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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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344話 決戦のはじまり Ⅱ 2


 そのころ、ピエトの担当役員であるカリムが手配した、地球行き宇宙船からの特別便は、アズラエルたちが乗った宇宙船より、二時間も早くE353に到着した。


「ピエト君、体調はだいじょうぶ?」

 エコノミークラスの座席に、ほぼ丸一日閉じ込められた子どもの体調を、カリムは心配したが、ピエトは気丈に返事をした。

「だいじょうぶ!」

「アズラエルさんたちが来られるのは、次の便です。ここで待ちましょう」

「うん!」


 ピエトは、バックパックから、携帯電話を取り出した。探査アプリが入ったものだ。このステーション内には、まだアズラエルとミシェル、リサの姿はない。

 ピエトが、ロビーの待合室の椅子に座ったときだった。

 ニュースが写しだされている巨大スクリーンがパッと切り替わった。


『緊急ニュースです。アストロスに到着した地球行き宇宙船が攻撃を受けています。アストロスに停泊中の地球行き宇宙船が、――』


 ピエトとカリムは、目を見張った。


「な――なんだこれ」


 画面に映っているのは、地球行き宇宙船が爆発している画像だ。たくさんの小型宇宙船が地球行き宇宙船に向かって突っ込んでいく。小型宇宙船の爆炎とチリで、ほとんど映像が見られない。


「地球行き宇宙船が……」


 周りの軍機が爆発しているだけだとは、映像を見ただけでは、ふたりにはわからなかった。





 ベンは、肌寒さに目が覚めた。

 あまりのホコリっぽさにくしゃみをして、自分が、ずいぶん古典的な拘束をされていることに気付いた。ロープで胴体をぐるぐる巻きにされている。

 ライアンたちの姿はない。


(どこだ、ここは)


 納屋のようだった。外がずいぶん騒がしい。

 ベンが身じろぎすると、ロープは簡単に解けた。腕時計を確かめると、丸一日、経過していることがわかった。所持品は――携帯電話も財布も、銃も、すべて無事だった。弾が抜き取られている気配はない。

 身元が分かるようなものは、地球行き宇宙船のパスカードくらいだ。それも奪われていなかった。実際、ベンのものを奪ったところで、宇宙船には乗れない。

 乗船時に、パスカードと生体認証を、入り口でスキャンされる。他人だとわかれば、弾かれる。


(俺を、拘束したかっただけか?)


 物取りと思われたのだろうか。あとをつけてきた不審人物を、始末しただけか――とにかく、今いる場所の確認が最優先だ。

 彼はホコリを払い、納屋を出た。外は避難民で溢れかえっていた。


「メルーヴァの軍と、L20の軍の戦争がはじまっちまう!」

「バーダンからよその星へ出る宇宙船が出てるって!」

「うちに、よその星へ行く金があると思ってんのかい――」

「バッカ! いまは非常事態だ、金なんか取らねえよ!」

「アンブレラじゃダメなの」

「あそこにゃ行けねえよ!」


 すぐそこで、泥だらけの夫婦がケンカをしている。ベンは、やっと聞き取れた。避難するかしないかでもめているのだった。その横を、荷車に荷物を積み上げた四人家族が通っていく。

 ずいぶんな田舎町だった。ベンが突っ立っているのは、どこまでも広がる農地のど真ん中だ。

 L系惑星群の共通語は通じなさそうだ。ベンは、日常会話程度に覚えたアストロスの言語で、聞いた。


「ここはどこです?」


 農夫は、ホコリだらけの白シャツとジャケット、黒ズボンと革靴といった、このあたりでは見かけない格好の男を、不審げにながめた。


「はあ? ――あんた、ここはハダルのバッソンだよ! 早くお逃げ!」


 ハダル――ジュセ大陸の北だ。相当の田舎町だと聞いている。


「バーダンから、E353に逃げる宇宙船が出てる! L20も特別に軍機出してくれるって話だ」

「地球行き宇宙船はアストロスに着いたんですか」

「なにいってんだ、あんたニュース見てないのか!!」


 とっ捕まって丸一日昏睡(こんすい)していた身では、ニュースも見れまい。


「メルーヴァの宇宙船が突っ込んでって、壊れちまったよ!!」

「ええっ!?」


 さすがにベンは声を上げた。

 聞き間違いでなければ――地球行き宇宙船が、壊れた?

 そういったか? この男は――。

 ウワサとは、遠方へ流れるほど、大げさに広がるものだが。


「あんたも早く逃げな!」

 そう言い残して、農民の親父は、ガニ股で走っていく。


(冗談だろ。宇宙船が壊れた?)


 ベンは、想像もできなかった。なにが、どうなって、あの最先端の宇宙船が壊れる? 


 ベンは途方に暮れた。正確な情報を確かめようにも、ここは僻地(へきち)にすぎた。見渡すかぎり、畑が広がる田園地帯だ。


 一刻も早く、バーダンに向かわなければ。


 異常なほどの過密状態で農民を乗せた大型バスが出発していくのを、ベンは遠目で見た。


「あれに乗っていくしかないのか?」


 行き先はバーダンだ。バスは、乗客を運んでは、折り返し、もどってくるようだった。

 ベンは腕時計を作動して、映像の小型地図を起動させた。さいわいにも、ここから三十分歩けば、街があるようだった。そこには電車もタクシーもある。ベンは、肥溜めの匂いがする農道にしかめっ面をしながら、ぬかるんだ泥道を、革靴で走り出した。





 E353に着いたアズラエルたちは、スペース・ステーションが異様なざわめきに包まれているのを感じた。


「どうしたの、なにかヘンよ」

 リサも、緊迫した空気を感じ取ったようだ。


「地球行き宇宙船が……」

「アストロスでメルーヴァが見つかったって」


 人ごみの中から聞こえてくる雑多な情報に、アズラエルの眉間がしかめられた。

 イヤな予感がした。


 パットゥが、急に携帯電話を手にした。鳴ったのは彼の携帯だ。彼はすぐに出た――表情が強張る。それは、アズラエルのイヤな予感を増幅させた。


 三人は、あわただしく改札を抜け、ロビーへ降りた。

 出口方面へ向くはずのひとの流れが、反対方向へ向いている。

 アズラエルたちも急ぎ階段を降り、皆が注目しているスクリーンを見て――がく然とした。


「ウソでしょ……」

 リサが、両手で口を覆う。


 ――地球行き宇宙船が、爆発している。


『緊急ニュースです。メルーヴァ率いる軍勢と思われます。旧型バレハ106の小型宇宙船が地球行き宇宙船を攻撃――今のところ、死者は出ていない模様。乗客の避難が続いています。新しい情報が入り次第、おつたえします』


「メルーヴァの攻撃!? ――L03の連中が、宇宙船をつかったっていうのか?」

 ミシェルは、それが信じられないようだった。


「小型バレハ……L18で製造している軍事用宇宙船ですね。無人攻撃機かと」

 パットゥは、冷静だった。

「見れば、何十年も前の中古船ですね――とりあえず、あの程度の宇宙船が千ぶつかってきても、地球行き宇宙船は壊れません。一番外の、第三層バリアも突破できないでしょう」

「じゃ、じゃあ、――爆発してるのはなに!?」

「映像は、バレハ本体の爆炎か、L20の護衛艦かと」

「護衛艦――」

 リサが泣きそうな顔で映像を見つめた。


(ルナ)

 アズラエルは、思わずその名を口からこぼしそうになった。


 ピエトも同じく、強張った顔でニュースを見つめていたのだが、階段の方からどっと人が降りて来たので、宇宙船がついたことを知った。


「アズラエル」


 こうなると、ニュースそっちのけで、アズラエルの姿を探した。映像にくぎ付けになっていたカリムは、反応が遅れた。

 ピエトはすぐに、人ごみの中に、アズラエルの姿を見つけた。


「あっ! いた!」

「ピエト君!」


 猛然と駆けだしたピエトの足は速かった。おとなでも追いつけないほどに。


「アズラエル! アズラエル!」


 ピエトは、名を呼びながら走った。アズラエルが、ピエトの声に気づく。


「――ピエト?」

「え?」


 リサも、反応した。

 こんなところに、ピエトがいるはずがない。


「アズラエ――」


 ピエトがアズラエルに飛びつこうとした、そのときだった。


 パンっと乾いた音がした。


 悲鳴が上がったのは、周囲からだった。

 銃声だ。

 ひとごみが、まっぷたつに分かれた。

 ミシェルがとっさにリサをかばって身を縮め、それをパットゥが自身の身体を持ってかばったが――すべては遅かった。


 血を流して倒れていたのは、ミシェルではなく――ピエトだった。


「ピエトっ!!」


 アズラエルの怒声と同時に、二発の銃声――アズラエルがピエトを抱えてかばったが、撃たれてはいなかった。

 かわりに、ピエトを撃った男が、倒れていた。

 足を押さえて悶絶している。

 彼を撃ったのは、なんとカリムだった。

 カリムはすかさず犯人から銃を奪い――そこでやっと、警備員が駆け付けた。

 男は、あきらかにミシェルを狙っていた。スクリーンに注視しているスキを狙ったのか。だが、ピエトが飛び出してきたので、手元が狂ったのだ。

 まさか、こんなに人が密集している中で発砲してくるとは。


「ピエトっ!!」

 アズラエルはピエトを抱き起こした。

「ピエト、おい、ピエトっ!!」


 ピエトは肩を撃たれている。アズラエルは、ピエトの細い肩から流れる血を必死で押さえた。


「ピエト、おい、俺の声が聞こえるか!?」


「アズ――ラ――」

 ピエトは、か細い声で言った。

「うちゅ……せんに、もどって……」


 ルナを、助けて。


 アズラエルは目を見張り――それから、苦悶(くもん)の顔で、「ピエト」と、つぶやいた。


「動かさないで! 運びます!」

 救急隊員が、ピエトを担架に乗せて運んでいく。


 アズラエルは一瞬迷ったが、ミシェルが「いいから行け!」と叫んだので、「すまん!」と言って、いっしょに救急車に乗り込んだ。


 二人を乗せた救急車が、近くの病院に向かうのを見つめていたミシェルとリサは、パットゥに肩を叩かれた。


「病院の方へ? それとも、帰路を急がれますか?」

「……」


 ミシェルは、再び救急車が去ったほうを見つめ――リサを見た。リサは、必死な目でミシェルを見ていた。


「パットゥさん、すみませんが、病院の方へ行っても?」


 パットゥは、なにも言わず、うなずいた。彼は、地元警察とともに犯人の身元をたしかめてから病院に行くと言った。おそらく、ミシェルの命を狙ったマフィアに違いなかっただろうが。


「行きましょう」


 ミシェルとリサを連れて病院に向かったのは、カリムだった。




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