328話 兄弟神の末裔と、最後の封印 Ⅲ 3
――気づいたときは、全員、元の場所に戻っていた。
すなわち、地球行き宇宙船サイドから来た者は、ZOOカードの世界のムーガ・ファファンの遺跡まえに。
バンビたちは、アストロスの、ムーガ・ファファンの遺跡の入り口に。
「ちこたん!!!!!」
絶叫しながら現れたルナは、泣いていた。
「ルナ、ピエト!!」
「ルシヤさん!」
「ミシェル!!」
一番最後に戻ってきたのはルナたちだ。ペリドットやアズラエルたちは、もう少し早く戻ってきていた。
「ちこたん……」
ルナだけではない。ピエトとミシェルも泣いていたので、なにかあっただろうことは、一発で分かった。
――ちこたんが、いない。
一緒に来たメンバーの中で、ちこたんだけがいなくなっていた。
「いったい、なにがあったんだ」
クラウドが真っ先に聞いた――ミシェルに。ミシェルも静かに涙を流していた。
「ちこたんが……消えちゃったの」
「消えた?」
「ルナに、ひっぐ、まだ、会いだいっでいっで……ぎえだ……」
吠えるように泣くピエトのそばで、ルシヤも顔をしわくちゃにして、泣くのをこらえていた。
なんとなく察したアズラエルが、三人の頭を撫でてやった。
「アイツ、このところ、バッテリーの減りが早かったんだ」
ルナは、それを言われてやっと気づいた。
最近は、掃除がすんだら、すぐ充電器に入ってしまうちこたん。ステラ・ボールは、満タンに充電すれば、一週間は充電しなくてもだいじょうぶだった。だいたい、昼間目いっぱい使って、ひと晩充電、というサイクルだったのに。
「寿命が近かったんだ。だから、君たちについてきたかったのかも」
ニックがそう言って、ルナたちを励ました。
(ちこたん……)
ルナはハンカチで、涙をぬぐった。
しかし、ルナたちは無事に帰ってきた。危険な目にも遭っていないようだったし、おとなたちは安心した――子どもと、ほとんど子ども同然のふたりが、別の場所に消えてしまっていたのだから。
彼らがどこにいたかは帰り道で聞くことになるだろう。全員の身体から、甘い匂いと美味そうな匂いしかしないので、不愉快な場所にいたわけではなさそうだ。
エーリヒは、少々疲れたため息を吐いた。
「おまえに疲労の影を見たのは、初めてだな」
グレンが口の端を曲げて、そう言った。ルナたちを慰める人員は十分間に合っているので、離れたところから見ているだけだ。
「私だって人間だからね。とんでもないものを見せられれば驚くぐらいはするさ」
「あれは――私も、――驚いたかも」
セルゲイも苦笑して、飲み物を探した。自販機などなくても、いつのまにか手に水の瓶が握られていたので、三人で分けることにした。
軍事惑星出身者は、バンビが消えてからほとんどすぐ、この場所に戻ってきていた。そして、あの場で見たことの話は、すでに飽きるだけした。
なにせ、口から鳥が飛び出す「軍事惑星群の神々」。
L20のヒアラは、カレンそっくりの顔をしていたし、L22のオッケルトは、アーズガルド当主、ピーターの顔に瓜二つ。
そして、夜の神であるはずのアカラーは、なんとロビンと同じ顔をしていたのだ。
バンビが「見たことがある」と思ったのはロビンの顔だ。彼は、バーベキュー・パーティーの際に、ロビンの顔を見ている。ほかのふたりの顔は知らないが。
アカラーの口から飛び出していたのは、「椋鳥」。
それが何を示すのかは――。
「少し前までは、アカラーはおそらく、ドーソンの当主の顔をしていたかもしれないな」
なぜ、夜の神の顔でないのかはさておくとして、エーリヒの推測は間違ってはいないだろう。口から出る鳥も、ワシだったかもしれない。
しかし、それが、ムクドリに変わった今は。
「L18が、傭兵の星になる準備は整いつつある、ということかい?」
「そんなに簡単に、コトは進まないと思うがね……」
どうしてあそこに、ロナウドがいなかったんだろうな。
グレンは真っ先にそう言った。自分の一族がいなかったことではなく。
それはエーリヒにとっても、クラウドにとっても疑問だった。そのことには、だれも明快に答えられる者はいなかったし、まだ、ペリドットやアンジェリカには話していない。
ZOOカードの使い手は、このことをどう見るのだろうか。
「おい、そろそろ戻るぞ」
ペリドットに呼ばれて、三人は、岩場に腰かけていた重い腰を上げた。
アストロスサイドは、一部パニック状態だった。
遺跡に入っていったメンバーが、突如として入り口に現れたかと思ったら、ふたりが死んでいたからである。
しかも、軍の総司令官が、だ――。
「え!? ちょいマジ、マジで!? どうしたの!?」
パニックになったのはメフラー商社のメンバーとバンビだけだったが、待機組にいた運転手をしていた軍人は、涙を流しつつも、あわててはいなかった。
彼には、最初からこの結末は分かっていたことだった。スペツヘム親子は、覚悟して、遺跡に臨んだのだ。
「この遺跡に入る者は、二度と戻ってこられないと、昔からの言い伝えなんです」
運転手は言った。
「宝物を盗みに入った者も、いたずら目的で入った者も、帰ってきた人間はひとりもいません。あそこはセパイローが眠る世界で、死の世界といわれていますから」
「ゲーッ!! マジ!?」
オリーヴが、腕をこすった。鳥肌のために。
「あの世ってことか?」
ベックも同じような顔をした。軍人はつづけた。
「でも、アストロスの武神の子孫であるスペツヘム様たちは、唯一、入っても戻ることのできるお立場です。しかし、その命を持って、シャトランジの封印をなされ――ううっ」
運転手は嗚咽した。
彼の泣き方は静かだったが、号泣しているのはバンビだった。「こんなことになるなら、一緒に行くんじゃなかった。自分ひとりで行けばよかった」とわめきながら泣いている。九庵が必死でなだめているが、聞いていない。
バンビの携帯電話が鳴ったが、とてもではないが出られないので、九庵が取った。
「もしもし?」
『俺だ』
ペリドットの声に、九庵はほっとした声を出した。
「ペリドットさん、無事だったんですね、よかったです! こっちは――スペツヘムさんが、」
『ああ。分かってる。俺は一緒にいたからな。なにがあったか知ってる。――バンビはどうした?』
「バンビさんは、」
バンビの遠吠えは、ペリドットにも十分聞こえた。
『気絶してねえだけよしとするか。九庵、俺の声がそっち側にも聞こえるようにしろ。今から説明する』
九庵が、携帯電話から流れるペリドットの声が、皆にも聞こえるように操作すると、運転手も、オリーヴたちもそばに集まった。
『いいか。スペツヘム親子は死んだが――まだ死んでない。遺体を埋葬するなよ』
聞こえた声に、九庵と運転手は、顔を見合わせた。
『三日以内に俺が魂をつかまえる。必ずよみがえるから、埋葬はやめろ』
「よみがえる!?」
絶叫したのはオリーヴだ。
「スペツヘム様も、レイーダ様も――」
運転手は思わず叫んだ。
「し、死んでいないのですか!?」
『死んだは死んだが、よみがえる。そういう手配をしてくれた“神”がいるんでな』
そう――月を眺める子ウサギが、黄金のモモを二個、用意してくれた。
「どういうことです?」
『具体的に説明しているヒマはない。こっちも早くZOOカードの世界から出たいんだ。とにかく、スペツヘム親子は三日以内によみがえる。だが、死んだことにしろ。どうせ、遺跡に入る前に、死を覚悟して、今後の手配はいろいろすませてあるんだろう』
「は、はい!」
『おまえさんの名は』
「わ、私は――古代都市クルクスの副市長、インダ・K・メヌエフといいます」
「あんた軍人じゃないの!?」
オリーヴが口をはさんだので、アマンダが「ちょっと黙りな!」と後頭部をひっぱたき、インダが苦笑いした。
「すみません、軍人ではないんです――はい、」
『なら、おまえさんはもしかして、ザボンの命を受けて同行しているのか?』
「あ、はい! 一応、なにがあったか見届ける形で――」
『そうか。なら都合がいい。このことはザボンに全部話せ。ついでに、アントニオって男がいたら、そいつにもだ。スぺツヘムたちの遺体はジャマル島に運べ。だが、葬儀は首都で、大々的にやれ。なるべく早く』
死ぬ覚悟ができていたなら、おそらく葬儀の準備もすませてあるはず。ペリドットはそう踏んだが、この予想は当たっていた。
「はい――はい!」
『それが、とにかく“役に立つ”。それが、契約の神が新たに告げた神託だ』
「しょ、承知しました――!」
インダの顔が引き締まった。
『そこにメフラー商社の傭兵がいるな? 龍――ええと、ジジイはいるか』
「ご指名のジジイだ。カダック・G・メフラー」
メフラー親父が携帯のそばに来て名乗った。
『あんたか。あと、若い兄さんが二人いるな? そいつに遺体の番をさせて、なんとかジャマル島まで運べ。あとはそっちでなんとかしてくれるだろう』
「わかった」
メフラー親父が、聞いてたな? というまえに、ボリスとベックが動いた。
「我々は戻って、閣下の葬儀を行います」
インダが真っ赤な目をぬぐってから、立ち上がった。
「今の話、すぐには信じられねえが――生き返ったら、真っ先にあんたに連絡できるようにするよ」
ボリスが、なんともいえない困惑した顔で、インダに言った。
「ありがとうございます。では、一旦、ここで」
地球行き宇宙船サイドは、アンジェリカが帰路を先導した。ペリドットは、スペツヘム親子の魂を探すために、今しばらくこの世界に残る。このあとは別行動だ。
アンジェリカが呼んだ船で航路を渡り、セパイローの庭を通って帰路についたが、ルナとピエトは、ずっと、泣きっぱなしだった。
帰りの船で、セパイローの庭でのちこたんとの思い出が次々によみがえって、思い出してはまた泣いた。
6月25日にセパイローの庭に入ってから、今や7月6日――11日も経っていた。
帰路は驚くほど早かった。アンジェリカが女王の城を出たところで「ムンド」と唱えて、ZOOカードの世界を消し去ると、めのまえがリンゴの建物だったからだ。
にぎやかな遊園地から一気に廃墟の世界へ。
この数日間は、夢でも見ていたようだった。なんとなく身体も重く、気分も現実に戻ってこない。
あのエーリヒでさえもだ。
「よく無事で、帰ることができたということを喜びます!」
「みんな、ずいぶんくたびれてるようだね」
リンゴの建物には、アントニオとベッタラが待っていた。
シュナイクルも迎えに来ていた。ルシヤが、シュナイクルの顔を見るなり「じいちゃん!」といって抱き着いて、泣き出した。だいぶホームシックだったようだ。
ルシヤとシュナイクルを見送り、サルーディーバ、アンジェリカ、カザマ、そしてニックと別れ、シャイン・システムで家路につく。
こちらの安否は、クラウドが定期的に屋敷のメンバーやハンシックに送っていたものの、ずいぶん心配されていた。
「おかえり!!」
シャイン・システムの扉が開くなり、ピエトにネイシャが抱き着いた。
みんな勢ぞろいで、待っていてくれた。
「おかえり。ずいぶんかかったね」
「オムレツつくってあるぞ」
「ホント!?」
「みんな、おなかすいてやしないかい」
セシルが優しくそう話しかけてくれて、ルナはまた涙が出てきたのだった。
しかし。
待っていてくれたのは屋敷のメンバーだけでなく――思いもかけない人物の姿を見て、口を開けた。
「――ママ」
「ずいぶん長い旅行に行ってたのねっ」
レオナがこちらを見てウィンクしている。どうやら、ルナたちは長期旅行に出ていた、ということになっていたらしい。
ルナは慌てて携帯電話を見たが、特にメールも電話も入っていなかった。
「あれ? ちこたんは?」
ネイシャが真っ先に聞いた。
「一緒に行ったよね?」
ピエトとルナが一気に沈んだ顔をして、説明しようとすると――。
「やっぱり、もうバッテリーが寿命だった?」
リンファンが言った。
「一番安いステラ・ボールなんて、五年も持てばいいほうなんだけど。ちこたんは長生きしたわねえ――十四年!」
「十四年も持ったのか?」
アズラエルが呆れ顔で言った。
ミシェルが、またちょっぴり目を赤くしていた。
「ちっちゃいころからいたよね」
「うん。ルナは鍵っ子だったからね。ツキヨさんもよく面倒見てくれたけど、ひとりうちに置いていくときは心配だったから。ルナが小学生になった年に買ったよね」
懐かしむようなリンファンの言葉に、ふぎ、ふぎ、とまたウサギが顔をしわくちゃにして泣き始めると。
「思い入れがあるのは分かるけど、そう泣かないの! ――ほら」
リンファンが示した先には――応接間のソファの上には、新品のpi=poの箱があった。ステラ・ボールだ。
ルナは一気に泣き止んだ。
「もう何年も前から、代わりのpi=poをお届けしますーって、買った会社から連絡が来てて。まだ動くし、今年はいいわって、いつもお断りしてたんだけど、今回は受け取ったの。このあいだ来たとき、バッテリーの減りが早いなって思っていたから」
リンファンは、とっくにちこたんの寿命に気づいていたのだ。ルナは口を開けた。
「おまぬけな顔をしないの! 同じ型番はもうないから、今度のはピンク色――」
ルナは猛然と箱を開け始めた。中から出てきたのは、「桃」の模様がついた、中華風のデザインの、薄桃色のpi=poだった。
電源を入れると――。
『ルナさん!!』
Pi=poが、抱き着いてきた。長い腕を伸ばして。
『またお会いできました! ちこたんです! わたしはちこたんです!!』
「ちこたーん!!!!!」
ルナも泣いてちこたんを抱きしめた。ピエトとミシェルも、ついでに抱き着いた。
「データがそのまま入ってるって、ホントだったのねえ」
リンファンは呑気にそう言っていたが、アズラエルは苦笑いでごまかした。
まぁふつうは、データが入っていたって、電源を入れてすぐ「またお会いできました!」とは言わないだろうな、と。
「だってねえ、モモは、ふたつしかもらわなかったんだよ?」
たぶん、スペツヘムさんとレイーダさんの分。
バーガス特製のオムレツ・ランチを食べながら、ルナは言った。
ちこたんはさっそく新しい身体で給仕をしながら、胸を張った。
『ちこたんはちゃんと、ZOOカードの世界に行く前に、イシュメルさまの神社にお参りしていました! 元気なカラダで、ずっとルナさんのおそばにいられるように!』
ルナは呆気にとられた。
そういえばたしかにイシュメルは、「よみがえりの神」だったのだ。




