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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~サヨナラ篇~
824/943

334話 裏切られた探偵と美容師の子ネコ Ⅲ 2


 ルナの部屋で、リサの危機を皆が心配している時分――イマリは、K12区のショッピング・センター街を、ベンとともに歩いていた。


 任務で忙しい彼と久しぶりのデートで、イマリは浮足立っていた。ステキなレストランにカフェ――新しい服も買ってもらったりなんかして、あいかわらず彼女は幸せだった。


 実際イマリは、自分が世界一しあわせだと思っていた。


(あれ?)


 イマリは、高級なブランドショップが立ち並ぶ店舗の、ガラス戸の向こうに、見たことのある顔を見つけた。


(リサだ)


 イマリにとっては、ルナの仲間の中では、比較的声をかけやすい人物だ。でも、バーベキュー・パーティーの一件以来、リサにも無視されたことがあるイマリは、声をかけることなく見過ごしたが、なにか、変だった。

 リサの様子がおかしかったとか、そういう意味ではない。


「……?」


 リサと連れは、楽しげに話しながら、高級ブランドの店に入っていく。どうも、リサといっしょにいる男に、見覚えがあるのだった。


「……」

 イマリは、一度気になったら、たしかめずにはいられない。

「ベン、ちょ、ちょっと待ってて」

「え?」


 イマリは、リサと男が姿を消したブランドショップに駈け出した。吹き抜けをあいだに、真向かいの店舗。ぐるりと回っていかなければ、そちらへは行けない。

 その店は、かなり広く取られていて、ガラス越しにでも店内が見える。あちらからも、イマリが見える可能性はあったが、イマリはまるでスパイのように――こっそりと、身を潜めて、中を伺った。


(あっ!!)


 イマリは、大声をあげそうになった。違和を感じたのは、リサにではない。リサの連れに、である。


(あの男――!)


 リサと一緒にいるタヌキ面の男は、イマリがベンと出会う直前まで、イマリと付き合っていた詐欺師だった。


(しんじられない! まだ逮捕されてなかったの)


 イマリは、彼にどれだけお金を取られたか分からない。でも、役員には言わなかった。いままでも数々問題を起こしてきたから、いまさら言っても信じてもらえないと思ったからだ。


(お金を取られたって証拠もないし……)


 でもまさか、今度は、リサがだまされそうになっているなんて。


「……」

「どうしたの、マリィ」


 突然かけだしたイマリを、ベンは追って来た。


(どうしよう)


 イマリは、迷った。

 いきなりリサのもとへ行って、「コイツは詐欺師だ!」と言っても、信じてもらえるかどうか。もはや敵のような目で見られているイマリと、あの詐欺師のどちらを信用するか、明白だった。あの男は、伊達に詐欺師ではない。イマリもほんとうにだまされたのだ。


(……)


 べつに、リサに教えてやる義理もない。リサがだまされて、痛い目を見るまで、黙っていた方が得だ。

 イマリは、そう考えた。


(――でも)


 でも、イマリも、傷つけられた。あの男には、ずいぶんと。

 あの男にだまされた日、イマリは、ベンと出会わなかったら、宇宙船を降りていたかもしれない。さんざんつらい目に遭ってきた最後に、あいつにだまされたショックは大きかったのだ。


「マリィ?」


 ベンと出会っていなかったなら、こんな気持ちにはなれなかったかもしれない。リサに言っても信じてもらえないのはわかっているし、教えてやる義理なんかない――でも。


「ベン、ちょっと来て」


 イマリは、ベンを、隣の店舗のすみまで腕を引いて、連れて来た。ここから、店を出てくるリサと詐欺師が見える。

 リサの手にブランドの紙袋がある。彼に買ってもらったのだろう。あの詐欺師の手だ。イマリも引っかかった。最初にブランド物を買ってあげて、そのあと、お金をむしっていく。


「あの――あそこ、そう、赤いスカートの子、あの子リサって言って、――その、ルナやミシェルのともだちなの」

「それが、どうかしたの」

「一緒にいる男、詐欺師なのよ!」


 イマリは、小声で叫んだ。ベンも思わず、そっちを見た。


「あたしも、ベンと会う前にだまされたの――このあいだ話したでしょ?」

「ああ」

「リサもきっと知らずにつきあってるのよ。ど――どうしたら、いいと思う?」

「……」


「リサが、詐欺師といるのを見たって?」


 クラウドが携帯電話片手に言った言葉めがけて、ルナたちがわっと押し寄せた。


「うん――うん――わかった。わざわざありがとう」


 電話はすぐ終わった。ルナとミシェルは、待ちかまえていたように、クラウドに聞いた。


「いまのだれ? だれか、リサを見たの?」

「落ち着こう、ネコちゃん、ウサちゃん」


 クラウドは、大広間のソファまで子ネコと子ウサギを押しやった。


「今の電話はベンからだ」

「ベンさん!?」

「ああ。彼がイマリとK12区のショッピング・センター街でデート中、リサが男と買い物をしているのを見た。その男が、かつてイマリもだまされた詐欺師だったそうだ」


「ちょ、ちょっと待って」

 ルナは驚いて言った。

「イマリがだまされた? イマリも、詐欺師に?」


 ルナは、月を眺める子ウサギが、イマリを宇宙船から降ろすために、詐欺師に引っかからせたこともあると言っていたのを思い出した。

 それよりも、もっと驚くことがある。ミシェルも叫んだ。


「リサがだまされそうだっていうのを、教えてくれたの? わざわざ? イマリが?」


 クラウドはうなずいた。

「イマリがリサのもとへ行って、男の正体を暴いてもよかったんだが、イマリのいうことは、リサは信じないだろうからって、ベンに相談した。で、ベンが、俺たちに知らせてくれたってわけさ」


 ルナとミシェルは、信じられない顔で、互いを見合った。


「ふむ――ルナの夢のとおりだ。生まれ変わっても詐欺師だなんて、もうちょっと、ほかの生き方を選べなかったものかね」


 エーリヒは呆れかえって言ったが、――やがて、ひらめいたように、指を鳴らした。


「現行犯逮捕しかねえな」

「ああ」


 アズラエルがソファから立って指をごきりと鳴らし、クラウドも「リサちゃんがなにか盗られるまえに助けなきゃ」と立つのを、エーリヒは止めた。


「まあ、待ちたまえ」





 リサは、心ここにあらず、だった。

 ミシェルに一方的に別れを告げられ――納得のいかないまま、別れた。


(たしかに話し合いはしたけど、あたしは納得してない)


 うなずくしかなかったのだ。リサを危険な目に遭わせたくない、というミシェルの、精いっぱいの言葉を聞いては。


(マフィアに追われてるなんて……)


 別れよう、別れようと何度思って来たかしれない。自分から別れを切り出したことも、ミシェルが「別れる」といったことも、数えきれない。でも、今回は違った。ほんとうの別れだった。


(ミシェルは、宇宙船を降りる)


 それが、決定打だった。降りるミシェルと、ついていけないリサ。リサは地球に行きたい。なにがあっても、地球に行くのだ。

 そう決めて、宇宙船に乗った。


(たとえ、運命の相手と別れたって)


 恋人は、これからだって、いくらでもできる。ミシェルの代わりになる男なんてたくさんいる。


(ウソ)

 ――ミシェルの代わりはいない。


 どんなにメチャクチャでも、情けなくても、ムカついても、ケンカを何度もしたって――ミシェルに恋をした。

 アパートにも帰らず、ともだちの家や元カレの家を渡り歩いても、気は晴れない。それどころか、ますます元気を失っていく。


「リサ、ほんとに君は、女優のようだ――おっと! ちがった、これから君は女優になるんだ」

「――ほんと、よくしゃべるよね」


 このおかしな男と、どのタイミングで別れたらいいか、リサは考えあぐねていた。沈んでいたリサをナンパし、いきなり自分は貴族だと言ってブランド品を買ってくれたが、怪しすぎる。

 リサは本物の貴族とつきあったことがある。買ってくれるというから受け取ったが、ブランドの中でも一番メジャーで、だれもが持っているバッグだし、本物の貴族は、こんな生地の薄い、テカテカしたスーツなんか着ていない。


(アズラエルだって、もっと上質な、仕立てのいいスーツを着てるわ)


 ミシェルのスーツも、この男と同じように、着倒して、生地が傷んでいる。最初のころ着ていた、オーダーメイドのスーツは、とっくに売ってしまっていた。それをリサは、ずっと知らなかった。

 それでも、この男を見るような冷めた気持ちは起こらなかった。

 リサは、この男を追っ払う元気もないのだった。どうでもいいのだ。黙っていても、彼は勝手にしゃべりつづけ、勝手にリサにごちそうし、勝手にリサに貢ぐ。


(……やっぱり、ルナのところに、遊びに行こうかなあ)


 ルナが誘ってくれたときに、意地を張らずに行けばよかった。でも、なんだか気力がすっかり抜けてしまったように、リサは身動きが取れないのだった。

 あちこち連れまわされたあげく、最終的に、K12区の広いショッピング・センター街の広場に到着した。


 いい天気だった。


 彼はまだ、リサの耳を素通りする美辞麗句を吐き続けていた。リサの興味が薄れてきたのを見て、必死だ。

 一瞬いなくなったと思ったら、缶ジュースを山ほど、リサの隣に置いていた。

 貴族だというわりに、高価なブランド品を買い与えたあとは、缶ジュースか。やることがせこい。


「リサ、君をプロデュースしたい! ぼくはこれでも、アイドル事務所を持っていて――」

 こんなセンスの悪い社長のアイドル事務所なんて、ごめんだった。

「いますぐにでも契約できる! 契約金は、たったの十万デルからだ!」


 新手の詐欺か――リサはそろそろ、この男といるのが疲れてきた。とっととこの場を去ろうと思って立ち上がった途端――。


「カール・C・ラギー。詐欺容疑で逮捕します」


 リサは、めのまえの男に手錠がかけられるのを、あっけにとられて見つめた。なにせ、手錠をかけたのは、どう見ても、クラウドだったからだ。


「だいじょうぶですか。なにかだまし取られちゃいませんか」

 リサの手を取り、顔を覗き込む警察官の顔を見て、リサは仰天した。

「しっ!」

 警察官の服装をしたミシェルは――かつての恋人は、口の前に人差し指を立てた。リサはあわてて口をつぐんだ。


「なにをするんだ! わたしは貴族だぞ!?」


 詐欺師は、べつの警察官――つまり、エーリヒとアズラエルに引きずられていく。


「な、なに――」

 ミシェルは、帽子を取った。

「どういうこと?」

 リサの表情に、ミシェルは苦笑いした。

「アイツ、本物の詐欺師なんだよ」

「リサは、なにもだまし取られてないか? けっこう被害届が出てたんだけど、巧妙で、証拠がないから、なかなかつかまらなかったんだ」

「――!」


 リサははっと気づいた。アズラエルたちが連行していった先に、本物の警察官がいる。


「え? ほんとに?」

「ほんとに」

「どうして、詐欺師だとわかったの?」

「イマリがさ、アイツの被害に遭っていたんだよ」

「イマリが!?」

「それでな、イマリが、おまえが詐欺師といるのを見かけたってンで、連絡してきたんだ」

「イマリが!!」

 リサの驚きようも、半端ではなかった。


「あいつ、貴族区画にある株主の屋敷を、自分の家だって言って被害者たちに紹介していたらしいんだ。イマリもそれでだまされたって。でも、その屋敷は、株主が節税対策に買ったはいいけど、放置されてる物件で。ほとんど管理されてなかったんだって。その株主もだいぶ長いこと、宇宙船には乗ってないし――カギもカンタンに壊されて、中に入れるようになってたって」


「ええっ!?」

 そんなことがあるの、とリサは呆れた。

 空き家にタヌキが住み着いていた、そういうことになるのか。

「それは実際のところ、不法侵入だから。それでつかまったってわけ」

「そ、そうなの――」


「リサ!」


 ルナが走ってくる――ルナだけではない。すぐにレディ・ミシェルがルナを追い越した。キラもルナを追い越した。

 リサは笑いたくなった。

 一番に飛び出してきたのはルナなのに、みんなに追い越されて、一番最後にたどりついた。


「リサ――らいひょうふ、らった?」

「ルナ、息ととのえてから話して」

 リサは笑った。

「あたしは大丈夫だよ」

 リサは、さっきまでのことを思い出して、苦笑した。

「うん。最後のあたりはアイドル事務所だの、おかしなこと言ってたけど、今日はバッグ買ってもらったり、ご飯おごられたくらいで、あたしはなんの被害にもあってない」


 リサが両手を挙げると、だれもが顔を見合わせ、ほーっと息をついた。


「もう、詐欺師なんて、サイファーでこりごりだって」

「サイファー……て、なつかし」

「もう、リサは詐欺師に絡まれる運でも持ってるんじゃないの!?」


 ミシェル、ルナ、キラの順でそういった。

 リサは、奇妙な顔をした。笑っているような、泣いているような。


「心配してくれたのね? ――ありがとう」

 一度うつむいたリサは、泣いていた。

「ありがとう――」


 リサの隣に座った警察官姿のミシェルが、リサの肩を抱いた。そして、頭を撫でた。

 すると、リサはミシェルに抱き付いた。

 ミシェルは困り顔をしたが、リサを引きはがすようなことはしなかった。





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