324話 ジャマル島 1
さて、バンヴィがあまりに愛されるので、嫉妬した神々もいる。主に、バンヴィのあとに生まれた神だ。
彼らは、イエトキアとバンヴィの船作りをよく邪魔した。
そこで、セパイローは、姉である月の女神ローズスに、彼らを守るよう願った。
ローズスは、快く引き受けた。
月の女神が見守る中、船は密やかに夜、つくられた。
(マ・アース・ジャ・ハーナの神話/イエトキヤとバンヴィの船作り)
ルナたちが海路を船で渡り、ムーガ・ファファンの遺跡にたどり着く前。
すこし時間をさかのぼる。
アストロスのバンビサイドでは、ベンが離脱することになっていた。
「本当に申し訳ない」
ベンは何度も頭を下げて謝った。
「いいのよ。こっちこそ無理をさせたわ」
ベンの離脱理由とは、彼がこのアストロスに来ていた目的――傭兵グループ「アンダー・カバー」に不穏な動きがあったからだった。
追跡装置によると、長距離移動に入ったところだ。住み家を変えるつもりなのか。大きな動きがなければいいが、星外に移動されては困る。移動先と周辺の状況だけは、現地に行って確認しておかなければ。
ベンは、本来の任務に戻ることに決めた。
「エーリヒ隊長もクラウド軍曹も、連絡が取れません。なにがあったのか……」
離脱はベンの独断だ。ここ二日ばかり、指示を仰ごうにも、元上司と連絡が取れなくなっていた。そう――エーリヒたちがセパイローの宮殿で爆睡していた期間だ。
結局、羅針盤は、セパイローの産屋であるジュエルス海の島を指した。
どの道、セパイロー島はフェリーでしか行けないし、この先は、車がなくても平気と見た判断だった。
「運転手ありがとう。とても助かったわ。こちらこそぶっ続けで運転させてごめんなさい」
「いいえ。仕事ですから。なにか困ったことがありましたら連絡をください。近場なら、なるべく早く駆け付けますから」
ベンはそう言って去った。
この二日、ほとんど不眠不休で運転してくれた、ふたりにとってはヒーローそのもののベンが去るのを、感慨深く見つめた。
「親切な人でしたねえ」
九庵は、ベンの旅路の安全を祈り、合掌して見送った。
「ほぉんと。あのエーリヒとクラウドの部下だってのが気の毒になるくらい、いい人だったわねえ~……」
さぞかし、普段からこきつかわれているんだろうなとバンビは同情した。
「あの人が無事に、恋人とアストロス観光できるように、あたしもがんばらなくちゃ!」
ベンはそのくらい報われてもいいと思う。バンビは本気でそう思っていた。
地球行き宇宙船サイドと連絡が取れなくなっているのはバンビも同様で、それは心配だったが、とにかくセパイロー島に渡ることにした。地元の漁師が驚くぐらい、波が穏やかで天候も晴れている。今がチャンスだ。迷わずフェリーに乗った。
三十分ほどで、小さな島に着いた。ここも観光名所のはずだったが、ずいぶんと物寂しい。フェリーに乗っているのもバンビと九庵だけだったし、港にはひとの気配がない。
「え? まさかタクシーもなし?」
バンビは焦った。タクシーどころか、ほぼひとの気配がない。無人駅なら聞いたことはあるが、無人港なんて聞いたこともない。海辺なのに、漁師らしき人間も、pi=poも、動物さえいない。
「これは、静かな観光地ですねえ」
九庵も困惑した口調で言った。
「島自体は、半日もあれば一周できるような小さな島だから、いざとなったら歩くしかないけど……」
「セパイローと神々の生誕の地!!」でかでかと書かれた看板の、なんとさみしげなこと!
看板の表記は、アストロスの言語と、L系惑星群共通語両方で書かれているので、通訳のデイジーは必要なさそうだ。
「さてさて……目的地までどうやって行こうか」
バンビは、携帯端末で地図アプリを起動させた。
「自転車貸してくれるレンタルショップはあるわ」
セパイロー島の地図をアプリで開いたバンビは、「車はなさそう」と気落ちした顔で言った。
「レンタカー屋があっても、自分たちだけでは乗れませんしね」
「九庵は、自転車乗れる?」
「過去に二、三度……多分乗れます」
「あたしは乗ったことないのよ」
九庵とバンビは見合い、それぞれおかしな笑顔をつくった。
歩く。
もはや選択肢はそれしかなかった。
「人口十二人……住んでる人はいるんですね」
「そうみたい。さっきから、だれにも会ってないけどね。……天気がいいのだけが、救いよね……」
自転車のレンタルショップの隣に、フェリーのチケット売り場と案内所があった。そこに、数少ない島民がいた。人間発見。pi=po発見。
案内所で島の観光パンフレットをもらい、「自転車がありますよ」という親切なオススメに苦笑いで首を振り、バンビと九庵は羅針盤が示す光のほうへ歩き出した。
この島は自転車で回るのが推奨されているのだろう。サイクリングロードは整備されていた。山に向かっての道なので、上り道が延々と続くわけだが。
「水買っておいてよかった……」
九庵は足取りも軽く進んでいくが、バンビに九庵と同レベルの身体能力と体力は期待できない。バンビひとり汗だくになりながら、サイクリングロードを歩いた。
光の示す方向に一直線に行ければいいに決まっているが、道は直線ではないのだ。小高い山を囲むように作られた道路をぐるぐる……。
何回曲がったらいいのだ。
「見てください、バンビさん! 素晴らしい光景ですよ!」
一時間も歩いたころ、だいぶ先を歩いていた九庵が歓声を上げた。ガードレールの向こうを、背を伸ばして眺めている。
「い、いま、いま、行くわ……」
ぜいぜい、盛大に肩を上下させながら、バンビは九庵に追いついた。そんなに標高の高い山ではないが、それなりに高いところまで来たからなのか――ジュエルス海が一望できる場所があった。
「うわあ……!!」
疲れが一気に取れたように、バンビは身を乗り出した。下は断崖絶壁で、一面の海。あわてて引っ込んだが、どこまでも晴れ渡る真っ青な好天と相まって、見事な眺めだった。
群青色のジュエルス海が、まさに宝石のきらめきのように輝いていた。
「すてきねえ……!」
バンビはシャッターを切った。そして、疑い深い顔つきで写真のログを確認する。
「これは……撮れてる」
「これはふつうの景色で、封印の瞬間とは違いますからねえ」
九庵は笑った。
それからまたしばらく歩き、バンビがくたびれ果てて「おえっ」とえづきはじめたころ。
道路の右側に小道を見つけた。小さな木板の案内には、「セパイローの産屋」と書いてある。
「はぁ、はぁ、――セパイローの産屋?」
さっきの素晴らしい景色のせいで、半分観光気分になっていたのと、メチャクチャくたびれたこともあって、羅針盤の光を見ていなかった。バンビはただの興味本位で、足を踏み入れた。
羅針盤はしっかり、そちらを指していたらしい――九庵も、何も言わずついてきた。
草むらに覆われた小径を歩いてすぐ、ひらけた場所に出た。
ロープに囲まれた洞穴と、色とりどりの花に囲まれた、サファイアでも溶かしたように真っ青な水面の池。
「キレイね~……!!」
目を輝かせ、九十九パーセント観光気分でシャッターを構えたバンビは、久しぶりに聞くすさまじい封印の音に、「ぎゃあ!!」と叫んで腰を抜かした。
ゴゥ――ン!
巨大な鉄槌が空から降ってきて、ズドンと地面に埋め込まれたかに聞こえるごう音は、遠慮なくバンビの観光気分を吹き飛ばした。
「大丈夫ですか、バンビさん」
九庵も、さすがに耳をふさいでいた。自分たちの真上に鉄塔が落ちてきたような音だったからだ。
「ふ、封印――封印――えーっと、五つ目、確認、と」
バンビは涙目で立ち上がりながら、ようやく言った。完全に油断していた自分が悪い。
「ここが、セパイローの産屋ですか」
九庵が、バンビを助け起こしながらつぶやいた。
ロープに阻まれた洞穴は立ち入り禁止だったが、そばには伝承が書かれた看板がある。
「やっぱりこの島は、セパイローの産屋がある島であって、この地でたくさんの神が生み出されたって伝説はありますけど、セパイローが降り立った地ではないんですね」
「え?」
看板は、やはりアストロスの言語と、L系惑星群の言語両方の説明があった。九庵も読めたわけだ。
バンビも字面を追い、デイジーを出してアストロス表記の文字も読ませたが、やはり内容は同じだった。
この島は、「セパイローと神々の生誕の地」ではなくて、「セパイローの産屋」があり、ここからたくさんの神が生み出された、という場所だったのだ。
「えーっ? じゃあ、港の看板はウソじゃない」
「まぁ……ただ単に、神々が生み出された場所って書くのが本当なんでしょうけど」
九庵も苦笑した。
「けっこう適当なのね」
バンビは呆れかえってそう言った。
「じゃあ、やっぱり、セパイローが降り立った地っていうのは、ジャマル島のほうか」
バンビはひとりでうなずき、紙の地図をバックパックから出した。羅針盤が、次の場所を示そうとしているからだ。
草むらの上に地図を広げ、羅針盤を置くと、光はある島を指した。
「ジャマル島……」
日程が残っていたら行ってみようとしていた島だったけれど。
分かっていたが、ずいぶん遠い。ナミ大陸から出ることになる。ナミ大陸とジュセ大陸に挟まれた、アンブレラ諸島という群島のうちのひとつだ。
「行くのにメチャクチャ時間かかったらどうしよう」
デイジーでルート探索をしようと、球体の機械に向き合ったバンビは、一瞬のめまいののちに、真後ろに倒れていた。
「バンビさん!?」




