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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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325話 セパイローの果樹園 2


「ごきげんよう」

「本日はよい御日和(おひより)で……」


 なんのことはない挨拶を交わしたあと、「さ、ルナ、ビジェーテを出して」と月を眺める子ウサギは言った。


「ビジェーテ?」

「ここは、入るのに、金のビジェーテが“最低”五枚いるの」


 ルナは、ここがZOOカードの世界の遊園地の中だと、ようやく思い出した。そうだ。いろんな場所に入るのに、ビジェーテがいるのだった。

 なぜか持ってきていたジニーのバッグを探り、見つけた五枚の金のビジェーテを出そうとしたが――。


「ケチくさいことしない」


 月を眺める子ウサギは、ルナからバッグをひったくって、さかさまにした。


「うさこ!?」


 ルナが叫んだのは無理もない――さかさまになったジニーのバッグから、ドサドサドサと、大量に――どこに入っていたんだというくらいの金のビジェーテの束――札束みたいに百枚で一束、まとまったものが山のように――ルナの背丈と同じくらい積み上がったからだ。


 さすがの高貴で上品な白ツルも、くちばしを限界まで縦に開けて、目を白黒させた。めでたくも赤ツルになりそうな勢いで、「こんなにたくさん!」と叫んだ。


「まだあるの」


 こっちは預かってきた分、と月を眺める子ウサギは、どこに隠し持っていたのか、アタッシュケースや風呂敷包み、麻袋、宝石箱などを次々と出した。


「こっちは白ネズミの女王様、英知ある黒いタカでしょ、傭兵のライオンに孤高のトラ、真実をもたらすトラ、ライオン、ネコ、シカ、ネコ、ねこいぬねこねこ、ええと――まぁ、だいたいこっちがネコ科でこっちがウサギ科ウサギ目ウサギ属よ。こっちはシカね。ご存知でしょう、あの金のシカの女王様。ええっと、なんかネズミやヒツジもいた感じ」


 月を眺める子ウサギはルナなので、もれなく途中からカオス化した。


「ええ! ええ! それはこちらで――ええ、しっかり確認いたしますよ。だいじょうぶです、はい、はい――まぁあ! 本当にいつもありがとうございます!!」


 白ツルの声は、途中で感激のあまり震えだした。


 無理もなかった。ルナも震えた。とんでもない量の金のビジェーテの山がいくつもできて、そこらじゅうが輝き、まるで昼間みたいな明るさになったからだ。


 積み上がったビジェーテの山を、たくさんのハトが集まってきて、つぎつぎ数えだした。白ツルは、一旦は動揺して赤ツルになったものの、すぐさま立て直して手続きらしきことをし、深々とお辞儀をした。


「こんな多額のご寄付は、初めてですわ!」

 甲高い声で一度鳴いたあと、

「もう、お好きなものをいくらでも! どうかご自由に見て回ってらしてくださいませ。案内はおつけします?」


「案内はいいの。今日は三種類いただきたいのよ。バナナと――そう。今回は、モモと、リンゴを」


「――リンゴでございますね」


 白ツルは、ものすごく真剣な顔をし――とはいってもツルなので、真剣な顔もそう大して変わらなかったが、声はめったらやったら重かった。甲高かった声が、別鳥かと思うくらい低くなった。


「わかりました。差し上げます。どうか大切に、お使いくださいまし」


 月を眺める子ウサギは、やはりルナを促して、遠くの巨木に向かって歩き始めた。


「うさこ、ここはいったい、なに?」

「あとで話すわ」


 月を眺める子ウサギは、どんどん奥へ進んでいく。道中には、あまりにもいろいろな種類の果物がなっていた。


 スイカやメロンが畑に転がっていたり、ブドウ棚に、イチゴ、ミカン、さまざまなオレンジ、マンゴーにパイナップルに、ナシの木々――まったく季節感はなかったが、まさしくここは、果樹園だった。


「ここよ、ここ」

 バナナばかりがたわわに実る一角にやってきた。月を眺める子ウサギは、ひと抱えもあるカゴを持って、木の下に突進していった。

「お取りしましょうか」

 メチャクチャ美麗なサルが、バナナを収穫していた。

「ええ、お願い」

 月を眺める子ウサギが言うと、大きな房をひとつ、カゴに入れてくれた。


 それからまた少し歩くと、今度はサクランボの木々が立ち並んでいる。


「ふふ、ルナ、いいことを教えてあげる」


 月を眺める子ウサギは、もったいぶった口調で、なんのこともないように言った。


「これ、地球行き宇宙船のチケットの(もと)よ」


「えっ!?」

 ルナのウサ耳が、びょこん! と伸びた。


 ここは、収穫している動物はいなかった――月を眺める子ウサギは、軽い足取りで木に近づき、なっている実に触れた。ウサギのもふもふの手が触れると、キラリと星屑の結晶が輝いた。赤いサクランボは、もふもふが触れるたび、つやつやの実を震わせて、青や黄、赤、銀や金に光った。


「サクランボはふたつついてるでしょ? まぁたまにみっつついてるのもあるけど。ここのサクランボはみんなふたつずつ」

 たしかに、ルナも眺め渡してみたが、どのサクランボもふたつずつなのだった。

「もちろん、桜も咲くのよ? ふふ、さぁっと咲いて、すぐ散ってしまう桜の花。チャンスはわずかな間だけ。実を手に入れることができる者は、かぎられている――」


 ルナは、言葉の意味を聞こうと思ったが、すでに月を眺める子ウサギは先を歩いていた。あわててあとを追う。まったく、マイペースなウサギだ。自分だけれども。


 しばらくひとりと一羽は、無言で歩いた。やがて、ふわりと果実の香り。ルナも大好きな香りだ。目に入ってきたのは、やはりモモの木々だった。

 そこには、火の鳥が二羽いて、木の番をしていた。


「いくつお入り用ですか」

「ふたつお願い」


 産毛も輝く、薄桃色の白桃をふたつ、カゴに入れてもらった。


 ずいぶん歩いた気がする。なんとなく、夜も明けようという時刻――水平線のかなたがゆっくりとオレンジがかってきたころ、ようやく巨木のふもとにたどり着いた。


 巨木は、リンゴの木だった。遠目から見てもキラキラしている意味が分かった。なっている実がことごとく金色だったからだ。


 そこには、動物はいなかった。


 夜が明ける。


 太陽の光があたりを照らし出したとき、ルナはあんまりにも眩しくて、目を開けていられなくなった。 


 金色の実のひとつひとつが、太陽のようにきらめいている。

 気づけば、月を眺める子ウサギがひれ伏していた。――木に向かって。

 ルナも真似をして、ひれ伏した。すると、声が返ってきた。


 ――アストロスの民を救うために。


 ポトリ、と一個のリンゴが落ちてきて、月を眺める子ウサギの両手におさまった。ひと抱えもありそうな、大きなリンゴだった。それはすぐに月を眺める子ウサギの身体に溶けいるように、消えた。


 月を眺める子ウサギは、もう一度大樹に礼をして、立った。


「さぁ、急いで帰りましょう」


 月を眺める子ウサギが言ったとたん、ルナたちは入り口に戻ってきていた。

 白ツルをはじめ、たくさんのハトや動物たちが、うやうやしく礼をして見送ってくれた。


「どうか、お気をつけて」


 果樹園を出ると、オオカミが待っていた。ルナたちは、来たとき同様、オオカミに乗って帰ることになった。

 すっかり夜が明けたと思ったのは錯覚だったのだろうか。まだまだ空は暗かった。


「ルナ、帰ったら、バナナはみんなにあげて。朝ごはんに食べてね」


 気づけば、果物が入ったカゴは、ルナが持っていたのだった。ルナはびっくりした。さっきは普通のバナナやモモだと思っていたのに、どちらも金色に光り輝いていたからだ。


「モモは生と死、よみがえりを司るもの」


 月を眺める子ウサギが言うのと同時に、ルナのジーンズのポケットに、勝手にしまわれた。


「リンゴはわたしが持っている。すなわち、あなたも持っているのよ。――だいじょうぶ。ぜんぶうまくいくわ」


「うさこ」


 ルナは言いかけたが、月を眺める子ウサギは、微笑んだ。


「わたしも考えたのよ。みんなで考えた。あなたが、そう望んだから」


 ――ハッピーエンドになる道を。





 帰り道は、もっと速かった気がする。まだ空は真っ暗で、空には星が瞬き、月がまん丸に近い形できらめいていた。


 月を眺める子ウサギも、オオカミも、消えてしまった。ルナが手に持っているのはバナナだけ。バナナはいつのまにか、ただのバナナにもどっていた。金ぴかに輝いていたりはしなかった。


 ぽっけを探ったが、モモはない。でも、ずっと香りは漂っていた。鼻先にあるのかと錯覚するかのような、強い香りだ。


 テントに向かって歩いていくと、火の番はエーリヒとクラウドに変わっていた。


「おや」

「お帰り、ルナちゃん」

「み」


 ルナはただいまと言ったはずだったが、口から出てきたのは「み」のひとことだ。


「み?」


 ルナは困った顔でじたばたしたが、やはり口から出てくるのは「み」だけ。


「み? みみ? みみみみみ?」


 クラウドもエーリヒも首を傾げた。

 ルナのカオスには慣れている二人だが、さすがにこれは様子がおかしい。


「どうしたんだね、ルナ」

 エーリヒが尋ねたが、やはり答えは「み」のみだ。

「――もしかして、み、しかしゃべれなくなってる?」

 クラウドが注意深くそう聞くと、ルナの首は勢いよく縦に振られた。

「月を眺める子ウサギとなにをしてきたんだいって――聞きたくても、話せないようだね」


 クラウドがおもしろがるような、困惑するような、なんともいえない顔で唸ったあと、ようやく、ルナが背負っている籠に気づいた。


「あれ?」

「ルナ、これはなんだね」


 エーリヒは最初から気づいていたが、ルナのカオスのせいで、聞くのが遅れた。


「み」 


 ルナは籠ごと、バナナを差し出した。ひと房分ある。数えれば、どうやら人数分ありそうだ。


「どこから持ってきたのか――とは、聞いても答えてはくれんだろうな」

「み」


 ルナは仕方なくうなずいた。


「怪しいことこの上ないけど、多分、食べるためにあるんだろうな?」

「おそらくは」


 バナナは完熟し、甘い芳香を放ち、まさしく食べごろだ。

 ルナがやっぱりうなずいたので、エーリヒもクラウドも、しかたなく「み」と言って受け取った。


 かなり時間が経ったと思っていたのに、クラウドの時計では午前三時ころだったので、ルナはひと寝入りすることにした――大きな天幕のほうにもしょもしょと忍び込み、ミシェルの隣が空いていたのでそこへ横になった。毛布はちゃんと人数分あった。


 いびきがうるさいひとはだれもおらず、女と子どもばかりのテントで、静かな寝息になだめられるようにして、ルナはすぐ眠りについた。


 そして、不思議な夢を見た。


 ルナは、「忘れてた!」と月を眺める子ウサギに叩き起こされて、眠い目をこすりながらテントを抜け出たのだ。


 ウサギが、やんちゃにもほどがある足取りでテントに入ってきたというのに、起きる人間はだれもいない。火の番をしているクラウドたちも気づかなかった。


 というより、これは夢なのだろうか。

 月を眺める子ウサギの姿は、ルナにしか見えていないのか。


 ルナは月を眺める子ウサギに手を引かれて、隘路(あいろ)の先を進んだ。

 やがて開けた場所に出て――めのまえにムーガ・ファファンの遺跡がそびえたっていた。

 岩城の入り口に彫られた、巨大な三柱の神の像。

 どれも厳めしい面構えで、ひとりと一羽を見下ろしていた――。


「怖い顔ね」


 ウサギは言った。ルナも同感だったので、「うん」とうなずいた。


「変えちゃえ」

「え?」 


 月を眺める子ウサギは、月のオブジェがくっついたステッキ――幼児用のおもちゃみたいなやつ――を取り出した。

 えい、とばかりにひと振りした結果――三柱の像は一瞬で変わっていた。

 幼子が三人、入り口を囲みながら笑顔を振りまいている形に。

 ひとりは大きな本を持ち、ひとりはなにかを飲んでいて、ひとりは耳をそばだてている。

 みんな、とても可愛い笑顔だ。


「うさこ!?!?」

「だって、さっきのは怖そうでしょ?」


 ウサギはそういって、笑った気がした。

 ルナは、目覚めた。外はすっかり明るかった。寝た気がしない。目をこすりながら、つぶやいた――つもりだった。


「み……」


 うさこが、神様の像を変えちゃった。

 



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