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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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328話 兄弟神の末裔と、最後の封印 Ⅲ 1


「――うう」


 呻きながら起きたバンビの目に映ったのは、だれかの足だった。そろってでかい。革靴に、ブーツの(かかと)が、ずらりとそろっている。


「バンビ、君、だいじょうぶかい」

 助け起こしてくれたのは、セルゲイだった。


「セ、セルゲイ?」

 バンビは起き上がった。落ちたと思ったが、それほど衝撃はない。

「ここ、どこ――?」


 バンビが見ていたのは、アズラエルとグレン、クラウド、エーリヒの踵だった。彼らはそろって同じ方向を見ていた。すなわち、倒れたバンビに背を向けて、一定の方向を見ていたのだ。


「え? あれ? あんたたちだけ? ルナは? お嬢は――」

「どうやら、私たちだけのようだ」


 セルゲイに助け起こされながら立ったバンビは、自分より大柄な背中が覆っていた「向こう」の光景を、やっと垣間見ることができた。


「な、なにあれ――」

「私も、なにあれ、って思ってたところ」


 バンビたちがいる位置は、ちょうど神々の全体像が見えるあたり――高さとしては、顔より少し低い位置か。ガラスでもあるように、そこから先へは行けない。

 神々の会議の様子を見つめているだけだ。


 “向こう”には、奇妙な光景があった。


 巨大な神が――おそらく、岩城の壁画と同じくらい巨大な神が三体、テーブルを囲んでなにか話しているのだが、声はまったく聞こえない。でも、その神は、クラウドの解説がなくても、バンビも知ることができた。


 左に座っているのが、ヒアラ(戦いの女神)L20の神だ。右にいるのがアカラー(夜の神)。L18の守護神。奥にいて、バンビたちのほうを向いているのがオッケルト(調和と秩序の神)L22の神だ。


 なぜ神々の名が分かったかと言えば、キラキラと金の文字で、それぞれの神の頭上に名が記されるからだ。消えては現われ、砂のように掠れ、またはっきりと現れる。


 その神々の周囲を、(ゆる)やかな速度で、たくさんの球体がめぐっている――よく見れば、それは星々なのだった。


 オッケルトが、たまに、思い出したように、自分の手元にある銀の天秤に触れる――すると、銀の天秤の周囲にある星々も、キラキラと光を放つのだった。それらも、ゆっくりと、天秤の周りを公転しているように見えた。


 なかでも奇妙なのは、神々の口から言葉の代わりに、たくさんの鳥たちが羽ばたくことだった。


 ヒアラの口からは白鳥が。

 オッケルトの口からは、鳩が。

 そして、アカラーの口からは、ムクドリが。


 しかし、バンビにとって一番不気味だったのは、アズラエルたちがひとことも発さないまま、真剣な顔で神々の様子を見つめていることだった。

 

「私がわかるのは、左がヒアラで、真正面がオッケルト、右がアカラー……」

 セルゲイの言葉に、バンビが思わず口をはさんだ。

「アカラーくらいならあたしも分かる。夜の神でしょ? でも、夜の神って、あんな顔してたっけ……」


 イケメンではあるが、ここにいる「アカラー」は、本来の夜の神とは、顔が違う気がする。


「っていうか……あたし、どこかで、あの顔、見たことが、」


 バンビは不思議に思った。夜の神アカラーはマ・アース・ジャ・ハーナの神話でもメジャーな夜の神。姿はバンビも知っている。

 でも、ここにいる「アカラー」は、夜の神の姿をしていない。


「あれは、なァ……」

 やっと、アズラエルが絞り出すような声を吐いた。

「俺たちは、何を見させられてるんだ?」

 グレンの困惑声。

「これは、見ていいものなの? 私が?」

 セルゲイがだれにともなく聞いたが、答えられる者はいなかった。

 エーリヒは、「ふむ……」といったきり、あとは何も言わなかった。

「とんでもないものを見たな……」


 クラウドがため息とともに漏らした言葉のすぐあとに、バンビは思い出した。

 めのまえの、アカラーの顔をだ。

 この顔が、だれだったかを――。


「え?」


 思い出した瞬間に、目の前の光景が変わっていた。鳥を吐き出す神々の姿は消え、アズラエルたちの頑丈な背中も消えていた。

 そのかわり現れた光景は、まったく別のものだった。


 元の場所に戻ってきた?


 遺跡に入ってすぐの王宮が、真新しい形で、そこにあった。しかし玉座はなく、三柱の神が立っていた。十メートルくらいだろうか。


 そのまえに、スペツヘム親子、そしてペリドット、サルーディーバ、アンジェリカ、カザマ、ニックがいた。彼らは、神々に向かって膝をつき、頭を垂れていた。


 バンビはあわてて真似をしようとし、強烈に頭をぶつけた。


「いっだ――!!」


 さっきのように、めのまえに見えない壁があったらしい。かなり呻いたはずなのに、ペリドットたちには気づいてもらえない。


 先ほどのように、金色の字幕が――神の名が、煙のように三柱の神の頭上に現れた。


 右から、ラグ・ヴァダ(契約の神)L03、ムロキア(沈黙の神)L16、ポルコット(鍵の神)L27である。


 どの神も頭から長いマントを羽織り、長いひげを蓄え、杖をついた老翁の姿で、顔は布地に隠れて薄暗く、見えない。


 “よくぞここまで参られた”


 ラグ・ヴァダが口を開いた。


 “沈黙によりて伝承を守り、鍵を持って封印を解き、契約通りになされた。アストロスは救われるであろう”


「――感謝申し上げます」


 スペツヘムが膝を崩し、身を投げて平伏した。


「伝承通り、祖の導きのままにここまでやってまいりました.何卒、シャトランジを封じ、イアリアスを完成せしめ、アストロスの民を守りたまえ」

「この一命に、変えまして」


 スペツヘムに従って、同じ姿勢でそう言ったレイーダの言葉に、親子以外の者が「えっ?」という顔をして、ふたりを見た。


 バンビもだった。見えない壁に手をついて、「ちょっと!?」と叫んだ。

 聞いていない、そんなこと。


 “少々、誤解があるようじゃが”


 鍵の神、ポルコットが髭を撫ぜながら言った。その声は優しかった。


 “なるほど。それは契約にはない”


 ラグ・ヴァダも言った。

 今度、「えっ」という顔をしたのは、親子だった。


 “ムーガ・ファファンは、セパイローが眠る場所。死後の世界。すなわちここは魂の世界。ゆえに、ZOOカードの世界とつながっておる”


 “同じものじゃ”


 ポルコットもうなずいた。


 “それゆえ、一度死なねば、ここには来られぬ”


「――!!」

 親子が、ハッと気づいた顔した。


 “ここへ死なずに入るには、セパイローの庭より入るほかなく”

 “あるいはバンヴィの神のみ”

 “それゆえ、羅針盤を持って異界の扉を開けた時点で、そなたらは一度死んでおる”

 “生命を引き換えにするのではない”


 ひとり、半分気絶しかけで絶叫していたのはバンビだった。


(聞いてないし!!!!!!!)


 このときバンビの頭にあったのは、自分のことではなかった。九庵のことだった。

 神の言葉が本当なら――九庵も、もしかしたら死んでしまったことになるのだろうか。


(あたしが、連れてきてしまったばっかりに……!!)


 猛烈な後悔に襲われたバンビだったが、ふと、ラグ・ヴァダが言った。


 “不死鳥などというものも、まぁ、ふつうに帰れるかもしれん”


 バンビはものすごい汗をびっしゃびしゃに迸らせたまま、床に手を着いた。ほっとしてだ。

 知らなかったとはいえ、九庵の命を奪ってしまうかもしれなかったのだ。


「で、では――」


 “ふむ。ここまでは伝承通り”


 ラグ・ヴァダが髭を撫ぜた。


 “だが、四年に一度、マ・アース・ジャ・ハーナの神のおわすキヴォトスが、アストロスに立ち寄ることにより、大いなる進化と変化が訪れておる”


 “ひとつ、女王から女王への、最後の穂先の伝承が終わった”

 “ふたつ、真砂名神社において、われら使者の侵入を封じた”

 “みっつ、鍵を持って七つのシャトランジを封じた”

 “よっつ、イアリアスが完成した”

 “いつつ、セパイローの果樹園において、金のリンゴを手に入れた”

 “むっつ、ムーガ・ファファンにおいて、十九の使者が、神々と出会った”

 “ななつ、神々の最後のリハビリを持って、すべてが完成する”


 ラグ・ヴァダとポルコットは、交代でそう言った。


 “契約は改められた。新たな契約を”

 “ラグ・ヴァダとアストロス、そして地球の神とともに、すべてが成し遂げられる”

 “三つ星のきずな”


「うわっ――!!」


 閃光が迸ったので、バンビは目を瞑って後ろを向き、しゃがみこんだ。閃光は一瞬のことだった。


 振り返れば、神々の姿が変わっていた。


 ずっと黙したまま、話しも動きもしなかった沈黙の神、ムロキアがいた位置には、美しい女神が立っていた。どこかミシェルに似ている――頭上にラグ・ヴァダとある。


 さっきまでラグ・ヴァダの名があった老神がいた場所には、羽根を持った若い天使がいた。頭上には金の文字でトゥーウァエ。L02の鳥の神だ。


 ポルコットがいた場所には、強そうな筋骨たくましい男神が立っていた。バトルジャーヤ(武の神)――L46の神だった。


 “アストロスの民は守られましょう”


 ラグ・ヴァダの女神が優しい声でそう告げた。


 “ヒアラの民は、すべて救われることはないやもしれぬ。先ほど、ヒアラが自らそう告げた”


 バトルジャーヤはそう言った。


 “援軍が来るだろう。すでに旅立っている。必ず間に合うだろう”


 天使は微笑んだ。


「援軍が――!」


 ニックが、故郷の神を前にして、滂沱(ぼうだ)の涙を流していた。


 神々しさに、皆、言葉もなくひれ伏していた。ペリドットさえもだ。

 バンビも、あまりにきらびやかすぎて、輪郭すらとらえられない神の姿に恍惚としながら――感動も極まって嗚咽し、顔を涙と鼻水だらけにして気絶しようとしたとき。

 ふたたび、バンビの存在だけが、そこから消えた。





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