341話 天使、そしてアノールの援軍
フライヤが、本部駐屯地にもどったのは、地球行き宇宙船がアストロスに着く、前日だった。
駐屯地に入ったとたんに、嵐のような出迎えが、フライヤを待っていた。
「サザンクロスの報告を――再調査をしましたが、メルーヴァの所在はまだ不明」
「中央アストロス陸軍本部が、フライヤ総司令官が戻ったら、すぐに連絡をと」
「サザンクロス西のヤータナ地区の避難が終了したとのことです」
スタークともう一名が、報告を流し聞きしながら、足早にフライヤを追って、建物内に入った。
「フライヤ総司令官!」
最後にフライヤを出迎えたのはサンディ中佐であり、彼女も焦っていたが、フライヤも焦っていた。
めずらしくもフライヤは――この総司令官らしからぬ総司令官は、サンディの言葉をさえぎって、一番言いたかったことを、怒鳴った。
「いますぐガクルックス最北端のサスペンサー大佐に伝令を! マルメント山地より下方に下がり、ガクルックス北端のサムルパ街に待機せよと!」
サンディは固まった。
「先日ここにきた、アントニオという方が同じことを」
「クルクスに行って正解でした!」
フライヤは、布にくるまれた石板らしきものを抱えていた。サンディが、それを石板だとわかったのは、布の間から、中身がすこし見えたからだった。
それがなにか聞きたい顔をしながら、別のことを聞いた。
「なにか、わかったことがありましたか」
司令部に急ぎながら、フライヤとサンディは話をした。スタークともう一人の部下が、両手に報告書を抱えて、ついてくる。
「ええ! わかりました」
フライヤはぴたりと止まり、青ざめた顔で、サンディを見つめた。
「クルクスに行き、わかりました! なにも打つ手がないということが!」
「――なんですって?」
「作戦を、ぜんぶ撤回します!」
「ちょっと待って」
サンディは、フライヤの腕をつかんだ。
「どういう意味です?」
「作戦はすべて撤回します。人命が最優先。もちろん、わたしたちもです」
フライヤは、サンディに向かって言った。
「とにかく、わたしたちにできることは皆無です。アストロスの一般市民を守るしか、することはないかもしれません。あとは、地球行き宇宙船の特殊部隊に任せるしか――」
結局、フライヤは「シャトランジ」の文献を見つけることはできなかった。女王の城にはなかったのだ。
そのかわり、調査中――いきなり対局盤が動き出し、変容していったのだ。その変容は、あの場にいた皆が見ている。
スタークも、ザボンやインダも。
石に名前が、はっきりと刻まれた。止まっていた石が再び動き出し、見慣れた名が浮かび上がり始めた時点で、フライヤはタイムアウトを悟った。
だから、急いで戻ってきたのだ。
サンディは、スタークと、もう一名も見た。ふたりも、真剣な顔でサンディを見返し、うなずいた。
フライヤはほとんど駆け出しながら叫んだ。
「一時間後に、軍議を。そのまえに、サスペンサー大佐を、呼びもどします!」
「フ――フライヤ、」
サンディは、慌てて言った。動揺のあまり、いつもの口調にもどってしまった。
「とにかく、あなたの言いたいことはわかった。だが、こちらも、厄介なことになっている」
「――え?」
「フライヤ! フライヤ・G・メルフェスカ大佐!!」
廊下の端まで響き渡るような大音声だった。背の高い、大柄な将校が、大股でこちらにやってくるのを、フライヤは見た。サンディの顔つきを見て、「厄介」の正体が分かった。
「――マクハラン少将」
地球行き宇宙船の護衛についたはずのマクハラン少将である。
なぜ彼女がこんなところにいるのか訝しんだフライヤだったが、地球行き宇宙船が明日にも到着するとなれば、彼女の本隊も来ていておかしいことはない。
すぐに、彼女の剣幕から、最悪の予想を導き出した。
「貴様いったい、なにをやっている!!」
フライヤとサンディ、ほか二名は、敬礼し、廊下の端に移動して頭を下げた。
フライヤはすかさず言った。
「クルクスで任務に就いておりました!」
「貴様がやることではない!!」
マクハランは一蹴し、サンディがなにか言おうとしたのをさえぎり、さらに怒鳴った。
「この二ヶ月! なにをしていたのだ! たかが王宮護衛官の残党風情に!」
「申し訳ありません――ですが」
「サンディ、貴様がついていながらなんだ!」
「はっ! 申し訳ございません!」
「なぜ、いつまでも、メルーヴァを逮捕しない!!」
マクハラン少将は、いよいよ光化学主砲をつかう気かもしれない。
まもなく地球行き宇宙船がアストロスに到着する。地球行き宇宙船を護衛し、船客や船内の住民の安全を守っているのはL20であり、できうることなら、メルーヴァの逮捕は、地球行き宇宙船がアストロスに到着する前に成し遂げるのが、最優先事項だ。
それは、間違ってはいないが――。
「マクハラン少将のおっしゃることはもっともですが、作戦はすべて、わたしに一任されております!」
サンディもスタークたちも、フライヤの口から出た言葉に驚いていた。かつてのフライヤからしたら、信じられない勇気だった。フライヤは、緊張で顔を真っ赤にしていたが、そう怒鳴り返した。
マクハラン少将のこめかみがブチリと切れる音が、サンディにも聞こえるようだった。
「生意気を言うではないか、傭兵風情が……!」
その言葉に、サンディとスタークの間にも、緊張が走った。
貴族軍人のマクハランは、ものすごい目で、フライヤを見下ろしていた。
「私がメルーヴァを逮捕する。貴様はそこで見ていろ、腰抜けが」
「お――お待ちください!!」
フライヤは叫んだ。
「エタカ・リーナ山岳は、アストロスの民にとっては、霊峰です! 破壊などできません!!」
「これだから、戦を知らんやつは困る」
フライヤを押しのけるようにマクハラン少将は、廊下を進んでいこうとする。フライヤはさらに呼び止めたが、マクハラン少将は、フライヤには目もくれず、去っていった。
サンディが息をのんだ。
「まずいぞ」
「マジでエタカ・リーナ山岳を、吹っ飛ばす気ですね」
スタークが、呆れ返った声で言った。
メルーヴァが山を出てこないのならば、山から追い出す。メルーヴァたちが潜む方角の山肌に、どでかい穴を開けてやると、マクハラン少将は言っているのだ。
たとえ大軍勢だろうが、万を超える人数ではない。そんな人数はあの山岳にはひそめない。山を切り崩し、メルーヴァの大軍勢を木っ端みじんにし、零れ落ちてきた敵をせん滅、あるいは逮捕する。
あの、力技が好きな少将がやりそうなことだった。
「今朝、この司令部に到着しまして」
サンディは苦々しげに言った。
「あなたの姿が軍部にないことで、相当お怒りだったんです。――まったく、あの方も勝手な真似を」
指令があるまで、地球行き宇宙船とともに待機という命令だったはずだ。
でも、朝に来て、今まで待ってくれたのも幸いといえば幸いだ。
フライヤは、思いのほか冷静だった。こうなることは、どこかで予想していた――彼女が去っていった廊下を見つめ、
「とにかく、サンディ中佐、サスペンサー大佐に、撤退命令を出してください」
「マクハラン少将が北に向かえば、サスペンサー大佐に協力を仰ぐでしょう。撤退できないのでは?」
「それでも。サスペンサー大佐が、どちらの指令を取ってくださるか――わかりませんが。あの地は危険です」
「分かりました。ではすぐに――」
サンディがうなずき、駆け出したとき。
ドンドコドンドン、ドンドコドンドン、ドンドコドンドン、と、妙に賑やかな太鼓の音が響いてきた。
「な――なんだ!?」
スタークが叫び、フライヤも、司令部にもどりかけたサンディも顔を見合わせ、いっせいに外へ向かった。
音は、外からだ。
外に出てすぐに見える演習場で、マクハラン少将とその部下が固まっていた。呆気に取られているようにも見える。
フライヤたちも、あんぐりと口を開けた。
半裸の部族が――千人もいるのではないだろうか――が、すっかり、演習場を埋め尽くしていた。それぞれが装飾のついた剣や槍、盾を持ち、叫んでいた。ただの叫びに聞こえるが、抑揚があり、歌にも聞こえる。
おまけに、どう見ても天使にしか見えない、翼が生えた人間が、群れとなってこちらに飛んでくる。
「アリタヤ――アリタヤ――シンドラ!! シンドラ!!」
部族はそろって、満面の笑顔で、謎の歌を大合唱した。
「なんだ! こいつらは!?」
サンディが、悲鳴のような声を上げた。
ドンドコドンドコと、地を揺らすような太鼓の音、耳が裂けるような大音声と、旋律。
「どこの部族か。アストロスの者か!? どこから入り込んできた!!」
マクハランの大声さえ搔き消されるような大合唱である。
「――アリタヤとシンドラを言祝ぐ言葉だわ。アノール族ね」
フライヤの表情だけが、ぱあっと明るくなった。
「アノール!?」
サンディの絶叫。
「まさか、L系惑星群から来たというのですか!?」
「それに、あれはL02の天使――トワエの民だわ!」
天使たちが舞い降りてきた。こちらは三十人もいるだろうか。全員が、真っ白な翼を持ち、銀色の鎧に、真っ赤な花の紋章が刺繍された、白いマントで身を覆っていた。
「ウヒョー!! カッケー!!」
スタークは、圧倒されて、見上げた。
目の前まで来た彼らは――身長が、ゆうに、三メートルもあったからだ。
「メルーヴァ討伐軍総司令官殿は、こちらで」
流ちょうなL系惑星群共通語。
天使は、長い長い腕を、フライヤに伸ばした。総司令官扱いされなかったマクハラン少将の顔が、みるみる歪んだ。
「われらトゥーウァエ、あなたにお味方いたします」
「同胞、ニックの誘いで参った」
「助力を、受け入れてくれるだろうか」
白髭の隣にいた、若い茶色の髪の天使は、身長三メートル弱、手も体格も規格外だったが、サンディが頬を赤らめるほど美しい青年だった。
天使は総じて、美しい容姿の者ばかりだ。
「あ、ありがとうございます!!」
フライヤは、満面の笑顔で、天使の代表である白髭のおじいさんの手を取った。
サンディは、美青年に手を取られて、ちょっぴりウットリした。
フライヤが天使の手を取ったとき、太鼓の音と歓声が、やんだ。
「われら、アノールの戦士!!」
先頭の、腰巻をつけた、半裸の三人が名乗った。
「シンドラとアリタヤが、我らに告げた。いまこそ立ち上がるときと!!」
「ラグ・ヴァダの武神をこの手で!」
「この手で!!」
千人を超す大軍勢が、槍や剣をかまえて、アストロスが揺れるような大歓声を上げた。
「蛮人どもめ……!」
マクハラン少将は忌々しげにつぶやき、
「フライヤ、貴様には、こいつらが似合いだ――世話は任せる。行くぞ!」
部下を引きつれ、立ち去った。
「ミラ様に戦勝報告をするのは、この私だ!」
フライヤたちは、これ以上止めることもできず、マクハランを見送った。スタークだけが、表現しようもない悪態と、行儀の悪いサインを、彼女の背中に向かって突きつけた。
「す、すみません。でも、わたしたちは、あなたがたの来訪を歓迎してます!」
フライヤは慌てて言った。天使たちは、気にしていないと言ったふうに、微笑んだ。
「ええ、知っています。われわれも、ここへ来るのを悩んだのですが、アノールの部族長が励ましてくれました。フライヤというかたは、決して、われわれの協力を拒んだりしないと。――喜んでくれると」
アノールの代表も、フライヤと握手をした。先ほどまでの歌はアノールの言葉だが、話す言葉はL系惑星群の共通語だった。
「アリタヤとシンドラが、ここまで導いた。フライヤどのを助けろと」
「今こそ――ラグ・ヴァダの民とアストロスの民、地球の民が協力すべきとき」
アノールで二番目に強いと自負する戦士は、クルクスがある方角を指した。
「あそこが、メルーヴァ姫の生まれた国」
天使たちも、胸に手を当てて、そちらを見やった。
「ラグ・ヴァダ、アストロス、地球の、三つ星をつなぐ子、イシュメルをお生みになった、母なるメルーヴァがいる国だ」
彼らは、ドン、と胸を叩いた。それにあわせて、またドンドコと太鼓が鳴った。
「守らねば、なるまい」
「ありがとうございます……!」
フライヤは、感動のあまり涙目で、アノール族二番目の戦士と、天使たちにかわるがわる、礼をした。
「いったい、どうやってここまで?」
スタークが聞くと、ニックに似た金髪の青年天使が、微笑んだ。
「アノールは、宇宙船を持っている。われワレも、彼らの宇宙船に乗ってここまで、キタ」
アクセントがすこし違うが、意味は分かった。
「ラグ・ヴァーダー、ゼンブのアノール、のもとへ、シンドゥーラとアリーターヤが現れた。それぞれの村で、イチバン勇敢な戦士を、二十人ずつ、旅立たせロ、と」
「なるほど――で、あんた、身長どのくらいあんの」
スタークが挑むように聞くと、彼は首をかしげた。
「シン、チョ?」
彼の隣にいた、銀色の長髪天使が彼に耳打ちした。共通語が分かる天使と、そうでない天使がいるらしい。
「私、273センチ」
「200!?」
「シンチョ、低いホウです」
たしかにそうかもしれなかった。彼だけ、頭ひとつ分低い気がする。あくまで、天使たちの横並びだ。彼の隣の銀髪は、「わたしは312センチです」などと、ふつうに言っているが、ふつうではなかった。
「そんだけあって低いってどういうことだよ!」
「アナタ、ちいさクテ、可愛らしい」
183センチがちいさくて可愛らしいと言える人間はあまりいない。
「ケンカ売ってンのかてめえ」
青筋を立てて威嚇するスタークに、彼はニコニコしながら、「マルコです」と自己紹介した。
「マルコ・D・スペンサー。お嬢さんのナマエは?」
「俺は、オトコです!! スターク・A・ベッカーです!!」
まったく、みな、モデルのように美しい顔立ちばかりだ。長老も、年老いているから彼らには負けるが、若いころはさぞかし美男子だっただろう面影を宿している。
女性ばかりの軍駐屯地では、目の保養になったようだ。ウットリとながめるL20の軍人たちが、いつのまにか演習場に集まってきていた。
「トワエの民は、みんな綺麗なひとばかりだって有名です」
「フライヤ大佐の中だけでな」
スタークはからかった。
フライヤは真っ赤な顔で咳払いし、
「では、代表の方だけ、軍議に出てください。あ、それから、王宮護衛官の方々は――」
「ああ、そのことも」
巻き毛の天使に手を取られて半分恍惚となっていたサンディが、我に返った。
「勝手に出て行ったっきり、音沙汰なしで」
「じつは、ジュエルス海のあたりで目撃情報が」
フライヤたちの会話が耳に届いた軍人が、進み出た。軍議で報告するつもりだったらしい。
「ほんとうか!?」
サンディは叫んだ。
「今朝の報告です。四日前、モハ上級護衛官と、ダスカさん、ヒュピテムさんと思われる姿を、ジュエルス海沿岸の地元警察が見ています。エタカ・リーナ山岳に向かったと」
「まさか、裏切ったのではあるまいな」
焦り顔のサンディに、フライヤは首を振った。
「いいえ――もしかしたら、最後の説得に行ったのかもしれません」
「説得?」
「メルーヴァたちを。彼らは、同じ王宮護衛官だから、話し合えばわかると、ずっと信じていました。特にダスカさんは、その思いが強くて」
「……説得か」
サンディは苦い顔をした。
「しかし、説得しに行っただけにしては、帰ってくるのが遅すぎる」
「モハさんたちは、メルーヴァがラグ・ヴァダの武神に力を貸したことに納得できなくて、L03に残った人たちです。彼らの味方になることは考えられないですが、命の危険は――もしかしたら」
「そもそも、普通の格好であの山に入ってやしねえだろうな」
スタークが不安そうな顔で言う。
「それは、たぶん大丈夫。わたしたちと一緒に、一度山の近くに行っているし、地元警察に、どれだけの装備が必要かは聞いているはずだし」
「案内はつけたのだろうか。だとしたら、民間人が巻き込まれる可能性も――まったく! よけいな仕事を増やしてくれる!」
サンディの舌打ちも無理なかった。
もう四日経っている。説得に行ったはいいが、話し合いがこじれて、捕らえられている可能性もあった。
「軍議では、そのことも議題に出しましょう。次第によっては、救出を、サスペンサー大佐の隊か、アストロス軍に頼むことになるかもしれません」
ガクルックスのエタカ・リーナ山岳真下――かつて、「シャトランジ」が展開された平野に、サスペンサー大佐の一軍はあった。
サスペンサーは、アントニオの話を眉唾に聞いていたわけではない。ゆえに、まずは軍の半数を率いて、調査に赴いた。
もとより、今年の初めにメルーヴァが発見された場所はこの近くだし、なにより、まず真っ先に戦場になるのはこの平野だろういう可能性が高かった。
サスペンサーがただ陣を敷くのでなく、地形や周辺の状況を把握するため、綿密な調査をしたのは正しかった。彼女はいままで、その緻密さゆえに軍功を上げてきたタイプでもあった。
調査を始めて数日後、サスペンサーは、平野のあちこちに置かれた、「あるもの」を発見した。
――これが、サスペンサー自身の命と、部隊の半数の命を救うことになるとは、まだ、彼女は知らない。




