351話 イアリアス Ⅲ 2
「サスペンサー隊は全滅、それから、あの黄金幕も広がっているとのこと!」
「マクハラン少将の部隊も撤退しました!」
「少将はどこへ!?」
次々ともたらされる報告を遮り、フライヤの悲鳴のような声。
「すでに宇宙船で、E002へ――」
「マクハラン少将の隊はバラバラになって逃げています! 逃げ遅れて幕につかまった者も多数――!」
「――!!」
フライヤは歯噛みした。マクハランは、自隊を統制することもできず、自分だけ宇宙船に乗って逃げたのか。
「総司令官――どうか、指示を」
不安げな顔で、皆が、フライヤを見ていた。天使隊隊長のヴィクトル、アノール代表のタロも、フライヤの指示を待っている。
そこへ、オリーヴとベックを両脇に抱えたテッサが飛び込んできた。
「フライヤ総司令官! あの黄金盤は、広がっているぞ!」
「え、ええ――報告は聞きました」
「ボリス……かあちゃん、デビッド……」
オリーヴが泣きじゃくっていた。
「オリーヴ……」
フライヤは、友人の慟哭を、絶句した顔で見つめた。テッサはオリーヴをちらりと見て、「すぐ引き返します!」と怒鳴った。
「彼女たちの仲間が、今たったひとり、ジープで逃げています!」
テッサは、呆然としているオリーヴとベックを床に降ろし、すぐ発とうとした。
だが、三人の天使が、続けざまに入ってきて、ひとつしかない入り口はさえぎられた。
「また、黄金盤が、敷かれました!」
オリーヴとベックが、目が覚めたように天使たちに縋った。
「ボリスは!?」
「だれか、逃げ遅れた者が?」
「ボリスって、俺たちの仲間なんだ! L20陸軍のジープで、マルメント山地から降りてこなかったか!?」
天使たちは顔を見合わせ、気の毒そうに言った。
「マルメント山地とサムルパ街は、完全に黄金盤に覆われた」
「――!」
オリーヴの膝が、がくりと崩れた。ベックが、「ちくしょおおおお!!」と号泣した。
天使たちは、悲しげな顔で二人の肩に手をやり、告げた。
「あの黄金盤は、広がり続けます! おそらく、アストロスの果てに行くまで、止まらない」
「ジュセ大陸の住民も、星外への避難を」
「この総本部も撤退すべきです! 黄金盤はここまで来る、時間の問題だ!」
彼らの言葉に、司令部にいる軍人たちにも、動揺が広がった。
「――いいえ」
首を振ったのは、フライヤだった。彼女は、観戦盤を持ち出していた。フライヤが、クルクスから帰ってきたときに持っていた石板だ。サンディも、今日初めてそれを見ることになった。
打開策でも書いてあると思いきや、それは、アストロスの地図だった。
「――これは」
天使たちもアノール族も、サンディたちも、観戦盤を覗き込んだ。エタカ・リーナ平原から、市松模様の黄金盤が広がっていくのが映し出されている。
「クルクスで借り受けたものです」
フライヤは言った。
盤は、エタカ・リーナ平原から、マルメント山地、サムルパ街、ジュエルス海の西側まで覆いつくすほど広がっている。マス目の広さも、盤が広がるにつれ、倍加していく。
「これはまさしく、チェス、ですな……」
天使ヴィクトルが白ひげをなぞりながら唸った。
盤の上を、ハイダクと呼ばれる歩兵の駒がゆっくり進んでいるのを、見ることができた。
彼らが戦慄したのは、サスペンサー隊を全滅させたのは、歩兵の駒であるということだ。
つまりその後ろに――エタカ・リーナ山岳のふもとに、まだ動いていない、将軍や馬、戦車などの駒が待機している。
歩兵が動いただけでこのありさまなら、将軍たちが動き出せば、どんな惨状が起こることか――。
たしかに、このままでは、アストロスは「シャトランジ」によって壊滅する。
「ナミ大陸全域の軍を、ここ、L20の総本部に集めてください!」
観戦盤を見つめ、思案していたフライヤが、ついに指示を出した。
「――え!?」
だれもが、耳を疑った。
「駒は、このまま進み続けることはありません。対局者が、地球行き宇宙船にいます!」
司令部がざわめいた。
「くわしく説明しているヒマはありません。メリッサさんの話が本当なら――地球行き宇宙船のイアリアスが起動されれば、進んでくる巨石の駒たちを止めてくれるはず」
「はい」
メリッサがうなずいた。
「最初の計画通り、L20の軍は、人命の救助を最優先します!」
ヴィクトルは笑顔を見せ、アノールのタロは、物足りなさそうな顔を見せた。
メリッサは、打ちひしがれているオリーヴとベックの肩に、手を置いた。
「オリーヴさん、あなたのお母様も、デビッドさんもきっとご無事です」
「マジで!?」
オリーヴとベックが、涙まみれの顔でメリッサにすがった。
「彼らは、太陽の神と真昼の神が守っている。だから無事です」
「ボリスは!?」
ベックの声に、メリッサは言った。
「きっと、メルーヴァ姫が助けてくれる」
その言葉に、今度は天使とアノール族が微笑みあった。
「とにかく、天使隊の皆さん、アストロス軍本隊とバスコーレン隊に飛び、この指示を伝えてください! 全軍、ガクルックス総司令部に集合! それから、サンディ中佐、バラバラに逃げているマクハラン少将の部隊を、こちらへ誘導してください!」
「はっ!!」
「分かりました!!」
天使たちや、軍人たちが飛び出して行くのを目で追い、フライヤは、再び観戦盤に目を移した。
自分の判断が正しかったかどうか――分からなかった。
だが、バラバラのままでいては、一斉に逃げられない。
それに、天使たちとアノールの部隊は、最後まで戦うと言っている。アストロスから、L20の軍だけが撤退するわけにもいかない。
ジュセ大陸に残された住民を、全員避難させるには、時間が足りない。
(どうする――星外にいるアズサ中将にお願いして、ジュセ大陸の住民を、L002まで退避させるか――)
そこへ、新たな天使隊の伝令が飛び込んできた。
「マクハラン少将の宇宙船が、撃墜されました!」
「なんだって!?」
オリーヴの顔は、真っ青を通り越して、白くなっていた。
「バスコーレン隊が、メルーヴァ軍と衝突したぞ!!」
次々にもたらされる報告に、L20の軍で冷静を保っていたのはフライヤだけだ。
「撃墜――いったい、だれに」
ベックの問いが終わるまえに、フライヤは司令部を飛び出していた。あとを追うように、ヴィクトルとタロ、メリッサ、オリーヴらも、部屋を出る。
外に出た彼らは、南の方角に、身震いするようなものを見た。
「――ああ」
だれかの口から、絶望的な声が漏れた。
ここからも見える。
ナグザ・ロッサ海域の上空に、真っ黒な“もや”につつまれ、爆発炎上しているマクハラン少将の宇宙船が。
「――われわれはもはや、アストロスから誰ひとりとして、出ることは叶わぬというわけだ」
タロがうめいた。
「ラグ・ヴァダの武神を滅亡させぬことには」
オリーヴが、腰を抜かした。あわててフライヤが支えようとしたが、伝令役の天使が、支えてくれていた。
シャトランジを止めるには、天使隊とアノールが一丸となって、エタカ・リーナ山岳にある武神の剣の墓碑を破壊しに行くという提案も出た。
あるいは、バスコーレン隊だけでなく、全軍でもって、サザンクロスにいるかもしれないメルーヴァの進攻を止めるか――。
しかし、もう遅い。メルーヴァ隊とバスコーレン隊は衝突してしまった。
どちらにしろ、フライヤには分かっていた。
すべてが、ひとの力の及ばぬ領域なのだ。歴戦の猛将として知られたサスペンサー隊がなすすべもなく全滅し、マクハラン少将の部隊も散り散りになり、わずかな供を連れて逃げようとしたマクハラン自身は、ラグ・ヴァダの武神によって、塵となった。
ジュセ大陸から、星外に住民を避難させるのも、危険が大きい。
こうなれば、L20の軍は、すこしでも犠牲者を増やさぬよう尽力するしかない。
「メリッサさん」
フライヤは瞬きもしないで、言った。
「……ジュセ大陸のほうに黄金幕が行くまえに、対局者は現れますよね!?」
「はい」
メリッサは、迷いなく、うなずいた。
エタカ・リーナ山岳から、歩兵が一斉に動き出した。
マリアンヌは、胸がつまりそうになりながら、惨状を見下ろしていた。
シャトランジの装置に座しているシェハザールは、すでにラグ・ヴァダの武神の黒もやにつつまれ、かつての凛々しい面影をすっかりなくしている。
空洞になった目だけが、爛々と不気味な光を宿し、口や耳から、黒い瘴気を吹きだした、おぞましい化け物に変わり果てていた。
(シェハ)
マリアンヌは想い人を痛ましげに見つめ――決意した。
巨石が、血潮を引きずって進んでいくのを、悲壮な目で見据えたまま。
(ルナは、おそらくアストロスの民を助けるために世界の用意をしていて、こちらには気付かない)
彼女は、震える手で、自身のZOOカードボックスを手にした。
(いちか、ばちかだわ)
マリアンヌは目を瞑り、深呼吸をした。
(勇気を出すのよ――マリー)
「封印――解除!!」
マリアンヌの呪文とともに、アンジェリカとペリドットのZOOカードボックスに巻き付いた鎖が、弾けて消えた。
「解けた!」
アンジェリカの喜びの声。あらゆる呪文を唱えつづけてもセリャドは解けず、アストロスとの連絡は、シャトランジの盤が敷かれたときから取れなくなっている。ルナに、解除を頼むこともできなかった。
そもそも、だれがいったい、セリャドのまじないをかけたのか、それすらも分からなかった。
「なにが起こったの――」
封印が解け、ZOOカードが開いたと同時に、すべてを解したのはペリドットが先だった。
マリアンヌは、セリャドを解いたとたんに、ラグ・ヴァダの武神の黒もやが、自分のほうを向いたのに気付いた。
シェハザールを取り巻いている黒煙が、刃の形を成した。
「――!」
彼女は、目を瞑って、その刃が自分を刺し貫くのを、覚悟した――。
だが、刃は、彼女を襲っては来なかった。
「ジャータカの黒ウサギ“危機”――“ぬいぐるみ”」
ペリドットが唱えたのと、ほぼ同時だ。
マリアンヌの姿を模した“ぬいぐるみ”が、彼女の目の前に現れて、身代わりとなった。自分の姿のぬいぐるみに、深々と黒い槍が突き刺さるのを、マリアンヌは見た。
ぬいぐるみには、太陽の神の気配がある。助けてくれたのは、ペリドットだった。
(ペリドットさま!)
ぬいぐるみは、武神の刃が突き刺さったところから、どろどろと溶けていく。
あれをまともに食らっていたら、マリアンヌの魂もダメージを負っていたかもしれない。
彼女はぞっとし、それから、ほっとして尻もちをついた。
「このテがあったわ――」
尻もちをついていたマリアンヌは、あわてて岩陰へ隠れた。「“ペルチェ”!」と叫んで、自分の分身を、洞穴前に残して。
「マリー!」
ZOOカードを起動し、マリアンヌの危機を悟ったアンジェリカが行動を起こすまえに、ペリドットが助けていた。
「ペリドット様、ありがとうございます!」
アンジェリカは礼を言い、
「それにしたって、どうしてマリーが、こんなところに……」
肉体を持って、よみがえったということなのか?
「もしかして、セリャドをかけたのは、マリー?」
理解できない事態に固まっているアンジェリカに、ペリドットは叫んだ。
「それより、急げ! ZOOカードに“防御”を三回かけろ。二度とセリャドなんぞかけられてたまるか」
「はい!」
アンジェリカはあわてて座った。
「エーリヒは、イアリアスのアトラクション内についたか?」
ペリドットは、片手でディフェンサをかけながら、小さな地図を表示して、仲間の配置図を見たが、エーリヒはまだ、中央区役所にいた。
「なにをグズグズしてるんだ」
ペリドットは、あのエーリヒが、まだK19区に到着していないのを不思議に思い、原因を確かめようとした。
「“原因”」
エーリヒの「賢者の黒いタカ」を呼び出して、カウサの呪文を唱えた。
すると、K19区の遊園地の映像が表示された。――理由が分かった。遊園地の入り口に、ありったけのタカが集まって、ふさいでいる。
「なにコレ!?」
それを見たアンジェリカも叫んだ。
「どういうことだ……」
今度はペリドットも、咄嗟に「真実」を見抜けなかった。
一難去って、また一難。やっとZOOカードボックスが解除されたのに、今度はエーリヒの通路を阻むように、タカが邪魔している。これでは、エーリヒがイアリアスのアトラクションに着けない。
――そのときだった。
「うわあああ!!」
奥殿の外から悲鳴が聞こえた。
悲鳴と同時に、猛烈な熱気が奥殿にも押し寄せた。
「なに!?」
「席を立つな! アンジェ!!」
窓から外を見ようとしたアンジェリカを、ペリドットが止めた。
ペリドットが展開した地図が、勢いよく燃え上がったのだ。K19区の遊園地の画像から、真砂名神社の拝殿に変わった。
そこには、アントニオが火の塊となって、立っている姿が映っていた。
「アントニオが発動している……!」
「え!?」
信じられない顔でペリドットがつぶやいた。滅多なことでは動揺しない彼の額に、汗が浮かんでいた。
「なぜだ。まだ千転回帰はしていないぞ」
ペリドットの言葉通り、拝殿前に立ったアントニオが太陽と化していた。
アストロスの兄弟神が、真砂名神社に上がったときの儀式とはくらべようもない勢いだった。
宇宙船が、一気に、炎に包まれたのだ。
だが、それは一瞬だった。予言の絵が、宇宙船中に広がった炎を吸い上げるように、音を立てて燃え上がった。
船内にたくさんの人が残っていたら、多数の犠牲者が出ていたはずだった。
地下の操縦室は無事だったが、陸地の街並みは、一瞬で火に呑まれた。
わずかに、犠牲者は出ていた。奥殿の外に待機していた神官がひとり、足を火傷した。アンジェリカが聞いたのは、彼の悲鳴だった。
「アントニオ、いったいどうしたんじゃ!」
太陽神を発動させたアントニオに、もうひとの言葉は通じない。イシュマールは叫んだが、やはりアントニオは、灼熱の塊となったまま、微動だにしない。
「なぜ――まだ、千転回帰はしとらんぞ」
イシュマールはペリドットと同じことを言い、燃え上がる予言の絵を見た。
「予定外じゃ! もう、一枚燃えてしもうた」
予定よりはやく、アントニオが太陽の神と同化してしまった。これでは、宇宙船の守護のために用意したものが、足りるかどうか。
「一枚目の予言の絵がもつのは、三十分ほどじゃ」
イシュマールは、不思議なほど形を保ったまま燃え続ける絵を見ながら、言った。
「原因を探すぞ!」
「はい!」
イシュマールは社務所にもどったが、原因はすぐに分かった。
L03から受け取った、電話によってだ。
「なんじゃと!?」
アントニオが、千転回帰を待たずして太陽と化した原因は、L05の神官のしわざであった。
L03に、ラグ・ヴァダの武神の亡骸のカケラがある。三千年を経てもなお、力を失わずに残っている。
二千年前、千年前と、ラグ・ヴァダの武神を倒すことがかなわず、封印し直してきたそのカケラを、今度こそ本体を滅ぼすということで、焼き清める手はずになっていた。
ラグ・ヴァダの武神のカケラは、ふつうの火では燃えない。
太陽の神の力を持った火を、さらに百日ほど祈祷をして、神力を増幅させた神火でなければ焼き尽くせないのだ。
L05にある太陽と昼の神の神殿から、用意を済ませた聖なる火を、L03のラグ・ヴァダの武神の墓碑まで移動させ、L03の神官と協力して焼くことになっていた。
――だが。
太陽の火がL03に着いたとたんに、ラグ・ヴァダの武神の遺骸のカケラは、危機を感じたのか、黒煙となって噴き上げた。
L03の神官たちが、つぎつぎと、黒煙にやられて倒れていく。
本来なら、千転回帰を待って、太陽の神の発動と同時に、遺骸を焼く儀式を行う予定だったが、あまりにも黒煙の災厄が強すぎて、こちらが全滅する危険があると、儀式を早めたのだ。
太陽の神を発動させたのは、L05の神官たちだった。
「――わかった、わかった。そっちは任せる。なんとか、武神の災厄を鎮めて、遺骸を焼いてくれ」
電話を置いたイシュマールは、決断した。
「わしらも祈祷に入るぞ! それから、マミカリシドラスラオネザと、サルーディーバと、セシルにも伝えてくれ! 多少早いが、船内を守る儀式に入る!」
ミシェルは、予言の絵が燃えるのを、神社の中から見ていた。
あまりに火勢が強すぎて、近づけないのだ。だが、絵から放たれる炎は、神社や木に燃え移らない。あれだけの火なら、飛び火しても不思議ではないのに。
三十分経っても、絵は燃えつきない。ふつうなら、とっくに消失しているはずだ。やはり、ただのキャンバスではなくなっている。
ミシェルが絵を見つめている間に、たくさんの神官が祈祷所に集まってきた。
「予定より、絵は持ちそうじゃな」
イシュマールがミシェルの後ろにいた。
「三十分ぐらいしか持たんと百五十六代目のサルーディーバは言っておったが、なんの、四十五分経ってもまだ燃えとる」
「う、うん――あたし、なにかできることある?」
ミシェルは聞いたが、イシュマールは、「とにかく、安全な場所におれ」といって、祈祷の用意を始めた。




