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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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327話 兄弟神の末裔と、最後の封印 Ⅱ 1


 どこかのだれかがまた気絶しかかっていたころ、地球行き宇宙船――ルナサイドは、徒歩で隘路(あいろ)を通過していた。


『ルナさんは、ちこたんが守ります』

「大丈夫だ! ルナはわたしが守るからな!」

「俺だってルナを守る!」


 頼もしすぎるボディガードが三人――厳密には一台と二人――がついたおかげで、まったく身動きが取れなくなっていた。機械の腕を伸ばしてルナにしがみついたちこたん、右手を握っているルシヤ、左手を握っているピエト。


「み」


 そんな感じで、ルナはやっぱり「み」しか言えず、行列の真ん中らへんを、てくてく歩くしかなかった。


「ここが、ムーガ・ファファンの遺跡か」


 先頭のクラウドとペリドットが、同時にそんなことを言いながら隘路を抜けた。


 眼前にひろがるのは巨大な岩城をくりぬいて掘られた宮殿。その入り口を囲むのは、岩の表面に彫られた神の石像――。


 後続が続々と広い場所に出てさっそく、奇妙なことが起きた。今までなにもなかった(ルナの「み」事件はなにかに入らない)のが不思議なくらいだ。


 最初に言ったのは、ペリドットだった。


「L03、ラグ・ヴァダ(契約の神)に、L16のムロキア(沈黙の神)に、L27のポルコット(鍵の神)か……。まさしく、今回の旅を表しているような神々だな」


「え?」

 首を傾げたのはクラウドだ。

「L18のアカラー(夜の神)、L20のヒアラ(戦いの女神)、L22のオッケルト(調和と秩序の神)、じゃないのかい?」


「は?」


 クラウドとペリドットは見合い――それから、もう一度、互いの目に見えている像の名を確認した。


「――間違いないな?」

「間違ってはいないと思うよ?」


 ペリドットには、三体の老翁(ろうおう)の神の姿が見えている。

 クラウドに見えているのは、マ・アース・ジャ・ハーナの神話でもかなりメジャーな夜の神(青年の姿)、鎧を着た若い女神一柱と、それから天秤を手にした若い男神だ。

 外見からしてぜんぜん違う。


「いや待て。待ってくれ」

 クラウドは困惑した声で言った。

「俺と君で、見えている像が違うっていうのかい?」


「おい、おまえら」

 ペリドットが、皆に聞いた。

「おまえたちには、入り口の像が、どんな姿に見えている?」


 マ・アース・ジャ・ハーナの神話の神の姿を、知っている者もいれば知らない者もいる。メジャーもこの上ない夜の神くらいは、みんな知っていたとしてもだ。


 その結果、クラウドとエーリヒと、アズラエル、グレン、セルゲイら軍事惑星出身者は、クラウドと同じく、L18のアカラー(夜の神)、L20のヒアラ(戦いの女神)、L22のオッケルト(調和と秩序の神)に見えていた。


 彼らは、マ・アース・ジャ・ハーナの神話にくわしくはなくとも、母星の首都にそれぞれの巨大な像が立っているので、見たことがある。間違いようもなかった。


 そして、サルーディーバとアンジェリカ、カザマ、ニックには、ペリドットと同じL03、ラグ・ヴァダ(契約の神)に、L16のムロキア(沈黙の神)に、L27のポルコット(鍵の神)が見えている。


 さらに現場を混乱させたのは、ルナたち残りのメンバー、ミシェルとピエトとルシヤ、ちこたん、ルナには、また「別の姿」が見えていたからだ。


「あれは、L32のコルーナ(物語の神)と、L53のケムタック(成功の神)と、L57のオリオロ(密やかな願いを聞く神)よ」


 ミシェルはそう言った。ミシェルは神話が好きだし、かなりくわしかった。おそらく間違いはない。

 ミシェル以外は神の名を知らなかったが、「見えているもの」は同じだった。

 すなわち、「子どもの姿の神」――が見えていた。三柱すべて、子どもの姿だ。


「どういうことなんだろう……」


 クラウドはしばらく像を見上げていたが、やがて、携帯電話を手にした。





 そのとき、バンビの携帯電話がけたたましく鳴ったので、バンビは飛び上がったし、スペツヘムたちも驚いたように見えた。


「は、はい? もしもし!?」

『アレクサンドル?』


 相手も見ずに取ったら、クラウドだった。彼の声も焦っているように聞こえた。


『今、どこにいる? ムーガ・ファファンの遺跡にはついたかい』


 その言葉。ZOOカードの世界にいるあいだは、クラウドの探査機は機能していないようだ。

 バンビたちもちょうど遺跡前に着いたところだった。ジープから降りて、「ここが遺跡の入り口です。あちらが博物館」などと案内されているところだった。


「めのまえよ。今、中に入ろうかと――」

『そっちの、入り口の石像はどうなっている? あ、いや、壁画と言った方がいいか――』

「壁画?」


 バンビは二、三歩引いて、岩城の全体を眺め渡した。


「神様の像のことね?」


 入り口の真上に彫られた神様の像のことだろうか。


『君には、何に見える?』

「え?」


 スペツヘムたちが、こちらを見ている。バンビは戸惑い顔で岩城を見上げ――首を傾げた。


「分からないわ。……アストロスの神様かしら?」


「どうしました?」

 スペツヘムが寄ってきて、尋ねた。


「ええと、相手はクラウド――地球行き宇宙船のほうで、ムーガ・ファファンの遺跡にいる仲間なんだけど。入り口に彫られている――そう、あの神様の像。だれに見えるかって……」


 バンビの言葉に、スペツヘムは明確に答えた。


「ああ、あれは、マ・アース・ジャ・ハーナの神話の、ラグ・ヴァダ、ムロキア、ポルコットです」


「え?」

 バンビは思わず口を開けた。

「え? 三人もいる?」


「……?」

 バンビはうろたえた様子で、もう一度岩城の表面を見た。

「どこかに隠れてるの?」


『どうしたんだい、バンビ』

「え? う~ん、あたしには、ひとりしか見えないんだけど、どうやら三人彫られてるみたいなのよね……」

『ひとり?』


「……アレクサンドル博士には、一体しか見えないのですか?」


 思わず、バンビから博士呼びになってしまっていた。スペツヘムの表情も、わずかに動いた。息子のレイーダも、奇妙な顔をした。


「三柱の神が彫られています。大きさは同じくらいなので――」


 見えないということは決してない。

 軍人たちも、オリーヴたちも、スペツヘム親子と同じ、三柱の神が見えている。


「スペツヘムさんたちには、ラグ・ヴァダ、ムロキア、ポルコットが見えてるみたい」

「この遺跡に彫られた像は、風雨にさらされて劣化していますが、三千年前から変わっていません」

 レイーダが説明した。

「え……。なぜ……? なぜあたしには、ひとりしか見えないのか」


 バンビは大混乱の顔だ。そこへ、九庵の言葉がさらに混乱をもたらした。


「わしは、子どもの神様に見えますが……。ラグ・ヴァダって神様の像を、L03の王都トロヌスで見たことがありますが、おじいさんの姿じゃありませんでしたっけ」


 スペツヘムたちは、もれなく驚いた顔をした。


『九庵は、どんな姿に見えている?』


 口をはさんだのは電話向こうのクラウドだ。


「ええと……みんな子どもで、ひとりはでかい本をもっていて、ひとりは、あれは、グラスと瓶ですかね、あとの子は、何も持ってはいませんが、三角帽をして、耳を澄ませている姿勢というか……」


 スペツヘムたちもだが――クラウド側も漏れなく絶句した。


 九庵に見えているのは、ルナたちと同じ、L32のコルーナ(物語の神)と、L53のケムタック(成功の神)と、L57のオリオロ(密やかな願いを聞く神)だ。


 バンビが音声を皆にも聞こえるようにしたため、スペツヘム親子もそれを聞いた。


「皆、見えている像の姿が、違うということですか?」

「……そういうことになるかも」


 しばらく、なんともいえない沈黙があたりを満たしたあと、クラウドの声が電話越しに飛び込んできた。


『バンビ、携帯の充電は十分にされているかい?』

「え? ええ……」

『どうやら、通信はつながるようだ。こちらと、常に通信可能な状態にして入ってくれないか。通信先は俺の携帯で』

「いいけど――ちこたんは? 一緒に行ってるんでしょ」

『ちこたんはルナちゃんから離れないんだ。今回ずっとそうだったが、さっきからはべったりだ。俺の携帯で頼む』

「オーケー。分かったわ」


 バンビは言われた通り、バッテリーの残量をたしかめ――百パーセントであることを確認してからふたたび通信をつなげようとして――ふと、液晶画面に映った自分の顔を見た。


 そこには、地味なおっさんの顔が映っていたわけだが――。


 バンビは真っ黒なままの液晶を見、真顔で岩城の像を見直した。そしてもう一度、液晶画面に映った自分の顔を見た。


「あたしだ!!!!!」


 思わず絶叫した。白目を剥きそうな勢いで。


『なんだって?』


 クラウドの声が携帯から聞こえてくる。


 バンビが見ていた像は、自分自身の姿だった――しかし、像はもう少し若かった――すなわち、「博士」時代のバンビであった。二十代のころのバンビ。

 アレクサンドル・K・フューリッチが、両手で小さな惑星を捧げ持っている姿だ。


『なるほど、すなわち、おまえだけに“バンヴィ”が見えているってわけだな』


 クラウドの声の代わりにペリドットの声がして、それを一緒に聞いていたスペツヘム親子は、なるほどという顔をして、像を見上げた。


 え? 納得したの? 今ので?


 ついていけないのはバンビだけだった。また失神しそうになったバンビを救ったのは九庵の張り手だったが、死なずにすんだのは、彼がバンビの顔の前で盛大に手のひらを打ち合わせただけだったからだ。

 




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