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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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326話 兄弟神の末裔と、最後の封印 Ⅰ 2


「“城塞都市クルクスの門を守る、ふた柱の武神像の目が光りだした”……」

「ほとんど観光地扱いですねえ」


 九庵の言葉は呑気に聞こえたが、目は新聞を注視して、瞬きすらしていなかった。


「“武神が目覚める予兆”……“三千年前の戦いが、ふたたび始まる”……」


 まるで神話か伝説のような見出しが、一面記事に居座っている。

 アストロスでもっともメジャーな新聞が、そんなことを臆面もなく書き連ねているのだ。


「まぁ、L20の軍とアストロスの軍のあいだに、その、かみあわない? メッチャクチャふかーいズレがあるみたいでさ」


 オリーヴは、声を低めるように言ったが、まだでかかった。


「L20はほら、単にメルーヴァの逮捕と、軍勢のせん滅? そのために来てるし、威信もかかってんだと思うんだよね。でも、アストロスのほうはそうじゃなくって。三千年前の神々の戦いがもう一度起こるって、信じ切ってるみたいなのね?」


 バンビと九庵が驚かないことに、オリーヴは不満そうだったが、ふたりは同じ話をジャマル島で聞いてきたばかりだった。


「だから、人間にはなにもできることはないから、とにかく逃げようとしてるわけ。避難って形ね。そんでさ、もしかしたら、その戦いに備えて、武神がよみがえろうとしてるんじゃないかって、だから目が光ってるって」


 それを聞いて、九庵の目が爛々(らんらん)と輝きだした。


「うわまぶしッ!!」


 ルームミラーに光が反射して、オリーヴが叫んだので、あわててバンビが九庵の目を手で隠した。


「え? なに今の」


 オリーヴは驚いて聞いたが、九庵は笑顔で言った。


「なに、わしらのハゲ頭に夕日が反射しただけで」


 言ってから、ふたりはたった今、自分たちがハゲでなかったことを思い出した。ふたりとも、微妙に焦った。メフラー親父が不思議そうに後部座席を見るまえに、勢いで、バンビは自分のウィッグをむしり取ってしまった。


「ごめんよく光る頭で!!」

「はあーっ!? ちゃんとウィッグつけといてよ危ないじゃない! もしかしてクーラー効いてない? 蒸れる?」

「いやだいじょうぶむれてないわ」


 バンビは棒読みで言った。「助かりました」という九庵の視線をもらった。この旅でだいぶ重ねた借りは、すこしは返したことになるだろうか。


「ウィッグはとにかくつけといて。……てかぁ、ようするにー、アストロスじゃ武神は戦いの象徴で? いると争いが起こる? から? なんだっけ――だめだあたし頭悪いからわかんない。忘れちゃった。じいちゃん、なんだっけ?」

「武神がいると、争いが起こるんじゃと。だからわざわざ封印してる。そういうわけで、武神を封印し直せば、戦争なんぞ起こらんだろうから、そうすべきだという(やから)と、そんなことをしたってもう遅い。戦いは起こるんだから、逃げるしかない、という輩とがいるってこったな」

「封印っつったって、どう封印するか分かんないみたいなこともいってなかった?」

「いってたな」

「それが、軍内というか――アストロス内部が割れている、ということですな」


 九庵はうなずき、新聞に目を落とした。バンビは、ふと腕時計を見た。

 日付も表示する時計は、地球行き宇宙船時間の7月4日を指していた。


 ――ずいぶん、長い旅をしてきたものだと思う。


「あっ。それから、あたしたちは平気だけど、バンビさんたちは多分、どこかに一泊してから、明日ムーガ・ファファンに発ったほうがいいよね? 疲れてない?」

「――そうね。お願いできるかしら」

「いーよ! そう思って、マーシャルのホテルに一泊とっといたから!」


 海辺のリッチなホテル、行ってみたかったんだ~と呑気にはしゃぐオリーヴと、おめえが行きたかっただけじゃねえかと突っ込むメフラー親父の声を聞きながら、バンビはまったく別のことを考えていた。


 長い旅をしてきた。

 次の封印で、七つの封印はすべて為される。


 けれど、その封印の中に、武神の封印はない気がしていた。

 これは、ジャマル島の長老が言ったように、「シャトランジ」――古代のサルディオーネがつくった戦のための装置を封じるためのものだ。


 だが、シャトランジはなくなるわけではない?

 イアリアスに進化するだけなのか。


 バンビがアストロスをめぐって、シャトランジの装置を封印し、同時に地球行き宇宙船内で、ルナたちがイアリアスに進化するための封印を解いた――そう考えてもいいものだろうか。


 ムーガ・ファファンが最後ではなく、羅針盤は一度、古代都市クルクスのサルマバーンディアナ城を指した。


 もしかしたら最後の目的地は、そこかもしれない。

 




 ムーガ・ファファンは、セパイロー終焉の地である。

 アストロス語で、「セパイローが眠る城」という意味であり、かの神が眠る石櫃(せきひつ)が収められた神殿でもあった。


 砂漠の中に突如現れたオアシスの街。

 ここは砂漠の中心にある岩山が四つに割れた――まさに、天から隕石(いんせき)が降ってきて割れた、不思議な(いわ)れのある土地であった。


 四つの隘路(あいろ)がたどりつく中央――隕石が落ちたところには湖ができ、地の底から水が湧いてオアシスとなり、北の岩にセパイローの遺跡がつくられた。


 一番広い南の隘路には街が。東は狭くて車は通れず、西は湖でふさがっている。


 北の遺跡は、巨大な岩山を掘り進めてつくられた宮殿であり、太古にはおそらく、民間にも開かれた居住区であった。


 今は観光地らしいが、石櫃がある宮殿、つまり岩城には入れないらしい。観光できるのは、隘路の先、岩城(いわじろ)手前の博物館のみ。岩城は、表から見るだけ。中には入れない。


 以前、バンビたちが立ち寄ったのは北の遺跡に直接向かえる隘路。そこと、湖に直結している西の隘路と東の隘路は「立ち入り禁止」だ。

 唯一開けているのは、一番大きくて街がある、南の隘路。


 マーシャルのホテルにあった、ムーガ・ファファンの遺跡のパンフレットを読みながら、バンビは「先に言ってよ……」と今さらなセリフを吐いた。


 一度は羅針盤がムーガ・ファファンを指したので来てみたが、北の隘路の入り口に「立ち入り禁止」のロープが張られていて、先には行けなくなっていた。

 南からしか入れないのなら、そちらから行くべきだったのか。リサーチ不足だった。

 しかしどちらにしろ、自分たちだけで行っても、岩城には入れなかった。


 ここは、港町マーシャルのホテル、ボムィコツ・ホテル。


 マーシャルの港町は、富裕層向けの高級ホテルばかりだ。バンビは持ち金を思ってうろたえたが、こちらは地球行き宇宙船から旅費が出ているとのことで、遠慮なく一番豪華なホテルに泊まらせてもらった。


 最高級ホテルのサービスを味わう余裕もなく、存分に食って寝た。


 翌日、旅の疲れが抜けきらぬまま、ムーガ・ファファンの遺跡があるオアシスまでたどり着くと、そこに待ち人がいた。


「はじめまして。アストロス太陽系治安防衛部隊総司令官、スペツヘム・AAA・ベルタヘルムです。こちらは息子のレイーダ」

「はじめまして。よろしくお願いします」

 

 バンビは、オルボブのスペース・ステーションで、この「軍服」を見ていなかったら、分からなかったかもしれない。


 まるでコンシェルジュのように柔和な態度の、対照的に頬がこそげ落ちたような鋭利な輪郭を持った背の高い軍人は、アストロス軍人――しかも、アストロス軍の総司令官だった。襟元や肩のあたりにたくさんの勲章や階級章がくっついていた。


 オアシスに入ったとたんに、乱暴ではなかったが、アストロスの軍人たちに囲まれたバンビは震えあがった。


「いやはや、軍人というのは、いるだけで物々しく感じますね」


 九庵がバンビの緊張をほぐそうと軽口をたたいた。

 邂逅は予測されていたもの――今日、このオアシスで、ムーガ・ファファンの遺跡を案内してくれるスペツヘム親子に会うことは聞いていたが、さすがにいきなり軍人に囲まれたら怖いバンビだった。 

 しかし、彼らは実に丁重な態度で、バンビたちをオアシス内のホテルに招いた。


「ここからは私たちが同行します」


 流ちょうなL系惑星群共通語で自己紹介したあと、スペツヘムは、バンビと九庵、ふたりと握手を交わし、背筋を伸ばして待機の姿勢を崩さない息子と自分とを示した。


「えっ、あ、はい。……よろしくお願いします」


 あっけなく人見知りを発動したバンビは、縮こまって挨拶をした。アストロス軍総司令官は、柔和な笑みを浮かべたまま、時間を確認した。


「どうなさいますか。まずはお茶でも?」


 いったんはロビーを示したが、お茶は、マーシャルのホテルで十分してきたばかりだった。それに、そんなにゆっくりする旅行でもない。

 バンビからすぐに答えがないのを見て、絶妙なタイミングで、スペツヘムは微笑んだ。


「では、さっそく向かいましょうか?」

 エスコートするように、ホテルの回転ドアを示した。

「そう緊張なさらず。博士、ムーガ・ファファンの石室まで、ここから少し距離があります。道中、お話ししましょう」





「もう、驚かないぞ」


 クラウドはそう唸って、携帯端末をポケットにしまった。さっき、エーリヒに言われてやっと、携帯の電源がなくなっていないことに気づいてしまった。ぜんぜん充電してないのに。


 さらに、6月30日にセパイローの城を出て、ムーガ・ファファンの遺跡前の砂浜に着いたのが7月2日。そして、バンビから連絡が着て、いよいよムーガ・ファファンの遺跡に入ろうというときには、7月5日を表示していた。


「日付がおかしい」


 体感では、たった二日しかたっていないように思えるのだが。手帳を確認したクラウドは、自分の感覚は間違っていないと認識した。夜を越したのは、あれから二回ほどだ。


 なんで五日も経っているのだ。


「ようやく着いたか。さぁ、とっとと終わらせよう」


 ペリドットも、グループメールを確認しながら伸びをした。彼には、日付の異常さはどうでもいいらしい。


 バンビの代わりに九庵からの連絡だった。メフラー商社の傭兵たちと合流し、さらにアストロス軍総司令官スペツヘムと、その息子レイーダと合流して、ムーガ・ファファンの遺跡に向かっていることをメールで知らせて来た。


 ルナたちは、朝食の真っ最中だった。


 ルナが持ち帰ってきたバナナは、もちろん全員に配られたし、だれかの分が足りないということもなかった。


 だが、バナナに対しての反応は全員が違っていた。


 ペリドットとアンジェリカは意味ありげにバナナを見つめて、「これ、取っておこうかな……もったいない」とか、「とっとと食ってしまえ」だの、「え、だってこれ、あれ……ですよね?」などと言って、なかなか食べようとしなかった。


 カザマは「バナナなんてひさしぶりですね」と一番に食べた。だれかが「欲しがった」と思ったのだろう。


 グレンとアズラエルとセルゲイとミシェル、ニックは、ふつうに美味しくいただいたし、ピエトもルシヤもバナナは好きなので、一気にぱくついたあと、「もう一本食いたい」と言い出す始末だった。


 エーリヒとクラウドは、ルナが持ってきた怪しげな果実を信用してはいなかった。みんなが食べるのを待って、それから、恐る恐る食べ始めた――。


 そして。


「これは、なんです?」と言ったのはサルーディーバだった。


「これは! なんです!!」

 ミシェルが絶叫した。

「えっ? サルーディーバさん、バナナ知らないの!?」

「あっ、姉さんは知らないかも」

 アンジェリカが、サルーディーバのバナナをむいてあげながら言った。


「わたしも、地球行き宇宙船に乗ってから知ったぞ!」

「俺も、ルナと暮らし始めてから知った」


 ルシヤとピエトも、それぞれ二本目のバナナ(こちらはふつうのバナナ)を頬張りながら叫んだので、ミシェルは「バナナない星があるんだ……」と目から鱗の顔、もとい目をしていた。


「美味です」

 サルーディーバはニコニコ笑顔でバナナを食べた。お気に召したらしい。


 ルナも「み」と言いながらバナナをもふり、「なにこれおいしい!」とウサ耳を立たせたりしていたわけだが――バナナを食べたこのとき、クラウドやエーリヒの心配とは裏腹に、この瞬間、だれかれに変わった影響が出てきた――ということは、なかった。


 ただ、みんな、「元気が出たな」と思っていた。

 でも、ここにいるみんなは、もとから元気なので、あまり違いが分からない。


 このバナナの「正体」は、ペリドットとアンジェリカだけが知っていた。

 ペリドットはいつもながらの説明不足、アンジェリカはこのあと、あまりにいろいろありすぎたために――バナナの説明は、すべてが終わった時点で皆に知らされることになる。


 バナナは、単純にいうと「エネルギーチャージ」。


 この数ヶ月後、アストロスで始まる大戦において、「異様なほど」持った体力の正体を――すべてが終わってから、知ることになった。


 朝食が済んで、ルナの「み」しか言えなくなっている異常事態が、「いつものこと」「なにか意味がある」「なんで“み”なの?」という、それぞれの加減で納得および認識されたのち。


「なにかあったに決まってるけど、クラウドに聞かれても言えないようにしてあるんじゃない?」


 こっそり、ミシェルが耳打ちしてきた。ルナもそうだと思っていたところだった。


「よし、存分に体は休めたし、メシも食った。これからが本番だ。行くぞ」


 ちこたんのテントも片付けたし、天幕も消えた。砂浜には、ルナたち一行の姿しかない。


 ペリドットを先導に、隘路に向かった。





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