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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~サヨナラ篇~
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番外編 リンデンの森 1

リサとミシェルのお話です。


 ――きっと、来世でしあわせになろう。

 なんて。

 別に来世まで進むわけじゃないのよ。そんな壮大な話じゃなくって。

 でも二年くらいはちょっぴりさかのぼる。


 あたしとミシェルが出会ったあの日。

 ルナとアズラエルが。ミシェルとクラウドが。キラとロイドが出会ったあの日。

 あたしたちが、マタドール・カフェで、初めて会った日。


 その日からたった三日。

 あたしとミシェルがケンカ別れしそうになっていたっていうのは、きっとルナたちは知らない事実。





「アズラエル、あたしとつきあって!!」

「――なにがどうした」


 ここはルシアン。喧騒から離れたボックス席に、あたしはアズラエルを呼びだした。

 彼が来るなり、カウンターにいた女の子たちが色めき立つ。

 カッコイイ。イケメン、ステキ。すごい筋肉。知ってる。

 あたしったら場所を間違えた。マタドール・カフェあたりにすればよかった。でも、あそこはルナやミシェルとニアミスするかもしれないし。

 このあいだから、なんだかうまくいかないことばっかり。


「どうせルナとはうまくいってないんでしょ」

「……俺のことはいい。出会って二日で、婚約指輪までそろえてたヤツらが、一週間もたたないうちに別れるって?」

「あんなサイテーなヤツだと思ってなかったの!!」


 コースターが柔らかい素材で助かった。グーッと飲んで、感情的にもどしたグラスは、うっかりしたら割れそうだったから。


「やっぱり、最初に決めた通り、アズラエルにしておけばよかった……!」


 アズラエルは、俺にも選ぶ権利があるんだがとちいさくボヤいたけど、あたしは聞かないふりをした。

 アズラエルだけ――いや、クラウドも、ロイドも。

 あのとき飲み会したひとたちだけは、みんなあたしの誘惑が効かない。


「俺はサイテーじゃないって?」

「あなたが、一番の“当たり”だわ」

「へえ」

 アズラエルは食えない笑みを浮かべて、知らない名前のお酒を注文した。

「で? ミシェルとうまくいかなかったからって、俺と付き合うのか?」

「あなたはイヤ?」


 いままで九割オトせてきた笑みを浮かべる。アズラエルは笑った。

 今笑ったんだけど、このオトコ。


「おまえは魅力的だと思うよ」

「そう! じゃ、つきあって」

「言ったはずだよな? 俺は、この宇宙船に乗ってから、相当女運が悪い」

「あたしがその運、もとにもどしてあげる」


 胸を張ってそういうと、ウィスキーを飲みかけていたアズラエルは、むせこむように笑った。こんな笑い方もできるんだ。あんまり表情がないように見えていたのに。


「バカにしてる?」

「いいや」

 多分香りはウィスキー。そのめちゃくちゃ強い酒を、アズラエルはグイッと一気飲みして、氷を揺らせた。

「なぁ。どうせなら、マタドール・カフェに行かないか」

 ここは変わったカクテルか、安酒しか置いてない、とアズラエルがため息まじりに言う。

 あたしもそう思う。

「でもあそこは、ルナとニアミスするかもと思って」

「なるほど。まぁどっちにしろ、俺がおまえと仲良く飲んで寝ちゃったりしたら、まさしく修羅場のドツボだろうな」

「……そうはならないと思うわ」


 ルナはあなたに気がないし、ミシェルだって、あたしと真剣に付き合うつもりはない。

 そういうと、「それは傷つくな」とまったく悲しくもなさそうな顔で彼は言った。

 ホントにアズラエルはルナに気があるの? そういう風には見えない。ルナだってそう。

 そもそもルナは、「なんでこんな怖そうなひとがあたしに話しかけてきたんだろう」って顔をしてたしね!


「俺は、修羅場に踏み込む気はねえよ。ややこしいことはゴメンだ」

「べつにややこしいことにはならないわよ」

 アズラエルからの返答はない。

「だから、あたしとつきあえば、運がよくなるって!」

 なんか、詐欺師みたいな言い方。でもあたしは、よく運がいいっていわれるし。

「知ってるよ。ミシェルは、ラガーで占い師に言われて、自分の運を上げてくれるから、おまえを選んだんだ」

「――は?」


 あたしの顔が凍り付くのもおかまいなしだ。それともこれが、さっきの、「ルナはあなたに気がない」のリベンジだろうか。

 ……そうじゃなかった。このときのアズラエルは、わりと真剣に、ミシェルが「最低野郎」だってことを知らせてくれていた。

 あんな男と、つきあうなって。


「三日でサイテーだって分かったんならよかったじゃねえか。別れちまえ」

「――そ、そんな――カンタンに」


 あたしは思わず言っていた。ここにルナがいたなら、「リサはよくカンタンに別れすぎだと思いますけども」と平たい目で見られていたに違いない。

 そう、あたしは、いままでよく「カンタンに」別れていた。

 でも、ミシェルとはそんなカンタンに別れる気はなかった――のが、自分でも驚きだったけど。

 だって、一度は運命の相手だと思った相手だったし……。


「アズラエルはミシェルのともだちでしょ? よくそんなふうに悪く言えるわね」

「ともだち?」

 アズラエルは苦笑いした。

「アイツは、俺の雇い主だよ」

「雇い主?」

「カネはまだもらってねえから、雇い主でもねえかもな。ラガーに行けばいるから、いつのまにか一緒に飲んでたヤツ」

 あたしは言葉を失っていた。

「アズラエルが紹介したんじゃない!」

「……まぁ、そうだな。だが、つきあうつきあわないは、おまえの自由だろ」

 あたしは、また言葉が出なくなった。

「クスリもやってないし、酒グセもひどくないし、たぶん、金持ちだ。性格もそれほど悪くない――だが」

 アズラエルも、そのあとの言葉を消した。

「いろいろと背景(バック)が面倒そうなヤツだぞ。迷ってるなら別れろ」


 あれは、アズラエルの、最上級の優しさだった。

 だいぶあとになってから、分かるんだけど。

 彼はそう言って、席を立った。ここは一律、一杯五百デルで、お酒と引き換えにワンコインを渡すだけ。会計は済んでいる。


「ちなみに、俺もやめておけ」


 おまえなら、すぐに次の男が見つかるさ、と軽い調子で言って、アズラエルは帰った。

 あたしは、カクテルを飲み干して、うつむいた。フラレたのが初めてってわけでもないし、べつに落ち込んだわけじゃない。

 理由は、美人が台無しになるほど、怒りに震えていたから。こんな不細工な顔、世間に見せるわけにはいかない。


 怒ってるって何に?

 アズラエルに怒っているんじゃなくて、自分自身に。

 一番のハズレを引いた、自分自身に!


 三日前の飲み会で、ついにみんなは運命の相手と出会った。

 キラも、ミシェルも。

 ――ルナはといえば、最上級の男をゲットした。すくなくとも、あたしはそう思っている。


 まさか。

 まさかあたしが、一番のハズレを引くなんて。


「――今までフッてきた男たちの呪いかな」





 けっこうなむかし――幼稚園児だったころの「夢」を、あたしは覚えている。

 夢って、眠っているときに見る夢じゃなくて、将来の夢ってやつね。


 あたしは、世界の果てを見たいと思っていた。


 物心つかないうちから、そんな夢を持っていたって――我ながらヘンだと思うけど、だれにも言わなかったからバカにされることもなかったし。あたしはいつのまにか忘れたり、思い出したり、考えてみたり、そんなのは無理だわなんて思ったりしながら、たいせつに温め続けてきたのだと思う。


 その夢は、すっかり忘れ果てたと思っていたけど、結局捨てきれていなかったんだわ。


 あたしは恵まれた子だったと思う。

 うちはL77でも――田舎町のローズ・タウンでも、それなりに裕福な家だった。パパは地元の大企業の重役だし、ママは専業主婦で、実家はそれほど太くないけど、多趣味で、しょっちゅうお稽古事とか、趣味の集まりとかに出かけていたし、おおらかな家庭だったと思う。


 おじいちゃんとおばあちゃんも同居していたけど、広い家で二世帯住宅。嫁姑問題もなかったし、みんな優しくて、健康で、とにかく元気だった。

 中流家庭の、恵まれた家って感じ。


 欲しいと思った服やおもちゃは、だいたいすぐ買ってもらえたし、ひとりっ子だったけど、ともだちもたくさんいたから――こうして羅列してみたら、やっぱりあたしって恵まれてるのね。


 なによりあたしは、小さなころから美人だった。

 綺麗だってことは、ただちやほやされるだけじゃなくて、たまに意地悪なヤツがつついてくるものだけど、あたしはそういうヤツを逆に泣かせるだけの口と気の強さも持っていた――よく考えれば、無敵だったと思う。


 どっちかいうとおせっかい寄りのあたしは――ただ、さびしがりだっただけなんだけど――人付き合いもよかったから、女の子たちからも嫌われることはあまりなかった。


 でも、二十歳になる今まで、ずっと無敵だったわけじゃなくって、あたしだってそれなりにやっかまれたり、仲間外れにされたり、嫌がらせだって受けたりした。セクハラにもあった。


 思えば、かなりモテたのに、ヤバいストーカーはつかなかったしね。やっぱり運がよかったんだわ、あたしは。芸能人とかモデルのスカウトの勧誘のほうが、よっぽどしつこかった。


 小学生のときから、何人と付き合って別れたか。

 恋は楽しかった。でも、あたしにとって恋は外食と似たような感じで、日常のちょっとした気分転換みたいなもので、ほんとうの恋をしていたかと聞かれると疑問が残る。

 ほんとうに好きな人はいなかったかもしれない。

 

 でも、世界の果てを見たいと思っていたのはほんとうだったの。

 そんなことを考え出したキッカケは、地球行き宇宙船の話を聞いたから。


 そう――ほとんど忘れているんだけど、幼稚園のとき、親せきに、地球行き宇宙船に乗った人がいたのよ! 

 その家族がお土産を持ってうちに遊びに来て、話をしていったってわけ。


 まぁ、地球になんて行くわけなくて、目的地はリリザだったんだけどね。リリザまでの無料チケットを手に入れた感じの表現だったわ――だって、L77からリリザに行くのって、ものすごく日にちもお金もかかるの。


 L77で暮らす一般家庭のひとがリリザに遊びに行くとしたら、宝くじでも当たるか、L5系に裕福な親戚がいて、連れて行ってくれましたくらいの奇跡がないと無理かもしれない。

 だいぶ裕福寄りのうちだって、リリザは憧れだったもの。


 休みだってそんなに取れないだろうし、第一お金がね。旅費だってずいぶんかかる。

 だから、リリザまでの無料チケットと、遊ぶお金がもらえたと思っても、無理もないことなの。


 ようするに、地球行き宇宙船に乗ったって事実より、リリザがステキだったって話しかしなかったわけ。


 あたしが覚えていたのは、いとこがポツリと漏らしたひとこと。


「地球まで、行ってみたかったなあ……」

 あたしより年上だったそのいとこは、残念そうに言っていた。

「きっと、地球って、世界の果てなのよ」


 小学生になって、あたしたち人類は、地球からL系惑星群に移動してきたのだということを知ってから、地球は「世界の果て」じゃなくなった。

 でもあたしは、いとことこっそり話した、あの日のことを思い出す。


「地球に、行ってみたいね」


 あたしは、地球行き宇宙船のチケットが当たったとき、そのいとこのことを思い出しもしなかった。きっと中学生のころにチケットが来ていたら、いとこを誘ったかもしれない。でも、成人してからは、彼女とは疎遠になっていた。


 そして、夢と希望に胸ふくらませて乗った宇宙船では。

 運命の相手どころか、今までで一番最低なオトコに振り回される未来が待っていた――なんて。




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