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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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344話 決戦のはじまり Ⅱ 1


 アストロスのメルーヴァ討伐軍司令部でも、地球行き宇宙船の様子は確認されていた。フライヤがいる司令部には、次々に情報がもたらされる。


「メルーヴァの攻撃が、やみました!」

「バレハ106がいっせいに引いていくそうです!」

「陽動だったのか?」

「宇宙船のことなどなにもわからん連中だ。バレハで地球行き宇宙船を破壊できるとでも思ったのか」


 あざ笑う将校たちだったが、フライヤは、だれの声も聞こえないというように、一心に、アストロスの地図を見つめていた。

 フライヤのそばには、L02の天使隊の長老、ヴィクトルと、アノール隊の隊長、タロが控えていた。


「フライヤ総司令官、メリッサどのが到着いたしました!」

 フライヤが、ようやく地図から顔を上げた。

「通してください!」


 L20の軍服に身を包んだメリッサが顔を出した。

 フライヤとメリッサは、すでに自己紹介はすんでいる。バンビの旅の終焉の地、古代都市クルクスの女王の城で。

 彼女は今回の作戦で、地球行き宇宙船の特殊部隊と、アストロスのメルーヴァ討伐隊との仲立ちをする役割だ。


「お久しぶりです、フライヤ大佐」

「お待ちしてました! メリッサさん、どうぞ、こちらへ」


 メリッサは、彼女の両脇に控える、L02の天使とアノール族の屈強な戦士に、目を瞬かせた。


「こちらは――」

「実は、彼らは、自ら宇宙船に乗って、L系惑星群から応援に来てくださったんです。こちらが天使長ヴィクトルさん、こちらが、L42のアノール族の、タロさんです」


 フライヤが説明すると、長老は胸に手を当ててあいさつし、戦士は力強くうなずいた。


「そうでしたか」

 メリッサも、自己紹介した。

「わたしは、メリッサ・J・アレクサンドロワと申します。地球行き宇宙船の特殊部隊、つまり、“メルーヴァ姫さま”の部隊と、L20の部隊の通信役となります」

「おお――メルーヴァ姫さま」


 ふたりは笑顔になった。メルーヴァ姫の名が出たことで、一気にメリッサに親しみを覚えたようだった。

 

「フライヤさま、サンディ中佐を派遣してくださって、ありがとうございます。ルナさん、カザマさん、セルゲイさんは、ただいま無事に、アストロスのケンタウル・シティに到着しまして、まっすぐクルクスへ向かっています」


 メリッサは、地図上の、彼らが出発したルートを指した。


「そうですか、よかった」

 フライヤは胸を撫で下ろし、言った。

「とにかく、今回の作戦の要は、このルナさんという方なのですね? 彼女がクルクスに到着後、特殊部隊は動き出すと」

「ええ、そうです」

 メリッサはうなずいた。

「なにごともなければ、彼らの到着は――」


 フライヤが、その時期を確認しようとした矢先、報告が耳に飛び込んできた。


「サスペンサー隊と、連絡が取れません!」

「え?」

「先ほどから、電波状態が悪いのか、つながりません! こちら総本部、応答せよ――! 北部サスペンサー隊、応答せよ!!」





 サスペンサー隊の撤退は、まだだった。

 それどころか、連絡が取れない状態になっていた。


 モハが「最後のコマ」となり、黄金色の盤が、エタカ・リーナ山岳の雪上に姿を現してから――。


 ガクルックス最北端の、エタカ・リーナ平原に駐屯するサスペンサー大佐のもとに、フライヤからの撤退命令が届いたのは、だいぶたってからであった。


(撤退……)


 間を置かず、マクハラン少将からは、これから光化学主砲を持ってそちらへ行くから、戦闘の用意をせよとの指令が届いた。

 地球行き宇宙船の警護についたマクハラン少将が、どうしてアストロスに出向いてきたかも、なぜ光化学主砲をつかうのかも、サスペンサー大佐にはじゅうぶん分かっていた。

 メルーヴァの居場所が分かっていながら、逮捕に踏み切らないフライヤに業を煮やして、出張ってきた。そして、光化学主砲を持って、エタカ・リーナ山岳を吹っ飛ばそうとしている。


 サスペンサーは、悩んだ。

 めのまえに、二通の指令がある。

 総司令官であるフライヤからの撤退命令。

 そして、マクハラン少将からの、戦闘態勢用意の指令。


 瞑目(めいもく)した。

 マクハラン少将の指示に従わなければ、どうなるのかは分かっていた。

 

 だが、先日軍に来たアントニオが、「逃げろ」と言った。

 フライヤも、同じ撤退命令を出した。

 そして、この平野に陣を敷いたときから、サスペンサーが感じた、説明のつかない戦慄――。

 それは、簡単に言えば、「嫌な予感がする」というやつだった。


 サスペンサーは、ついに決断した。


「撤退するぞ!!」

「は、はいっ!」

 部下に告げた。

「フライヤ総司令官の指示に従い、マルメント山地を抜けて、サムルパへ撤退する。急げ!!」

「はい!!」


 伝令に走った部下とともに外に出たサスペンサーは、エタカ・リーナ山岳の方から、不思議な光の幕が押し寄せて来たのに気付いた。


 押し寄せる――いや、倒れてくる?

 こちらに向かって?


「……?」


 まるで光の壁だ。金色の薄膜でできた巨大な壁が、山岳から降りてくる。

 

「な、なんだ、あれ――」


 軍人たちも、作業の手を止めて、山岳を見やった。


『光の幕が下りてきたら、全速力で逃げてください――』


 アントニオの言葉が、サスペンサーの脳裏に、まざまざとよみがえった。


「逃げろ……」

 彼女は怒鳴った。

「逃げろ! なにも持たず逃げろ!! 全速力でだ!」


 サスペンサーの声に、軍部はパニックと化し、みんなが散り散りに、マルメント山地へ向かって逃げはじめた。


「早く逃げろ! マルメントへ急げ、走れーっ!!」





「メルーヴァ軍の攻撃がストップしたとのことです」


 ララは、中央区の株主総合庁舎の自室で、報告を聞いた。ララの執務室のテレビにも、状況が写しだされていたが、ララは生返事をしただけで、目もくれなかった。


「ン」

 ララは、サインを済ませた書類を別の秘書に手渡した。

「マクハランを地球行き宇宙船の警備の補強に回したってとこまでは、当たりだったな――オルトワは止めきれなかったか」

「そのようですね」


 オルトワ・B・ソレン大佐は、地球行き宇宙船護衛艦イシスの艦長である。


「さて、エタカ・リーナを吹っ飛ばしてなきゃいいんだが」

「今のところ、マクハランは“生きて”ますよ」

 シグルスは苦笑いした。

「面倒なヤツだが、死なせるには惜しい。――ウチから行った交渉人はどうなった?」

「門前払いですよ――なにせ、ウチは傭兵ですから」

「しかたねえなぁ……」

 ララは、もとから期待していないかった顔で嘆息し、

「株主の連中は、全員避難が済んだんだろうな?」

 シグルスが、「もうすっかり」と肩をすくめた。

「一人残らず?」

「ええ」


 我先にと逃げ出したのは、株主たちだ。ララは、株主たちが恐慌に駆られて避難用宇宙船を独占し、船客や船内役員の避難が遅れないよう、自社の宇宙船で、彼らをアストロスに降ろしていた。


 プライベート船を持っている株主もけっこういるのだ。だが、そいつらは、その宇宙船を避難民に提供することもなく、自分のものでは強度に不安があるからと、ララの軍事用宇宙船を頼りにする。


 そういう輩は、主に由緒正しきご貴族様や富裕層の方々がほとんどで、ふだんは、ララを傭兵みたいな下衆の出身だの、もと娼婦だの、さんざん陰で言っている連中である。


 アストロスに降りたら降りたで、今度はE353まで逃げるだのなんだの、大騒ぎしているのだ。ララだけが頼りだと――さっきから、ララのプライベート携帯は、ひっきりなしに鳴っているので、窓から放り投げた。


 今は、一隻(いっせき)の宇宙船が別行動をとるだけで目立つ。バレハが、その宇宙船を狙わないとも限らない。ララが、「もうすこし待て!」と一喝したらだれもがおとなしくなった。


 そして、メルーヴァ軍の攻撃がやんだから、今度はまた、株主どもの「早く移動したい」攻撃がはじまったわけだ。


「全員光化学主砲につめこんで、メルーヴァ軍にぶっ放してやろうか」

「ララさま、お口が過ぎます。ですが、そうなさいますか?」

 シグルスは微笑んだ。

「そうだねえ――あいつら一気に片付けりゃ、金龍幇(コンロンパン)が、一式事業をいただいてやるのに」


 ララはにやりと笑い、「ウィルキンソンはうまくやったよ。おまけに、ムスタファは棚ぼただ」とつぶやいた。

 ララは、先日のスカルトン・グループ崩壊の一幕を言っているのだ。


「ま、あたしゃ、事業は八つでちょうどいいな。これ以上増えたら、遊ぶヒマがなくなっちまう――また電話か」


 L系惑星群の防衛大臣側近からの状況確認、E.S.C本社とのやりとり、白龍グループ本部からの連絡、――電話をとっているだけで一日が終わりそうだ。


 ララは、三つ目の携帯を、窓の外へ放り投げた。これではコーヒーも飲めない。ララは四機目をゴミ箱に投げ、じつに香味豊かなコーヒーの香りをかぎ、口に運んだ。


「あいかわらず最高だ。宇宙(ソラ)のだろ?」

「ええ」

「あいつなァ、味も身体も好みなのに、あいつがあたしのこと、好みじゃねえもんな」


 ララはじつに残念そうに言った。そして、どっかとひじ掛けソファに座って足を組んだ。


「世界征服を企んでるヤツが、バレハで満足するわけがない」

「――は?」

「メルーヴァ討伐軍総司令官どのは、L03の歴史には理解があるが、戦争のほうはほとんど素人だって聞いた。だが、そいつでいい。でないと、どう考えてもルーシーたちの邪魔になる」

「……」

「だがな、世界征服を企んでるヤツってのは、たとえ原始人だろうが、ともかくも、なにはさておき、世界を征服したいって考えてることだ」

 ララは美味しいコーヒーを、ゆったりと味わった。

「世界を征服したいと思うヤツがすることってのは、なにか――決まってる。あたしたちを、恐怖のどん底に陥れ、最上級に震え上がらせることだ」


「……なるほど」

 シグルスはうなずき、秘書たちは、凍り付いた。だれもが仕事の手を止めた。


「アントニオもペリドットも、メルーヴァがルナをさらいに来るってことしか考えてねえ。だが、世界制覇をしたいと思ってるヤツが、それで満足するわけがねえんだ。――アズサ中将と、フライヤとかいう総司令官に伝えろ。たぶんどっかにまだ、でかい宇宙船が潜んでるぞ」

「!!」


 シグルスではなく、別の秘書が、すぐさま返事をして隣室へ駆けた。シグルスは、口元に微笑をたたえた。


「次があると、そういうことですね?」

「バレハは陽動だ。まず、ルナをアストロスにおびき寄せるため、そして、原始人が、宇宙船を使えるんだってことを、L20の軍に知らしめた。バレハみたいにちいさなモノをつかったのは、ちいさな組織がでかい組織にぶつかっていくっていう意志表示だ」


 よく原住民も、そういう意志表示をする、とララは言った。


「考えてもみろ。ルナを手に入れるだけでいいなら、あんなちいさなバレハをチョコマカつぎ込んでカネつかわなくても、地球行き宇宙船に、『ルナを差し出せば、おまえたちの命を助けよう』と、そういえば、すむことだ」


 シグルスは、「……そういや、そうですね」と今気付いた顔をした。


「大々的に報道されてしまえば、いくらアントニオたちが守ろうと、ルナをメルーヴァに差し出そうとする、大勢の人間のジャマが入る。民間人なんてものは、そんなものだ――自分たちが助かりたいために、生け贄を差し出すさ。そうなれば、夜の神が怒って、アストロスは大破だ。地球行き宇宙船も、無事じゃいられないだろう。

 だが、“ラグ・ヴァダの武神”は、自分の手でそれを成し遂げたいのさ。われわれを、恐怖のどん底に陥れたい――最初はアストロスを征服し、つぎは故郷のL系惑星群って考えてるのかもな」


 ララは、メルーヴァとは言わなかった。


「おまけに、メルーヴァの逃亡にゃァドーソンが一枚噛んでるってクラウドの話がホントなら、おそらくもうひと騒動起きるぞ」


 シグルスが目を光らせた。


「L18で? それとも、」

「さァな。ユージィンはL19にとっつかまって逃げたが、ゆくえが分からんってことは、すぐ近くに来ているかもしれん」

「ユージィン自らが、ですか?」

 ララは、嘆息した。

「――それはねえか。L18の心理作戦部からエーリヒがいなくなってるってことも、大穴あいてるみてえなもんだからな。心理作戦部にも帰りやすい――さて、どちらか」


 彼は、ソファから降り、窓の外を見つめた。船内に残った気象部は、空にいつもどおり宇宙を映し出してしまうと、惨状があきらかになってしまうため、デジタルの星空を映し出している。

 避難した船内役員もたくさんいるが、まだ船内に残っている者も多くいる。彼らは、じつに勇気ある人々だ。

 ララは、彼らを、全力で守るつもりだった。


 ――ララの読みどおり、E005という、ほぼ人がいない人工エリアに、それなりに大きな巨大戦艦が隠れていたのを、宇宙軍アズサ中将の分隊が見つけたのは、それから一時間後のことだ。


 さすがにこれがぶつかってきたら、地球行き宇宙船も、第一層バリアギリギリまで破壊されていたかもしれない。


 かくして、メルーヴァの宇宙船は、これですべて、拿捕(だほ)された。




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