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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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343話 決戦のはじまり Ⅰ 3


 中央区の役員執務室の大スクリーンに、映像が映し出された。それは、役員たちですら、パニックになりそうな光景だった。

 クラウドもグレンも、バグムントとチャンも、それを見た。

 エーリヒも見ていた――三階ロビーの映像で、その場にいた大勢の役員とともに。


「きゃあ……!」


 画面から上がる爆発音に、バグムントの隣の女性役員が、小さく悲鳴を上げた。


『担当役員は、ただちに、マニュアルに従って、担当船客を避難させてください。ただちに、避難させてください。行き先は、アストロス・ジュセ大陸方面――バーダン、およびメンケント――』


「冗談だろ……」


 役員ですら、不安の声が漏れる。無理もなかった。

 画面に映っているのは、まさしく、今彼らが乗っている地球行き宇宙船で、宇宙の中で、爆発炎上し――崩壊しているのは、すぐそばで地球行き宇宙船を守っている、L20の軍機なのだから。


「見ろ! また突っ込んでいく!」


 白いライオンのマークがついた小型宇宙船が、まるで隕石(いんせき)のように、つぎつぎL20の軍機に突っ込んでいく。小型宇宙船は、目を見張るほど数が多かった。L20の軍機も、それらを破壊していくが、数が多すぎる。

 また一隻(いっせき)、体当たりしてきた無数の小型宇宙船に巻き込まれるようにして、L20の護衛艦が爆発した。


「なんてやつらだ……」

 バグムントが息をのんだ。


「みなさん、落ち着いてください! メルーヴァ軍の軍機は、旧式のバレハ106で、軍事惑星群でもかなり昔のものです。あれらが一斉にぶつかってきても、地球行き宇宙船の重力バリアですら突破できません。それに、避難用の宇宙船には、距離が離れすぎていて、ビームも届きませんし、メルーヴァの軍機は近づくこともできません。だから、安心して、乗客を避難させてください!」


 軍事惑星出身者であるチャンの言葉は、執務室に残っていたすべての役員に安心を与えた。残っていたわずかな役員も、あわただしく執務室を出ていく。

 バグムントとチャン、クラウドとグレン、派遣役員の管理責任者と、三人ほどの役員を残して、皆、避難した。


『アース・シップ、アース・シップ、こちらL20護衛本艦イシスです。メルーヴァ軍の攻撃です。ただちに、アストロスへ乗客を避難させてください』

『アストロスへ移動する乗客用宇宙船には、メルーヴァの軍機は近づけません』

『メルーヴァ軍の宇宙船で、地球行き宇宙船を傷つけることはできません。過度の心配はなさらないでください。役員は、乗客の避難を優先してください』


 艦長室からの音声案内と、地球行き宇宙船を守っているL20の護衛艦本船イシスからの案内は、執務室だけでなく、地球行き宇宙船全域に、繰り返し放送された。


「なんてこった……こんな攻撃は、予定外だぞ」

 バグムントの呆然とした声が、クラウドの耳にも届いた。

「あいつら、いったいどこから、これだけの宇宙船を」

 旧式のバレハとはいえ、これだけの数をそろえるのは、よほどの資金が必要だ。


(やはり、メルーヴァの背後には、ドーソンの力があったのは間違いない)


 クラウドは確信した。


 すべてが計画通りにいくとはだれも――クラウドも思ってはいないが、まさか、メルーヴァ軍が宇宙船を操れるようになっているとは、一番の想定外だった。

 L系惑星群では、下手をすれば、先進的な原住民より文化の遅れが際立つL03の王宮護衛官たちが、これだけの宇宙船を使いこなし、攻撃をしかけてくることなど、だれも予想できなかった。


 クラウドは、この戦いが、想像以上に苦しい戦いになるかもしれないことを予感した。





「ルナさん!」


 警報が鳴って、十分もしないうちに、カザマが姿を見せた。あの放送があってから、ルナもセルゲイもあわてて荷物を持って、大広間で、カザマを待っていた。


「カザマさん!」


 飛び込んできたカザマは、いつものスーツ姿ではなく、ジャケットにジーンズ、スニーカーのスタイルだった。

 彼女は、ルナとセルゲイの服装も確認した。彼らも、ジャケットにカーゴパンツ、スニーカーと、動きやすく、汚れてもいい格好だ。


「よかったわ。予定通りね。クルクスは寒いですから、厚いコートは」

「だいじょうぶです。用意してます」

 セルゲイは、二人分のダウンコートを手にしていた。

「カ、カザマさん――今の放送なに? なにが起こったの?」


 ルナが聞くと、カザマは、真剣な顔で告げた。


「メルーヴァ軍の総攻撃がはじまったんです」

「ええっ!?」

「じゃあ、今の地震は、もしかして――」


 セルゲイがきくと、カザマはうなずいた。


「メルーヴァ軍の小型宇宙船が、地球行き宇宙船に攻撃をしかけているんです」

「――!」


 船客をパニックにさせないためか、中央区役所で流れている映像は、テレビには流れていなかった。


「だいじょうぶ。地球行き宇宙船が破壊されるような攻撃ではありません」

 カザマは、ルナとセルゲイに向かって言い、

「さ、こちらへ!」

 シャインに、三人は急いで乗り込んだ。


「み、みんなは? だいじょうぶ?」

 ルナは思わず聞いた。カザマは、ルナを安心させるように言った。

「ツキヨさんとリンファンさんは、一週間前に、シシーとともに、メンケント・シティへ降りています。キラさんとロイドさんご家族は、ユミコさんが避難させますし、それから、ネイシャちゃんたちも、オルティスがいっしょですから大丈夫ですよ」

「う――うん」


 シャインは一瞬で、K15区へ到着した。宇宙船の玄関口である。


「一番近い避難通路から出るのでは?」

「いいえ」


 セルゲイの言葉に、カザマは首を振った。シャインは、K15区の出入口ゲート内に出た。避難する人間で大混雑していると思いきや、ルナたち以外、だれもいなかった。

 K38区は、宇宙船の側面にある区画だ。以前、ルナがアズラエルとともに、K22区にある避難経路をたしかめにいったが、K38区にもあるはずだった。けれども、カザマは、そこへは行かなかった。


「K15区には、この通常玄関とはべつに、非常口もあります。K15区の方は、そちらから避難しています」


「メルーヴァの狙いは、ルナさんです」

 ルナは目を見張った。

「おそらく、ルナさんが宇宙船から離れれば、攻撃はやみます」


 ここが、ガラ空きの理由が分かった。ルナたちのために、わざとこの通路は開けておく計画だったのだ。

 ルナが宇宙船を出れば、攻撃はやむ。ルナたちが避難民の長蛇列に並んでいつまでも避難できなければ、その分、攻撃は長引く。となれば、今はまだ大丈夫だが、地球行き宇宙船にも損害が出るかもしれない――。


「こちらです! 急いで!」


 移動用小型宇宙船には、目が覚めるようなブルーの軍服を着た軍人たちが、敬礼姿勢で待ち構えていた。


「派遣役員のミヒャエルさんですね、そして、セルゲイさんに、ルナさん」

 先頭にいた女将校が、三人の顔を確認した。

「L20陸軍メルーヴァ討伐隊参謀、アリア・M・サンディ中佐です。古代都市クルクスまで、ご案内します」


「古代都市クルクス……」


 ルナがつぶやくと、サンディが説明した。


「一般船客の避難場所は、ジュセ大陸になっていますが、わたしたちは、古代都市クルクスが目的地です。よって、ナミ大陸のケンタウルへ着陸します」


 ルナは、ほとんど、今回の任務の内容は聞かされていなかった。どんなに細かに計画しても、予定通りに行くことはないだろうと、アントニオもペリドットも言い、特にルナについては「月の女神」任せということで、指示はなかった。

 ルナは、アストロスに着いたら、カザマに従い、セルゲイとともに三人で行動すること。

 言い含められていたのは、それだけだ。


「そこで、メルーヴァを待ち構えます」


 サンディの言葉が終わらないうちに、ふたたびごう音がした。さっきの音より大きかった。――宇宙船が、大きく揺れた。


「この宇宙船は、あれしきの小型船で破壊はできませんが、振動はあります。急ぎましょう」


 ルナたちは、あわただしく、移動用宇宙船に乗った。


 移動用宇宙船が、地球行き宇宙船を離れ、宇宙に放り出されたときに、ルナもセルゲイも、恐ろしいものを見た――。

 地球行き宇宙船を守っているL20の護衛艦が、また一隻、宇宙のチリとなった瞬間を。


「ご安心を」

 サンディが、横から言った。

「ご安心をというのもおかしいですが――たいそうな損害ではありますが、今のところ、ひとが乗っている宇宙船は撃墜(げきつい)されていないのです」

「え!?」

「あれは、本艦がコンピュータで制御している、地球行き宇宙船の盾となるべく開発された宇宙船なんです。つまり、無人です」


 ルナは、へなへなと座り込んだ。ルナをアストロスに移動させるために、あれらの攻撃が行われたと知ったとき、ルナはとんでもない衝撃を受けていた。


「敵の宇宙船も、今のところは無人です。どこかでコントロールしている奴らがいる。サイバー部隊が、今血眼になって探しています」


 メルーヴァは知っていたのだろうか。あの護衛艦が、無人だということを。


(メルーヴァ)

 いいや――敵は、メルーヴァではない。

(ラグ・ヴァダの武神だ)


 ルナの中で、メルーヴァとラグ・ヴァダの武神が、はっきりと分かれた瞬間だった。


「ほかの乗客や船内役員の避難は、緊急時ですので、どこに降りるか分かりません」

 ジュセ大陸のバーダンかメンケントのどちらかです、とサンディは、ルナたちを不安にさせないよう、説明をつづけた。

「この宇宙船は、ナミ大陸の、ケンタウル・シティに降ります。ケンタウル・シティは、アストロスの主要都市。アストロスの軍が守っています」


 十五分もしないうちに、移動用宇宙船は、アストロスに到着した。

 ケンタウル・シティのスペース・ステーションは、本来なら、地球行き宇宙船の乗客が観光のために降りるメイン・ステーションだった。

 今は、軍人たちで埋め尽くされている。厳戒態勢だ。


 スペース・ステーションでも、大スクリーンに、地球行き宇宙船を守る護衛艦とメルーヴァの軍機との攻防が写しだされていて、ひとびとは、スクリーンの前でざわついていた。


 ブルーの軍服に、カーキ、グレー。軍人ばかりではなく、警察官や、レスキュー隊員の姿もある。

 開いている売店がいくつかある。インフォメーションに、機械ではなく人の姿があるところを見ると、民間人はわずかだが残っているようだ。


「シャインは危険があるので使えません。ジープで、まずはジュエルス海沿岸まで向かいます。こちらへ」


 ルナたちは、サンディに促されて、スペース・ステーションの外に出た。軍用機や、ジープ、特殊車両がところ狭しと並んでいる。観光地の光景は、一変していた。

 ルナは、悪夢のような光景が宇宙空間に繰り広げられているというのに、不思議なほど晴れ渡った空を見上げ、空気の匂いを嗅いだ。


(なんだか、なつかしい)


 ぼうっと空をながめていたルナは、セルゲイに抱えられるようにして、軍のジープに乗り込んだ。





「みなさん! どうか落ち着いてください。ちゃんと避難できますから、あわてないで!」

 そのころ、地球行き宇宙船の避難経路は、大パニックと化していた。

「順番をお守りください! 安全は保障されています! あわてると返って危険です!」


 キラとロイドは、生まれたばかりのキラリと大荷物を抱えて、K06区の隣――K22区の通路に並んだ、長蛇の列の真ん中あたりにいた。


「ママたちは――ルナとミシェルは、だいじょうぶかな」

 さっきから、だれに電話してもつながらない。

「エルウィンさんは、デレクさんたちと一緒だし、ルナちゃんたちは、アズラエルがいるから平気さ」

 ロイドはグループメールにメールを送信しながら、そういって、妻を励ました。

「地球行き宇宙船は、小さな宇宙船じゃ破壊できないって、アナウンスでも言ってたじゃないか」


 メールをチェックしていたユミコが、ふたりに告げた。


「エルウィンさんは、デレクさんとエヴィさんと一緒に、メンケント・シティのステーションに着きました」

「ほんと!?」

「あっちのホテルで合流できますよ」

「よ、よかった……!」

 キラもロイドも涙ぐんだ。

「こんなこと言っちゃなんだけど、リサたちは、いま宇宙船を離れてよかったかも」


「アンさんは、オルティスさん、ネイシャさんと一緒に、バーダン・シティの避難所に降りたそうです。今、連絡が入りました!」


 メンケント・シティのプリンスホテルでは、ツキヨとリンファンが、テレビ画面に映し出される地球行き宇宙船の映像を見て、戦々恐々としていたところだった。

 リンファンの担当であるシシーが、携帯電話を耳から放してふたりに告げると、ほぼ同時に、ふたりは肩を落とした。


「ルナたちは、アズ君たちと一緒にバーダン・シティにいるっていうし――キラちゃんたちも、もうすぐこちらに来るのね。よかったわ……」


 リンファンは、胸を撫で下ろした。

 ルナたちは、バーダン・シティにいることになっていた。アズラエルが降船したことも、もちろんリンファンたちは知らない。


「テオさんは、無事なんだろうね?」

 ツキヨがシシーに聞くと、

「あいつは、船内役員の避難のために、まだ船内にいますが、だいたい避難が済んだらこちらに来るはずです」


「地球行き宇宙船でこんなことが起こるなんて、前代未聞さ……」

 ツキヨは息をのんで映像を見つめ、無意識に、胸に手をやった。


「ツキヨさん、気分が悪くなるといけませんから、あまり見ないで」

 シシーは、心臓の悪いツキヨを(おもんばか)った。


 プリンスホテルの近くに大病院がある。テオドールは緊急時にも対応したホテルを取ったが、もし――テオドールが言ったように、ナミ大陸の方で大規模な戦闘が起こって、こちらへも患者が流れてくるようなことになったら。


 シシーは、L72の出身だから、戦争というものには縁がない。だが、L32出身で、サイバー部隊として従軍経験のあるテオドールは、不測の事態をこれでもかと予測した避難経路を考えていた。


『メルーヴァとの大規模な戦闘が起こる可能性があるなら、船客をE002あたりに避難させるはずだ』


 同じアストロス内、ジュセ大陸のほうだって危険だというのである。


『マジで? そんなやばいの』

 それを聞いたシシーは不安な顔をしたが、

『大規模にはならないのかな? ナミ大陸のほうでなんとかできるってこと? ウワサじゃ、メルーヴァは大軍勢って話だし、L20からもこれだけの軍隊が来てるのに、こっちだって平気なわけじゃないと思うのに――』


 テオドールはひとりごとを言った。この男は神経質すぎるとシシーは思い、

『あんまり(おどか)さないでよ!!』と怒鳴った。


『シシー、ジュセ大陸のほうにも患者が流れてくるようだったら、君の判断で、ツキヨさんたちをE002へ避難させるんだ』

『わ、わかった』


 一応うなずいたシシーだったが、心中は不安でいっぱいだった。




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