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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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352話 夜の太陽と真昼の月 1


「なんだあれ――夜なのに、太陽が出てる」


 クルクスの人々は、恐怖の目で天空を見つめた。


「あれは、太陽じゃない……!」


 地球行き宇宙船が燃えているんだ。

 だれかが、言った。





 ナミ大陸南地区、サザンクロス・シティ手前の、アクルックス最南端に陣を敷き直したバスコーレン大佐の大隊が、メルーヴァ軍と衝突したのは、たった三十分前だった。


 アクルックス最南端の街ノーリ。

 普段は静かな田舎町だったが、対メルーヴァのために置かれた軍隊のせいで、物々しい様相に一変していた。


 衝突と同時に、バスコーレン隊にいた伝令役の天使が、ガクルックス総司令部に向かい、着いたのが、五分後。


 彼が再びバスコーレン隊にもどったときには、戦闘は終結していた。


 伝令役の天使ヤーコブは、バスコーレン大佐の、呆然とした顔と相対した。

 バスコーレンは言った。


「メルーヴァはまるで、風のように、ノーリをすり抜けていった」と。


 ヤーコブは、不思議な状況を目の当たりにしていた。あちこちに負傷兵はいるが、死者はひとりもいないという状況をである。バスコーレンの言葉そのもの――メルーヴァ隊は、あっさりと、ノーリの街を過ぎて行ったのである。


 見張り役がメルーヴァ軍の姿を確認したとき、すでに先頭のメルーヴァは、街に入り込んでいた。


「先頭はメルーヴァ! つぎに、幹部のエミールと思われる人物が見えます。はい、八騎士のひとりです!」


 最初の報告は、以下の通りだった。


 彼らは五十人ほどの軍勢で、ただまっすぐに走ってきた。

 なんのためらいもなく。

 まるで障害物コースの徒競走でもしているようだったと、バスコーレン隊の軍人たちは、口をそろえて言った。


 彼らには、ほとんど殺気がなかった。つまり、こちらと戦う気は微塵(みじん)もなかったのである。


 ただ、長剣だけをたずさえて、彼らは走ってきた。


 ただちに、銃を構えた兵が街の南入り口の橋を封鎖してかまえたが、メルーヴァたちは、止まらなかった。


「止まらんと撃つぞ!!」


 指揮していた軍曹は発砲を命じた。たしかに、撃ったはずだった。――手ごたえはない。メルーヴァ軍のだれにも、当たらなかった。それもそうだ。メルーヴァ軍はめのまえにいなかった。まっすぐ走ってきたはずの彼らは、急に方向転換した。メルーヴァたちは橋を回避して、川を直に渡りはじめた。


 そちらへ向けて発砲しても、だれにも当たらない。

 おかしかった。


 メルーヴァ隊のスピードは、落ちている。当たらないわけがなかった。だが、当たらない。奇妙だった。彼らを防御壁のようなものが守っているわけでもない。なぜならば、銃弾は何発も水面に波紋をつくるからだ。


 防がれているのではなく、避けられているのだとだれかが気づく前に、メルーヴァ軍は先へ進んでいた。


 その時点で、バスコーレン隊は異常事態に気づいたが、解決するすべを見出す者がだれもいなかった。


 分かってはいた。相手はメルーヴァ。どんな力をつかってくるか分からない。


 計画通り戦車隊の大砲が動き出した。

 戦車が待機している道路へ来るよう、道を(ふさ)ぎ、誘導したはずなのに、メルーヴァ隊は来なかった。


 彼らはなんと、屋根の上を走った。


 屋根の上を走るメルーヴァ隊に発砲したバスコーレン隊の証言だ。やはり彼らには、一発も当たらない。


 銃剣部隊が立ちふさがったが、メルーヴァたちは、それもなんなく突破した。メルーヴァ隊に傷ひとつつけられなかった代わりにといってはなんだが、バスコーレン隊にも、負傷者はいても、死者はいなかった。


 腕に名のある銃剣部隊は、メルーヴァたちの武人たちに軽々と「避けられた」。

 相手にもならなかったのだ。

 彼らは、すぐさまひっくり返され、あるいは突き飛ばされて動けなくなった。


 バスコーレンの部下が、ヤーコブに告げた。


「まるで、メルーヴァたちは、われわれの動き“すべて”を予測しているようだった」と。


 すべて、とは、陣形、地形、作戦や、街のどこに戦車やスナイパーが待機しているかだけではない。弾が飛んでくる方向、銃剣部隊が、メルーヴァ隊に飛びかかるタイミング、傭兵や軍人ひとりひとりの動き、体術、足さばき、だれがだれに向かっていくかというところまで、すべて把握していたようだったと。


 それを言ったのは、たったひとりではなく、メルーヴァ隊と衝突した軍人たちが、口をそろえてそういうものだから、不気味さはいや増した。


 ヤーコブは、メルーヴァが、「予言師」でもあったことを思い出した。


 まさか、この地でなにが起こるか、バスコーレン隊がどう動くか、すべてを予知していたとでもいうのか?


 ヤーコブの予想は、大げさではなかった。

 メルーヴァは、この地に敷かれる陣営の作戦図案を、とうの昔に見ていたのである。

 もしこの場にアダムがいたなら、彼がメルーヴァに呼ばれたとき、メルーヴァ隊が不思議な「踊り」をしていたことを、思い出しただろう。

 あれは、メルーヴァ隊のひとりひとりが、身体に覚え込ませていたのだった。

 バスコーレン隊を、風のようにすり抜けるために――すべてを避け、だれも傷つけず、自隊も無事なまま通り抜けるすべを。


「本来なら、このままメルーヴァを追うべきだろうが、総司令部のほうから撤退命令が出ている」


 バスコーレンは、肩をすくめて、それから目頭を押さえた。


「サスペンサーどのも、討ち死にされた」

「……」

「シャトランジというもののチェス盤は広がっている。メルーヴァを追えば、確実に我らも捕らわれるだろう。そちらを先に、なんとかすべきだろうな」

「はい」

「幸いにも、メルーヴァは――その――信じられない事態というべきか――徒歩だ」


 バスコーレンは、首を振った。


「走ってクルクスに向かっている。――理解できんが、実際、そうだ。何日かかることか。まさか、走りっぱなしなわけはあるまい、奴らとて人間だ――たぶんな」

「ええ。人間です」


 ヤーコブは、うなずいたほうが彼を安心させられるだろうと思ってそうした。案の定、バスコーレンはほっとした顔を見せた。


「クルクス到着には、先が長い。そのあいだにシャトランジを食い止め、メルーヴァ軍を追うしかあるまい――ヤーコブどの、フライヤ総司令官に伝えてくれ。すぐに全軍を持って、ガクルックス総司令部に向かうと」


 バスコーレンの言葉に、ヤーコブが返事をしようとしたそのときだった。


「うわあああ!!」


 悲鳴が上がった。ひとりではない。バスコーレンもヤーコブも、悲鳴の理由が分かった。

 彼らは、ノーリ本部から外へ飛び出した。

 空が、みるみる黒雲に覆われていく。その雲は、雨雲ではなかった。なぜなら、巨大な男の顔を成していたからだ。

 

「――なんだあれは!?」

 沈着冷静で知られたバスコーレンも、さすがに動揺を隠せなかった。


「ラグ・ヴァダの武神……!」

 ヤーコブが、冷や汗をぬぐいながら告げた。

「早く撤退してください! ここはわたしが食い止めますから!」


 ヤーコブは剣を抜いた。その剣は、まるで太陽のコロナのように炎を宿している。


「太陽神アンスリーノよ……地球の太陽神よ、アストロスの太陽神よ、三つ星の太陽の加護をわたしに……!」


 ヤーコブは祈った。震える手と怯えた心を励ましながら――。


「退け! 全速力で退くんだ! 総司令部に合流するぞ!!」


 バスコーレンの声が、ノーリの街に響き渡った。





「――なんだ、あれ」


 クルクスの入り口にいた住民、そしてクルクスで最も高い土地にある城にいた住民は、彼方、サザンクロスの方から、不気味な黒雲が天を飲み込んで、こちらへやってくるのを見た。

 夜半であるのに、空には太陽が照り付け、その恐ろしさに戦慄しているところへ、これである。


「大変だ!」


 さらに、右手のジュエルス海側から、黄金幕が倒れてくる。ついにシャトランジが、ここまで来た。住民たちは、我先にと、城のほうへ逃げ出した。


「たすけてくれ!!」

「早く城へ――!!」

「みんな、急げっ!!」


 城のほうへ逃げる住民たちの流れに逆らって、黒服の男がひとり、アストロスの武神が見下ろす門のほうへ歩いていく。逃げることで精いっぱいの住民は、その男の存在に気づかなかった。


「ダメだ! 膜が――!」


 黄金色の膜が、城壁にかかりはじめたそのときである。


 クルクスを覆いつくそうとした黄金の壁が、結晶になって弾け飛んだ。弾け飛んだ部分から、再び幕がよみがえって広がろうとするが、結晶になって消えていく。膜は、それ以上広がらない。クルクスには降りてこない。


 逃げ惑う住民たちがそれに気づいたのは、どのあたりからだったか。


 サルーディーバ遺跡記念公園の入り口は、避難民で渋滞していた。停滞していた彼らが一番早く、見つけたかもしれない。


 空色の光が、シャトランジの膜を弾いている。


 住民たちの逃げる足が、止まり――だれもが、空を見上げ始めた。


「――おお! 地球の神か!」


 真昼の神が――カザマが、女王の間で、シャトランジがクルクスに敷かれるのを防いでいた。


 そして、兄弟神の門の内側では。


 噴煙のようにクルクスめがけて襲いかかってきた黒雲が、武神たちの手前でピタリと止まった。


 夜の神が、黒雲がクルクスを覆いつくそうとするのを止めていた。




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