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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~決戦篇~
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338話 予兆 1


「リズン、長期休業だって」


 バンビたちが地球行き宇宙船を出て、アストロスに向かったころ。ほぼ同時期。

 カフェ・リズンは、ファンシーな木製の扉に飾られた花々に交じって、「長期休業」の札が下がっていた。

 期間はおよそ、二ヶ月間。

 だいたい、アストロスを出航する辺りまでだ。

 アニタは、がっかりしながら、同じくがっかりして札を見つめている、知らない女の子三人に同調して、さらにがっかりした。


「え~。マジやってないの」

「しょうがないなあ……pompom♡caféか、毬色(まりいろ)でも行く?」

「そうだね~……でも、リズンのコーヒー飲みたかったなあ」

「リズンのコーヒーがないと、一日がはじまった気がしないよ」


 女の子たちの会話に、アニタは「そうそう! そうだよね!」と叫び、女の子三人を(ひる)ませた。なにせ、アニタは声がでかい。


「いや~、まいったな。テイクアウトもないの。……あ、ちょっと待ってそこのお姉さんたち!」


 アニタは、去ろうとしていた三人組を呼び止めた。

 手にはノートとボールペン。ルナが見たなら一発で、「あたしのお仲間がいた!」と叫ぶはずである。

 なにしろそれは、「つかってもらえない」と評判の、宇宙船乗船時にくばられる日記帳だったのだから。

 彼女の手にあるのは、エーリヒがもらったものと同じ、赤い革表紙のそれである。


「船客さんですか、それとも船内役員さんですか」

「せ、船内役員だけど……」


 三人組は、いきなり話しかけてきた、この馴れ馴れしい女性に一歩、引いていた。

 化粧けのない顔に、頭頂でシニヨンにした黒髪。顔立ちもふつうで、服装も、地味とは言い難いし、センスがいいとも言い難かった。Tシャツに、あわせる服を選ばない黒のパーカーに、ジーンズ、スニーカー。ずいぶん使い込んだ、赤い革の肩掛けバッグを下げていた。背は、女性にしては高い方かもしれない。


「船内役員……どこでお働きに?」


 三人は顔を見合わせたが、それぞれ、K27区の大きなデパートの名を挙げた。おそらくそのデパートの、アパレル関係の販売員だろう。

 すくなくとも、三人ともじつに可愛らしい服装をしていて、化粧も髪型もネイルも完璧――アニタの職業予想は当たった。


「船内役員ね……やっぱもう、ほとんど船客っていないんだな」

「あら、あなた、船客さん?」

 驚いたように、ひとりが声を上げた。

「めずらしいわね。この時期まで残ってるなんて」

「みんな、口をそろえてそういうね」

 アニタは肩をすくめた。

「だって、あなたたちだって、地球まで行ったから、役員やってるんでしょ?」


「あたしは、役員になってから、地球まで行ったわ」

 ひとりが言った。「あたしもよ」「あたしも」

 残りふたりが同意したので、ようするに、三人ともそうなのだった。

「最初の航海じゃ、なかなかつけないわよ」

「そうよ。やっぱ四年もあるとね、就職とか、進学とか、悩むじゃない」

「仕事だから、乗っていられるわけであって、」

「でもこの宇宙船って、役員になればあとはけっこうのんびりできるし? カレシもすぐできるし」

「結婚もしやすいしね~!」

「でも、最初の航海で地球に行ける人ってすくないわよ。よっぽどヒマ人じゃないと!」


 言ってから、女の子は、しまったという顔をわずかにした。

 アニタはうんざり顔をした。うんざりするほど、頭の中で、何度も再生できるほど、聞き続けてきた内容だったからだ。

 なぜみんな、申し合せたように同じことを言うか、アニタは(はなは)だ疑問だった。


「ごめんね。あなたがヒマ人だってことじゃなくって、」

「呼び止めてごめんなさい。じゃあさよなら」


 あっさり背を返していくアニタを指さし、なにかつぶやきあっているのはアニタも分かっていた。


「取材するんじゃなかったわ……テンションまじ下がる」


 アニタは、リズンがやっていなかったので、「宇宙(ソラ)」に行くか、ルシアンに行くか、決めかねていた。

 どちらの店長とも、アニタは親しい。あの三人組のせいで猛烈に落ちたテンションを、どちらかと話すことによって復活させたいと彼女は思った。


「あたしはぜったい、地球に行くからね!」


 アニタは、だれも聞いていないのに、鼻息荒く言った。

 ソラの店長、クシラとも誓ったし、ルシアンのオーナー、カブラギもいつも励ましてくれる。ついでに言えば、ラガーの店長オルティスも、マタドール・カフェのデレクとエヴィ、リズンのアントニオも。

 しかし、船内役員は、決して彼らのようなひとばかりではなくて――さっきの三人組の女の子みたいな人間が大多数。みんな口をそろえて、いまでも宇宙船に残っているアニタを見て、「まだ残ってるの、めずらしいわね」なんて、珍獣みたいな目つきで見る。


「てめーらが最初の航海で地球に行けなかったことを棚に上げて、ひとを珍獣扱いすんじゃねーよ」


 アニタはぼやいた。


 自分の担当役員に、「まだこんなところにいていいの? 早く戻って、結婚して子どもを産んで、親孝行してあげたら?」なんて言われたときには、蹴飛ばしてやろうかと思ったほどだ。


 アニタは、蹴飛ばしはしなかったが、「じゃあなんでアンタはここにいるんだ余計なお世話だよドアホ」というタイプだったので――言ってしまうタイプだったので――敵をつくりやすい性格ではあった。


 ちなみに、そいつとは、去年から口をきいていない。いっそ、クレーマーにでもなって、そいつをクビにしてやろうかと思ったくらいだったが、アホに関わって、無駄に時間を浪費するつもりは、アニタにはなかった。


「運命の相手も見つからないんだから、あきらめて降りたら?」と冗談交じりに言われたときは、「男目当てで乗ったおまえとはちがう」と言ってしまったせいで、その女が経営しているカフェに、出入り禁止を食らった。取材はもちろん、できなかった。


 パンフレットなんかを制作している立場では、イヤな目にあうことも多い。

 特に、アニタが出会った船内役員のほぼ八十パーセントは、アニタが今も船内に残っていることを、珍獣扱いするか、心配するかのどちらかだった。

 役員になれる最低航路には達しているから、これ以上乗っていても意味はない。降りたらどうだというのである。


「意味のあるなしじゃなく、あたしは乗りたいから乗ってるんだバーカ」


 何度、それをいって(しまって)、貴重な取材先を失ったかしれない。


「おまえは編集長だから、ただでさえ、いろんな奴らに遭ってイヤなことも言われるかもしれねえけど、くじけるな」

 クシラは言った。

「船客に、地球にたどり着くのをあきらめさせるようなことは、担当役員も船内役員も、ぜったい言っちゃいけねえことなんだ」


 でも、その決まりを守っている役員は、少ないのが現状。この特別な宇宙船の役員だということで、妙な選民意識を持っている連中もいる。

 アニタに、さっきのようなもっともらしいことを言って、宇宙船を降ろそうとする連中がそうだろう。

 最初の航海で地球に着けなかった役員は、最初から地球に行けた役員を嫉妬して、アニタに言うようなことを平気で言うようになると。


 アニタはくじけなかった。降りなかった。仲間が全員降りても、門出を祝って、いっしょに降りようと誘われても、降りなかった。

 有名な出版社から、「編集者としてウチで働いてみないか」と声をかけられたときでさえ。

 ケヴィンがいるL52のバートン社からも、声をかけられた。

 でもアニタは降りなかった。

 たったひとりになっても、地球に着くまで、無料パンフレット「宇宙(ソラ)」は発行し続ける。

 この、地球行き宇宙船で。


「現に、たったひとりになっちまったけど、ですけれども……」


 アニタははかない笑みをこぼした。

 パンフレットのタイトルを、「宇宙(ソラ)」にしたとき、船内のある喫茶店と名前が被ったことに気づき、アニタはおそるおそる謝りに行ったが、彼はパンフレットにその名前をつけることを許してくれた。そこが最初の取材先。

 ソラの店長、クシラはいい人だ。イケメンだし――カレシいるけど。


「そう! カレシいるけどね!!」


 アニタはせつなく、豪快に笑った。そんなアニタを、周りの人々が不気味なものを見る目でながめていく。

 アニタにはたしかに、運命の相手はいなかった。

 アニタに、いつまでも「運命の相手」が現れないことが、彼らのよけいな――よけいとしかいえない、お節介を増長させている原因でもあった。

 でも、アニタがちょっとでも好きになった人は、いつも恋人がいるのだ。

 クシラしかり、ルシアンのカブラギしかり。


「運命の相手が現れないってことはね――あなたが、この宇宙船に縁がないって証拠なのよ」


 それをいわれたときには、怒りを通り越してヘコみ――その日はさすがに酔った。へべれけに酔ってカブラギにこぼしたら、そのバーの女バーテンダーは、次の日、宇宙船からいなくなっていた――もちろん、バーは閉店していた。

 あのときは驚いたが、カブラギが味方をしてくれたことは間違いない。

 しかし、彼はいつでもアニタを励ましてくれるが、恋人ではない。


(ああ――ふたりともカッコいいのに)


 ゲイである。女は、恋愛対象ではない。

 おまけに。

 アニタの豪快さとパワフルさに、たいていの男は怯む。悲しむべきことに、傭兵でさえもだ。

 その筋の男ですら、アニタの勢いには怯むか――女あつかいしてもらえない。

 だいたい、お笑い要員で終わる。

 でも、運命の恋人欲しさに、この宇宙船に乗ったわけではないから、どうでもいいとアニタは割り切っていたが――カレシが欲しくないわけではない。

「ソラ編集部」のみんなが、運命の相手を見つけて、結婚したり降りたりしているのに、アニタだけは、一番出会いがありながら、出会いに恵まれない女だった。


「いや! 地球に行くぜあたしは――くじけねえぜ――」


 ブツブツつぶやくアニタは、リズンが長期休業中だったので、「宇宙(ソラ)」へ向かうのだが、なんとそこも定休日だった。おまけにルシアンも定休日で、年中無休のはずのラガーでさえ、なぜか今日は「臨時休業」だった。最近、ラガーは休業が多い。


 もんどりうって、ほかの店さがしをはじめたところで――マタドール・カフェは、昼間、アニタの知り合いで埋め尽くされるので、行きたくない――アニタは、一日何十回となく開いている日記帳――取材帳を取り出した。


「ポムポム・カフェも、毬色も、あの三人組がいるかもしれないし……」


 どちらも、リズンに並んで、K27区で人気のカフェだ。店長たちは好きだが、さっきの奴らとまた会いたくはなかった。

(しかたがないから、チェーン店のコーヒースタンドにでも行くか)

 そう思いながら手帳を閉じかけたアニタ。


「アストロス到着が近いな。そういえば」


 次回のパンフレットのメインテーマはアストロスに決まっている。アストロスでは、持ち金の許す限り、あちこちまわって取材するつもりだった。

 パンフレットの印刷代は、広告料でなんとかできている。ソラやマタドール・カフェ、ルシアンなど、船内の店の広告をパンフレットに載せることで、ある程度の収入がある。が、取材費まではまかないきれなかった。

 でもアニタは、フリーペーパーを、有料にする気はなかった。


「あ、そうだ」


 今日の行き先を考えていたアニタは、歩道のど真ん中で、宇宙船のパンフレットを広げた――乗船時に、だれにも配られる、宇宙船の案内パンフレットである。図鑑のような厚さの――。


 開いた瞬間に、アニタは思いついたのだった。

 山奥の、コンビニエンスストア。


 L系惑星群で全世界展開されている「グリーン☆マート」。アニタがなかなか、取材に行けていない店のひとつだ。

 なにしろ、あのコンビニは、アニタが行くときは、いつも閉められている。

 トイレだけは解放されているし、閉店しているわけではないのだろうが、アニタが行くと、いつもやっていない。


「行ってみるか……」


 アニタが、シャッターが下りているコンビニのまえで、ガックリと膝をつくまで、あと三時間。

 

 


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