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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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330話 イアリアスの観戦盤 2


「失礼いたします!」

 毅然としたよく通る声は、バンビも聞いたことがある気がする。

「地球行き宇宙船、メルーヴァ対策本部、メリッサ・J・アレクサンドロワと申します」

「これは、メリッサさん……!」


 ザボンとインダが歓迎の意を見せて、駆け寄った。

 メリッサは、ふたりの人物を連れていた。恰好だけは、バンビと変わらない旅行者に見えるのだが――。


「こちらは、先ほどレストランでお会いして。“目的”がご一緒だったものですから、ここまでご案内させていただきました。L20メルーヴァ討伐作戦本部総司令官、フライヤさま――あら、アントニオさま」


 カーテンの奥から出てきたアントニオを見て、メリッサは目を丸くした。ちょうど、インダとザボンと、彼女が名刺交換を終えたところだった。

 バンビも彼女のことは、バーベキューのとき、見たことがある。しかし、彼女が連れている私服姿の男女は、見たことがなかった。


(L――20? さっき、なんて言った?)


「こちら、L20メルーヴァ討伐作戦本部総司令官、フライヤ・G・メルフェスカ大佐。護衛のスターク・A・ベッカー中尉です」

「よろしくお願いします」

「ドモ! よろしく!」


 フライヤとスタークは、ザボンたちだけでなく、アントニオのほう――すなわち、バンビのほうに向かっても、挨拶した。


「え、L20の軍の方――!?」


 バンビは仰天して、腰を抜かしかけた。

 しかもたしか、総司令官、とか言わなかったか?


「はい。こっそりと」


 フライヤは苦笑し、口の前に人差し指を立てて見せた。アントニオがもう一つ爆弾を投下した。


「スタークさんは、アズラエルの弟さんだ」

「え!?」

「あれ? 兄貴のこと知ってる?」


 アントニオの紹介に、バンビは二度驚き、それから、三度目の驚愕を味わった。


「こちら、アレクサンドル・K・フューリッチ博士こと、今はバンビって名前。それから――」

 アントニオはウィンクした。

「“布被りのペガサス”は、フライヤさんだ。バンビ」

「!?」


 フライヤは、首を傾げるだけだったが、バンビは驚きのあまり、観戦盤を落としそうになった。

 まさか、観戦盤を渡さなくてはいけない相手が、自分から来てくれるなんて。


「ちょうどよかった。俺も、お会いしたいと思っていたんです。話さなければならないことが、あまりにも多くある」


 アントニオが、フライヤに向かって言った言葉に対して、ふたりは息を呑み、それから、それぞれ違う態度を見せた。


「わたしも、――聞きたいことが、知りたいことが、たくさんあります」


 フライヤはそう言って、カーテンが開け放たれたために、だれにも見えるようになった対局盤を見つめた。


「こりゃ、なんだ……」スタークも呆気に取られているようだった。


 ザボンも、胸に手を当てて言った。ここにつまったあらゆるものを、吐き出したい顔をしていた。

 疑問も、この半年間起こった、なにもかもを。


「私も、お話しておかなければならないこともあるし、聞いておきたいこともある。フライヤさんのほうから尋ねてくださったことは、僥倖(ぎょうこう)でした」

 インダはすでに、お茶の用意を始めていた。

「それから、バンビさんにもお伺いしたい。どんな旅だったか。その羅針盤をどこで見つけて、どうして、ここまで来てくださったのか――ああ!」

 ザボンは一回、髪をくしゃくしゃにかき混ぜて、おかしな顔をした。苦笑と困惑がないまぜになった――。

「どこから、なにがどうつながっているのか――それから、スペツヘムさんの最期も聞いておかなければ」


「スペツヘムさんは生きています」

 バンビは言った。ザボンの目が驚きに見開かれた。

「生きてるんです。レイーダさんも――ちょっと、ふつうじゃ信じられないことが、その、起きて」


 インダもうなずいた。彼も証人だ。あと二日後くらいには、ペリドットから「生き返った」という連絡が入るかもしれない。

 それを疑っていないことが、バンビには不思議だった。


「あ、みなさん、どうぞお席に。――奇しくも、この話を、“女王の部屋”ですることになるとは」

「運命かもしれませんね」


 ザボンの言葉に、メリッサは微笑んだ。

 不思議と、笑みが広がった。皆の顔に。


 女王の部屋のベランダにあった、三千年前から変わらない丸テーブルと椅子に、皆は座った。

 かつて女王も、ここで、星の行く末を算段していたかもしれない。


 ここに、クルクスの市長ザボンと副市長インダ、そして地球行き宇宙船のアントニオとメリッサ、バンビ。L20のフライヤ、スタークがそろった。


「あの――これを」


 バンビは、「イアリアスの観戦盤」をフライヤに差し出した。


「これを、あなたに」


 バンビにしては人見知りせず、物おじせずはっきりとそう言って、フライヤに渡した。

 フライヤは戸惑った顔をしたが、すぐにL20の総司令官の顔になり、受け取った。


「――お預かりします」





 ――季節はいつのまにか7月も半ばになり。

 地球行き宇宙船では、いよいよ日差しも高くなる一方だった。


 アブラゼミの大合唱はけたたましくなるばかり。ハンシックのあたりも小さな森があるのでそれなりに声が聞こえたが、ここ、真砂名神社の界隈は、セミ以外の声が聞こえないくらいだった。


「バンビ!!」

「ルナ」


 日傘をさしたルナが、境内で待っていた。バンビは手を振り、日除け機能も付いているレインガードで自分の身を灼熱から守りながら、汗だくで真砂名神社の階段を上がった。


「……やっと来れた」


 バンビはつぶやき、汗を拭きながら手水場に行って、それから拝殿に向かい、ルナとともにお参りをした。


 参拝を済ませたあと、おみくじやお守りが置いてある授与所に、氷水で冷やされたラムネが売っていたので、一本ずつ買い、木陰のベンチでひと休みした。


「驚いた。ここ、けっこう涼しい」

 エアコンもないのに、木陰に来ると、すっと汗が引く心地がした。

「やっと来れたわ。ホントはすぐ来たかったんだけど」

「しかたないよ。バンビはずっと旅の記録をまとめてたし」

 ルナは笑って、バンビの分のラムネのビー玉を奥に押して、飲めるようにしてあげた。

「その際は、お世話になりました。今も」

「いーえいーえ」


 旅の記録をまとめていた三日間、ルナたちの屋敷に缶詰めになって、衣食住まで世話になってしまったバンビだった。


「あ、それから――ちょっと聞きたいことがあったんだけど」

「なに?」

「九庵さんの新しい連絡先って、知ってる?」


 バンビが気絶している間に、九庵はL05に向かって旅立った。せめてお礼くらい言いたかったのに。 

 九庵が使っていた携帯電話は、連絡がつかなくなっていた。「この電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため……」の音声が流れるのみだ。


「あたしも、たぶんアズも、九庵さんの新しい連絡先は知らないの」

 ルナは眉をへの字にした。

「え? だって、ボディガードだったんじゃあ……」

 バンビは驚いたが、ルナは首を振った。

「うん。ボディガードはボディガードだったけど、いつでも会える人じゃなかったから……。ううん、なんていうかね、必要としたときにしか、会えなかったとゆうか」


 ルナも困り顔で――説明する言葉を探しているようだったので、バンビはあきらめて、ベンチの背もたれに背中を預けた。


「なんだかややこしい事情がありそうね。わかったわ」

「――きっと、九庵さんは無事でいてくれるよ」

 ルナは言った。

「階段を、上がることができたし」

「そうね……」


 それからしばらくふたりは、ラムネを飲みながら、景色を眺めた。


 あの冒険について話すことは、もうほとんどなかった。

 アストロスと、ZOOカードの世界での、長い長い冒険が終わったあと、ハンシックのメンバーも招いて、報告会が開かれた。


 一回目は遊園地内のリンゴの建物で。

 二回目は、タツキのお店のシャンパオ。

 三回目は、ルナたちの屋敷で。


 三日もかかった。

 話は到底、ハンシックの営業後と役員たちの終業後、――夜の一、二時間で終わる話ではなかったのだ。


 報告会が終わったあと、まとめる作業に入った。クラウドとエーリヒとバンビ、そしてピエト(!)が中心になってがんばってくれたわけだが。


 そのあとも、屋敷には、大きくて小さな報告が立て続いた。


 ペリドットが、スペツヘム親子の“よみがえり”を見届けたこと。

 フライヤたちL20の軍が、スペツヘム親子の葬儀に参列し、――いよいよ、アストロスに上陸したこと。


 メリッサがL20の軍との連絡係に。

 アントニオが、アストロスのザボン市長との連絡係になった。


 メルーヴァはあれきり――今年の一月にエタカ・リーナ山岳のふもとに現れたきり、目撃情報はない。

 ジャマル島にも一度現れたという話だが、島の住民も行き先は知らない。それは、スペツヘム親子の遺体とともに、ジャマル島に向かったボリスからの連絡だった。

 上陸したL20の軍も調査を始めたようだが、いまだに見つかった報告はない。


 バンビの冒険は、ひとまず終わった。

 一度宇宙船に帰ってきた。地球行き宇宙船のアストロス寄港が近くなったら、あらためてジャマル島に旅立つことになる。


「あたし、他の仕事が多くて、ハンシックをクビになりそうだわ。あたしよりソルテのほうが役に立つし、デイジーも運転できるようにしちゃったし、ヒューマノイドのマシフとデイジーも、畑仕事ができるようにしちゃったの」


「すごい!!!??」


 ルナの素直なウサ耳はビビビーン! と伸びたが、バンビは自分に呆れたような顔をしているだけだった。


「これは、前からすこしずつ進めてたことなんだけど、この際だから一気にね。やっちゃったわ」


 バンビは、ジャマル島で出会ったヨドと双子のようだったヒューマノイド、フドのことを思い出していた。

 しかし、口にはしなかった。ぜんぜん別のことを話した。


「ホントは、電子腺除去装置の最小化を目指したいんだけど……自分がいなくなる間にと思って、みんなの改造を優先したはいいけど、あたしより役に立つって……」

「でもシュンさんとか喜んだでしょ?」

「うん。ありがたがってはくれたけど、『こんなことしてていいのか?』って聞かれるとさ、ちょっとね……」

「そ、そうだね……」

 ルナは励ます言葉が見つからなかった。


 ラムネを飲み終わったあと、ふたりで、旅が始まったキッカケになった絵を見に行った。

 絵は静かなままだった。外のセミがうるさいくらいのもので、ふたたびなにか文字が浮かんだり、消えたりすることはなかった。


「じゃ、またお店でね」

「うん」


 たわいもない話をして別れた。

 バンビは、ほんとうは、九庵の連絡先以外にも、聞きたいことは山ほどあったのだ。

 ルナたちは、アストロスに着いたらどうするのだろう。いっしょにジャマル島に来ないか、とか。それらしい話は、報告会ではしなかったし。

 ルナたちはルナたちで、なすべきことがあるのだろう。


 なにより。

 今さらと言われるかもしれないのだが。

 当事者であるルナは、不安はないのか。


 メルーヴァが――いや。

 メルーヴァを依り代としたラグ・ヴァダの武神が、ルナを奪いに来るかもしれないのである。


 それをあえて聞いたところで、いたずらに不安を煽るだけだろうか。

 でも、きっと、自分が本当にバンヴィだというなら。

 アストロスをつくったバンヴィなら。

 自分がジャマル島にいることで、恐ろしいシャトランジが広がることすら止められるのなら。

 アストロスにいる間だけでも、ルナを守れないだろうか。

 長い旅路の中で、ふと、そんなことを考えたこともあった。


 でも、今日、ルナの顔を見たら、ぐるぐる考えていたことも、みんな吹っ飛んでしまったのだ。


 ルナはルナで、いつものルナだった。

 ルナの笑顔には、不安も恐怖も、微塵もなかった。

 だったら、それでいいのかな、となんとなく思えるから不思議だ。

 ルナは、不思議だ。


 ムーガ・ファファンの遺跡で、どこか懐かしい顔の神々とティーパーティーをしたとき。

 オリオロは言った。『願いはもう聞いた』と。

 あのとき、あそこにいた皆が、何を願ったかは知らない。


 バンビはふと気づくと願っていた。

「どうか、皆を守って」と。

 アストロスで戦う皆を――。

 アストロスの、民を。

 この星を。


 オリオロは、聞き届けてくれたのだ。

 だから、きっと守られる。

 ルナも、仲間たちも、アストロスの民も。きっとL20のひとたちも。


 ――アストロス到着まで、およそ三ヶ月。

 

 バンビは、あまりに青一色の空を見上げた。

 あの空に、アストロスの姿が映るようになるのは、いつごろからだろうか。

 バンヴィがつくったあの星が。





 ――そして、羅針盤は航路を示した。

 約束(ギ・ティス・)の地(エパンゲリアス)へ――。

 バンヴィの手のひらには、真っ青にきらめく星がある。


(マ・アース・ジャ・ハーナの神話 /バンヴィの旅立ち)





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