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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~サヨナラ篇~
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334話 裏切られた探偵と美容師の子ネコ Ⅲ 3


『提案があるのだが』

 エーリヒは、言った。

『詐欺師の身元も犯罪も、すぐ割れる――ちょっとこの状況を利用させてもらおう』


『利用?』

『ミシェルとリサ嬢に、最後の話し合いの場を』

『――!』


『別れて数ヶ月、リサ嬢はルナと話したし、ミシェルもアズラエルと話した。それぞれの想いに、そろそろ変化が訪れているのでは? ルナの話では、数億分の一の確率の、赤い糸の相手とか――だとすれば、煮え切らないままで別れるのはよくないだろう』


 エーリヒは腕を組んで、考え込むような顔をした。


『リサ嬢は迷っている。だとすれば、ミシェルが降りたあと、追ってしまうかもしれない。ミシェルとともに降りるのならボディガードが着くから安全だが、彼女がひとりで行動し、ミシェルを追うのは危険だ』


 アズラエルとクラウドもはっとした。


『降りるならふたりのほうがいい。残るなら、きちんと決意したほうがいい。だが、周囲が大げさに話し合いの場を設けてもうまくゆかんだろう。この場合は――』


『わかったよ、エーリヒ』

 クラウドは、即座に理解した。

『利用させてもらおう』


 シナリオを描き、警察官のコスプレを提案したのはクラウドだった。彼らはすぐさま警察署へ飛んだ。アズラエルとグレンが、イマリたちの策略によって、宇宙船を降ろされそうになったとき、世話になった警察官がいた。


 彼に詐欺師の話をすると、すぐに乗ってきた。


 メンズ・ミシェルには、リサを助けるためだと告げて、協力を仰いだ。少し迷った顔をしたが、彼も、リサと話す最後のチャンスであるとわかったようだった。


 警察官の制服を用意してきたのはなぜかクラウドだったが、出所はだれも知らない。


 彼らのシナリオに、警察も、渋々ながら協力してくれた。なにせ、クラウドの探査機は、警察署でも大いに役に立っているからだ。


 みんなは、リサとミシェルをふたりきりにしようとベンチを離れかけたが、リサの言葉に足を止めた。リサは、ミシェルの肩に顔を埋めて言った。


「――やっぱりあたし、ミシェルと一緒に行く」


 ミシェルが驚いた顔をしたのが分かった。


「リサ」


 アズラエルは思わず振り返ったが、クラウドが止めた。


「ダメだ――別れるって言っただろ。おまえもそれで、納得したじゃないか」


 ミシェルの声は揺れていた。――なんだ、こっちも未練タラタラじゃないか。

 だれもがすぐに分かった。

 それではだめだと、ルナとミシェルは顔を見合わせた。

 男の方が迷ったら、負け。

 恋に関して百戦錬磨のリサに、かなうわけはない。


「あたしを置いて行ったら、追っかけて行くからね」

「――リサ」

 とうとう、ミシェルが顔を覆った。

「あたしは、あなたのラッキーガールなの。……そうでしょ」





 九月もそろそろ終わるころ、紅葉が薄く色づいてきた椿の宿に、ルナたちはいた。

 リサとキラと、ミシェルとルナの四人で。

 椿の宿の外観を見たとたんに、キラとリサは、歓声を上げた。

 ――はじめて、宇宙船内に入ったときと、同じ歓声を。


「うわあ~! ステキなところじゃない!」

「こんないい宿、内緒にしてたわけ?」

「あたしたちに教えてくれないなんて、ひどいよルナ!」


 リサとキラは口々に言い、ウェルカム・ドリンクにも、途切れることのない黄色い声を上げた。


「おいしー……あたし好みのコーヒー」


 リサは特製ブレンドのコーヒー、ミシェルは同じ特製ブレンドのアイスコーヒー、ルナとキラは、そろそろ出始めたバターチャイ。


「あたし、この味好きだな」

 キラとルナは、あつあつのバターチャイを啜りながら笑いあった。


「もうすこし冷えてくると、紅葉が綺麗になってくるよね……」

 四人は、うっとりと、ロビーから見える中庭をながめた。


「なんでこの宿、こんなに安いの……」

「ふつうは十倍くらいすると思うけど、なにこの宿泊料。リリザのビジホより安い……」

「ネットで調べたらここ、三つ星ホテルだったんだけど」

「「「ホント!?」」」


 リサの言葉にルナまで大声を上げたので、三人はルナを見、それから沈黙した。やがて、ルナが知った風な口をきいた。


「いろいろあるのですよ」

「いろいろって?」


 ペチャクチャとめどなくしゃべりながら、月兎の部屋に通されて、リサとキラはふたたび黄色い歓声を上げ、ガラス越しに見える露天風呂、そして美しい星空の写真を撮りはじめた。


 えらべる浴衣もアメニティの一部だ。ルナはもちろん、ウサギの浴衣を選んだし、残りの三人は、申し合せたようにネコ柄を選んだので、いっしょがイヤなリサとキラは、しぶしぶ、赤い花の模様と、黄色い小花柄に変えた。


 夕食は部屋に運んでもらい、おいしい和食に舌鼓を打ち、四人できゃいきゃい騒ぎながら大浴場へ。もどってくると、整然と布団が敷かれていた。


 離れたところに寄せてあるテーブルに缶ビールやらカクテル缶やら、スナック菓子を用意して、四人は、なにを話すともなく、夜の景色を眺めた。


「おまつりのとき、リサたちも誘ったのに、来なくてさあ……」

「夜の花火には行けなかったのよね。ミシェルとケンカ中で。月の女神の星守りは、いっしょに買いに行けたんだけど」

「あのウェルカム・ドリンクのコーヒー、うまかったわ。買って帰ろうかな」

「売店に売ってたよ」


 とりとめのない会話がつづく中、ルナは、ポテチをパリパリカリカリと食べながら、アホ面で、カクテルを飲んでいた。


「四人だけって、そういえば、宇宙船に乗った以来じゃない?」


 三本目のビール缶を開けつつ、リサがぽつりとつぶやき、キラが口をとがらせた。


「あたしの結婚前に、K06区で、フレンズ・ドーナツ・パーティーしたじゃない」

「あ、そっか」


 リサはすっかり、忘れていた。

 でも、それだけ、不思議なくらい、四人だけでいた時間は少なかったのだ。


「宇宙船に乗って、はじめて遊びに行ったのが、K12区のショッピングセンター!」

「あのとき、楽しかったねえ……」

「ハイテンションで買いすぎたと思う」

「キラは買いすぎだと思った」

「だって、たくさんお金もらえたし、あのとき、金銭感覚崩壊してた、マジで」

「マタドール・カフェ見つけて来たの、リサだし」

「リズンは、ミシェルでしょ」

「フレンズ・ドーナツは、ルナ!」

「そんで、ルシアンは、キラ!」


 四人は、意味もなく乾杯した。


「リリザも楽しかった! みんなで、レストランで乾杯したよね。ルナがぬいぐるみ買ってもらってさ、グレンに」

「あたし、リリザに行けなかったのが心残りだわ」

 キラが嘆息すると、リサが小突いた。

「マルカで結婚式あげたじゃん!」

「そうだね……マルカはけっこう堪能したなあ。あちこち行ったし」

「E353もよかったよね!」

「ルナたちが泊まった水上ヴィラ、最高。うらやまし~!!」

「あたしも、じつはお城みたいなホテル泊まってきました♪」

「マジ!? どんなとこ!?」


 リサがドヤ顔でバッグから出したミニアルバムに、三人は食い付き――思い出が、次から次へと、口から飛び出た。


「あたし、この四人で宇宙船に乗れたの、ほんとによかったと思ってるよ」


 リサは、感慨深く言った。

 急に、しんみりとした空気になった。


「――ほんとに、降りちゃうの」 


  リサとはケンカばかりだったキラが、半分涙ぐんで言った。驚いたのはリサだ。


「ヤダ! 泣かないでよ。でも、うれしい。あたし、あんたに嫌われてたわけじゃなかったんだ」


「嫌うなんて――」

 キラは目をこすった。

「そりゃ、ムカつくときもあったけど、四人で乗ったじゃない……!」


 そうだ。

 リサにチケットが当たって、ルナの家に飛び込んできた。それから、キラもチケットが当たって、ルナを誘ってくれた。ふたりとも、ほかに誘える人がいなくて、さんざん悩んだ。結局、ルナのともだちということで、ミシェルが行くことになったのだ。

 一昨年の1414年10月にこの宇宙船に乗って、今年は1416年――早二年、たとうとしている。

 来年には、いよいよ、地球に着くのだ。


「ほんとに、長いようで、短かったなあ……」

 リサは、つぶやいた。

 

 不思議な縁でそろった四人。

 リサが、ほかの友人を連れて行くと決めたり、キラがお母さんと乗ることを選択していたら、ルナとミシェルは、ここにいなかったかもしれない。


「あたしを乗せてくれて、ありがと」

 同じことを考えていたのか、ミシェルは、リサとキラに言った。


「ううん。あたしもさ、あのとき、よく考えたらママといっしょに乗ってもよかったのよね。一度は断られたけど、いっしょに行ける人がいないっていえば、たぶんいっしょに乗ってくれたのよ。でも、ルナとミシェルが行くって言ってくれたし」

 キラは、首をかしげながら言った。

「でも、結局、ママも乗れたし――」


「あたしもなのよ」

 リサも言った。

「今考えると、あのとき、チケットが当たったショックで、わたわたしすぎてて、動揺してたのよね――あとから考えたら、ほかにも誘えるひといたのよ、あたし」


「そりゃ、リサはいるでしょ」

 ミシェルは呆れ声で言った。


「でも、あのときはね、なにがなんでも、ルナと行くって、そう思ってたの、あたし」


 リサは、思いにふけるように、窓の向こうを見た。


「きっと、ルナを乗せるために、あたしにチケットが来たのよ」


 ルナはどきりとした。


「あたし、そう思ってる」


 リサは言った。――確信を込めて。


「サルディオーネさんにも言われたけど、あたしは“美容師の子ネコ”。どこにいったって、美容師はできる」


 リサは、仰向けに寝転んで、天井を見上げた。


「きっとまた、お金を貯めて、この宇宙船に乗るわ」





『方法はある』


 リサがミシェルに着いていくと決めたのを、反対したのはアズラエルだった。だが、エーリヒもクラウドも、反対はしなかった。


『リサがいっしょに行くのはやめたほうがいい。危険すぎる』

 アズラエルは譲らなかったが、

『アズラエル、かならず、方法はある。ミシェルも、リサ嬢がそばにいれば、冷静に判断することもできるだろう。すくなくとも、投げやりにはならんはずだ』


『俺もそう思うよ、アズ』

 クラウドもエーリヒの肩を持った。

『リサがミシェルと一緒に行くっていうのは、おそらくミシェルの心理的には、無謀な行動のストッパーになると思う』


 アズラエルが、エーリヒとクラウドに理屈で勝てるわけはない。彼はお手上げといったふうに、両手をあげて、ソファに座った。


『じゃあ、どうする?』

『そのことなんだが、ララに相談して、マフィアのほうは、なんとかしてもらう』

『ララが、無償で動くかよ――ルナのことでもあるまいし』


『もちろんだ。無償じゃない』

 クラウドは、言った。

『依頼金は、ミシェルが一生かけて、ララの組織に払うことになるだろう――だけど、命までは狙われない。ララがそうする』


『……』

『ルナちゃんのZOOカードや、ロイドの話から推測できることは、とにかく、ホックリーなる人物を、“牢屋から出せばいい”ってことだ』

『そう、物理的に』

『物理的?』


 エーリヒの言葉をアズラエルが復唱した。


『ミシェルは、ホックリーの無罪有罪にこだわっていない。こだわっているのは、“先生を、牢屋から出してあげなきゃいけない”ということだ。つまり、ホックリーなる人物が、牢屋から出る姿を見れば、もしかしたら、ぜんぶ円満解決かもしれないのだよ』


『――は?』

 さすがのアズラエルも、素っ頓狂な声を上げた。


『そのあとホックリーが刑務所に入ろうが、裁判に出ようが、とにかく、ホックリーが牢屋から出る姿を、ミシェルに見せれば、すべてが解決ってことかもしれない――あくまで、俺とエーリヒの予想だけど』


『ためしてみる価値はある』

 エーリヒはつづけた。

『白龍グループのヤンという青年が、ミシェルの帰路に同行する。われわれの作戦はつたえておいた。すべては、彼が現地で取り計らってくれるだろう』





 ルナは、エーリヒたちの会話を思い出していた。アズラエルは、まだ納得がいかない顔だったが、ララがマフィアをなんとかしてくれて、ヤンがついていってくれるなら、希望はあるのではないかという気はしていた。


(結局、ミシェルのことは、ZOOカードでは解決しなさそうだ……)


 ルナは、導きの子ウサギや、ジャータカの黒ウサギとも相談してみたが、やはり、動物の姿が出ていないカードは、動物の姿が出てくるまで、お手上げだという。

 アンジェリカの意見と、二羽の意見は、同じだった。


「せめて、アストロスで一緒に遊んでから、降りない?」


 キラの声に、ルナは考えごとから引き戻された。

 一日くらいいいじゃない、とキラは言ったが、リサは首を振った。


「ダメよ。一日も早く、L系惑星群にもどって、解決したいの」


 リサとミシェルが宇宙船を降りてL系惑星群に旅立つのは、アストロス到着とほぼ同時だった。


 ルナはふと気づいた。


 地球行き宇宙船のカレンダーが、ゆっくりと、九月から十月へ変化しようとしている。


 アストロス到着まで、あと、十日ほどになっていた。




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