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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~サヨナラ篇~
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333話 裏切られた探偵と美容師の子ネコ Ⅱ 2


 ルナがZOOカードを抱え、「裁判、さいばん」とぼやきながら屋敷に帰ると、デレクがいた。


「あ、デレク、こんにちは!」

「こ、ここここんにちは」

 デレクは、なぜかルナを怯えた目で見つめ――、

「ルナちゃん、これからいっぱい飲むときは、予約してくれるとうれしい――かも」


 ルナは赤面した。


「あ――あ! あ、ああああのときはすいませんれした! 二度としませんから!」


 思い出したルナは、カードボックスを放り投げて、平謝りに謝った。

 クラウドがコーヒーを持ってやってきて、苦笑しながらデレクに言った。


「デレク、ルナちゃんは、二度としないよ。あのときは特別だったんだ」

「特別?」


 ルナがやったのではなく、ノワのしわざだ。酒の大量摂取も、金塊のことも。しかし、そのことをデレクに説明するのは、クラウドと言えど難しかった。

 デレクはコーヒーをひとくち飲んでから、持参のバッグを差し出した。


「それでね、さすがに金塊はもらいすぎだから、返しに来た」


 リビングのテーブルに、金塊が山積みにされていく。

 デレクとクラウド、セルゲイが無言でそれを見つめている。

 ルナはうさ耳をへたれさせて、ソファの隅っこに座っていた。


「ル、ルナちゃんが飲んだ酒代分くらいはもらおうとして、包丁で薄く切ろうとしたんだけど、包丁が欠けちゃって……」

「デレク、金塊を包丁で切ろうとしたの?」

「……」


 セルゲイの言葉に、返事はなかった。あまりのことに、デレクも動揺したわけだ。


「す、すいません……金塊でなくて、お金で払いましゅ」


 ルナは慌てて言い、デレクに請求書をもとめたが、彼の差し出した請求書は、金塊一本分にはおよばずとも、ルナの貯金が全滅する額だった。

 ルナは泣く泣く、「のわのばか」といいながら、マタドール・カフェの口座に振り込む約束をして、口座番号を聞いた。





 そのころ、K33区では――。


「――ダメです」


 ベッタラは、刀剣を(さや)に納めた。彼は気難しい顔でアズラエルをにらんでいた。


「これ以上やっても無駄です。あなたは、強くならない」


「あァ?」


 さすがにアズラエルも眉をしかめた。ベッタラは迷い顔をし、アノール語に切り替えた。


「(アズラエル、おまえ、なにを迷っている)」


 アズラエルは一瞬、聞き間違えたかと思った。


「おまえいま、俺が迷ってるって言ったか?」

「(ああ)」

 アノール語で肯定が返ってきた。聞き間違いではない。

「(おまえは本来ならとても強いはずだ。だが弱い、とてつもなく弱い。――話にならん。このままでは、アストロスの兄神は、おまえに力を貸さん)」

「……どういう意味だ」


 ベッタラは髪をかきむしり、困り顔をした。


「(わたしは、これ以上なにを言っていいか分からん。説明する言葉を持たんのだ)」


 ベッタラがどういっていいかわからないものを、アズラエルにわかるわけがなかった。


「(打ち合っていれば、武に通ずる者同士、いつか気づいてくれるものと思っていた。だが無理だ、わたしにはこれ以上、おまえに教える術が分からん。――おまえのような文明人には、言葉も必要だ)」


 ベッタラは、「ニック!」と呼んだ。ニックがベッタラのもとへ来て、ふたりでなにか話し始めた。


「分かった――じゃあ、しばらく交代しよう」


 ニックはベッタラの肩を叩き、アズラエルのもとへ来た。


「俺が迷ってるだと?」

「うん。腰が浮いてる」

 ニックに刀の背で腰を叩かれ、アズラエルは驚いた顔をした。

「……そんなに俺の腰は引けてたのか」

「でも、ベッタラに怯えてるっていうんじゃないよ? そうじゃなくて――そうだな、腰が据わっていない。覚悟ができていないって、よく言われるけど」


 ニックは、アズラエルに、休憩用の切り株に座るよう、うながした。


「それを、ベッタラは“迷い”と見抜いた」

「……」


 アズラエルには見当がつかなかった。

 迷っている? 俺が? なにに?


「君は、基本的に傭兵だから、強いし迷いはないし、覚悟もできてる。戦闘に関しては、問題ないと言ってもいいよ」

「じゃあ、なにが問題なんだ」

「これは、傭兵の仕事じゃないよ?」


 アズラエルは、目が覚めたような顔をした。


「言っただろ。“傭兵のライオン”が、“革命家のライオン”と戦うんじゃない。君が剣を振り回してるのはたしかだけど、これは、“アストロスの兄神”と、“ラグ・ヴァダの武神”との戦いなんだよ? それを忘れちゃいないか」


 ニックの穏やかな双眸(そうぼう)をまえに、この男は、自分の四倍以上の人生を生きていることを思い出した。


「君はね、アストロスの武神と、シンクロしなきゃいけないんだよ。それもほぼ100%の率で」


 アズラエルは口をぽっかりあけた。


「いいかい? 見ててごらん」


 ニックがペリドットのもとから「孤高のトラ」のカードを借りてきて、すっとアズラエルのまえにかざした。アズラエルの目線の方向には、ベッタラと剣を打ち合わせているグレンがいる。


「――!?」


 アズラエルは目をこすった。グレンに重なって、鎧を着た武神が、銀色の炎を噴き上げて、ベッタラを押し負かしている。あのベッタラが、まるでかなわない。グレンではない動きだ。

 ついに、ベッタラの手から剣を弾き飛ばした。「おおー!」とアントニオの、呑気な拍手が上がる。

 さすがにグレンは息が上がっていた。グレン自身の強さではないことは明白だった。

 アストロスの弟神が、グレンの身体を動かしている。


「ペリドットは、八転回帰はしていないよ」

「!?」

「君も、本来なら、あれができるはずなの」

「……!?」


 アズラエルは言葉も失って、ニックを見返した。彼は苦笑していた。


「君たちは武神と同化するから、戦ってた方が感覚を取り戻しやすい。だから、そうしてるだけ。ルナちゃんも、ミシェルちゃんも、同じことをしてるんだよ。――知らず知らずのうちに」


 ニックがもう一度カードをかざすと、グレンに重なっていた武神の影は見えなくなった。


「セルゲイさんは、あまり夜の神と同一化すると、いざというとき抑えきれなくなるからあまり同一化しないほうがいい。だから、セルゲイさんは、ふつうの生活を営んでもらってる。ミシェルちゃんは、ラグ・ヴァダの女王と、それから百五十六代目サルーディーバと同一化するために、毎日真砂名神社に通ってるんだよ」


 アズラエルは、真顔でニックを見る羽目になった。


「ミシェルちゃんがやってることは、本人は気づいてないけど、ラグ・ヴァダの女王や、百五十六代目サルーディーバといつでもシンクロできるように、不自然にならない程度に、彼らにあわせた生活をしてるんだ。日々、真砂名神社の階段を上がり、神殿に(もう)で、絵を描いたりする。一日の大半を、神域で過ごす」


「ルナは――」

 アズラエルは思わず聞いた。

「ルナも、なのか」


「もちろん」

 ニックは微笑んだ。

「ルナちゃんは、多分シンクロ率100%。――彼女が生まれたときから、そうだった」





「ルナちゃん、お帰り」

「ただいま……」


 ルナはたいそうへこんでいた。たったいま、酒代を振り込んできた。自分のしたことであっても、口座の貯金額が一気にゼロになるのは、あまり気分のいいものではない。


 ルナがぺったり、リビングのソファにうつぶせていると、クラウドがやってきて、ルナの通帳を「ちょっと貸して」と取り上げた。


 彼は、書斎に姿を消し、しばらくして、通帳を持って帰ってきた。ルナは、通帳を見て、一メートルほど飛び上がった。


「5億!?」

 通帳の残高が、189デルから、いきなり5億189デルに増えていた――。


「あの金塊は、ララに買い取ってもらった」

「ほげ!?」

「ルナちゃんだって、金塊なんかいらないでしょ?」

「……」


 ルナは何度も首を縦に振った。


「ともかくも、現金に換えておいたほうがいいと思って。ララからもらった報酬も、ペリドットが勝手につかっていたんだろ? これから先も、いきなり大金が必要になる日が来ないともかぎらない」


 ルナはぷっくらほっぺたのまま、通帳を見ながらうなずいた。

 オルティスからもらったお金は、滅多なことではつかいたくないし、クラウドのいうとおり、なにがあるか分からない生活だ。

 まったく、レボラックを購入するときも、地球行き宇宙船のチケットを購入するときも、ペリドットはなんの断りもなしだ。とんでもないやつだ。立派な犯罪者である。


「クラウド、ありがとね」

「どういたしまして。それはともかく、そろそろ、飛び込んでくるヤツがいるんじゃないかな」

「え?」


 クラウドの言葉とほぼ同時に――インターフォンが鳴った。

 広間にいたルナが、ちこたんより先に玄関ドアを開けると、そこにはロイドと、赤ん坊を抱いたキラがいた。


「アズラエルはいる!?」


 ルナが答えるまえに、切羽詰まった顔でロイドは叫んだ。後ろからクラウドが、


「アズは出かけてるけど、俺でよかったら、話を聞くよ。――ミシェルのことだろ?」


 ロイドもキラも顔を見合わせ、「うん……」と返事をした。





 今日は偶然――といってはなんだが、いつもより早く真砂名神社から帰ってきていたミシェルも、大広間に顔を出した。


 キラとロイドの深刻な顔を見て察したのか、「あたしも聞いていい?」と言った。ロイドとキラがうなずいたので、ミシェルも一緒に話を聞くことにした。


「じゃあ、アズラエルは、ミシェルを説得してくれるためにでかけたんだね」

 ロイドはようやく安心して、ふーっと大きく息をついて、天井を見上げた。

「あたしも、リサとミシェルが本気で別れたなんて、信じられなくて――」

 キラも、自分の赤ちゃん――キラリをぎゅっと抱きしめながら、深刻な顔で言った。

「いつものケンカじゃなくて、ちゃんと話し合って別れたんだって。ミシェルはそう言ってた。でも、リサに聞こうにも、あの子ぜんぜん連絡取れないのよ」


「あたしたち、このあいだ、真砂名神社で会ったの」

 ルナは言った。

「ええ? 元気だった?」

「ぜんぜん」


 ミシェルは首を振り、ステーキ店でした話を、ふたりにもした。


「そうかあ……アパートに帰ってないんだ。明日、ロイドとリサのアパートまで行って、様子を見て来ようって思ってたの」

「携帯にも出てくれないのは、困るよね」

 ロイドは困り顔でそう言い、キラも、

「リサは、なんとかなると思う。あの子は、地球に行きたいって最初から言ってるし、宇宙船を降りる気はないと思うから――それより、ミシェルよ」


「そうなんだ」

 ロイドは、今にも泣きそうだった。

「ミシェルは宇宙船を降ろしちゃいけない。――ぼくも、じぶんのことで手いっぱいで、ずっと解決を先送りにしてきたことを反省した。リサちゃんが、止めてくれてると思ってたんだ。でも、このままじゃ、」


 ロイドは目を赤くしてうつむいた。


「ミシェルは、死んじゃう」

「……!」


 ルナとミシェルは顔を見合わせた。

 リサが言っていたことは、おおげさではなかったのだ。


「あたしもそう思う」

 キラも、やはりロイドと同じく、真剣に言った。

「このあいだ、はじめてロイドからミシェルの“裁判”のことを聞いたの。ふたりで、図書館に行って、当時の新聞とか調べたりしたんだよ? やっぱり、ミシェルが間違ってるの。ミシェルは裁判で、勝ち目なんかないと思う」


「いったい、どういうことなの?」

 レディのほうのミシェルが、ついに言った。



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