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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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324話 ジャマル島 3


 身支度を整えた九庵が迎えに来て、バンビはデイジーを連れ、大広間に向かった。

 昨日いた島民は、皆そろっていた。

 ヨドもフドも、座って待っていた。


「――ここに、イアリアスの操縦盤(そうじゅうばん)があるの?」


 床にアストロスの紙地図を広げ、長老が指した位置に、バンビは尋ね返した。

 羅針盤が示す封印の端、最北端は、まさにエタカ・リーナ山岳のド真ん中だ。


「でも、ここには行く必要がない――そうなのね?」


 長老が、ヨドの通訳を聞いて、うんうんとうなずいた。

 七つの封印の最後の地は、エタカ・リーナ山岳にある。

 だが、そこは簡単には行けない場所だ。


 一説では、メルーヴァの軍隊はエタカ・リーナ山岳に潜んでいるとのうわさもある。

 しかし、アストロスに来てみれば、アストロス人がその話を信じていないことはすぐ分かる。


 あそこは「人が住めない場所」。

 アストロス人の感覚ではそうなのだ。


 エタカ・リーナ山岳は永久凍土で、地元民でも、よほどの用意をしていかないと凍え死ぬ。人など住んでいないし、まして今は冬だ。星外から来た人間が行くなんて自殺行為だと、ケンタウル・シティの案内所でそう言われたのだ。


 ではなぜ、メルーヴァたちがあそこに潜んでいるなんて情報が広がっているのだろう。

 ここに、イアリアスの操縦盤があるからなのか。


「イアリアスとは、どういうものなの?」


 バンビの問いに、長老が答えた。


「(駒取りゲームだ。だが、我らにも全容は分からない。なにせ、進化する)」

「進化ですって?」

「(最初は“シャトランジ”。次は“アヘドレース”。そして“イアリアス”に進化する)」


 古代のシャトランジから、アヘドレース――チェスに進化したところまでは、バンビも聞いた。


「(そう。マ・アース・ジャ・ハーナの神がつくられるものは進化する。むかしのものとは違うゆえ、今はどうなっているか、だれにもわからぬ)」


 ZOOカードの遊園地では、今まさに、マ・アース・ジャ・ハーナの神の命を受けた「賢者の黒いタカ」が、それを改造しているのだった。


「(クルクスの城に、古代のイアリアス、つまりシャトランジの詳細を記した文献があるはず)」


「ほんとう!?」

 バンビは九庵と顔を見合わせた。


「(イアリアスの操縦盤――)」


 言いかけた長老は、若い島民に何かを耳打ちされて、うん、うん、とうなずいた。


「(イアリアスの、対局盤、のほうが分かりやすいかと)」

「対局……」

「(駒取りゲームは対局するもの。エタカ・リーナの山奥に、対局盤がひとつ。地球行き宇宙船にひとつ。クルクスの女王の部屋に、観戦盤(かんせんばん)がひとつ)」


「観戦盤……イアリアスの観戦盤ね!?」

 バンビは興奮のあまりおたけびを上げ、ひっくり返りそうになった。


「(対局盤は動かない。けれど、観戦盤は持ち歩ける)」


 このくらいの大きさだ、と長老は、手を広げて大きさを示した。大きめのタブレットくらいだろうか。


「わ、わかった、わかったわ――わたしたちは――これからクルクスの、サルマバーンディアナ城に行って、それから、――え?」


 サルマバーンディアナ、の語句を拾った長老が、首を振った。そして、地図の場所を指す。

 その場所は、すでに通り過ぎてきたワギリタ砂漠の遺跡だった。


「ムーガ・ファファン」

 長老は、ゆっくり発音した。


「でも、ここはもう行ってきたわ」


 バンビが言うと、長老がなにか言った。ヨドがすかさず通訳する。


「中には入れなかっただろうって言っています。今度は、ええと――“兄弟神の末裔(まつえい)”とともに向かう。必ず入れる。ムーガ・ファファンが最後の封印の地だ――だって」

「兄弟神の末裔?」

「ええ。彼らが遺跡に入れてくださるそうです。サルマバーンディアナ城はそのあと、だって」


 ヨドの通訳が終わると同時に、羅針盤から金色の光がほとばしり出て、サルマバーンディアナ城を指したあと、ムーガ・ファファンの遺跡への方角を示した。


「おお……!!」


 島民たちは感激して、光と羅針盤を寿(ことほ)ぎ、何度もお辞儀をし始めた。

 やがて長老が、しわがれた手で、愛おしそうに、pi=poのデイジーを撫でた。


「これは、バンヴィさまがつくったのか? って聞いています」

「え?」


 ヨドの言葉に、バンビは首を傾げた。


「あっ、ええと、すみません。バンビ様がおつくりになられましたかって……」

「あたし? あ、これはあたしじゃないのよ、残念ながら」


 バンビはあわてて否定した。まぁ、材料があれば、pi=poを組めることもないわけではないが。

 すると、長老は言った。


「(バンヴィ様は――祖は、太古の昔、アストロス様をおつくりになられた。ひとりではお寂しかったのでしょう。彼は木を軸にして、土と砂に海水を混ぜ、人の形をつくられ、風の息吹を吹き込み、妻であり夫であり、友であり家族であるアストロス様をつくられた。そうして、愛の証として、自分の髪飾りである、金でできた(かんざし)をお贈りになられた。やがてその金の簪を溶かし、ふたりの食卓を彩る器とされた。バンヴィ様は、アストロス様に愛を与えられたが、まだ命がなかった)」


 ――アストロスは「命」がなかった。そこへ、父であるマ・アース・ジャ・ハーナと、母であるセパイローがやってきた。


「ちゃんとふたりでなかよく暮らせますか?」

 そう聞いた。

「そうします。そうしたいです」

 バンヴィは言った。


「では、命をあげましょう」


 セパイローがアストロスに「命」を吹き込むと、アストロスは微笑んだ。

「バンヴィ」と名を呼んだ。

 手を取ってくれた――愛の証。


「あた、あたしは――」


 絵の中で、幼いバンヴィが握りしめていた小さな星。あれはアストロスだ。

 星であり、人であり、神であるアストロス。

 バンヴィは、勝手にアストロスをつくり、父なる神に怒られた。

 父や母をまねしてつくったけれど、未熟なままだった。

 バンヴィが、未熟だったから。


 アストロスは、だから、不完全な星なのだ。愛と平和はあるけれど、おのずから伸びてゆく成長がない。試練がない。進化が弱い。


 アストロスはすべて、神々たちや、星外から与えられたものでできている。

 文明も、歴史も、すべてが。

 進化でさえ、すこしずつ。

 四年に一度、地球行き宇宙船が立ち寄ることで、マ・アース・ジャ・ハーナの神から与えられる。

 それは地球もラグ・ヴァダもそうだろうが、アストロスは与えられすぎている。

 ひとも、甘受しすぎている。


「贋作士のオジカ」。


 それが、バンビの名だ。

 バンヴィがつくった未熟な形に、命を吹き込んでくれた母の愛と、叱っても見捨てなかった父の愛だ。

 末子のつくった不完全な星を、心配して見守ってくれるきょうだいたちの愛だ。


「(この星は、楽園です)」

 この意味が、分かる者だけの――。


 長老の言葉に、バンビは号泣した。噎せ込むほど泣いた。胸が痛くなるほど。

 地図は、バンビの涙にまみれて、びしょびしょになった。

 そしてバンビは、久々に気絶した。


 同時に――大地を揺るがす音がした。

 ひときわ大きく、(くさび)が打ち込まれる、その音が。





「――!?」


 大地が揺らいだ。地震かと思った。けれどそれは大きな杭が打ち込まれる音にも似ていて、さらに、鍵が開く音がしたのだった。


「みんな聞いた!?」


 いままでで一番大きな音は、地球行き宇宙船の、ZOOカードの世界まで響いたのか。


「き、聞いた聞いた。聞こえた」


 ミシェルが驚いてクラウドに抱き着いていたので、クラウドは久しぶりに顔がニヤケていた。


「杭が打ち込まれる音って、これか?」

 今回は、両方聞こえた――ペリドットがつぶやいた。

「いよいよ、六つの封印がそろったな。あとひとつだけだ」

 その言葉に、だれもが顔を引き締めたが、ルナだけはアホ面で言った。

「なんだかバンビが、気絶してる気がするの」

「気絶ぐらいするさ! バンビだからな」

 ルシヤは元気よく言った。バンビの気絶などめずらしくもない。


 ルナたちは船を降り、導きの子ウサギの先導に従って、木立の道を歩いていた。グァウ、グァウ、と恐ろしげな鳥の鳴き声がする。


 やがて木立が消え、砂漠らしき光景が見えてきた。大地は砂、側面はとてつもなく高い絶壁の岩場にはさまれた隘路(あいろ)だ。隘路といっても、車はさすがに通れないだろう道幅で、人が通れないわけではない。


 向こうには、三対の像が見えた。岩場を掘りぬいてつくられた巨大な三柱の像――。


「あれは……」


 ペリドットがつぶやいた。




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