343話 決戦のはじまり Ⅰ 4
そのころ、イマリも、担当役員とメンケント・シティに着いたところだった。
メンケントのスペース・ステーションは、ケンタウルとは違い、一般市民でごった返していた。もとからいた観光客は、メルーヴァとの戦闘がはじまる星にいられるかと、別の惑星へ移動するために、カウンターへ詰めかけていた。
一旦ほかの惑星へ避難し、アストロスにもどってきた住民も、ふたたび星外へ逃げようと、地球行き宇宙船の非常口の行列よりものすごい行列が、できていた。
なるべくたくさんの人間を星外に避難させるため、特別便がいくつも用意されていたが、どちらにしろ、メルーヴァの攻撃がある今は、アストロスから出たくても出られないのだ。
(あたしも、あの列に並んだ方がいいんじゃ?)
イマリは、そわそわしていた。
(アストロスじゃなくて、E353あたりまで逃げたほうがいいんじゃない?)
「イマリさん、ここを動かないでくださいね!」
担当役員のサムは、イマリにそう言い聞かせた。
「ここは、L7系ほど治安はよくありません。L8系あたりと同じくらいなんです。ここはジュセ大陸の主要都市ですが、一番北のハダルあたりは、観光もよくありません。この混乱に乗じて、人身売買組織が動く可能性もありますから、勝手な行動はしないでくださいね」
「わかったわ!」
イマリはあまりにしつこいので、怒鳴り返した。
しかしサムは、言いすぎだとは思っていなかった。彼女は、口を酸っぱくして言い聞かせたって、決まりをやぶるのだから。
イマリは「問題あり」の船客として、地球行き宇宙船には認知されているのだ。サムは、イマリのまえの担当船客から、イマリの面倒を見ることの大変さはこれでもかと聞かされていた。
彼は、不安げにイマリを見、役員たちが集合している場所へ走っていった。
ほんとうに、どうなることかと思った。
いきなり警報が鳴って、イマリは担当役員がアパートに来る十分間の間、ただ右往左往していただけだった。サムが来て、一緒に荷造りをし、K38区の避難通路で、気の遠くなるような時間、並んで待って、アストロスに着いた。
何時間も待たされた気がしたが、三十分も待っていなかったのだった。
イマリは、スペース・ステーションで、不安げに、周囲を見渡した。みんな、大スクリーンを見て青ざめている。イマリは、そんなもの見たくもなかった。
(なんなのよ。観光船を狙うなんて――なに考えてるの、メルーヴァなんて――卑怯者!)
イマリは恐怖に震えながらぶつくさ言い、立ったり座ったりした。それから、やっと恋人のことを思い出した。
(ベンは大丈夫かしら? 任務だとかで、宇宙船を離れているはずだけど――)
あまりに驚いて、ベンの心配をしていなかったことを恥ずかしく思った。
そして彼女は、とんでもないことに気づいてしまった。
(ベンからもらった指輪を、忘れて来た!)
あまりに慌てすぎて、引き出しの奥深くにしまったベンからもらった指輪を、置いてきてしまった。イマリは、蒼白になった。
(どうしよう!)
荷物を片っ端から広げて漁ったが、見つからない。あれはものすごく高いアクセサリーだ。イマリの誕生石で、特別なプレゼントで……。
宇宙船に、もどらねばと思った。
「イマリさんっ!」
衝動的に飛び出したイマリは、担当役員に腕をつかまれて、止められた。
「どこにいくんです!? 勝手な行動しないでって言ったでしょ!!」
サムの目は、血走っていた。この非常時に、まったく好き勝手に行動してくれる自分の担当船客に、おそろしく腹を立てている顔だった。
「わたし、宇宙船にもどらなきゃならないのよ! ベンからもらった指輪を忘れて来たわ!!」
サムは、理解できないという顔をした。当然だった。
「地球行き宇宙船にもどる便が出てると思ってるんですか!?」
スクリーンに映し出される光景を見て、あそこにもどりたいという人間がいようとは、サムも思いもしなかった。地球行き宇宙船からこちらへ避難する便はあっても、もどる便などない。
だが、イマリは叫んだ。
「あなた、担当役員でしょ! なんとかしてよ!!」
「……」
サムの許容は、簡単に超えた。絶句している彼を見かねて、仲間の役員がやってきた。
「どうかなさいましたか?」
物腰柔らかな、年配の役員が聞いた。サムが説明する前に、イマリは怒鳴った。
「地球行き宇宙船にもどらなきゃいけないのよ!! 指輪を忘れてきて――恋人からもらった、たいせつなものよ!!」
「お客さま、ただいま、地球行き宇宙船にもどる便は、どこからも出ていません」
役員が、バーダンやハダルにも便がないことを伝えると、
「あなた役員でしょ! なんとかできないの!!」
イマリは逆上した。
「大切なものなのよ!! ベンとはじめてつきあった記念に――」
「どうしても、おもどりになりたいのでございますか」
「決まってるでしょ! 早くなんとかして! もどりたいのよ!!」
「ですから、便がございません」
「そこをなんとかしなさいよっ!! 船客の願いが聞けないっていうの!!」
イマリの大声は、注目を集めた。周囲の視線が自分に突き刺さっているのに、イマリはようやく気付いた。
「い、いつ――宇宙船にもどれるの」
イマリは、あわてて言い方を変えたが、だれも答えなかった。サムではなく、イマリの相手をしていた役員が、手元の機械装置を使って、チケットを、発行していた。
赤と白のチケットが、二枚。
彼は発行したチケットをイマリに手渡し、説明した。
「お客様の乗船資格をはく奪いたします」
「――え」
イマリは、赤いチケットが、いわゆる「レッド・カード」というものであると、やっと認識した。
「最終手段でございます。強制降船のチケットを発行しましたので、お客様は、当社のお客様ではなくなりました。ご自由に行動していただいてけっこうです。この先、万が一にも、チケットが当選することはございませんし、お客様がチケットをご購入されることになったとしても、ご購入前に審査がございますので、ご了承くださいませ」
イマリは、青ざめた。
「船内にお残しになられたお客様の貴重品でございますが、それらはpi=poが起動して保護しております。お荷物の安全は保障されております。宇宙船にもどることができる環境になりましたら、こちらの白いチケットで、いったんご入場くださいませ。特別に、一日乗船券を発行させていただきました。こちらはサービスですので、一日だけ、となります。一日をすぎるごとに、お客様には五十万デルずつの請求が参りますので、ご注意ください」
「なんですって」
イマリの顔色が変わった。
「なんで降りなきゃいけないのよ!」
「わたくしどもには、お客様のご要望は叶えられません。しかしながら、船客の方をお守りする義務がございますので、今は指示に従っていただかねばなりません。それがご不満のようでしたので、降船の手続きを取りました」
役員の笑顔は、貼り付けられたように変わらない。とりつく島がない。イマリは、自分が、いつ強制降船になってもおかしくない立場だったと、ようやく思い出した。
「ウソでしょ。あたし、これからどうすればいいの」
こんなところで放り出されたら、どうしたらいいか――。
「L系惑星群までの帰路はあそこのインフォメーションでご確認ください。また、状況が落ち着きましたのち、一日だけ、地球行き宇宙船におもどりになるのもお客様の自由でございます。わたくしどもの指示に、一切、従っていただくことはございません。――では、ご乗船、ありがとうございました」
彼は最後まで、笑みを絶やさず、言い切った。
「ご乗車、ありがとうございました」
サムを加えた五人の役員に、深々と礼をされて、イマリは絶句して固まった。
「ちょ、ちょっと待ってよ――」
役員たちは、さっさと、次の仕事のためにイマリのもとを去った。
「お願い! 待って、あたし、これからどうしたらいいのよ――!!」
イマリは彼らを追いかけようとしたが、横から、さっと、別のチケットが差し出された。
「こちら、避難用のホテルの宿泊券です。一週間分あります」
サムだった。彼は早口で言った。――顔を、強張らせたまま。
「こちらは購入済みです。それから、地球行き宇宙船のパスカードがあれば、ご自宅におもどりになるまでの旅費は無料です。期間は一年間ですのでお忘れなく。なにかご不明な点があれば、地球行き宇宙船窓口へどうぞ。――では、ご乗船ありがとうございました」
宿泊券をイマリに手渡し、サムは身体を揺らして、憤然と去っていった。
イマリはひとり残されたロビーで、呆然と、たたずんだ。
ルナのアストロス到着とともに、メルーヴァ軍の攻撃が、止んだ――。
L20の軍機は、それを確信した。白いライオンのマークがついた宇宙船、バレハ106は、徐々に後退をはじめた。
「追え! 自爆を許すな――敵艦をすべて拿捕しろ!」
「ごらんよ! あのちっちゃな宇宙船が引いてく!」
ツキヨが、画面を指して叫んだ。
彼女の言葉どおり、バレハ106が、地球行き宇宙船から離れていく。今度は、それを追う、L20の小型宇宙船が、残った大型戦艦からつぎつぎに飛び出てくる。
「エマルは、あんなのと戦うのかい? ――エマルは、」
ついに、ツキヨがふらりと崩れた。
「ツキヨさん!」
シシーは慌てて支えた。
「び、病院――救急車呼ばなきゃ」
パニックを起こしかけたシシーを、リンファンが「落ち着いて」と優しくなだめた。
「救急車を呼んで――あたしが、ツキヨさんについていきます。シシーちゃんは、心細いかもしれないけど、ここに残って、連絡係になってくれる? テオさんや、キラちゃんたちもここに来るから、」
「リンファンさあん……!」
ここにも、敵の宇宙船がやってくるの? と泣きだしたシシーを、リンファンは、背をさすって落ち着かせた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶよ――そんなことにはならないわ。追い払ったでしょ」
リンファンはフロントに電話して、救急車を呼んでもらった。一分と立たずに、救急車ではなく、ホテル内のシャイン・システムから救急隊が飛び込んできた。
「心臓病なんです」
リンファンが救急隊員に説明しているのを見て、シシーも落ち着きを取りもどした。
「ご、ごめんなさい――みっともないところを、」
あたしがしっかりしてなきゃいけないのに、と謝るシシーに、リンファンは首を振った。
「シシーちゃんは、がんばってくれてるわ」
シシーは涙をぬぐい、「しっかりしなきゃ」と自分に言い聞かせるように言って、背を正した。
「リンファンさん、すごいです――ぜんぜん動揺してない」
「だってあたし、もと傭兵だもの」
「え?」
リンファンは、にっこり笑って、ツキヨに伴うために、カーディガンとバッグを手にした。
「しゅらばはいっぱい、くぐりぬけてきたの」




