表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
806/965

328話 兄弟神の末裔と、最後の封印 Ⅲ 3


 ――気づいたときは、全員、元の場所に戻っていた。


 すなわち、地球行き宇宙船サイドから来た者は、ZOOカードの世界のムーガ・ファファンの遺跡まえに。


 バンビたちは、アストロスの、ムーガ・ファファンの遺跡の入り口に。


「ちこたん!!!!!」


 絶叫しながら現れたルナは、泣いていた。


「ルナ、ピエト!!」

「ルシヤさん!」

「ミシェル!!」


 一番最後に戻ってきたのはルナたちだ。ペリドットやアズラエルたちは、もう少し早く戻ってきていた。

 

「ちこたん……」


 ルナだけではない。ピエトとミシェルも泣いていたので、なにかあっただろうことは、一発で分かった。

 ――ちこたんが、いない。

 一緒に来たメンバーの中で、ちこたんだけがいなくなっていた。


「いったい、なにがあったんだ」


 クラウドが真っ先に聞いた――ミシェルに。ミシェルも静かに涙を流していた。


「ちこたんが……消えちゃったの」

「消えた?」

「ルナに、ひっぐ、まだ、会いだいっでいっで……ぎえだ……」


 吠えるように泣くピエトのそばで、ルシヤも顔をしわくちゃにして、泣くのをこらえていた。

 なんとなく察したアズラエルが、三人の頭を撫でてやった。


「アイツ、このところ、バッテリーの減りが早かったんだ」


 ルナは、それを言われてやっと気づいた。

 最近は、掃除がすんだら、すぐ充電器に入ってしまうちこたん。ステラ・ボールは、満タンに充電すれば、一週間は充電しなくてもだいじょうぶだった。だいたい、昼間目いっぱい使って、ひと晩充電、というサイクルだったのに。


「寿命が近かったんだ。だから、君たちについてきたかったのかも」

 ニックがそう言って、ルナたちを励ました。


(ちこたん……)

 ルナはハンカチで、涙をぬぐった。


 しかし、ルナたちは無事に帰ってきた。危険な目にも遭っていないようだったし、おとなたちは安心した――子どもと、ほとんど子ども同然のふたりが、別の場所に消えてしまっていたのだから。


 彼らがどこにいたかは帰り道で聞くことになるだろう。全員の身体から、甘い匂いと美味そうな匂いしかしないので、不愉快な場所にいたわけではなさそうだ。


 エーリヒは、少々疲れたため息を吐いた。


「おまえに疲労の影を見たのは、初めてだな」


 グレンが口の端を曲げて、そう言った。ルナたちを慰める人員は十分間に合っているので、離れたところから見ているだけだ。


「私だって人間だからね。とんでもないものを見せられれば驚くぐらいはするさ」

「あれは――私も、――驚いたかも」


 セルゲイも苦笑して、飲み物を探した。自販機などなくても、いつのまにか手に水の瓶が握られていたので、三人で分けることにした。


 軍事惑星出身者は、バンビが消えてからほとんどすぐ、この場所に戻ってきていた。そして、あの場で見たことの話は、すでに飽きるだけした。


 なにせ、口から鳥が飛び出す「軍事惑星群の神々」。


 L20のヒアラは、カレンそっくりの顔をしていたし、L22のオッケルトは、アーズガルド当主、ピーターの顔に瓜二つ。


 そして、夜の神であるはずのアカラーは、なんとロビンと同じ顔をしていたのだ。


 バンビが「見たことがある」と思ったのはロビンの顔だ。彼は、バーベキュー・パーティーの際に、ロビンの顔を見ている。ほかのふたりの顔は知らないが。


 アカラーの口から飛び出していたのは、「椋鳥(むくどり)」。

 それが何を示すのかは――。


「少し前までは、アカラーはおそらく、ドーソンの当主の顔をしていたかもしれないな」


 なぜ、夜の神の顔でないのかはさておくとして、エーリヒの推測は間違ってはいないだろう。口から出る鳥も、ワシだったかもしれない。

 しかし、それが、ムクドリに変わった今は。


「L18が、傭兵の星になる準備は整いつつある、ということかい?」

「そんなに簡単に、コトは進まないと思うがね……」


 どうしてあそこに、ロナウドがいなかったんだろうな。

 グレンは真っ先にそう言った。自分の一族がいなかったことではなく。

それはエーリヒにとっても、クラウドにとっても疑問だった。そのことには、だれも明快に答えられる者はいなかったし、まだ、ペリドットやアンジェリカには話していない。

 ZOOカードの使い手は、このことをどう見るのだろうか。


「おい、そろそろ戻るぞ」

 

 ペリドットに呼ばれて、三人は、岩場に腰かけていた重い腰を上げた。





 アストロスサイドは、一部パニック状態だった。

 遺跡に入っていったメンバーが、突如として入り口に現れたかと思ったら、ふたりが死んでいたからである。

 しかも、軍の総司令官が、だ――。


「え!? ちょいマジ、マジで!? どうしたの!?」


 パニックになったのはメフラー商社のメンバーとバンビだけだったが、待機組にいた運転手をしていた軍人は、涙を流しつつも、あわててはいなかった。

 彼には、最初からこの結末は分かっていたことだった。スペツヘム親子は、覚悟して、遺跡に臨んだのだ。


「この遺跡に入る者は、二度と戻ってこられないと、昔からの言い伝えなんです」

 運転手は言った。

「宝物を盗みに入った者も、いたずら目的で入った者も、帰ってきた人間はひとりもいません。あそこはセパイローが眠る世界で、死の世界といわれていますから」


「ゲーッ!! マジ!?」

 オリーヴが、腕をこすった。鳥肌のために。


「あの世ってことか?」

 ベックも同じような顔をした。軍人はつづけた。


「でも、アストロスの武神の子孫であるスペツヘム様たちは、唯一、入っても戻ることのできるお立場です。しかし、その命を持って、シャトランジの封印をなされ――ううっ」


 運転手は嗚咽した。

 彼の泣き方は静かだったが、号泣しているのはバンビだった。「こんなことになるなら、一緒に行くんじゃなかった。自分ひとりで行けばよかった」とわめきながら泣いている。九庵が必死でなだめているが、聞いていない。

 バンビの携帯電話が鳴ったが、とてもではないが出られないので、九庵が取った。


「もしもし?」

『俺だ』


 ペリドットの声に、九庵はほっとした声を出した。


「ペリドットさん、無事だったんですね、よかったです! こっちは――スペツヘムさんが、」

『ああ。分かってる。俺は一緒にいたからな。なにがあったか知ってる。――バンビはどうした?』

「バンビさんは、」


 バンビの遠吠えは、ペリドットにも十分聞こえた。


『気絶してねえだけよしとするか。九庵、俺の声がそっち側にも聞こえるようにしろ。今から説明する』


 九庵が、携帯電話から流れるペリドットの声が、皆にも聞こえるように操作すると、運転手も、オリーヴたちもそばに集まった。


『いいか。スペツヘム親子は死んだが――まだ死んでない。遺体を埋葬するなよ』


 聞こえた声に、九庵と運転手は、顔を見合わせた。


『三日以内に俺が魂をつかまえる。必ずよみがえるから、埋葬はやめろ』


「よみがえる!?」

 絶叫したのはオリーヴだ。


「スペツヘム様も、レイーダ様も――」

 運転手は思わず叫んだ。

「し、死んでいないのですか!?」


『死んだは死んだが、よみがえる。そういう手配をしてくれた“神”がいるんでな』

 

 そう――月を眺める子ウサギが、黄金のモモを二個、用意してくれた。


「どういうことです?」

『具体的に説明しているヒマはない。こっちも早くZOOカードの世界から出たいんだ。とにかく、スペツヘム親子は三日以内によみがえる。だが、死んだことにしろ。どうせ、遺跡に入る前に、死を覚悟して、今後の手配はいろいろすませてあるんだろう』

「は、はい!」

『おまえさんの名は』

「わ、私は――古代都市クルクスの副市長、インダ・K・メヌエフといいます」


「あんた軍人じゃないの!?」

 オリーヴが口をはさんだので、アマンダが「ちょっと黙りな!」と後頭部をひっぱたき、インダが苦笑いした。


「すみません、軍人ではないんです――はい、」

『なら、おまえさんはもしかして、ザボンの命を受けて同行しているのか?』

「あ、はい! 一応、なにがあったか見届ける形で――」

『そうか。なら都合がいい。このことはザボンに全部話せ。ついでに、アントニオって男がいたら、そいつにもだ。スぺツヘムたちの遺体はジャマル島に運べ。だが、葬儀は首都で、大々的にやれ。なるべく早く』


 死ぬ覚悟ができていたなら、おそらく葬儀の準備もすませてあるはず。ペリドットはそう踏んだが、この予想は当たっていた。


「はい――はい!」

『それが、とにかく“役に立つ”。それが、契約の神が新たに告げた神託だ』

「しょ、承知しました――!」

 インダの顔が引き締まった。


『そこにメフラー商社の傭兵がいるな? 龍――ええと、ジジイはいるか』

「ご指名のジジイだ。カダック・G・メフラー」


 メフラー親父が携帯のそばに来て名乗った。


『あんたか。あと、若い兄さんが二人いるな? そいつに遺体の番をさせて、なんとかジャマル島まで運べ。あとはそっちでなんとかしてくれるだろう』


「わかった」

 メフラー親父が、聞いてたな? というまえに、ボリスとベックが動いた。


「我々は戻って、閣下の葬儀を行います」


 インダが真っ赤な目をぬぐってから、立ち上がった。


「今の話、すぐには信じられねえが――生き返ったら、真っ先にあんたに連絡できるようにするよ」


 ボリスが、なんともいえない困惑した顔で、インダに言った。


「ありがとうございます。では、一旦、ここで」





 地球行き宇宙船サイドは、アンジェリカが帰路を先導した。ペリドットは、スペツヘム親子の魂を探すために、今しばらくこの世界に残る。このあとは別行動だ。


 アンジェリカが呼んだ船で航路を渡り、セパイローの庭を通って帰路についたが、ルナとピエトは、ずっと、泣きっぱなしだった。


 帰りの船で、セパイローの庭でのちこたんとの思い出が次々によみがえって、思い出してはまた泣いた。


 6月25日にセパイローの庭に入ってから、今や7月6日――11日も経っていた。


 帰路は驚くほど早かった。アンジェリカが女王の城を出たところで「ムンド」と唱えて、ZOOカードの世界を消し去ると、めのまえがリンゴの建物だったからだ。


 にぎやかな遊園地から一気に廃墟の世界へ。

 この数日間は、夢でも見ていたようだった。なんとなく身体も重く、気分も現実に戻ってこない。

 あのエーリヒでさえもだ。


「よく無事で、帰ることができたということを喜びます!」

「みんな、ずいぶんくたびれてるようだね」


 リンゴの建物には、アントニオとベッタラが待っていた。

 シュナイクルも迎えに来ていた。ルシヤが、シュナイクルの顔を見るなり「じいちゃん!」といって抱き着いて、泣き出した。だいぶホームシックだったようだ。


 ルシヤとシュナイクルを見送り、サルーディーバ、アンジェリカ、カザマ、そしてニックと別れ、シャイン・システムで家路につく。


 こちらの安否は、クラウドが定期的に屋敷のメンバーやハンシックに送っていたものの、ずいぶん心配されていた。


「おかえり!!」


 シャイン・システムの扉が開くなり、ピエトにネイシャが抱き着いた。

 みんな勢ぞろいで、待っていてくれた。


「おかえり。ずいぶんかかったね」

「オムレツつくってあるぞ」

「ホント!?」

「みんな、おなかすいてやしないかい」


 セシルが優しくそう話しかけてくれて、ルナはまた涙が出てきたのだった。

 しかし。

 待っていてくれたのは屋敷のメンバーだけでなく――思いもかけない人物の姿を見て、口を開けた。


「――ママ」

「ずいぶん長い旅行に行ってたのねっ」


 レオナがこちらを見てウィンクしている。どうやら、ルナたちは長期旅行に出ていた、ということになっていたらしい。

 ルナは慌てて携帯電話を見たが、特にメールも電話も入っていなかった。


「あれ? ちこたんは?」

 ネイシャが真っ先に聞いた。

「一緒に行ったよね?」


 ピエトとルナが一気に沈んだ顔をして、説明しようとすると――。


「やっぱり、もうバッテリーが寿命だった?」

 リンファンが言った。

「一番安いステラ・ボールなんて、五年も持てばいいほうなんだけど。ちこたんは長生きしたわねえ――十四年!」


「十四年も持ったのか?」

 アズラエルが呆れ顔で言った。


 ミシェルが、またちょっぴり目を赤くしていた。

「ちっちゃいころからいたよね」

「うん。ルナは鍵っ子だったからね。ツキヨさんもよく面倒見てくれたけど、ひとりうちに置いていくときは心配だったから。ルナが小学生になった年に買ったよね」

 懐かしむようなリンファンの言葉に、ふぎ、ふぎ、とまたウサギが顔をしわくちゃにして泣き始めると。

「思い入れがあるのは分かるけど、そう泣かないの! ――ほら」


 リンファンが示した先には――応接間のソファの上には、新品のpi=poの箱があった。ステラ・ボールだ。

 ルナは一気に泣き止んだ。


「もう何年も前から、代わりのpi=poをお届けしますーって、買った会社から連絡が来てて。まだ動くし、今年はいいわって、いつもお断りしてたんだけど、今回は受け取ったの。このあいだ来たとき、バッテリーの減りが早いなって思っていたから」

 リンファンは、とっくにちこたんの寿命に気づいていたのだ。ルナは口を開けた。

「おまぬけな顔をしないの! 同じ型番はもうないから、今度のはピンク色――」


 ルナは猛然と箱を開け始めた。中から出てきたのは、「桃」の模様がついた、中華風のデザインの、薄桃色のpi=poだった。

 電源を入れると――。


『ルナさん!!』


 Pi=poが、抱き着いてきた。長い腕を伸ばして。


『またお会いできました! ちこたんです! わたしはちこたんです!!』

「ちこたーん!!!!!」


 ルナも泣いてちこたんを抱きしめた。ピエトとミシェルも、ついでに抱き着いた。


「データがそのまま入ってるって、ホントだったのねえ」


 リンファンは呑気にそう言っていたが、アズラエルは苦笑いでごまかした。

 まぁふつうは、データが入っていたって、電源を入れてすぐ「またお会いできました!」とは言わないだろうな、と。


「だってねえ、モモは、ふたつしかもらわなかったんだよ?」


 たぶん、スペツヘムさんとレイーダさんの分。

 バーガス特製のオムレツ・ランチを食べながら、ルナは言った。

 ちこたんはさっそく新しい身体で給仕をしながら、胸を張った。


『ちこたんはちゃんと、ZOOカードの世界に行く前に、イシュメルさまの神社にお参りしていました! 元気なカラダで、ずっとルナさんのおそばにいられるように!』


 ルナは呆気にとられた。

 そういえばたしかにイシュメルは、「よみがえりの神」だったのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ