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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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343話 決戦のはじまり Ⅰ 1


 アズラエルは、宇宙船のファーストクラス――最高に座り心地のいい座席で、大画面に映し出される映画を眺めていた。


 あと三時間ほどで、E353に到着する。


 ミシェルのために、エコノミークラスの宇宙船ではなく、ファーストクラスを手配してくれた、彼とロイドの担当役員、パットゥには、三人とも感謝していた。

 ファーストクラスは、警備も厳重だ。


 おまけに、アズラエルのほかに、もと警察星の役員が、三人もボディガードとしてついている。彼らは、L54につくまでの付き合いだが、安全はかなり確保された。


 パットゥは、もとSPだ。「役員は船客と馴れ合ってはいけない」と、徹底して言いつづけ、バーベキュー・パーティーに誘っても一度も来なかった男だったが、じつに気配りが行き届いた役員だった。


 ミシェルとロイドが宇宙船に乗ったときも、まるで星賓のように、厳戒態勢で守ってくれた。


 リサの担当であるユミコは、ここにはいない。

 ミシェルとリサは、アストロスで起こるかもしれない「なにか」については知らされていない。けれども、リサとキラの担当であるユミコと、ミシェルとロイドの担当役員であるパットゥは、アストロスで「なにごとか」が起こるかもしれないことは、詳細ではないが、知らされている。

 ユミコは、リサが断ったこともあり、「それではお言葉に甘えて」と、キラとロイド家族の安全のために、宇宙船に残ったのだった。


 眠っていたはずのミシェルが、いつのまにか起きていた。


「それ、大切なものなのか?」

「え?」

「ずっと、持ってる」


 ミシェルが指したそれは、アズラエルがずっと右手に握っている、ルナがくれたお守りだった。真月(しんげつ)神社の青いお守り。無意識のうちにポケットから取り出して、握り込んでいたらしい。


「ルナがくれたものだ」

「そうか……」


 ミシェルはなにか言いたげに、アズラエルとお守りを見つめたが、すぐに目をそらして、外の景色に目をやった。


 どこまでもつづく、漆黒の宇宙。


 飛行機のように座席シートが並んでいる宇宙船は、E353までだ。そこからは、しばらくホテル仕様の宇宙船で、一ヶ月の長旅となる。


 エリアB246から、一ヶ月でリリザへ。そこからいくつか惑星を経由し、L系惑星群へ。


 地球行き宇宙船は、そろそろ、アストロスに着くころだろうか。

 皆は、当初の計画どおり任務へ。

 ――ルナは。


 アズラエルは想いを振り切るように、守り袋を握りしめ、ポケットに入れた。





 地球行き宇宙船のアストロス到着から、五時間。


 まさか、自分を連れもどすために、ピエトがE353に向かっているとは想像もできなかったアズラエルだったが、ピエト以外の全員は、ほぼ彼の想像どおり、所定の位置に着いていた。


 バーガスとレオナは、メフラー商社のメンバーと合流するため、ケンタウル・シティに向かった。


 娘のチロルは、ネイシャとともに、オルティスのいるラガーへ。


 クラウドは、バグムントとともに中央区役所待機――グレンは、アストロスに降りる時間まで、チャンと行動。本来なら、アズラエルも彼らと同じ行動の予定だった。

 時間が来たら、白龍グループの宇宙船でアストロスへ降りる手はずだった。


 セシルとミシェルは、真砂名神社に集合。

 屋敷に残っているのは、ルナとセルゲイだけだった。


 そのころ、エーリヒは、ジュリを連れて、マックスの待つK15区の宇宙船玄関口にいた。エーリヒは、スーツケースごとジュリをマックスに預け、

「いいかね。私が迎えに行くまでおとなしくしているのだよ。目いっぱい楽しんでいいが、節度は守りたまえ。そうそう――浮気は一番いけない」

「うん、わかった!」


 分かったと言って、わかっていないのがジュリである。エーリヒは肩をすくめ、「ほんとうかな?」と言ったが、「だいじょうぶですよ」とマックスが笑った。

 実際、今のところジュリは、クラウドたちが言うほど奔放な面をエーリヒに見せてはいなかった。


 宇宙船の船客は、ジュセ大陸の観光地、メンケントに移動する予定である。

 屋敷内にいたので、皆にたいそうな任務が割り振られたことを知っているジュリだったが――そもそもが、ジュリである。くわしいことは、わからない。アズラエルをピエトが迎えに行ったことに安心もしていたし、あとはメンケントを楽しむことしか彼女の頭になかったことは、幸いだった。


 ジュリはうっかり、なにを口走るかわからないので、あちらでツキヨとリンファンに接触しないよう、マックスは気をつけなければならなかった。


 エーリヒとマックスは、ジュリが過度に皆の心配をしないよう――よけいなことを、言ってはならない人物に告げないよう――そもそもが、出会わないよう、最大限の配慮をした。


「では、マックス、ジュリをお願いする」

「ええ。こちらはきっと大丈夫ですが、エーリヒさんもお気をつけて」

 エーリヒはマックスと握手を交わし、ジュリとキスをした。しばらくの別れだ。

「エーリヒ、早く任務を終えて、あたしを迎えに来てね!」

「そうするよ、ハニー」


 エーリヒは、ふたりを見送ってから、すぐさまK19区の遊園地に向かった。アントニオから、当初の予定をだいぶ繰り上げて、「シャトランジ!」アトラクション内に入るよう、要請があったのだ。

 エーリヒは、K15区から一気にK19区の区役所奥のシャイン・システムに飛んだ。いつもルナたちが出る、鉄錆びた扉があるところである。そこが一番、遊園地に近い。


(今日は、風が強いな)


 波も高い気がする。いつもは聞こえるはずのウミツバメの声が、今日はなかった。海も、メルーヴァとの戦いをまえに荒ぶっているのだろうかと、エーリヒはふと考えた。

 潮風にあおられながら、ひと気のない広場を過ぎ、遊園地の前まで来たエーリヒは、思わず立ち止まってしまった。


「――!」


 遊園地の入り口を、鳥たちが固めてしまっているのである。それも、ずいぶん大きな鳥だ。

「地獄の審判」のときに、椋鳥(むくどり)が、真砂名神社に大挙して押し寄せたことがあった。めのまえのそれは、椋鳥ほど多くはないが、なにしろ、一羽一羽がとにかくでかい。


「タカだ」

 エーリヒにしては、バカみたいな声を出した。

「タカではないか」


 どう見てもタカにしか見えない鳥が、ルナであれば「もっしゃり!」と表現するだろうほどに、よってたかって入り口を埋めていた。


「なぜ私の邪魔をするのかね」


 タカは、口々に、にぶい鳴き声を上げた。エーリヒは、タカ語は知らないが、なにやら分かった。来るなといわれているだろうことは。


「遊園地に入るなと?」


 エーリヒが一歩前に進み出ると、やはりタカたちはエーリヒの歩みを妨害するように、鳴きながら通路をふさいだ。


「参ったな――通してくれんかね」


 エーリヒは途方に暮れて、遊園地の奥を見やった。すると、そこから、入り口を埋め尽くすタカたちより、ひと回り小さなタカが飛んできた。

 エーリヒは、彼の名だけはすぐに分かった。初対面ではない。


「君、サルーンかね」


 リュナ族が住んでいる地区に行ったときに出会った、アルベリッヒの兄弟、サルーンだった。


「ひとり――いやいや、一羽でなぜ、こんなところに?」


 エーリヒは聞いたが、彼は答えなかった。しかし、タカ語で言われてもエーリヒはさっぱりだったに違いない。学校で、タカ語の講義を取っておくべきだったと後悔したエーリヒの気持ちを読んだかのように、サルーンは、一度エーリヒの腕をヤドリギにしてから、案内するように飛び立った。

 エーリヒが彼のあとをついていくと、サルーンは、エーリヒがさっききた道を戻りはじめ、シャイン・システムの屋根に乗っかった。


「もどれというのかね」


 しかたなく、エーリヒはシャイン・システムの中に入った。すると、サルーンも入ってきた。彼は器用にクチバシで、中央区役所のボタンを押した――。


「なんて賢いタカだ」


 エーリヒが呆れ果てているうち、一瞬で、中央区役所一階ロビーに着いた。ロビーは、ずいぶんな人数がごった返していた。


「目的地はここかね?」


 エーリヒの質問に、サルーンは、道案内は終わったとでもいうように、区役所の玄関から外に飛び出していった。

「タカだ」「どうしてこんなところにタカ?」という役員たちの声が聞こえる。


「やれやれ……参ったな」


 どうせまた遊園地にもどっても、タカが入り口をふさいでいるのだろう。エーリヒは仕方なく携帯電話を取り出し、アントニオにこの旨を知らせるため電話したが、彼は出なかった。


「ふむ、どうしたものか」


 クラウドに合流するため、区役所内にいるはずの彼のもとに向かった。




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