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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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342話 賢者の青ウサギと最後の駒 2


 シェハザールとツァオは、モハにだけ、L03の礼に(のっと)った挨拶をした。シェハザールのそれが終わると、今度は、ヒュピテムとダスカが、シェハザールとツァオに向かって、正式なあいさつをした。

 儀礼は、それで済んだ。


「最後の話し合いに来た」


 モハは、シェハザールが示した上座に座ることもなく、告げた。


「そうだと思っていました」

 シェハザールは、静かに言った。

「いずれ、あなたがたは“ここに”顔を出されると思っていました」


 シェハザールには見えた。見えるようになっていた――いつからかは分からない。この地へ来て、エタカ・リーナ山岳に入り、この石柱に触れたときから、見えすぎるほど見えるようになっていた。――メルーヴァのように。

 L20の総本部内で、モハたち王宮護衛官が勝手に姿を消したことを、激怒している軍人たちが見える。


「L20の軍に、あなたがた王宮護衛官が相談役としてついてきた話は知っています」

 シェハザールは、同じ身分ではあったが、年上のモハには敬意を払っていた。

「相談役とは名ばかりだ」

 モハは、大柄な肩をすくめた。

「総司令官のフライヤ殿は、われわれの意見を受け入れようとなされるが、他の将官たちは無理だ」


「なるほど――つまり」

 シェハザールは、ラグ・ヴァダの武神に言い聞かせるように言った。

「あなたがたをこのままお帰ししても、なんの問題もないということだ」


「問題はないな。われわれが、このエタカ・リーナ山岳に、“たった十五人しか”おらぬといっても、だれも信じようとはせんからな」


 この目でたしかめたといったところで同じだろう。

 モハは言った。


 現に、モハたちは、L20の軍議で、エタカ・リーナ山岳にそんな大軍勢がいるなどとは、なにかの間違いだと言った。ひとの気配を、だれよりも察知する能力を兼ねそなえたダスカが確かめた。

 そんなに大勢はいない。いても、二十人くらいだと。


 だが、信じてくれたのは、フライヤだけだった。

 そのフライヤは、王宮護衛官とL20の軍のあいだを取り持ちながら、見事総司令官を務めあげているといってもよいと、モハは褒めた。


 フライヤは、アストロスの地を踏んで、調査を進めるうち、L20の軍略ではおそらくどうにもならないことを悟った。だから、自分の足で、アストロス中を巡っているのだった。なにか手掛かりはないか、方法はないかと、各地を。

 王宮護衛官も舌を巻くような、想像を絶する熱心さと健脚だった。


「まるで、羽根の生えた馬のようですな」


 シェハザールは、小さく笑った。

 足で駆け、羽ばたいては、翼を休めてまた駆ける。

 フライヤは、まさしく、ペガサスのようだった。


 フライヤ・G・メルフェスカ。

 L20で、もっともラグ・ヴァダの武神が警戒した稀代(きだい)の軍略家。


 おそらく、彼女の尽力のおかげで、L20の部隊は「全滅」を免れるだろう。

 シェハザールは、ラグ・ヴァダの武神に気づかれぬ、ほんのわずかな時間の間にそれを思った。

 

「フライヤ殿がおらぬでは、L20の軍隊は、全滅だろう」

 モハは、シェハザールの思っていることと同じことを言った。

「彼らは、おまえたちの思うツボに、()まっている」


 そうは言いつつも、モハの背後にいるダスカは、殺気さえ消しているが、刀の柄に手をかけていた。

 王宮護衛官の中でも一位、二位を争う剣の達人、ダスカ。御前試合で彼とまともに打ち合えるのは、ツァオくらいのものだった。


(ルフは、こやつではない)

 シェハザールは、「ルフ」がだれなのか、確かめることにした。


「シェハ、これが最後だ――山を降りろ」

 モハは、抑えた声で説得した。

「すでにおまえには、高額な懸賞金がかけられている。メルーヴァ様も、八騎士の皆も。だが、ラグ・ヴァダの武神に協力するなどという、愚かなことはやめろ。その罪業は、末代までつづくだろう」

「いまなら、あなたがたの身柄をわれわれが預かり、L03内で裁くこともできる」


 ヒュピテムも身を乗り出した。ダスカも、コワモテの顔に涙を浮かべた。


「お願いです――シェハさま! お戻りください!」


 せめてツァオ、おまえだけでも――そう叫んだダスカは、ツァオを可愛がっていた先輩護衛官だった。ツァオも、ダスカは王宮護衛官の中では良きライバルであり、親しき先輩だった。


「もう、遅いのです!!」

 ツァオが、涙にまみれた顔をあげて絶叫した。

「われわれが従うのは、“メルーヴァ”さまです!!」


「ツァオ……」

 ダスカが、苦しい顔をした。


「土産だ。――受け取れ」


 この場にはふさわしくないかのような、軽やかな声とともに、声と同じくらい軽い品物が、投げられた。

 この場のだれもが、その声に「聞き覚えが」なかった。

 シェハザールの口から出たのは、若々しい青年の声――しかし、シェハの声ではない。


 ラグ・ヴァダの武神の声、だった。


 そのあまりにもちいさなものを、目で(とら)え、手のひらに受け止めたのは――受け止めてしまったのは、モハだった。


「う、――おぉ、」


 モハは、体の外から芯に向かって、なにかが浸食してくるのに気付いた。受け取ったちいさな玉――星守りからだ。彼はそれを投げ捨てようとしたが、手から離れない。


「に、逃げ――」


 彼は、ヒュピテムとダスカにそういうのが精いっぱいだった。


「逃げ、逃げろ! ヒュピテム、ダスカ!」


 ヒュピテムとダスカが、モハの異変に気づいたのは、モハの身体が、エメラルドグリーンの光に、すっかり包み込まれたあとだった。


「モハさま!」

「逃げろ! 早く逃げろ、馬鹿者!!」


 エメラルドの光の中で、モハが絶叫する。ヒュピテムは、ダスカの腕を取り、猛吹雪の中へ出た――。

 ヒュピテムとダスカは、豪雪の中を必死で逃げた。洞穴の中から、緑光色があふれる。


「うわっ!!」

「ダスカ!!」


 ダスカは足を踏み外し、雪の崖を一気に転がり落ちた。

 ヒュピテムは、ラグ・ヴァダの女王の加護を叫び、ダスカと一緒に、崖を滑り落ちた。

 さかさまに転げ落ちていく目の端で、洞穴の光を捕らえる。

 洞穴からあふれる光の色が、どこか彼らの母星、ラグ・ヴァダ星の色に似ていることを不思議に思った。





 エタカ・リーナ山岳の中腹で、ヒュピテムは、平野のほうへ降りていく、謎の光の壁を見た。

 落ちたときに頭を打って意識を失ったダスカを抱え、自身も、痛む右足を引きずりながら、膝まで埋まる雪の側面を、降りていた。


「あれは――」


 光の壁は、ゆっくり倒れるように、地面に沈んでいく。ヒュピテムは、目を疑った。

 平野に敷かれたのは、あまりにも巨大な、チェスの盤だ。


 ゴコ……っ。

 山岳が、揺れた。


「うわっ!」


 ヒュピテムたちは再び、雪とともに、山を滑り降りた。

 巨大な石柱が、山を下りてくる。光の壁の上を、すべるようにして――。

 ひとつが、城ほどもある石柱だ。

 ヒュピテムのそばを、石柱が、雪を噴き上げて滑り落ちていく。

 シェハザールたちがいた洞穴にあった、不思議な石柱と同じ色だが、形はちがう。ヒュピテムには、見たことがあった。


(シャトランジのハイダク)


 王宮にあった、シャトランジの駒だ。

 歩兵(ハイダク)の駒は、整然と、横一列に、盤に並んだ。


(なんだこれは)


 ヒュピテムは、がく然とした。

 シャトランジに、市松模様の盤などなかったはずだ。市松模様の盤を必要とするのは、チェスのみ。


 禍々(まがまが)しい光を放ち、宙できらめくシャトランジの盤に、目が釘付けになっていたヒュピテムだったが、整然とならぶハイダク八基の後ろに、不思議なものを見つけた。


 ハイダクを形作る石柱と同じ、宇宙の結晶がごとき、細長い石柱。山岳と同じ高さもあるそれは、頂点に――洞穴があったあたりと同じ位置に、ひとがくくりつけられている。


 ヒュピテムは目を疑った。

 見覚えがあったのだ――そのひとの姿に。


「マリアンヌ、さま?」


 まさか、あの方は、もう亡くなったはずだ。


 シェハザールも、シャトランジの洞穴から、石柱に、生け贄のようにくくりつけられたマリアンヌの姿を見て、信じられない顔で、まろび寄った。


「マリアンヌさま……マリー!!」

 シェハザールは絶叫した。

「なぜだ……? 生きていたのか?」


 そんなはずはない。彼女は、地球行き宇宙船で亡くなったはずだ。だが、シェハザールの真上にあるのは、まさしく、肉体を持った人の姿だ。


「マリー!!」

「シェ、ハ? ……さま?」


 マリアンヌだ。間違いなく、マリアンヌだ――。

 シェハザールが涙をこぼしかけたその目でとらえた彼女の姿は、――L18の病院から助け出されたときと同じ、見るも無残な姿だった。


「シェ……」


 もう一度、生きて会えるとは思わなかった。

 マリアンヌは、そう言っているような気がした――たしかに彼女は、シェハザールを見て、うれしげに微笑んだ。


「待て! 今、助けてやる!」


 シェハザールが叫んだとたん、マリアンヌの口から、するどい叫びが上がった。


「やめろ!!」


 シェハザールは、血を吐くような思いで石柱に駆け寄った。マリアンヌの足先から、血が(こぼ)れ落ちて、シェハザールの頬を濡らした。


 ――おまえたちの考えていることなど、お見通しだ。


 ラグ・ヴァダの武神の声が聞こえた。


 ――わたしを、地球の神に討たせるつもりなのだろう?


 シェハザールの目頭から、マリアンヌの血とも、自身の血涙とも、判断がつかぬものが流れた。


 ――残念だが、アストロスの兄神は、わたしの策略に嵌まって、船を降りた。奴らの力は削がれた。おまえは、おとなしくシャトランジを起動しろ。


「ぐはっ!!」


 シェハザールは、洞穴まで吹っ飛ばされ、強引に座席に座らせられた。


 ――最初の計画通り、アストロスを全滅させ、メルーヴァ姫を手に入れて、ラグ・ヴァダへ帰還する。


「マリアンヌさまを巻き込むのはよせ……!」


 ――これは人質だ。おまえが、シャトランジに怯まぬように。それと、


 メルーヴァとそっくりな面影を宿した、体格の良い男が、雪原に立っていた。本物なのか、幻なのか、シェハザールには分かるすべもない。

 ラグ・ヴァダの武神だ。

 彼が再び手の先を動かすと、マリアンヌの悲鳴が上がった。


「やめろ!!」


 ――おまえが無事つとめを果たせば、この娘をよみがえらせてやろう。肉体を持ってな。だが、よけいなことを考えれば、おまえもこの娘も、(にえ)として滅ぼす。

 この娘は、もう一度、あの苦しみを味わうことになるだろう。


 ラグ・ヴァダの武神は、高らかに笑った。

 叫びかけたシェハザールだったが、身体は椅子に拘束されたまま動けず、声も出なかった。


 ――おもしろいものをつかっているようだから、こちらもつかわせてもらう。


 マリアンヌの足元には、黒曜石でできた、化粧箱があった。それがなにか、シェハザールにもわかった。

 彼女が生きているうちは、一度もつかわれたことのなかった、彼女のZOOカードだった。


封印(セリャド)――」


 マリアンヌの口から、血と一緒に、呪文が零れ落ちる。

 

「え!?」


 真砂名神社奥殿で、回帰術の用意をしていたペリドットとアンジェリカが、急に動きを止めたZOOカードに、戸惑った。


「ZOOカードが……!」

「落ち着け、アンジェリカ」


 ペリドットは、いきなりふたが閉まった箱に手をかざした。鎖が巻き付いている。


「だれかが、封印(セリャド)をつかったな」

「――え!」




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