表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
801/934

326話 兄弟神の末裔と、最後の封印 Ⅰ 3


「あの……どこからわたしの情報が入ったかは分かりませんが」


 バンビはおずおずと言った。

 ツッコミどころは多々ある。どうして、バンビがムーガ・ファファンの遺跡に来ることを知っていたのか。どこまで彼らは知っているのか。封印のこととかシャトランジのこととかZOOカードのこととか。ぜんぶ織り込み済みなのだろうか。

 それよりも、バンビとしては訂正しておかねばならない部分があった。


「わたしは今、“バンビ”という名なんです。アレクサンドルという名は一応改名して……それから、博士と呼ばれるのも、ちょっと……」


「それは失礼いたしました」

 スペツヘムは柔和に詫びた。

「では、バンビさん――でよろしいでしょうか」

「え、ええ……できれば、それで」


「お気に触られたらすみません」

 スペツヘムは前置きしたのち、真顔で言った。

「アストロスでは、あなたの名声は高いですよ――あなたのことを悪く言う人間は、皆無に等しい」

「え?」

「あなたが服役したことや、電子腺研究のあれこれも、アストロスでは同情票のほうが多い。アストロスにはL系惑星群のようにヒューマノイド法はありませんから」

「……」

「あの研究は、権利も名誉も他社に渡ってしまったでしょうが、みんな、あなたが、――あなたとその仲間の方々が為した成果だと知っています。それに、あの電子腺技術で救われた人間が、アストロスにどれだけいることか」


 バンビはふいに涙ぐみそうになって、窓のほうを向いた。


「あなたは過去のことに触れられたくないのかもしれませんが、アストロイにとっては、あなたは、アレクサンドル“名誉”博士なのです」


 しかたなく、バンビは鼻を噛んだ。九庵が差し出してくれたティッシュで威勢よく。もはや、目が赤いのはごまかせなかった。


「……恐縮です」

 それしか言えなかった。


 ムーガ・ファファンの石櫃(せきひつ)がある場所は、ホテルからジープで三十分ほど。一度砂漠へ出て、北の隘路(あいろ)から入る。

 バンビと九庵は、スペツヘム親子とともに軍用ジープに乗って、前回は入れなかった隘路を進んでいた。

 メフラー商社とアダム・ファミリーのメンバーは、それぞれジープとバイクでついてきていた。

 スペツヘムは、バンビが二度ほど鼻をかむのを見届けてから、窓を少し開け、空気を変えて、話も変えた。


「ところで、私のミドルネームであるAAAは、アストロイ、アスラーエル、アルグレンをそれぞれ意味します」


 話が変わったことに安堵(あんど)しつつ、バンビは耳を傾けた。なんとなく、聞いた覚えのあるような名前が混じっているなと思いながら。


「つまり、私たちは、三千年前、このアストロスを治めた女王、サルーディーバに仕えた武神一族の子孫、というわけです」

「サルーディーバ……?」


 L系惑星群にも、象徴としてサルーディーバという生き神が存在する。関係があるのだろうか。バンビはクラウドほど知識が豊富なわけではない。聞いてみたいことは山ほどあるが、ひとまず、ぜんぶ話を聞いてみることにした。


「ムーガ・ファファンの石櫃は、女王サルーディーバさまのご子孫と、我ら武神の子孫しか入れません」

「な、なるほど……」

「新聞をご覧に?」

「え、ええ……」

「アストロスで最近起こっていることをご存知でしょうか。メフラー商社の方々から、お話は?」

「武神の目が光っていることとか――多少は」

「そうですか。では要点だけ、お話ししましょう。このアストロスで現状、起こっていることは、三千年前の大戦が再び起こるための準備です」

「……」


 自分は、驚いた顔をすべきだろうか。いや――。

 バンビの返事も顔色の変化も待たず、スペツヘムはつづけた。


「メルーヴァの来訪も、我らが祖、アストロスの兄弟神が復活しようとしているのも、すべて前兆です」

 スペツヘムは前を見据えたまま、淡々と、バンビにそう言った。

「バンビさんは、順に封印が施されるのを見てきたと思いますが……」

「ええ。あれは、」

「失礼。その説明は後ほど。ともかく、最後の封印には、我ら兄弟神の末裔(まつえい)が必要なのです」

「――え?」

「我らに代々言い伝えられている、封印の法があります。それがなくば、最後の封印は成し遂げられません」

「……」


 バンビは、これだけは聞いておかねばと思った。


 ジャマル島では、長老の説明しかなく、しかも言語がまったく違ったために、意志疎通が難しかった。 


 ヨドやデイジーも頑張ってくれたが、ほとんど長老の話を一方的に聞くだけで終わり、しかも途中で倒れてしまったために、あとは聞けなかった――羅針盤の光が、さっさと次へ行けと急かしているようにも見えたし、島の住民たちも、バンビを送り出す姿勢に入っていたし。


 そう、一番大切なことを。

 彼なら、質疑応答が可能だろう。


「あの、ごめんなさい。質問をしてかまいませんか」


 一度、話が途切れた時点で、バンビは聞いた。スペツヘムは質問の時間をくれたのだ。たしかに彼は、要点だけを説明した。


「ええ。どうぞ。話せることならばお答えします」

「ありがとうございます。――わたしが見届けてきた封印は、シャトランジを――ええと、古代のサルディオーネがつくったものを――封印してきたのだと聞きましたが、なぜシャトランジを封印しなくてはならないのですか?」


 そもそも、シャトランジとはただの駒取りゲームなのだろうか。それが、ラグ・ヴァダの武神の兵となってしまうのか? 

 スペツヘムは、すこし考える顔をして、やがて言った。


「――危険なものであることは間違いありません」

 そう言い置いてから、

「アストロスの民や街を滅ぼしてしまうだろうことはもちろんですし、それに、なにより――シャトランジの駒をつくるには、(にえ)をささげなければならないからです」

「え?」

「シャトランジを起動させ、駒を動かすには、“人”がその駒とならねばならない。すなわち、駒になる者の死を意味します」


 バンビは青ざめた。

 とすると――アストロスでシャトランジが起動され、もしかしたらメルーヴァの軍勢のだれかが駒となって戦う場合、こちらも――地球行き宇宙船サイドのだれかも駒となって戦うことになるのだろう。

 だとしたら、犠牲が出ていたかもしれなかったのだ。

 そう――自分たちの仲間から。


「イアリアスに進化すれば、贄は必要なくなると聞いています。だから、シャトランジはシャトランジのままで起動させてはならぬもの。イアリアスならば、人の犠牲はない」

「そ、そ、そ、そ、そ、うだったのね……」


 バンビは動揺のあまり、声が震えた。

 ペリドットたちは知っていたのだろうか。

 自分たちの仲間に――アズラエルやグレンや、もしも、ルシヤや、ルナなんかが犠牲になっていたら、自分はショックでどうなっていたことか分からない。


「シャトランジは、そういった危険があることはたしかですが――すくなくとも、“駒取りゲーム”なのです」

「……ええ」

「舞台となる場所から住民を逃がせば、少なくとも、それ以上の犠牲は出ない」

「え?」

「対局型のゲームでしょう? つまり、対局する駒以外に、犠牲は出ない」

「――!」

「最初は、そのために作られた、と聞いています」

「でも、……アストロスの街は破壊される」

「……ええ。舞台となる土地は、壊滅するでしょう」


 バンビはつめを噛み、頭を拳でゴンゴン叩きながら――今さらながら、ほかに方法はないものか考えようとした。

 そのバンビの考えを読み取ったわけではないだろうが、スペツヘムが話をつづけた。


「それから――あなたは、大戦が終わるまで、アストロスにとどまっていただきたいのです」


 それは、柔和な声だったが、どこか決定的な言葉だった。すくなくとも、バンビにはそう聞こえた。


「はい?」

「ジャマル島に行ってこられましたね?」

「はい……」

「では、すべての封印がすんだら、島に来るようにお願いされませんでしたか?」


 お願い、はされなかった。「あなたはふたたび島を訪れるだろう」的な予言ぽいことを言われてきただけだった。


「ふぅむ……」

 スペツヘムはそれを聞いて、また少し考えるような顔をし、

「お願い、はされなかったのですね。では、私からお願いいたします。すべてがすんだら、どうか島にとどまってください」

「えっ……」

「旅費や滞在費などの心配はされずとも結構。アストロスからも支援します。あなたに島にいてもらわねば困るのです」

「どっ、ど、どどどどういう……」

「あなたという存在が――“バンヴィ”の存在がジャマル島にあれば、アンブレラ諸島が障壁となって、シャトランジが――失敬、イアリアスが、ジュセ大陸のほうまで広がらないからです」


 バンビは白目を剥きそうだった。

 スペツヘムはやっとバンビのほうを向いて苦笑した。


「アントニオさんが言っていた意味がようやく分かりました。あなたには、あまり一気に説明しないほうがいいのかもしれない」

「大丈夫ですか、バンビさん」


 九庵が張り手のスイングをしていた。九庵の張り手なんか、食らったら死ぬ。


「へ、へへへ平気よ……まだ意識はあるわ」

 理解はしている。感情が追いつかないだけで。


「あなたの存在が、イアリアスが広がるのを食い止め、ナミ大陸だけを舞台にする――どうか、いちアストロイとしてお願いいたします。とどまっていただくことは可能でしょうか?」


「か、可能も何も……」

 人命にかかわるなら、とどまるしかない。バンビはなんとかうなずいた。


「ありがたいことです。では、当座の資金に――」


 軍人の一人が、表情も変えずにアタッシュケースを開けた。アストロス紙幣――1000クリマスラ紙幣がぎっしりつまってそこにあった。1000クリマスラは、1万デルに当たる。


 バンビは、気絶しかけた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ