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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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329話 サルマバーンディアナ城 1


 かくして、船は完成した。


 母親は心配するあまり、幼子の旅がなにもかもうまくいくように、成功を祈った。それが成功の神ケムタックとなった。

 父親は口には出さぬとも、だれより子の幸せを希った。その密やかな願いを受け取るための神が現れた。オリオロである。


 最後に、神々はバンヴィの旅が夢と希望に満ちたものになることを願い、コルーナを生み出された。コルーナは、幼子の旅を記録して、父母に届けた。それゆえ、物語の神と呼ばれるようになった。


 キヴォトスは、十九の宝物を持って旅立った。


 神々の願いによって、幼子の旅は、なにごとにも事欠かぬ、豊かで、楽しく、それはすばらしい旅となった。

 

 (マ・アース・ジャ・ハーナの神話 /バンヴィの旅立ち)





「へぁ!?」

 バンビは飛び起きた。


「気が付かれましたか」

 運転席から、気遣う声が聞こえた。


「え? あ、あれ? あたし――」

「……気絶されたんですよ。無理もない」


 ご遺体を見てしまったショックで、気絶してしまっていたのか。バンビは遺体を見慣れていないわけではないが、あの「なんかぜんぶうまくいきそうな気がする~!」感じの楽しい宴会からいきなり現実に戻って、一緒に遺跡に入った仲間が死んでいれば、さすがにショックは受ける。


「ご迷惑を……おかけしました……」


 バンビはうなだれてそう言った。ここ最近、なんとか工夫して、気絶は免れていたのに。


「お気になさらず」


 助手席にいた――古代都市クルクスの副市長、インダ・K・メヌエフは、いたわるような笑みを返した。


 ここはジープの後部座席だ。

 運転席に、運転手の軍人。助手席に、インダ。

 後部座席に自分が――ひとり。

 ひとり足りない。


「九庵さんは?」

「ご同行されてた方ですか? あの、金髪の」

 インダは確認したあと、

「その方とは、遺跡でお別れしました」


「えっ!?」


「どうやら、L系惑星群までもどらなくてならないようで。そろそろ期限だと仰られて……バンビさんにお別れを告げられないのは心苦しいですが、起きていたら起きていたで、別れがたくなるからここで、と」


 バンビは息を呑んだ。

 そのことをすっかり忘れていたが、九庵も、ラグ・ヴァダの武神との戦いのために、L05に戻らなくてはならないのだった。


「そ、そうでしたか……」

「あっ、お引止めしたほうがよろしかったですか!?」


 バンビがあんまり沈んだ顔をするので、インダは慌てて聞いた。


「あ、いいえ。もともと、その話は最初からあったんです。L05にもどらなきゃならないのに、わたしが無理を言って、今回の旅に付き合ってもらったので」


 ちゃんとお礼を言って、別れたかったのに。

 バンビはそう思ったが、言わなかった。インダが気にしそうだったので。

 九庵とは、またきっといつか会える。そんな気がする。

 そう思って、気持ちを切り替えることにした。


 窓の外を見れば砂漠だ。バックドアからは、バイクでついてきているオリーヴたちが見える。


「カダックさんとボリスさん、ベックさんは、スペツヘム様たちのご遺体とともに、ジャマル島へ。ついてきてくださっているのは、オリーヴさんとアマンダさん、デビッドさんです。われわれは、古代都市クルクスに向かっています」

「そう……」


 ふと気づいて、あわててバックパックを探ると、羅針盤は入っていた。扉に置いてきたか、スペツヘムに預けっぱなしにしてきたかと思って焦ったが。

 羅針盤から光が漏れて、まっすぐクルクスのほうを指している。


「おお……! それが、バンヴィの羅針盤ですね!」


 インダが感激して言った。


「うん……」


 羅針盤に導かれて歩んだ旅も、もうすぐ終わりかもしれない。

 バンビは九庵の旅路の無事を願って、羅針盤をバックパックにしまった。





 バンビが砂漠をジープとシャインで縦断し、ルナたちがムーガ・ファファンの遺跡を出て、長旅を終え、帰路についたころ。

 古代都市クルクスは、ひとりの客を迎えていた。


「たしかに、こりゃたいそうな音だ……」


 クルクスの王城、サルマバーンディアナ城。

 アントニオは、回廊を進むごとに大きくなるごう音に、耳をふさぎながら歩いていた。


「ひどくなるばかりなんです」


 声も張り上げないと聞こえない――ザボンは、アントニオの耳近くで、ほぼ叫ぶようにして言った。


 ザボン・アストロス・MAJH・サルーディーバ。

 古代都市クルクスの市長であり、この城の管理責任者であり、アストロス古代の女王、サルーディーバの子孫である。

 そして、スペツヘム親子の親戚であり、インダを彼らに遣わした張本人だ。


 広すぎる城内の、奥まった場所にある女王の部屋。もはや、耳栓なしでは来られない場所になっていた。途中から、彼らの間で交わされるのはほとんどコンピュータ越しの筆談だった。


『ここが、女王の部屋ですか』

『はい』


 ここまで来ると、音害ではすまない。まさしく、城全体が揺れるような――黙って立っていても全身が小刻みに揺らされているような振動がすさまじい。これでは、体調を崩す者も出てくるだろう。


『扉の開け方が、どうしてもわからなくて。文献も調べてみたんですがね。工事の許可はまだ出ませんし』


 アストロスは、三千年前の戦いが行われる準備に合わせて、星外への退避が始まっている。それどころでないというのが主な原因だろう。

 アントニオはすさまじい振動に苦笑いしながら、


『もうすぐ、この扉を開ける鍵を持った人が到着します。それまで待ちましょう』


 ノート型端末にアントニオが話した言葉が映る。ザボンはそれを見て驚き顔をし、次にはほっとした顔を見せた。


『では、もどってお茶でも』

『ありがとう』





 さて。

 アストロス到着したL20の軍では、大きな動揺が広がっていた――。


 そう、アストロス到着のほとんど一日前。とんでもない情報がもたらされたのである。


 アストロス太陽系防衛部隊総司令官が、亡くなった。


 数ヶ月前、通信越しに会っただけの男だが――L20の軍と交渉に当たっていた、アストロス軍の総司令官スペツヘムが、死んだというのである。


 その事実により、L20の軍は、アストロスに上陸するのを数日遅らせることになった。


陰謀(いんぼう)だ!」というマクハラン将軍もあれば、「病だったのでは」というサスペンサー大佐の言葉もあり、とにかく軍議は紛糾(ふんきゅう)した。


 そもそもが、あまりよく思われていないL20の軍の来訪。もしかしたらスペツヘム将軍は、L20を招きいれようとして、ひそかに消されたのではないか、という憶測(おくそく)が軍内に流れた。


「すべては憶測にすぎん」


 フライヤではなく、アズサ中将の言葉が、混乱する場を鎮めた。

 新しく総司令官の立場になった者は、引継ぎでてんてこまいしていて、まだL20の軍に連絡を寄こさない。


「わたし、行ってみます」


 そんな中――フライヤは、ひとり上陸して、アストロスの様子を見てくると言い出した。その言葉に、不思議と、だれからの反対も上がらなかった。

 フライヤの言葉には九割九分反対するマクハラン少将でさえ、なにもいわなかった。


 アストロスの許可もないのに、軍勢がアストロスへ降りるのもはばかられるし、かといって情報は欲しい。


 なにせ、大部分は陰謀を感じていたし――あれほどL20の来訪を拒んでいたアストロスで、来訪を受け入れた総司令官が亡くなったのである。混乱のせいもあろうが、まだ死因がL20側に告げられていないことも、不穏を(あお)った。


 フライヤが行くというのに、ほとんどが反対しなかった理由は、フライヤが「もと傭兵」だったからである。そういう仕事――情報収集は、傭兵がやること。


 軍の認識はそうであったし、ほとんどの将校が、フライヤをトップと認めていず、彼女はお飾りであり、軍のほんとうのトップは、アズサ中将かマクハラン少将だと思っているからだった。


 じつは、部隊の半数は、フライヤがひとりで(もちろんまったくのひとりではないが)上陸してくれることを幸いに思っていた。なにかあってもあとを任せられる者は残っている。どうせなら、ちゃんとアズサ中将やマクハラン少将に指揮してもらいたい。


 そう思っている者が多かったせいだ。マクハランももちろんそう思っていた。どうせなら、陰謀に巻き込まれて帰ってこなければいいとさえ思っていたのだった。


 もちろん、フライヤを案ずる者もいる。

 サスペンサー大佐もサンディ中佐も忠告したが、フライヤの主張はめずらしかったし、意志も固く、スタークが供をするというので、それ以上は反対しなかった。


 バスコーレンはしつこく反対したが、なんとそれをアズサが収めた。

「用心するように」――とだけ、彼女は言った。


 しかし、アズサは、そう悲観的ではないようだった。アストロスはもとより平和が過ぎる星であるし、まもなく地球行き宇宙船も到着する。いくらなんでも、L20の総司令官を危険な目にあわせることはないだろうという考えだ。


 それに、ものものしく軍勢で降りるより、フライヤひとりで向かった方が、うまくいくこともあるかもしれない。


「わたしは、スターク中尉とふたりだけで降ります」


 様子を見てくるだけだと――民間人の恰好をして降りるのだと告げられたバスコーレンは、自分の麾下(きか)の小隊をつけようとしていたが、引き下がった。


 そして、フライヤは、スタークとともにアストロスに降り立った。




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