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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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325話 セパイローの果樹園 1


 しかしながら、バンヴィは、勝手に星をつくるという違反を犯した神である。

 だのに、年長の神たちは、バンヴィをとても心配し、宝物まで与えて旅路を見守ろうとしている。

 バンヴィばかりが贔屓(ひいき)されすぎている。宝物も船も置いて、シカの姿のまま、哀れにここを去るべきだと、バンヴィに嫉妬した神々は訴えた。


 夜の神アカラーは、死者を裁く神であったが、まだ裁判の神や、神々の調停をする神がいなかったので、彼らの仕事もしていた。

 アカラーは、神々たちの訴えももっともだと思ったので、夜にバンヴィたちが船作りをするのを禁じた。


 怒ったのは月の女神である。

 可愛い妹の頼みをきいて、守っていた姉の面目は丸つぶれ。

 顔がまん丸になるほど怒って、数日に一度、夫である夜の神のもとを去るだろうと言い残して、ほんとうにいなくなってしまった。


 あわてたのは、妻を心から愛するアカラーだ。

 ひたすらに謝り、やっと帰ってきてもらえた。

 けれど、それから、月の女神が一日だけ夜をお留守にすることは、変わらなかった。


(マ・アース・ジャ・ハーナの神話/イエトキヤとバンヴィの船作り)





 ルナたち一行は、そのまま浜辺で野営することにした。

 ムーガ・ファファンの遺跡は目の前だし、バンビの遺跡到着に合わせて、一緒に向かおうということになったからだった。


 “望めば”魚は取れたし、木の実もくだものも収穫できる。焚き火を起こして魚を焼きはじめ、収穫したキノコと野草でスープを作り始めたとき、ようやくミシェルが、

「これってもしかして、フツーにごはんが食べたいっていえば出て来たのでは?」

 と言った。


 スープの味を見ていたカザマがハッとした顔をし、サルーディーバまで真顔になった。


 ミシェルの言葉とほぼ同時に、おいしそうな鮭定食がテーブルに現れ、ピエトとルシヤが口を開けた。


 宇宙船に乗ったばかりのころ、ルナと二人だけだったときによく作ってくれた朝ごはんだ。真っ白いご飯にお味噌汁、ひじきの煮ものと手製のぬか漬けなんかが添えられた――。

「あたしの大好物!!」

 ネコは飛びついた。


「そもそも、テーブルと椅子が出てくるんだから、食事だって出てくるよな……」


 アズラエルも今気づいた顔をした。砂浜にあまり似つかわしくない、大きなダイニングテーブル。

 だれだこれを欲しがったやつは。食器を並べていたクラウドとグレンの顔と言ったらない。


「では、リズンの鍋焼きうどん」


 エーリヒの言葉とともに、テーブルにアツアツの鍋焼きうどんが現れた。ご丁寧に、器までリズンの名が刻印された特製である。たった今、リズンからテイクアウトしてきたような。


「じゃ、私は、ルナちゃんがつくってくれるトンカツ定食かな」

「あたし!!」


 セルゲイの要望もかなえられた。ルナがつくっていない「ルナがつくった」トンカツ定食が現れた。


 ニックが「前作ってもらった、ルナちゃんのお弁当がいい!」と叫んだ。


「俺、オムライス!」

「ジャーヤ・ライス!! あとラグバダの辛いスープ! エビ炒めも食べたい!」

「あっ俺も俺も!!」


 こうなれば、ピエトもルシヤも遅れじと、好きな食べ物を連呼した。


「ではわたくし、ハンシックのトワエサラダとAランチ、カーダマーヴァの発酵酢パン、ニルギリのミルクティーでお願いします」

「まあミヒャエル!」


 カザマはさっさと鍋から離脱した。サルーディーバは思わず大声を上げたが、アンジェリカが、「じゃあ、姉さんとあたしの分で、ハンシックのBランチふたつー!! L03のごはんでおねがいします! ズッカ・カレイのソテー追加! ダルダソーダつけて!!」と叫んだ。


「毎度あり!!」


 シュナイクルがつくったわけではなかったが、ルシヤは盛大に返事を返した。


 立派なテーブルをまえに立派な椅子に座って、それぞれが好物を平らげ、しまいにデザートとコーヒーまで喫したわけだが、カザマとサルーディーバがつくった汁物も、こんがり焼けた魚も、無駄にはならなかった。食欲旺盛(おうせい)な者どもが総じて消し去った。


 一瞬で消えゆくさまは、まさに神の御業のようだった。


「この魚、美味いな! なんて魚だろう」

 ルシヤは骨までボリボリ咀嚼(そしゃく)しながら言った。

「じいちゃんがここにいたら、店で使うってぜったいいうぞ!」

「いういう。いうと思う」


 ネコ科ミシェルも魚は旺盛に食った。そもそも「偉大なる青いネコ」がよく食べるので、ミシェルもなんだかおかしいくらいよく食べた。ZOOカードの世界にいるからだろうか。魂のほうに似てくる気がする。


 そんな感じで、おなかがいっぱいになった彼らは、子どもから先にさっさと寝に入った。不思議なもので、みんな食べものは欲したが、だれも「お風呂」と言い出す者はいなかったのだ。


「変だな」

 気づいたアズラエルが首を傾げた。彼は綺麗好きだ。任務でもなければ、必ず一日の終わりにシャワーは浴びたい。

「そんなに体が汚れていない気がするんだ」


「ここは、あの世とこの世の境目みたいなもんだからな」

 アズラエルと対極のペリドットは言った。彼が不潔というわけではないが。

「なに? つまり、俺たちはあの世に片足突っ込んでるって?」

 クラウドの苦笑まじりの言葉に、ペリドットは肩をすくめた。それが返事だ。

「生身のまま、ZOOカードの世界に入って長い。本当はあまりよくないんだがな。あと三日ほどで切り上げて帰りたいところなんだが……」


 アズラエルはちょっぴりぞっとした。まだ、あの世にお邪魔する気はない。


「起きてると、ロクなことを考えねえ。俺は寝る。――ルゥ、本当に寝ないのか」

「うん」


 アズラエルが聞くと、ルナは首を縦に振った。


 ミシェルとピエト、ルシヤ、サルーディーバ、カザマは、すっかりテントの中でおやすみだ。大きなゲルは、ルシヤが望んだものだ。

 時刻は午後十一時半。みんな寝たのに、ルナがめずらしく起きていた。

 火の番は二時間交代だ。ペリドットとクラウドは、二時間後に起きて、ニックとグレンに交代する。


「寝てていいよ、ルナちゃん」

 クラウドも言ったが、ルナは夜空を見上げた。

「うん――もうちょっと、起きてる」

「そうか。今日は満月だからな」


 ペリドットが言った。クラウドも夜空を見上げた。気づかなかったが、月が出ている。毛布にくるまったときのルナのように、真ん丸だった。


「満月だと、なにかがあるのかい」


 クラウドは聞いたが、それに対して答えは返ってこなかった。だが、すぐに理由は解明する。


 ルナが焚き火を眺めながら、うつらうつらし始めたころ。日付も変わる頃合いだ――火を囲む人数が、いつのまにか四人になっていた。


「うわ!?」


 一等先に気づいたのはクラウドで、自分の隣で火に当たっているウサギを見て驚いたのだった。

 ルナは、ぱっちりと目が覚めた。


「うさこ」

 増えていたのは、「月を眺める子ウサギ」だ。


「ちょっと、ルナを借りるわね」

「どこへ行くんだい」


 クラウドの戸惑いもよそに、月を眺める子ウサギは、ルナの手を取って立ち上がった。


「ルナちゃんと君だけかい? 危なくないか。俺もついて……」


 クラウドは腰を浮かしかけたが、浜辺の波打ち際に、とても大きな灰色オオカミが二頭いるのを見て、腰を落とした。


「ボディガードはいるようだな」


「気を付けて」


 ペリドットがニッと笑って見送り、月を眺める子ウサギは、「ありがとう」と言って、ルナとともに消えた。

 文字通り――かき消えた。


「――!?」

 驚いたのは、クラウドだけだ。


 ウサギとともに消えたはずのルナは、いつのまにか灰色オオカミの背に乗って、海を渡っていた。


「ちゃんと起きててくれたのね」

 起こす手間が省けたわ、と月を眺める子ウサギは言った。

「なんとなく、うさこが来るような気がして」


 夕食を終えたころ、すっかり世界は闇に満ちていて、ルナはキラキラした星空の真ん中に、月があるのに気づいたのだった。


「そうね。明日は満月(ルーナ・ジェーナ)だし」

 月を眺める子ウサギも夜空を見上げた。

「今日じゃないの?」

「明日よ、満月は。少し欠けてるでしょう」


 ルナは目を平たくして月を眺めてみたが、あまり違いが分からなかった。


「どこに行くの?」

「ついてからのお楽しみ――と言いたいところだけど」


 オオカミの強靭な四本の足が、波を弾いて海面を走り抜けていく。来た道を戻っているようだ。

 ルナたちが乗っているオオカミは、ゾウみたいに大きくて、しかもなんだか、とても高貴な感じがするのだった。二頭とも、胸には宝石と銀でできた見事なアクセサリーをつけているし、まるで馬のように(くら)をつけていて、その飾りも豪華なものだった。


「“セパイローの果樹園”へ行くわ」

「セパイローの果樹園?」


 オオカミたちの足はとても速かった。あっというまに昼間渡ってきた海を越え、セパイローの宮殿を横目に、生垣の迷路がある花畑にもどってきた。


「あそこよ」

「わあっ……!」


 月を眺める子ウサギが差す方には、あまりにまばゆい光を放つ巨木があった。いや、巨木が光を放っているのではなく、巨木に生った実が光り輝いているのだった。

 オオカミたちは、だいぶ離れた場所で止まった。


「ありがとう。おつかれさま」


 月を眺める子ウサギが言うと、オオカミたちは、ルナたちを乗せたときのようになるべく低く伏せて、ふたりが降りやすいようにしてくれた。


「我らはあそこに入れませんので」

 オオカミの片方が言った。

「ここでお待ちしております」

 そういって、二頭とも、近くの川べりに水を飲みに行った。一気にここまで走ってきたのだ。喉が渇いただろう。


「さ、ルナ、行くわよ」


 月を眺める子ウサギに促されて、遠目に見える巨木のほうに向くと、突然、真白い扉と、白い生垣が、姿を現し始めた。


 地中から、龍のうろこにも見える壁が、にょきにょきと這いあがり、白木の生垣に変容していく。生垣は、果樹園を囲むように――ぐるりと大きく、巨木を中心にした世界を囲んでいく。


 生垣は、そんなに高くはない。小さなルナでも向こうが見える。


 一見すれば、扉なんか開かなくても、生垣をまたいで超えれば中に入れるかのように見えるのだが、とてもではないが、簡単には入れないような気もするのだった。まるで、分厚い壁に阻まれているかのように。


 ルナがやっぱり、ずっと向こうに見える巨木に目を奪われていると。

 真白い扉が、ゆっくりと開いた。


「これはこれは、月を眺める子ウサギさま」


 扉の向こうにいたのは、ものすごく高貴な顔をした白ツルだった。白ツルは、ルナと月を眺める子ウサギを、果樹園の中に招いた。

 まったく音をさせず、ルナの後ろで、扉が静かに閉まった。




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