329話 サルマバーンディアナ城 2
ナミ大陸の首都オルボブに降り立ったフライヤは、すぐ防衛部隊本部に向かうと思いきや――スタークの予想を外れて、オルボブ県内の要人用ホテルに向かった。
そこにいたのは、L03の王宮護衛官、モハ、ヒュピテム、ダスカだった。
「なんでここにいんの!?」
スタークも知らない顔ではない。フライヤと一緒に何度も会っている。L20の軍に、メルーヴァ対策の相談役として、L03から遣わされているのが彼らだった。
「ご無沙汰しております」
ヒュピテムが代表してあいさつした。
フライヤは分かっているようだが、スタークはいまいち、王宮護衛官の身分制度に慣れない。
この中で、一番身分が高いのは、王宮護衛官の代表で、上級貴族でもあるモハ。
次点が、王宮護衛官歴が長いヒュピテムなのだが、彼は下級貴族出身で、若いダスカが上級貴族なため、L03の身分では、ダスカのほうが上になる。けれど、ヒュピテムは次期サルーディーバの血縁であり、また、王宮護衛官として先輩なので、ダスカはヒュピテムに敬意を払っている。
しかし、こういう場で、一番下の扱いをされるのはヒュピテムなのだ。
スタークは納得いかないし、いつも頭が混乱して訳が分からなくなる。
「モハさまたちは、いつごろお着きになられましたか」
スタークの混乱もよそに、フライヤは親しげに声をかけた。
「ほとんど変わりませんよ。一週間前であったかな」
「そうでしたか……あっ、ごめんなさい、スターク中尉。言うヒマがなかったの……っていうか、その、」
「だろうね。だいたいわかる。まぁたマクハランの妨害にあってたろ」
フライヤは、苦笑いして答えなかったが、スタークの予想は九割がた当たっていた。
メルーヴァ対策の相談要員として、フライヤは、L03の王宮護衛官を今回の戦に連れて行くことを打診していた。ミラは許可した。だが、マクハランは反対した。L03に余計な嘴を突っ込ませるつもりも、時間も、必要なかった。
彼女の予定では。
しかし、妨害するのはマクハランだけとはかぎらないのである。マクハランばかりが代表格のように言われるが、傭兵であるフライヤを認めたくない将校は多い。
「ですので、別の艦で来ていただきました。アズサさまは承知してます」
「オーケー、オーケー」
スタークは両手を広げて、
「どう? ここの様子は。メルーヴァのゆくえは追えた? なんか情報ある?」
「まだ着いて一週間だ。アストロスの軍にも接触していない」
モハが苦笑いで言った。ずいぶん呑気だ。
「そう。じゃ、アストロスの総司令官どのが死んだって、ホントなの」
スタークの問いに、モハは真顔になってうなずいた。
「それは本当のようだ」
すでに星葬の用意が着々と進んでいる、と彼はつづけた。スタークは声を低めた。
「陰謀、とかではないわけ?」
王宮護衛官たちは顔を見合わせた。
「陰謀――というよりかは、英雄扱いですな」
まだ、立ったまま話をしていた。モハは、フライヤとスタークをソファに招きながら、言った。
「英雄?」
「スペツヘム総司令官殿と、そのご子息は、シャトランジというものの封印をするために、命を投げ出して任に当たったそうなのです」
「シャトランジ?」
モハたちが、ためらいもせず、こんなことをフライヤたちに話してくれるようになるまでは、だいぶ時間がかかった。初期のころは、不可思議な話を聞くたび、困惑した顔を見せていたスタークだったが、最近ようやく慣れてきた。
フライヤは決して、L03の王宮護衛官たちのいうことを眉唾には聞かなかったし、馬鹿にもしなかった。
それにしても、このアストロスも、どこかL03と似ている気がする。
「その、シャトランジというものは、ただの駒取りゲームではありません。おそらくは、かつて、L03のサルディオーネが生み出したものです」
モハの言葉に、スタークは仰天した。
「なんだって?」
「すべての戦を支配する占術――それが、このアストロスにつくられた、と。L03の伝承にもあります。それには、王宮護衛官も関わっていた」
フライヤもスタークも息を呑んだ。とんでもない話が出てきた。
「それは……」
スタークが聞く。
「え? マジで? なんで? なんで王宮護衛官が?」
「もともとは、サルディオーネがつくったものだそうです。王宮護衛官も体験するため、ともに来たのでしょう。伝承は、“生き残り”が記した話です。恐ろしく危険な占術であることは聞いています。本来ならば、“起動”してはならないものだと」
フライヤは真剣な顔でうなずいた。
「それを、スペツヘムさんは、戦争が起こるかもしれない直前のこの時期に、封印したと、そういうことですね?」
「おそらく」
モハも、重々しくうなずいた。
「今日はお二人だけですか?」
ふと、ヒュピテムが聞いた。
「ええ」
「アストロス軍の総司令官殿の葬儀には?」
「もちろん、参列させていただきます。でも、まだ少し先みたいで……」
考える顔をしていたフライヤは顔を上げた。
「今日はこのまま、古代都市クルクスに行ってみようと」
L20の軍が正式に上陸するころ合いになったら迎えに来ると言い置いて、フライヤは、スタークとともにクルクスへ向かった。
飛行機でクルクスに近い空港へ。SNSで話題になっていた、武神の目も見てみるつもりだった。
「ここだけの話ってやつだけど」
スタークは飛行機の中で、空港で買ったハンバーガーにかぶりつきながら、小さな声で言った。周りはアストロス語ばかりなので、L系惑星群の共通語で話していても分からないだろうが。
「このタイミングで、スペツヘムさんの葬儀が行われるってのは、助かったとこもあるよな……」
「そう……それは、とてもいえないことだけど……ホントにそう」
フライヤも肩を落として、ホットドッグの包みを開いた。
おかげさまで、あのマクハランの行動を止めることができた――それはまさしくきっと、L20だけでなく、アストロスにとっても僥倖だ。
マクハランの威勢といったらなかったので、アストロスに着くなり、霊峰であるエタカ・リーナ山岳を吹っ飛ばしていたかもしれない。これは大げさな話ではなく、本当にその可能性があった――そんなことにでもなったら、L20は大いなる破壊者として、アストロスの歴史に刻まれてしまうことになる。
そのマクハランの横暴を止めたのは、ほかならぬスペツヘム親子の死と、葬儀だった。
L20の由緒正しい名家の出であるマクハランは、そういった礼儀には厳しい。ひとつきは喪に服するだろうと勝手に決めて――アストロスの伝統は知らないが。
憤然として、それでも、引き下がった。
L20の将校のだれもが、ほっとしていたところだ。
「マジやべえよマクハラン。最近じゃ、アズサ中将のいうことも聞かねえ時があるし」
「……」
「とにかく、クルクスに行って、その――ザボンって人に会って、近況と、メルーヴァの捜索がどうなってるか、一番フレッシュな情報をゲットしねえとな――ポテトもらいっ!」
「あっ! あたしのポテト!!」
フライヤのポテトを奪ったスタークの満足げな顔と言ったらなかったが、フライヤはすこし緊張が解けてほっとした。スタークの明るさは、いつも救いになる。ほんとうに、彼がいてよかった。
私服姿のフライヤとスタークは、見かけだけなら友人同士の旅行に見えるだろうか。
L20の命運を背負った旅だということは、当の本人たちにも自覚はなかった。
スペツヘムという司令塔を失ったアストロス防衛部隊は、大混乱、とまではいかないが、落ち着きがなくなっているのはたしかだった。
スペツヘム親子の死は、ひどく惜しまれている。
軍にも、民衆にも。
もともと、アストロスを守っている兄弟の武神――今、目が光っているという――の子孫らしく、一族そのものが、アストロスで大切にされてきた一族だった。さらに、スペツヘム本人も有能な司令官で、その跡取りたる息子レイーダも、将来を嘱望される人物だったので、残された者の悲憤と言ったらない。
それは、葬儀のことや今後のことなど、わずかではあるが、引継ぎの人物と話し合ったときに、フライヤが感じたことだった。
彼らは、親子の死を悼むだけ悼んでいた。
そのスペツヘムに、生前、「古代都市クルクスでお会いしましょう」と言われていたフライヤだ。その言葉を忘れてはいなかった。
すでにスペツヘムは死したが、おそらくクルクスにはなにかあるのだろう。
古代都市クルクス。
――アストロスの王の地。三千年前の戦いが繰り広げられた舞台。
フライヤは、ドキドキする胸を鎮めようと、一度深く深呼吸した。




