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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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323話 ムーガ・ファファンの遺跡 1


「――起きて! バンビさん、起きてください!」


 バンビは地震かと思って飛び起きた。九庵が、車ごと揺らしていたのだ。


「起こすなら、ドアを開けて声をかけてよ!」


 なにも、車ごと揺らして起こすことないじゃない――と言いかけたバンビは、焚火(たきび)をしていたあたりに、空から黄金の光が降りているのを見て、慌てて車から下り、滑って顔から砂地に没した。


 ベンも、信じられないものを見る顔で、突如空間に現れたそれを見上げていた。


 暗闇に浮き上がる黄金色の光は、文字と絵模様の螺旋(らせん)だった。絵巻――そう、物語が描かれている絵巻物が、螺旋状になって天空から降りてきている。知っている者が見たならば、これはマ・アース・ジャ・ハーナの神話の絵巻物だと気づいただろう。だが、アストロスの古代言語で書かれていたため、ここにいる者はだれも読めないし、意味を知ることはなかった。


 美しくもあり、恐ろしくもあるその金は、三人の目の前で、回転しながら砂地に消えていく。


「これは、いったい――」

「下がりましょう」


 手が触れそうなほど近くにいたベンは、九庵に引っ張られた。バンビも、三メートル近くも距離をあけて離れた。


 予想通り、そのらせんを追って、空から鉄槌(てっつい)が降ってきた。

 ふたたび、あの音が聞こえる。黒い(くさび)が、大地に打ち込まれる音が。


 ベンも、バンビも、九庵も、すさまじい振動と音に、耳をふさいだ。


「な、何の音です? 今のは――」


 ベンが頭を振りながら、衝撃に目を白黒させ、聞いた。

 あとは静かなものだった。風が砂を擦る音もない。


 バンビが寝るときも握りしめていた携帯電話が鳴る。グループメールが入っていた。

 クラウドだ。

「ルナたちが、封印を三つ一気に解いた」と――。


「……行きましょう」

「え?」

「ごめんなさい、ベンさん、少しでも寝たかな。今から出発できる?」

 慌ただしくそう言ったバンビに、ベンはうなずいた。

「ええ。仮眠は取りました」

「どうやら、地球行き宇宙船のほうで、封印が三つ解けたそうなの」


 バンビは何度か転びそうになりながら車へ戻り、地図を持ってきた。ライトをつけ、次の場所を示す。


「次は、ワギリタ砂漠中央にある遺跡だわ。ムーガ・ファファンね。一気に行けるかしら」

「小休止を取りつつ行けば、なんとか」

「急がせてごめんなさい。――休まなきゃいけないときは言って。どうしてもダメなときは、飛行機でもタクシーでも使うから」

「大丈夫だと思いますよ。俺、体力だけはあるので」

 

 そこまで話してから、はっと気づいた。

 今は、夜だ。


「あ……ごめんなさい。いちいち変えて。やっぱり明日の朝にしよう」


「え?」

 困惑したのはベンだけだった。

「わしもそうしたほうがいいと思います」

 九庵も言った。


 ――決断は、昼にして。太陽が出ているあいだに。


 バンビは、ルナのメッセージを思い出したのだった。


「朝イチで、向かいましょう」





 ルナたちは、背の低い木立に囲まれた砂の道をゆっくりと歩いた。砂地の上、坂道になっているので、なかなか先に進めない。皆、ずいぶん疲労を感じていた。


 空が美しく晴れているのが、何よりも救いだった。


 白いタカは姿を消した。ペリドットが呪文を使って消したのだ。必要がなければ戻す――長い間魂を外に出しておくと、ニックの疲労が濃くなる。タカの役目が来たときに、また活躍してもらおうと、一度ZOOカードに帰らせたのだった。


「大丈夫か? ルナ」


 ルナの足が遅くなり、立ち止まってはふうふう言うようになってきたころ、ようやく景色が変わった。


「あれ?」


 先頭を行っていたニックが、見覚えのある光景に目を見張った。花畑だ。向こうに見える建物は――。


「もしかして、戻ってきたのかな」


 ルナを背負ったペリドットが、ニックに追いついた。ルシヤも、「あれ、最初にわたしたちが通った道じゃないか?」と言った。

 迷路を抜け、太極図のドアを開けて歩いてきた道だ。円形の広場と建物は、女神のレリーフがある宮殿。


「あのオリーブの木、僕、見覚えがあるよ!」

 そういってニックは走り出した。


「待って! わたしも行く!」


 ルシヤがあとを追った。砂地の道は、来たとき通ってきた石畳の道へすぐに合流した。

 そのまままっすぐ行けば。


「オーイ!!」

 ニックが両手を振った。

「ただいまーっ!!」


 後ろから、ニックの声がする。耳のいいベッタラとピエトが、真っ先にその声を拾った。


「帰ってきた!!」


 ピエトはウサギらしく真っ先に駆け出し、勇者たちを出迎えた。


「おかえり!!」


 ニック、ルシヤ、ルナを背負ったペリドット――の順に姿が見えた。

 ピエトはニックに抱き着いた。


「おかえりなさい!!」

「ただいま!」

「みんな、ケガはない!?」


 労いもそこそこに、みんなは、ルナたちが海水浴でもしてきたかのようにカピカピのベタベタだったので、ずいぶん驚いた。


「なにがあったの?」

 ミシェルの疑問は、当然だ。


 やはり、ルナたちが帰ってきたのは、女神のレリーフがある広場だった。

 一周してきたのだろうか。

 当然のことながら、待機組は、レリーフの扉を過ぎた向こうでなにがあったか聞きたがったが、四人はかなり疲労困憊していた。

 クラウドが気遣うように言った。


「無理もない。君たちが扉の向こうへ消えてから、二十四時間が経過している」

「――なんだと?」


 さすがのペリドットも想定外だという顔をし、四人は顔を見合わせた。


「おまけに、全力で海水浴してきたあとかい?」


 四人は潮臭かった。クジラの背は風が強かったので、乾くことは乾いたが、衣服は生乾き。その上、髪も固まっている。


「腹が減った……」


 ルシヤの情けない顔とともに、小さなおなかがけたたましく鳴いた。鍵の音にも負けないくらいのでかい音だった。


「お風呂、入りたいなあ……」


 ニックのつぶやきの隣で、ルナは撃沈寸前だった。(まぶた)は半分閉じ、かくん、かくん、と頭を揺らしている。


「ペリドット、一度、家に帰ることはできそうですか――?」


 ルナの様子を見て、カザマがそう言いかけたところで、再びレリーフの扉が開いた。

 皆は驚いて固まったが――アズラエルとペリドットが代表して、慎重に扉に近づき、中を覗いた。それから、勇気を出して一歩、踏み入ってみた。

 今度は、扉は勝手に閉じなかった。中は、石畳の広場ではなく、広い部屋になっていた。


「大丈夫だ、入ろう」


 ペリドットの手招きで、皆も恐る恐る中に入った――最後のエーリヒが入った時点で、扉は自動で閉じた。


「まあ。これは――」


 中は古代の宮殿にある部屋のようだった。サルーディーバとアンジェリカが、懐かしく思えるような部屋だ。

 外の花畑が見える回廊をガラスで隔てて、窓際に巨大な長テーブル。その上に、豪勢な料理が乗っている。中央には花が生けられた丸テーブルが。奥のカーテンを引くと、寝室があった。


「これは、セパイローのもてなしか?」

(ねぎら)いといっていいものかな」


 ふわり、花と果実の香りが鼻をくすぐり、その匂いに惹かれたアンジェリカが右手の広く開いた回廊を少し進むと、トイレと、おそらく浴室があった。おそらくというのは、カーテンで仕切られた部屋は、二ヶ所に別れていたからだ。男湯と女湯に。

 花の香りは、その奥からする。


「うまそうなにおい……」


 クラウドが止める間もなく、ルシヤはフラフラといい匂いのするテーブルに引き寄せられ、猛然と食事を始めてしまっていた。


「ちょっ……大丈夫かな」

「試練はひと段落したと見ていいんだろう。まずは、労いをありがたく頂くか」


 ペリドットの言葉に、ようやく皆は安心して、それぞれ目的の場所に移動した。


 ルナは頭からお湯をかけられ、びっくりして目が覚めた。


「あら、まあ」


 カザマとサルーディーバが、ルナを丸洗いしようとしていたのだった。ルナは起きたので、自分で髪と体を洗い、花が浮かべられた、いい匂いのする、豊かで透き通って、温かい湯に浸った。

 疲れがすっかりとれるようだった。

 風呂から上がれば、花模様の、丈の長いバスローブみたいな衣装が置かれていて、ルナのベタベタだった服はすっかり綺麗になって乾いていた。


 テーブルに用意された食事は、見たことがないほど豪華なもので、皿を食べつくせば次の皿がどこからか現れると言った具合――ジューシーで柔らかい肉の塊や、金色のオイルに浸された魚、とろとろのゆで玉子の黄身に得も言われぬ味わいのソースがかけられた一品、こんがり焼かれた七面鳥ほどもある巨大なエビ。

 

 たくさんの種類のパンにごはん、麺類。花でできたサラダなど、見たことがない食べものばかりだった。


 デザートも最高だ。金色のケーキは、ピンクのクリームがうずたかく盛り付けられ、色とりどりの花々で覆われていた。金のカップに入った、キラキラ輝くホットチョコレートなんて、ルナは初めて飲んだ。


 おなかがいっぱいになって、身体も服も綺麗になって、ルナはもう寝るしかなかった。

 ルシヤとピエトもだ。人数分のベッドはあったが、三匹は一緒になって一台のベッドで寝た。

 ニックも、すでにいびきをかいて夢の中。


 残りの皆は、食事をしていたテーブルに集まった。


「おかしいぞ。まだ午後になったばかりなのに」


 クラウドが時計を見て、困惑した顔をした。外の光景は、すっかり夜になっていたのだ。


「奇妙な場所だな」

 グレンも気味悪げにそう言った。


 空は夜なのに、ずいぶん明るいと思ったら、月が出ているうえに、大きな蛍が飛んでいたのだった。


 ――部屋も外も、景色は美しいが、一度迷い込んだら出られない迷路だ。



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