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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~サヨナラ篇~
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番外編 リンデンの森 5


 リリザに着いたころは、落ち着いてたかな。レイチェルたちの結婚式にもふたりで出られた。

 バーベキューパーティーは、ホントに楽しかった! 

 ハプニングもあったけど、あのあたりが一番幸せで、楽しかったころかもしれない。


 ううん。ミシェルと仲が良かったときは、いつでも幸せだった。

 一番なんて選べない。

 バーベキューのときは、やっぱりミシェルは頼りになるってあたしも思ったし、ルナたちもそう言ってくれた。

 あたしの幸せな思い出のひとつ。


 ――アズラエルに言われた、不穏なひとこと以外は。


 すっかりあたりも暗くなって、パーティーも佳境になってきたころ。

 かなり飲んでたくせにぜんぜん酔った顔をしてないアズラエルに、あたしはこっそり呼ばれた。

 下手に見つかれば、浮気だのなんだの、まただれかさんに勘違いされるかもしれなかったけど、ミシェルは泥酔してひっくり返っていたし、だれもこっちを気にしてなかった。


「ミシェルとはうまくやってそうだな」


 一時は相手にするなと言った手前、それなりに心配してくれていたらしい。

 そのころ、あたしたちはたぶん絶好調だった。ミシェルから「運命の相手」って語句はまだ聞けていないけど、あたしたちのあいだの愛情は、お金とか、そういうものでつながっているんじゃないんだって――あたしが勝手に思っていただけかもしれないけど。そう実感し始めていたころだと思う。

 お互いの愛情を、すこしずつ、信頼し始めていた。


「うまくっていうか――たぶん、あたしとミシェルは、運命の相手よ」


 だれかに、そう言ってみたかったんだと思う。だって、ミシェルが言ってくれないから。

 アズラエルはあっさり「そうか」と言った。

 あんまり自分の意見を差しはさまないのが、アズラエルのいいとこだと思う。

 でも、そのあとに言われたことがけっこう衝撃だった。


「リサおまえ、ミシェルから金を引き出すことはできるか?」

「は?」


 アズラエルは「ああ、ええと……」と言葉選びに失敗した顔をした。


「金を使わせろ。――まぁ、おまえにはけっこう惜しげもなく使ってるようだからな、まぁ、つまりなんだ」

「ミシェルを、一文無しにしろってこと? 裁判のためのお金を残すなっていうのね?」

 あたしがすぐ察したのを見て、アズラエルは少し驚いて、それからうなずいた。

「そう。そういうこと」

「ね、裁判って、なんなの」


 裁判のことだけは、あたしはいまだに、ミシェルからくわしいことを聞けていなかった。ミシェルも話したがらなかったし、この話はすぐケンカになる。地雷になっていたのはたしかだから。


 アズラエルは悩む顔をしたあと、

「こっそり、だぞ? ロイドに聞け。たぶん教えてくれる」

「ロイドに?」

「ああ。俺が説明してもいいが、多分今は主観が入る。仕事を依頼された手前、調査中なんだ。だがな、はっきりしてることはある。ミシェルを裁判に行かせるな」

 アズラエルは少しためらってから、はっきり言った。

「命の危険がある」

「……!?」

「このままおまえといっしょに、地球まで行ってくれたらいいんだがな……。たぶん、あきらめてはいねえから、どこかで降りようとはするだろう。でも、金がなきゃそもそも裁判には行けなくなるわけだから、なるべく使わせろ」

「……そうする」


 なんとなく、それしかない気がした。

 ミシェルは迷っている。それだけはあたしにもわかった。きっと、いつまでもあたしや、仲間といたい。でも、裁判のことが重くのしかかっていて、ずっと迷っているのだ。


「そうしてみる、あたし」


 アズラエルはすぐ呼ばれて、あたしと彼の会話はそれきり。


 そのあと、やっぱり裁判のことで盛大なケンカをして――キラとロイドの結婚式のあと、また仲直りをして。

 それからあたしは、ロイドに話を聞いた。ミシェルはやっぱり教えてくれなかったから。

 でも、ロイドから聞いたことを知ると、はじめてあたしに話してくれた。

 なかなか衝撃的なことだらけだったけど、たったひとつわかったことがある。

 やっぱりミシェルは迷っていて、あたしを好きだってこと。

 裁判には、行かせちゃいけないということ。

 ややこしいことは分かんない。でもミシェルが異常だとか、あたしは思わなかった。

 優しいだけよ。見捨てられないだけ。

 

 それから、「運命」が始まった。





 地球行き宇宙船に乗って、二年目の1415年の11月28日。

 忘れもしないその日。


 あたしたちは、レイチェルたちが宇宙船を降りる前に思い出をつくろうと、旅行に行った。


 あたしとミシェルと、ルナとアズラエル、ミシェルとクラウド、キラとロイド――それからレイチェルとエドワードと、シナモンとジルベール。リリザにはみんなで行けなかったから――キラとロイドは参加できなかったから。今度こそ、みんなでと思って。


 年末にはE353に着くし、そっちでもよかったんだけど、あたしは、K02区に行きたかった。

 そこにはアース・ワールドっていう、地球の名所が再現されている博物館があって、一度見に行ってみたかったんだ。


 ――自覚はなかったけど、もしかしたらあたしは、そのころには、ミシェルと一緒に降りる決心があったのかもしれない。

 だから、地球がどんなところか、たとえレプリカでも見ておきたかった。


 K02区は北のはずれ。ルナたちがよく行く真砂名神社がある区画とほとんど同じあたりで、気軽に行けるところじゃないから――小旅行にはもってこいだった。


 K02区はアース・ワールドだけじゃなくって、サブリナ湖や、樹齢二千年とかいう地球の樹や、ステキなカフェやコテージが集まる村に、グランピングのリゾート施設、広大な公園、ほかにもたくさん観光名所がある。


 最初の日にアース・ワールドに行って、その日は近くのホテルに泊まって。

 翌日は、サブリナ湖畔を車でぐるっとめぐって、オシャレなカフェでランチを食べて、湖を散策した。ボートに乗ったりもできるみたいだったけど、あたしは乗らなかった。

 レイチェルとルナと、キラとミシェルは乗ったよ。いっしょうけんめいアヒルを漕いでた。


 湖から離れて、森の近くまで来たときだった。

 見過ごしてしまうような、ちいさな看板を見たクラウドが、急に「寄っていい?」といった。


 K02区にはシャインのカードで来ていて――アズラエルは仕事の関係でシャインをつかわせてもらえるらしい――地元でレンタカーを借りて、移動していた。一台に十二人は入りきらなかったから、六人ずつ二台になって。


 一台目はアズラエルが運転手で、ルナと、クラウドとミシェル、レイチェルとエドが。

 二代目はミシェルが運転手で、あたしとキラとロイド、シナモンとジル。


 前方を走っていたアズラエルの車がいきなり曲がったから、ミシェルはびっくりしてた。


 森の中に入っていくのであたしたちの車も追っていった――森の中に、急に開けた草原。そこで車は止まり、みんなで降りて、向こうに見える針葉樹林の林目指して、すこし歩いた。


 森は、「リンデンの森」という名前。


 なんでわかったかって、車を降りた場所に、看板があったから。もっとも、クラウドが曲がったときにも看板があって、クラウドはそこへ行きたくて曲がったのだ。


「わあ……!」


 一番に歓声を上げたのはシナモンだったかキラだったか――たしかにここも、隠れた観光名所だったと思う。


 色とりどりの花と(つる)で編みこまれた、大きな草のトンネルがあったんだ。


 アズラエルは少しかがまなきゃいけないけど、あたしたちは天井を見上げられるくらいの。トンネルの長さは十メートルくらいかな。


 ユピネルの花トンネル。

 木でできた手づくりの可愛い看板が入り口にあった。


「えーっ! 可愛い! すごく可愛い!!」

「見て見て! このトンネルをくぐったカップルは、永遠に結ばれるんだって!!」


 キラのはしゃいだ声に、あたしは少し、胸が痛むような気がした。


 ――知ってる。

 この森を知ってる。

 ――どうして?


「くぐろ! くぐろ、ロイド!!」

「う、うん……!」

「待って待って! なんか、ちゃんと方法があるみたいよ」


 トンネル前の看板で浮かれていたのはほとんどみんなだったけれど、あたしは想定外の気分になって、みんなのことを離れた位置から見るだけだった。

 ううん。見ていたのはみんなじゃなくて、トンネルを。

 それから、針葉樹林の木々の隙間からこぼれてくる光を。


「こんなとこに、こんなステキな場所があるなんて」

「来てよかったね~!!」


 レイチェルとシナモンの声。

 あたしはそのとき、不思議なデジャヴに襲われていて、動くこともできなくなっていた。

 でも、浮かれていないのはあたしだけじゃなくて、アズラエルとクラウド――そしてルナも、なんだか意味深な顔で看板を見上げているのだった。


「どうかしたのか」


 ごめん。浮かれてないのはもうひとりいた。ミシェルだ。あたしの彼氏のほう。

 看板を見ている三人に話しかけていた。あたしも、なんだか気になって、ルナのそばに行った。


「どうしたの?」

「うん……」


 看板に書いてある説明がちゃんと理解できたのは――たぶん、ここにいる十二人の中じゃ、アズラエルとクラウドと、ルナだけだった。


「――え? なに? ここ、監獄が建てられちゃったの?」

 説明文を呼んだあたしは、絶句した。

「ああ」

 クラウドがうなずいた。


 ――このリンデンの森は、L18のとある森を、この地球行き宇宙船に、そっくりそのまま再現した場所らしかったのだ。


 地球行き宇宙船には、L系惑星群や、アストロス、地球の名所を再現した土地がけっこうある。ここも、そのひとつだったみたい。


 しかも、この森、今はL18にはない。というか、この花トンネルがない。

 ここにはバブロスカ監獄っていう政治犯専用の監獄が建てられて、今はその監獄もないらしいけど、ずっとむかしから立ち入り禁止になっているらしい。

 リンデンの森、っていうのは、この森のかつての通称で、地名は「バブロスカ」。

 ようするに、「バブロスカ県にあるリンデンの森」が正確な名称。


「この花トンネルは、ユピネルの花トンネルって言って、バブロスカ監獄ができる前まではあったんだ」

 クラウド曰く、相当の昔らしい。

「1230年ごろ――だったかな。監獄ができたのが、第二次バブロスカ革命が起きるまえだから」

「今から185年前の話か」

 ミシェルがいうと、

「監獄ができるまえは、この花トンネルがあったって聞いてる」

 アズラエルも言った。


「つまり――もう、L18には、このトンネルはないの?」

 あたしが聞くと、アズラエルは肩をすくめた。

「ねえな。いまはこのへんから有刺鉄線が張られてて、警備兵もいるし、立ち入り禁止だった――このあいだ、監獄がぶっ壊されるまでは」

「そっか。バブロスカ監獄はもうないんだった!」

 ルナがまるで緊張感のない声でそう言った。

「まさか、こんなところで、監獄ができる前の風景が見られるなんて……」


 クラウドはどこか感慨深い顔をしていた。アズラエルも。

 今は1415年だ。1230年だなんて、200年くらいも前で、当然だれも生きてないから、見たことがなくても当たり前だった。


 ――でも、あたしは。

 どうしてあたしは、この風景を見たことがあると、感じているんだろう。


「ねえ、ミシェ……」


 瞬きもせず、トンネルを見つめていたのは、ミシェルも同じだった。クラウドやアズラエルは、感慨深く周辺を見回しているけれど、食い入るようにしてトンネルを見ているミシェルは、彼らのように感傷に耽っているわけじゃない。

 なんとなく、分かった。

 きっと、理由は、あたしといっしょだ。


「あたしたちも、くぐらない?」


 ミシェルは、あたしがいたことに気づいたという顔をし、彼にしては妙に切羽詰まった様子で、「くぐろう」とはっきり言った。


 それは永遠の愛を誓うとか、そういうロマンチックな感情じゃなくて、くぐってみたらきっと、今の気持ちの意味が分かるかもしれないから、だと思う。


 あたしもそうだった。


 まず、ひとりずつ、順番にトンネルをくぐっていく。そうして、入り口で出会って、お互いを見つめあう。それからふたりで手をつないでくぐったら、永遠の愛を誓える。


 あたしが先にくぐった。ミシェルが追いかけてくる。そうして入り口で見つめあって――今度は、ふたりで、いっしょに。


 トンネルの出口で、ミシェルは泣いていた。びっくりするぐらい泣いていた。察したアズラエルが、「先にもどってる」とあたしたちに声をかけて、皆を連れて離れてくれた。


「リサ」

 あたしがなにかいうまえに、ミシェルが言った。

「リサ、ごめん」


 なにに対して謝っているのか、あたしは分からなかった。でもきっと、あたしたちは、この花トンネルをいっしょにくぐったことがある。それは分かった。


 それが、二百年も前のことなのか知らないけれど。

 ここで、きっと来世は結ばれようと誓い合ったのか。


 何日か経って、ミシェルはあたしと別れる決意をした。

 やっぱりL系惑星群にもどるといった。


 もう先生は助けられないかもしれない。でも、すでにミシェルの周りでは人が死んでいた、ふたりも。

 片方は、ミシェルに借金を勧めた人間で、もうひとりは、そのお金をぜんぶ持って逃げた人。


 先生を助けられるかどうかは別としても、けじめはつけてきたいとミシェルは言った。

 あたしはもちろん止めたけど、ミシェルはもう感情的にも、やけにもならなかった。


 今はもう、裁判のことは、恩師のためじゃないって。

 L系惑星群にもどるのは、あたしのためだって。


 ぜんぶに始末をつけてくる。なにもかもグチャグチャのまま、逃げ続けたままでは、あたしの「運命の相手」になれないからと。

 君の恋人を名乗る資格もない――ミシェルはそういって笑った。


 今度は、あたしが泣いた。

 

 アズラエルは別の任務があるから、別のボディガードを頼んで、ついてきてもらうと。

 ミシェルにもうお金はない。

 あたしとE353で豪遊して、使い切ってしまった。株をぜんぶ売ってお金にして。でもそれはあたしが頼んだことじゃなくて、ミシェルがそうしたの。

 でも、死ぬ気はないって。投げやりになる気もないって。


「君とまた出会えるかは分からないけど、ユピネルの花トンネルに願おう」


 あたしはまだ迷っている。ついていくべきかどうか迷っている。

 だってね、ミシェル。

 あたしもう、「来世に期待」するのはイヤなの。

 来世で出会うんじゃなくて、今世でしあわせになろう。




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