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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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339話 再会 Ⅶ 2


 そのころ、アンダー・カバーの足跡を追っていたベンは、アジト付近に潜伏していた。

 ジュセ大陸のバーダン・シティの町はずれである。

 ベンがアストロスに降り立って、まず驚いたのは、ナミ大陸からはほとんど一般市民が消え失せていて、ジュセ大陸のほうは避難民であふれていたことだった。


(これは、地球行き宇宙船が着いても、観光どころじゃないな)


 地球行き宇宙船がアストロスに到着したあと、船客は全員、宇宙船のメンテナンスという名目で、ジュセ大陸のメンケント・シティに降船させられることが分かった。

 風光明美で、年中花の咲き乱れる、ジュセ大陸の観光地である。

 船客は、ナミ大陸の方で起こっている危機的状況とは関係なく、ひとつきの観光を終えて、宇宙船にもどる。

 そもそも、船客自体が今では、ルナの屋敷のメンバーを含めても、30人以下しかいないという話だった。


 バンビと別れてアンダー・カバーの足跡を追ったベンは、ジュセ大陸の中央、バーダンのはずれにたどり着いていた。


 バーダン・シティの十八番街、あまり裕福ではない層が暮らす街に、ライアンたちは潜んでいた。ベンは彼らが居住する、はす向かいのアパートに仮宿を設け、彼らの様子を探った。

 ベンの任務は、アンダー・カバーの暗殺から、グレンを守ることである。

 グレンになにごともなく、アンダー・カバーに変わった動きのない状態で、地球行き宇宙船がアストロスを出航するまで、ベンは彼らを見張り続けなければならない。


 アンダー・カバーのメンバー三人は、これといって、代わり映えのしない日々を過ごしていた。


 ライアンは、バスに乗って、五つ目の停留所で降りたところにある青果市場へ、毎朝働きに出て、午後三時あたりにはもどってくる。メリーは、同じ街のベーカリーで、販売員のバイトを、午後から夜遅くまでやっていた。

 休日ともなると、車いすのルパートを連れて散歩する姿や、スーパーへ日用品を買いに行く姿が見られた。

 ごくたまに、ライアンが近所の酒場へ飲みに行ったりする以外は、ほとんど外出のない地味な暮らしだ。


 厳戒態勢のナミ大陸と違い、こちらは普段の暮らしが営まれている。ナミ大陸の人口が急になだれ込んできたことで、物価が上昇し、空き家が減ったことくらいか。

 ジュセ大陸よりナミ大陸の住人のほうが裕福な者が多いので、もとからの住民にも多少の生活の変化が見られる。

 ナミ大陸より貧しく、治安の悪い部分はあるが、おしなべて平穏だ。


(さて、このままこの街に落ち着いてくれればいいんだが)


 しかし、そろそろ地球行き宇宙船がアストロスに到着するころだと、ベンがカレンダーを確認した朝、彼らの動きに、ついに変化が見られた。


 ライアンとメリーは、陽が上がり切らない霧たちこめる早朝、ふたりでアパートを出た。ふたりのバイトのシフトは、てんでバラバラであり、ふたりがそろって外出するということは、まずなかった。


 不審に感じたベンは、後を追うことにした。


 ベンはアパートを出て、ふたりが消えたほうへ向かう。


(霧が濃いな……)


 見失いそうだった。だが、一定の距離を保たなければならない。早朝過ぎて、道路にひと気はまったくない。ベンは、銃を構えたまま、ふたりを追った。

 ライアンとメリーは、小路から小路へ、足早に移動する。


(しまった)


 入り組んだ小路で、ベンはふたりを見失った。このあたりの小路は、迷わないように、アジトを発見した時点で道順を覚えていたはずだった。さっき曲がったとき、逆の方向へ来てしまったか――。そう思ったベンが、もどろうと(きびす)を返したとき、めのまえにライアンがいた。

 はっとしたときは、すでに遅かった。

 ベンは、衝撃を感じた。後ろにはメリーがいる。ベンは、遠くなる意識の中で、自分の失策を悟った。





「あたし……ここで飢え死ぬの」


 アニタは、絶望的な目で、一台も車が通らない山道を見つめた。

 思い立ってK07区の山中にあるコンビニエンスストアに向かったアニタは、だだっ広い駐車場に入った途端に、気ぜわしく、タクシーから降りた。

 アニタには、コンビニに明かりがついているように見えたのである。


「やった! 今日は開いてる!」


 大興奮のために、駐車場にタクシーが入った時点で慌ただしく止めてもらい、金を払って、pi=poの運転手がなにか言うまえに、「どうもありがとう!」とコンビニ向かって走っていった。

 運転手はアニタを置いて、去った。

 山中ではあるが、バスが一時間に一本は通る。タクシーだって、通らないことはないだろう――アニタはそう思っていた。

 

 コンビニエンスストア真ん前まで来て、アニタはがっくりと膝をついた。


「明かり……ついてると思ったのに」


 陽の光が反射しているだけだった。コンビニは、いつもどおり、内側のシャッターが閉じられていた。


「マジかよ……」

 振り返れば、タクシーもない。

「帰りやがった、薄情もの!」

 待っていてくれというべきだったかもしれない――たしかに、今日のアニタはうっかり屋だった。

 

 アニタは、寒空の下、バス停で、次のバスが来るのを待つことになった。だが、バスは一向に来ない。バスどころか、タクシーも、自家用車も、一台も通らない。

 よくよく時刻表を見直してみると、驚愕の事実が発覚した。


「は!?」


 船客が激減してきたため、三ヶ月前から、この通りのバスは、一日一本だけ。今日の分は、もう出ていた――午前十時に。

 さっきのタクシー運転手も知らなかった事実だった。


「ちょ、え? マジか」

 アニタは慌てた。携帯電話を出してみたら、なんと圏外マークが!

「ウソでしょ……この宇宙船で圏外マーク初めて見た……」


 ちなみに、普段は、このコンビニが圏外になることはない。

 狼狽してコンビニへもどると、野外のトイレは解放されていて、となりに公衆電話があった。

 アニタは受話器をひっつかんでから、また困惑した。


「だれに、電話すりゃいいの……」


 もう、編集部の仲間はみんな宇宙船を降りてしまった。こんなとき、迎えに来てくれないかと頼める気安い友人は、今はいなかった。

 唯一の親しい友人――アニタが勝手に思っているだけだけれども、ソラのクシラは、本日定休日で、店には不在だろう。

 担当役員は、二度と顔も見たくないヤツである。

 ここで、タクシーを呼べよ、とだれも突っ込んでくれるひともおらず、気が付きもしなかったことこそが、厄日極まれり、であった。


「どうしよ……」

 アニタは、コンビニに向かって叫んだ。

「す、すいませ~ん! だれかいませんか!」


 返事はなかった。

 アニタは真剣に悩んだ。K05区へ行くか、K07区の入り口へもどるとしても、徒歩で、何時間かかるのだろう。どちらが近いのだろう。

 パンフレットを取り出して調べているうちに、雨が降りだした。


「なんなんだよ……今日、サイアク」


 アニタは、コンビニの軒下に逃げ込んだ。

 結局、そのまま五時間も――日が暮れそうになるまで待つなんて、アニタは思いもしなかった。


(雨、やまない……)


 アニタは、五時間、凍えながら軒先で過ごした。雨がやんだら、何時間かかってでも、K05区のほうへ歩いていくつもりだった。担当役員にだけは、ぜったいに助けを求めたくなかった。


(寒いし、はらへった……)


 アニタが、うつらうつらとしかけたころ――一台のタクシーが、駐車場に入ってきた。車のライトが、アニタの目を刺す。


「天の助けー!!」

 アニタは飛び上がって絶叫した。


 傘を持って、タクシーから出てきたのは、金髪で背の高い、三十代くらいのお兄さんだった。グリーン☆マートの制服を着ている。


「え? あ、あれ!?」

 ニックは、コンビニの軒先に、女の子が雨宿りしているのを見て仰天した。

「ご、ごめんね! すぐ開けるから!!」


 凍え死にまたは飢え死にを免れたアニタは、「いやもうほんと! ありがとうございます!」と、おにぎりとサンドイッチ、揚げたての唐揚げを貪った。

 淹れたてのコーヒーも、アニタのまえに置かれる。アニタは、舌を火傷する勢いで口をつけた。


「死ぬかと思った。あたし、あそこで夜越すのかと思いましたよ」

 今度から、寝袋持ち歩かなくちゃと騒ぐアニタは、ひっきりなしにしゃべりまくっていた。

 ニックは、アニタが選んだ、新発売のトロピカル☆カレーらー麺とかいう、いまいち味が想像できないカップ麺にお湯を注いであげながら、

「いや、ほんとに申し訳なかったね」

 と謝った。

「ここ数ヶ月、別口の仕事が入っていて、ほとんどコンビニは開けてなかったんだよ」


 もともと、一週間に一度くらい、寄る人間があればいいコンビニだ。

 ほんとうに――ごく、ごくたまに、二ヶ月に一度くらい、ツアーバスなんかが止まって、集団が来ることもあるが、それも二年目くらいまで。船客もほとんど降りてしまった今、ますます立ち寄る人間は少なくなった。

 ここはバスも素通りだし、客が来ることはほとんどないから、閉めっぱなしにしていたと、ラーメンに湯を注ぐあいだ、アニタに負けず劣らずおしゃべりな彼は、一気に話した。


「船客って、いま、何人くらい残ってるんですかね」


 アニタは、おにぎりを口に放り込むと同時に、髪や服を拭き終えたタオルを、礼を言って返した。

 暖房が効いて、やっと暖かくなってきた。


「たぶん――二十人くらいかな」

「え! まだそんなに残ってるの」

「もしかして、君も船客?」


 ニックは驚き――アニタは、気が緩んでこの話題を出してしまったことをしまったと思いながら――次に来る言葉に身がまえたが、彼はほがらかに笑った。


「そっか! すごいなあ。ここまで来たんだし、もう降りないで、地球に行こうよ!」

「……」


 珍獣扱いされない。されなかった。

 ニックが、クシラたちと同じく、アニタを珍獣扱いしなかったことで、アニタは「ボッファ!!」と、涙と鼻水を一気に目と鼻から吹きだすことになった。


「だいじょうぶ!?」


 ニックはふたたびタオルを差し出し――アニタは礼を言って受け取った。


「後光が見えます」

「は?」


 いきなりアニタに拝まれたニックは、口を開けた。無理もなかった。


宇宙(ソラ)を店に置いてくれてるし、こんなに親切にしてくれるし、珍獣扱いしなかった――もう、それでいいです、あたし、地球まで行く気力が出てきました」

「……」

「今日は散々だったけど、いいことあったなあ……」


 バッグからティッシュを出して鼻をかむアニタに、ニックはやっと気づいた。


「君、宇宙(ソラ)の編集長さんか!!」


 K27区発の、船客がつくったサークルで発行している無料パンフレット「宇宙ソラ」は、1414年の4月から、ひとつきも休まず刊行されていた。いまでは船内のだいたいの店舗に置かれているのではないだろうか。


「僕、ファンなんだよ」

「うっほお! 感激です!!」


 アニタは、ゴリラじみた歓声を上げた。

 ニックは、店内に置いてあるパンフレットを持ち出してきて、めくった。

 巻末ページには、かならず編集長のコラムがある。

 アニタ・Y・リンロン。

 自己紹介の名前と同じ――めのまえにいる彼女だ。


「僕は、椿の宿から半分もらって置かせてもらってるんだけど、迷惑だったらごめんね」

「迷惑なんか! すごい嬉しいです!」


 アニタは三分経ったラーメンの紙蓋を開けつつ、言った。


「仲間がそろってたころは、手分けしてあちこち配り歩くこともできたんですけど、三ヶ月前くらいから、ついにあたしひとりになっちゃって――人手、ぜんぜん足りなくて。クシラとか、カブラギさんとかが出歩くときにほかの店に配ってもらってるんです。いまは、あたしひとりで、取材に原稿まとめで手いっぱいで、……」

「そうか……」

「椿の宿のひとは、いつも、あたしのアパートまで取りに来てくれるんです。しかもけっこうな冊数。それをK05区の商店街に置いてくれてるみたいで、ほんと、涙出るほどうれしい。広告も毎月載せてくれるし、クシラとカブラギさんと、オルティスさんとアントニオさんとデレクさんとエヴィさんがいなかったら、銀舎の姉さんとか、毬色のオーナーとか、もう、名前あげたらキリないですけど、ほんと、あたしひとりじゃやってけなかった……!」

「……」


 ふたたび、ブオーとゾウのような音で鼻をかんだアニタを、ニックは見つめ、

「君、真砂名神社に行く?」

 と、ぜんぜん関係なく思えるようなことを聞いた。


「行きます。……あ! 紅葉庵のナキジーちゃん、いいひとですよね。いつもあんみつのアイス山盛りにしてくれますし、ハッカ堂のキスケさんもおじいちゃんもみんなイケメン……」

「椿の宿も行くっていうし――K06区――とか」

「知ってます? あそこフレンズ・ドーナツの屋台販売あるんですよ!」


 うまい惣菜の店っていう屋台がですね、と言いかけたアニタは、前のめりのニックに遮られた。


「K12区の、銀河商舎って雑貨屋さんは?」

「っしゃァおさえてます! ソラで特集組んだこともあります!! そこの姉さんにもよくしてもらってます!」

「K15区の市場とか、」

「あそこ、取材ネタの宝庫ッスよ。安くてレアなワインそろってるんです! このあいだのサンドイッチ・パレード、パンフの特集でやりました。そこで可愛いサンドイッチ・フラッグたくさん買っちゃって、個人的に」

「……?」


 ニックは、首を傾げ、頬杖(ほおづえ)をつき、やがて、困惑顔で言った。



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