出された映像は、操縦室の皆を絶句させるものだった。

 想像を絶する光景が、めのまえに広がっている。


 地球行き宇宙船が炎上し、アストロスが――おそらくナミ大陸付近の様相が様変わりしている。暗黒の大気が、宇宙からでも見えるほどに、球体の半分を覆っていた。


 美しかった緑色の球体が、なかば腐り落ちた果実のように。


「ああ……っ」

 

 冷静を保っていたのはアズサくらいのもので、周囲の側近からは、口々に絶望の悲鳴が漏れた。


「アストロスに降りた本隊は――」

「一時間前から、フライヤ隊と連絡が取れません!」

「バスコーレン大佐、およびサスペンサー大佐もです!」

「マクハラン少将が、アストロスに降りた報告が!」

「それは軍令違反では」

「アズサ様、――わが隊は、どういたしますか」

「まずは、オルトワと連絡を取れ」


 皆が皆、動揺を隠しきれなかったが、アズサは冷静に告げた。

 オルトワ――オルトワ・B・ソレン大佐。地球行き宇宙船の護衛艦の艦長である。

 こちらから通信する前に、オルトワの艦からの通信を受け取った。


「オルトワ、そちらは無事か」

 アズサの声は、冷静ではあったが、強張っていた。

『はい。こちらは、ほとんど損害ありません』

 オルトワの声も揺れていなかった。

「地球行き宇宙船は――」


 アズサは言いかけて、はっと気づいた。眼前の映像の、奇妙な部分に。


『地球行き宇宙船は、燃えてはおりません』


 オルトワの言葉に、全員が全員、耳のほうを疑った。

 燃えている。幻ではない。たしかに、地球行き宇宙船が燃えている。火に包まれている。

 この目に映っているのは、炎上する機体の姿。


 だが、すぐに皆も、アズサが気付いたように――その「不思議な」光景に気づいた。


 燃えてはいるものの、崩壊しないのだ。船体の崩壊がない。これほどの火に包まれたら、爆発炎上でもするはず。それがない。しかも、炎に包まれているのは、上部だけだ。下部は、まるでそこだけくっきりと切り取られたように、火に包まれてはいない。


「――何が起こっている?」

 アズサは尋ねた。


 オルトワもまた、言葉を探しあぐねるかのように一度黙したが、やがて言った。


『この“炎上”は、地球行き宇宙船の特殊部隊においては、想定内とのこと』

「想定内?」

『こちらを、ご覧ください』


 オルトワの言葉とともに、映像が切り替わった。アストロス太陽系の全容が映し出されている。アストロスを中心にして、八つの衛星が取り囲んでいる形だ。


 アズサたちにもそれが見えた。八つの衛星に、それぞれ、異変が現れている。遠目からでも見えるほどに――。


 ひとつひとつの衛星が、順番にピックアップされて拡大されていく。おそらく映像は、衛星に放った小型無人機からだろう。


 ある星では、空を暗雲が覆い、雷が雨のように降り注いでいる。ある星では地鳴りとともに、山岳が崩壊している。ある星ではすさまじい活火山の活動が見られ、ある星では、海の水位が上がり、うねりを上げて大嵐を巻き起こしているのだった。


「なんだこれは――」

『アストロスで起きている“異常事態”を、衛星が肩代わりしているのだそうです』

「なんだと?」




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