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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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340話 アズラエルを迎えにいくピエトと、イアリアスの完成 3


「すみません、忙しいところ」

「いやいや、だいじょうぶ。それより、ピエトが、アズラエルを迎えに行ったって?」


 セルゲイとアントニオは、K19区の遊園地にある、「シャトランジ!」のアトラクションまえにいた。

 任務のために東奔西走しているアントニオを、ここに呼びつけたのは、セルゲイだった。

 真夜中――宇宙には、巨大な群青色の美しい宝石が輝いている。

 あの星に、明日の朝、降り立つのだ。


「そうなんです。ほんとうに帰ってきてくれるかはわからないけど、……ルナちゃんがね」

「……」


 セルゲイがつらそうにうつむいた。セルゲイにとってつらいのは、ルナの泣く姿が痛々しいという想いなのか、もはや、自分では、ルナを癒せないと思っているからなのか。


「そうじゃないんですよ」

 セルゲイは、アントニオがなにも言っていないのに、首を振った。

「今日呼んだのは、ルナちゃんのことじゃなくて。……そのことにも関係があるかもしれないんですが、作戦を変えたほうがいいかもしれないって、提案です」


「え?」

 アントニオは、目を丸くした。


「こんなギリギリで、なに言ってるんだと思うかもしれませんが」

「い、いや――もしかして、夜の神がなにか?」

 セルゲイは、小さくうなずいた。

「実は、ほんとに、さっきのことなんです。俺は、夜の神に、ここまで招かれて――アントニオさんが、船内にいてよかった」

 アストロスに彼がいたら、この話はできなかったかもしれない。

「作戦っていっても、全体的なものじゃなくて、俺とアントニオさんと、カザマさんの立ち位置です」

「どういうことです?」


 セルゲイは、胸に手を当てた。このことを言おうか言うまいか、すこしためらいを見せてから、言った。


「このあいだ、アズラエルが『宇宙船を降りる』といったときに、ぜんぶ分かったんです。ここが。――ああ、ほんとに、終わったんだなって」

「……」

「俺の中には――夜の神の想いには、アズラエルを恨む気持ちも、グレンを憎む気持ちも、なにひとつない。あのとき、俺の中にあったのは、むしろ――アズラエルがかわいそうで――抱きしめてあげたい気持ちだけだった」

「……しなかったでしょうね?」

「してたら、いろいろこじれてたでしょうね」


 ふたりは嘆息した。さまざまな意味を込めて。


「……ルナちゃんへの想いも、なんだか逆に吹っ切れたんです。俺だけじゃない、グレンもだ」


 グレンは、ルナに拒絶されたことを、傷ついてはいなかった。グレン自身も、それが不思議だと、セルゲイに語った。

 そこにあったのは、あまりにも不思議で、複雑で、彩り豊かな想いの結集だった。

 想いが、掻き消えていったわけではない。塗り替えられたといったほうが、正しいかもしれなかった。


『しょうがねえなあ。今は、アズラエルに譲ってやる』


 グレンの言葉には、負け惜しみも、つよがりも、なにもなかった。

 本当にそう思っているのだ。


 彼が――アズラエルだけが。

 この繰り返しの生のあいだ、ルナとしあわせな「結末」を経験していないから。


「とにかくまあ――なにを言いたいのかというと、終わったって、ことなんです」


 セルゲイは、うまく説明できなくて困っているようだったが、苦笑しつつ言った。


「だから、たぶん、夜の神は“暴走”しない」

「――!」


 セルゲイの言わんとすることを、アントニオは受け取った。


「月の女神を奪いに来るラグ・ヴァダの武神に対して、荒れ狂ったりはしない」


「それはつまり――」

 アントニオは、やっと言った。

「俺とミーちゃんが、夜の神を抑える必要はなくなったと。そういうことですか?」

「はい」

 セルゲイはうなずいた。


 最初の計画では、メルーヴァ姫を、ラグ・ヴァダの武神から、そして、「シャトランジ」の脅威から、クルクスを守るために、夜の神の力を発動させる計画になっていた。

 だが、妹神を奪いに来るラグ・ヴァダの武神に対して、怒りのあまり、夜の神の力が暴走しかねない危険があった。夜の神は、一度世界を滅亡させたこともある神である。

 このあいだの、白ネズミの女王の一件にしても、妹神が関わると、夜の神は大暴走する危険性があるのは、たしかだった。

 その危険がなくなった、とセルゲイは言っているのだ。

 夜の神みずから、そう言った。


 ほんとうは、夜の神がその絶大なる力を持って、ラグ・ヴァダの武神を滅ぼしてもよい。実を言うと、ラグ・ヴァダの武神などは、夜の神、太陽の神の敵にもなりはしない。

 だが、それだけの力が発動されると、アストロスが壊滅する。

 アストロスの武神も同様である。

 アストロスを、アストロスの兄弟神と、ラグ・ヴァダの武神が戦い続けるリングにしてはならない。

 三千年前の戦いを、そっくりそのまま再現すれば、これもまた、破滅の危機だ。

 それゆえに、神の力を配慮した、複雑な計画を立てたのだ。

 アストロスが破壊されないよう、太陽の神と真昼の神の力で、夜の神を抑える計画になっていた。

 

「では――抑えなくてもいいとなれば――」

 アントニオは思案したが、セルゲイは言った。

「ですが、夜の神は、計画は、最初の計画通りに進めたほうがいいと言いました」

「計画は?」

「ええ。でも、夜の神を抑える必要はない、と」

「……」

「太陽の神の発動と、真昼の神の発動は必要だそうです」


 セルゲイは、「見てください」といって、ふたりで、「シャトランジ!」のアトラクション内に入った。


 アントニオは、真向かいの壁面一面に映し出された画像に目を見張った。


「これは――!」

「驚いたでしょう、俺もです」

 


昼の女神 ルーク デビッド  ラフラン ルフ(戦車) 太陽の神


地球 ナイト ベッタラ  ジリカ ファラス(馬) 地球


夜の神 ビショップ ノワ  ボラ フィール(象) 昼の女神


月の女神 キング シップ  シェハザール シャー(王) 夜の神


ラグヴァダ クイーン ミシェル  ツァオ フィルズ(将軍)夜の神


太陽の神 ビショップ エマル ペリポ フィール(象)アストロス


アストロス ナイト ニック  ピャリコ ファラス(馬)月の女神


なし ルーク イシュメル  モハ ルフ(戦車)ラグヴァダ


真砂名 アズラエル     メルーヴァ ジャマル(ラクダ) 真砂名

真砂名 グレン



 ブルーライトだけがついているアトラクション内に、コンピューターグラフィックスの、「シャトランジ!」の対局盤ともいえるべき画像が、壁面に浮かび上がっている。

 アントニオは、対局盤を見上げた。


「これが、改造後のシャトランジ! ――いや」


 この対局盤を表す名は、「イアリアス」に変わっている。


「クルクスの城のものと同じだ」


 あちらはイアラ鉱石でできた古代のものだが、こちらは最新式のコンピュータ・グラフィックス。けれど、形やシステムは同じだった。

 デジタル画像の星守りが両脇に並び、チェスとシャトランジの駒の名、その駒となる人物の名が、ずらりと並んでいる。

 エーリヒの対局席から見下ろせるように、チェスの盤が敷かれているのは変わりがない。


「……これでもまだ、完成版ではないんです」

「えっ?」

 セルゲイの言葉に、アントニオが目を見開いた。本気で驚いていた。

「おそらく、直前にまた変わるらしい。それしか聞いていませんが」

 アントニオはごくりと息を飲み、「クラウドとエーリヒは?」と聞いた。

「知ってます。困った顔はしてましたけど」

「……そりゃ、困るだろうなぁ」


 アントニオにはそれしか言えなかった。対局中にも変化したらどうする気だろう。

 

「しかし、相手は、メルーヴァの八騎士か――!」


 アントニオは身震いした。王宮護衛官の中でも、文武両道の猛者たちばかり。

 それに立ち向かうのは、デビッドにエマル、ニックとベッタラ、イシュメルとノワ。


(イシュメルとノワのリカバリを急いだのは、このためだったのか)

 アントニオは、やっと腑に落ちて、小さく嘆息した。


「あれ? おかしいな……ポーンがないぞ」


 シェハザール側のシャトランジには、ハイダク(歩兵)が、シャー(王)の駒の前方に八基、並んでいるというのに、エーリヒ側のチェスには、歩兵にあたるポーンが、ひとつもなかった。


「それに、メルーヴァのジャマル(ラクダ)……」


 メルーヴァだけは、サザンクロスにいることが――とりあえず分かっている。

 サスペンサーにそれを告げたことで、サザンクロスにも調査隊が向かっただろうが、おそらく間に合うまい。

 ジャマル(ラクダ)の動きは、チェスのクイーンのように、斜め四方に、どこまでも動ける駒である。

 サザンクロスから、アクルックスを縦断し、クルクスに入るルートが、まるで障害物のない、「ジャマル(ラクダ)」の動きのようだ。

 ひといきに、右斜めに突撃し、バスコーレン大佐が守る市街地へ――そこから、左方向へ、ななめに走りぬき、クルクスへ。

 アントニオは、賢者でもなければ英知ある動物でもない。実際の勝負は、エーリヒに任せるしかない。


「そういや、ルークのイシュメルには、星守りがないな……」


 不思議そうに、ふたたび対局盤を見上げたアントニオは、ようやく気付いた。


「――え?」

 アントニオは、目を疑った。

「シップ……?」


 キングの座にあるのが、「ship」――つまり。


「地球行き宇宙船が、キングなのか!?」

「そうみたいなんです」


 一緒に対局盤を見上げていたセルゲイが、つぶやいた。

 最初の予定では、キングにして「アリーヤ(棋士)」がエーリヒのはずだった。


「でも、どちらにしろ、エーリヒさんは、ここで対局をすることになりますし、あながち、間違いでもないと思います」

「それにしたって――宇宙船がまるごと、キングだなんて」


 相手にとっては、この宇宙船を滅ぼすことが、「シャー・マート」、つまり「チェック・メイト」と同じ意味になるのか。


「……」

 アントニオは言葉を失って、コンピューターグラフィックスを見上げるだけだった。

 

「俺は、これを見てもさっぱり意味がわからないんだけど、夜の神が言ったことを、そのままお伝えしますね」

 セルゲイは前置きした。

「それぞれ、星守りを身に着けて、それぞれの星と神の守護を得て、駒になるわけです。だからつまり、太陽の神と昼の女神が発動してないと、それらの星守りを持った駒は、加護が弱くなるから、夜の神と月の女神の駒とあたれば、確実に負けるっていうんです」


「――あ、そうか」

 アントニオは、はっとした。


「それは相手にとっても同じだけど、もし盤上で、こうなったら」

 セルゲイは指さした。



SUN ビショップ エマル × ツァオ フィルズ(将軍) NIGHT



「エマルさんのほうが、確実に負けます」

「……!」

 アントニオは、頭をかきむしった。

「それは、逆に言えば相手側も、太陽は、夜に弱いってことですけどね――星々の場合はどう作用するか、まだ聞いていませんが、すくなくとも、力関係はこうなってしまうから、やはり太陽の神様も、真昼の女神さまも発動したほうがいいということです」

「ああ~! やっぱりそうしなきゃダメか!」


 せっかく、夜の神を抑えなくて済むと思ったのに!


 アントニオの絶叫は、無理もなかった。

 彼が一番心を砕いてきたのは、地球行き宇宙船の安否なのだから。

 この船で太陽の神を発動させるしかない。アストロス内で太陽と夜の力を拮抗させるわけにはいかないのだ。

 四神に加えて、アストロスの武神ふた柱――ひと柱になるかまだわからないが――大きな力が加わることになる。

 アストロスも、地球行き宇宙船も、持つかどうかが心配だった。


 船客も船内役員も、できるかぎりアストロスに避難させる。

 本来ならアストロスの星外、アストロス太陽系の惑星のどれかに避難させるのが一番いいのだが、それができないわけがあった。


 なぜなら、アストロス太陽系の、アストロス以外の惑星は、アストロスで起こった災害を肩代わりしてしまうからだ。すなわち、もしアストロスで災害――といわずとも、ラグ・ヴァダの武神との戦がもし「災害級」認定されたら、そちらのほうで災害が起きかねない。

 かえって危険かもしれないと判断されたのだった。


 なので、神々が守るアストロスのほうが、安全だという結論に達した。

 そして、真砂名神社でイシュマールたち神官、K33区で、マミカリシドラスラオネザ率いるエラドラシスの呪術師、K25区でサルーディーバ、K21区で、呪術師の前世をリカバリし、さらに八転回帰で力を増幅したセシルが、燃え上がる太陽の火から、船員たちを守る。


 さらに、百五十六代目サルーディーバの予言の絵、ミシェルが描いた二枚目が、いざというときは、船の運命を背負って燃えるよう、術をかけた。

 そこまでしても、完璧なる安全は、保障されない。


「アントニオさん」

 セルゲイが今度は、励ますように彼の肩に手を置いた。

「でも、夜の神をおさえることに気を取られなければ、まだコントロールもしやすいんじゃないでしょうか」

「……そ、そうかも」


 アントニオは、かきむしって、これ以上モジャモジャになりようもない髪のまま、ふらふらと立った。


「お互い、胃が痛いね……」


 アントニオは遠い目をして笑い、セルゲイも、なんともいえない笑みをこぼした。


「ほんとですよね。夜の神様、俺になんて言ったと思います?」

「だいたい想像つくよ」

「“アストロス、地球よりちょっと小さいから、割れたらゴメン”だって」




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