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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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322話 セパイローのレリーフ 2


「聞いてくれ!」


 ニックが、タカの背から叫んだ。地の底から大勢の亡者の声もして、それがひどく耳障りだ。叫ばないと、聞こえない。


「この先に、鍵があるんだ」

「えっ?」

「見えるかい? あの岩場の上だ」


 白い出口に向かって、アスレチックコースのように、突き出た岩場が続いている。橋の代わりにと、川に置かれた岩みたいだ。ドアの直前に、階段が右横道にそれてあり、ひときわ高い岩場がある。


「あそこに鍵がある。だが、とても小さい。タカの爪じゃ取れなかったんだ」

 白いタカは申し訳なさそうな顔をした。

「僕らを乗せているこの大きさじゃ、爪のほうが大きくて、小さなカギはなかなか取れない。僕たちを岩場において、ちいさくなって取りに行くことも試したんだが、僕たちが降りられるような、広い岩場が見当たらない。ペリドットのZOOカードの魔法もつかえないんだ」


「ルナおまえ、チーズ・マフィンでも食ったのか」


 ペリドットが、変貌したルナの姿を見て笑っていた。その話はあとだ。


「わかった! あたしが行ってみるよ」


 ルナは勢いよく返事をして、ルシヤを白いタカのほうへ寄せた。


「ルシヤをお願い!」

「つかまれ」


 ペリドットが強い腕でつかんで、ルシヤをタカの背に乗せた。


 マフィンの効果がいつまで続くか分からない。急がなくてはならない。

 ルナは跳ねた。

 パルキオンミミナガウサギのように跳ね、鍵のある場所へ――岩から岩へ。

 鍵が置いてある岩場の前まで来て、階段から大きく跳躍したが、届かない。


「わあ!!」


 階段に戻れず、勢い余って落ちたルナを、白いタカが拾いあげた。


「上から行こう!!」


 そういって、白いタカは岩場より高い位置へ飛んだが、想像以上に鍵の置き場は小さかった。


「カギだ! カギがある!!」


 ルシヤが叫ぶ。ツバメの巣のような小さな干し草の塊の上に、黄金に輝くカギが乗っている。


「ホントに小さいや……」

「無理だね……あそこには降りられない」


 ルナでもルシヤでも無理だ。足場が狭すぎる。


「じゃあ、ルナがわたしを飛ばしてくれ!」

 ルシヤが叫んだ。


「えっ?」


 ルナのボディガードだというのに、カッコ悪いところを見せてばかりだ。ルシヤは、ようやく落ち着いて、勇気が湧いてきた。

 胸はまだ熱い。

 自分の魂が、勇気づけてくれた気がした。


「ふたりでやろう!」


 ルナは少し戸惑ったようだが、すぐ「うん!」と言った。

 悩んでいる暇はない。


 白いタカは、ルナとルシヤを階段に降ろした。助走をつけ、駆けあがり、先ほどルナが飛んだ位置で、ルナはルシヤを肩に乗せたまま跳ね――そのルナを台にして、ルシヤが跳躍した。

 一度目は、ギリギリ、届かなかった。

 落ちた二人をタカがキャッチし、もう一度階段に降ろしてもらった。


「もう一回!!」


 ルシヤが叫ぶ。

 ルナはさっきより助走を長くとって、ルシヤを肩車したまま駆け、跳ねあがった――。

 ルシヤが、ルナの肩をさっきより強く蹴る。鍵のある場所はずいぶん高い。


 届け――届け!!


 ニックとペリドットの応援が聞こえる。

 せめて、つかまることができればよじ登れるのに。ルシヤがそう思っていると、ぐんっと下から持ち上げられた。ルナかと思ったらルナではない。タカやニックたちでもなく。

 ウサギだった。

 とても強そうな黒曜石の目をした、真っ白なウサギだった。手足が長く、とてつもないバネがありそうだ。そのウサギの応援を得て、ルシヤの頭は、鍵の置き場より上に上がった。

 カギのある場所まで、見える位置に。


「届いた!!」


 ルシヤの小さな手は、鍵をしっかりとつかみ、落ちた。


「ルシヤ!!」


 真っ逆さまに断崖絶壁を落ちようとしたルシヤは、むんずとペリドットに拾われ、ルナもふたたび階段から、タカの背に乗った。


「ウサギは!?」


 ルシヤは必死で、さっき助けてくれたウサギの姿を探した。どこにもいない。

 あれはきっと――いや、たしかに、自分の魂である、「パルキオンミミナガウサギ」だった。


「わあっ……!!」


 ぐらりと、タカが揺れた。鍵を失った岩場が、崩れ始めたのだ。ルナが飛び跳ねてきた岩々も、白く光る出口の前の岩場も――。

 崩壊に巻き込まれて傾いだタカは、すぐに態勢を立て直した。


「おい! カギ穴はどこだ?」

「分からない!」


 白い光がドアの形に迸っているだけで、鍵穴どころか扉も見えない。


「えい! 突っ込め!」

『本気かい!?』


 光が徐々に弱まっている気がする。心なしか、出口が、光がしぼむように小さくなっている気がするのだ。


「行け!」

『どうなっても知らないよ!!』


 タカは猛スピードで、出口に向かって突っ込んだ。ペリドットが、鍵を、差し込み口に向けるように突き出した。


「わあーっ!!!!!」


 ルナとルシヤとニックは抱き合って目を瞑る。


 ――扉を、抜けた。


 カギが開く音ではなく、スポン、とマヌケな音がして、ルナたちは出口を抜けた――のも束の間。


「わああああああ!?」


 ルナたちは、大海原に投げ出された。

 スポンと抜けた衝撃で、タカは全員を振り落としてしまった。


『みんな! みんなどこ!?』


 眼下にあるのは荒れ狂う大海。先ほど飛び出してきた出口は、高い高い崖の中腹だ。白い閃光に包まれていた場所は黒い穴倉となり、先ほど通ってきた異界は見えない。ただの洞穴(ほらあな)になっていた。


 世界を見渡しても、島らしきものも見当たらず、どこも、険しい崖ばかり。絶壁に打ち付ける波は特別と言っていいほど荒々しく――対照的に、空はどこまでも澄んだ青空だった。


『ニーック!!』


 白いタカは、甲高い声で分身を呼んだ。波にのまれて、だれの姿も見えない。


『ニック! ペリドット! ルナちゃん、ルシヤちゃーん!!』


 だれの返事も、なかった。


 ペリドットは、鍵の音を聞いた。

 白い閃光めがけて突き進む中、右手に持って突き出したカギは、たしかに見えない鍵穴に刺さったのだ。


 渾身(こんしん)の力で鍵を回すと、タカの頭が閃光に飲まれていった。そうして飛び出した先に、目を見張るくらいの青空を見た。地獄を抜け出た――と思った矢先に向かい風が直撃し、タカの背から放り出されていた。とっさにそばにいたルシヤをつかもうとしたが間に合わない。声にならない悲鳴とともに、皆、バラバラに放り投げられた。


 落ちた先が海だったのは、まだ幸いだ。さっきのような、果てが分からない無間地獄(むげんじごく)ではない。

 とはいえ安心もできないのは、すさまじく荒れ狂った海だったからだ。雲ひとつない快晴とはあまりに対照的な荒れ方。

 一度沈んで、なんとか水面に顔を出したペリドットは、仲間の名を叫んだ。


「ルナーっ!! ルシヤ!! ニッ――」


 ニックの名を叫ぼうとして、頭から波をかぶり、沈み、ごぼりと海水を飲み込んだ。彼らは泳げただろうか。泳げたとしてもこの荒波では。


「かはっ!!」


 水面に顔を出すだけで精いっぱいだ。どこか、陸地を探さねば。タカは無事か。

 ペリドットの位置からは、波にさえぎられ、だれも見えない。

 ZOOカードの呪文が効くのか定かではないが、このままでは全員溺れてしまう。


 ペリドットは考えた。この海を静めるのが先か。静めるとしたらマールの呪文だが。同時に海の生き物も呼ばねばなるまい。


 シャチやイルカを呼ぼうとして、ふいにひらめいた。


(――この海は、もしや)

 

「ぷひゃあ! るーちゃあああん、」


 ルナもまた、浮いては沈んで、浮いては沈んでいた。マフィンの効果は切れた。ルナの手足はすっかり縮んで、もとのルナに戻っていた。

 犬かきならぬ、ウサギかき。そんなマヌケなもがきもまったく意味もなさないほど、波は大きかった。

 ルシヤやペリドットたちの姿を目で探すが、だれの姿も見えない。


「――ちゃあん!!」


 ニックの声が聞こえた気がする。どこからだろう。それにしてもこの波では。

 ルナはインボカシオン(召喚)を唱えようとして、寸時迷った。うさこを呼んだところで、彼女は泳げるだろうか。呼ぶとしたら、シャチやイルカ――。

 そう思っていたところで。


「インボカシオン! “キヴォトス”!」


 ペリドットの声だった。

 空に向かって、波間からまっすぐ白い閃光が上ったことで、ペリドットの位置が分かった。


 このとき、ルナの耳には、まるで見当違いな音が聞こえた。

 ガチャリ。

 ――鍵が開く音だ。


 グァ――ォ。


 海底から。

 水を震わせ反響する音は、まるで交響曲の序章だ。

 たちまちに大荒れの波が静まっていく――やっと収まった、と思ったら、下から水が押し上げられる。大きな、大きな波だ。けれどルナたちは、再び波にのまれることはなかった。

 陸地が、ルナたちを水上に押し上げたのだ。


「るーちゃん!! ニック!!」


 ルシヤとニックは、思いのほか近くにいたのだった。口から水しぶきを上げて仰向けに寝転がっているのはルシヤだ。突然現れた大地に戸惑い、キョロキョロしているニックのもとに、白いタカが降りてきて再会を喜んだ。


「この島、なに?」


 水を吐きつくし、涙目でルナに縋って立ち上がったルシヤは、島というには妙につるつるして、しかも真っ黒な大地を、不思議そうに眺めて、二、三度足を踏み鳴らした。

 あまりに広い大地を見渡せば、でこぼこしている場所もある。


「コイツはクジラだ」

「くじら!!」


 びっしょびしょの衣装を片っ端からしぼりながら歩いてきたペリドットの言葉に、ルナとルシヤは声を合わせた。


「地球行き宇宙船だよ」

「――これが!?」


 島ではあったが、たしかに動いているのだった。

 船のように。この大海を、悠々(ゆうゆう)と。


「僕たちは、地球行き宇宙船の背に乗っているのか」

 ニックは、なんだか感動した面持ちで、辺りを見回した。

「よかった、だれも溺れてないな」

「おえっ! 海って、こんなにしょっぱいのか!」

 ルシヤがすごい顔をして、その顔があまりひどかったために、みんな笑った。

 笑ったおかげで、ようやく元気が出たのか、そろって安心のため息を吐いた。


(地球行き宇宙船の“真名(まさな)”を呼んだら、あれが現れた……)


 ペリドットだけは、複雑な顔で思考していた。


(どういうことだ。あのクジラは簡単には現われないはず。真名を呼んだからか? そうだ。あれは、きっと、俺に真名を呼ばせるために、教えた……)


 ひとりだけ、うすら寒さを感じながら、ペリドットは考えた。


(なぜ、真名を与えた。俺たちに? “クシラ”の意志か? いや、クシラの真名は“海のご意見番”だ。あれは、地球行き宇宙船そのものではない。やはり、“ウサギ”になにか意味があるのか? しかし、なぜあんなあいまいな選択を……。選ばれたのが、ピエトじゃなかった理由は……)


 助かった、助かったとはしゃぐルナたちを見て、ペリドットははっとした。


(まさか、ピエトは)


「うわあ! あれ、なんだ!?」


 ルシヤの絶叫に、ペリドットの思考は遮られた。


「あれのせいかぁ……」


 ニックの唸り声。ルナも、口をポカンと開けて、それを見ている。

 ペリドットも、視線をそちらへ向けた。崖の上だ。


「なるほど」


 海の大荒れをつくっていたものの正体が分かった。巨大な水瓶だった。城ほどもある大きな水瓶が傾き、崖の上から、滝のように水を降下させている。その量がとんでもないので、大波になっていたということだ。

 まだ波は荒れているが、降下する水量は徐々に弱まっている。見ているうちに、どんどん少なくなっていった。


(あれは、水の神パルベの水瓶か……)


 ペリドットは美しくも巨大すぎる、陶器の水瓶を見つめながら嘆息した。

 先ほどまでの思考は、霧散してしまった。


『おおーい!!』

 どこかへ消えていた白いタカが、舞い戻ってきた。

『本物の陸地を見つけたから、ここからは僕が連れて行くよ。この大きなクジラから降りるのは、少々大変だ』


 ルナたちは白いタカに乗り、大海原を飛んだ。白いタカは、巨大クジラの、巨大な目の横を通ってくれた。


「助けてくれて、ありがとう!!」


 ルナたちは、大きく手を振って、クジラの目にお礼を言った。目の玉が、左から右へ――白いタカの飛ぶほうへ向かって、動いた気がした。


 グァ――ォ。――。


 クジラはもう一度鳴いて、海の中に帰っていく。

 白いタカが降り立ったのは、まさしく本物の陸地だった。砂浜だ。先ほどの大荒れが信じられないほど凪いでいる。


「ここはどこだ」

 ニックが、肩をすくめた。

「次は何が起こるんだろう」

「試練は、終わりだといいけどな」

 もう落ちるのはまっぴらだ、とルシヤはルナの手を握った。

「行先は、あっちかな」

 砂浜の向こうは、小さな林だ。四人は海水でカピカピの髪をかきあげ、生乾きの衣装を引きずりながら、そちらへ歩いて行った。


「君たち、鍵の音は聞こえたかい?」

 歩きにくい砂地を一歩一歩踏みしめながら、ニックがほかの三人に尋ねた。

「聞こえた! ええっと、広場で、レリーフと話をしたときと、光の出口を出るときと、クジラが現れる前だ!」

 ペリドットだけではなく、ルシヤにも聞こえていたらしい。

「うん。あたしも聞こえた。るーちゃんとおんなじ。三度目は、ペリドットさんの呪文が聞こえたあとだったかな」

「僕もだ」

 ニックもうなずいた。

「ということは、封印は三つ、解けたんだな!」


 問答らしきものがあった、最初の広場と。

 光の出口から抜け出るとき。

 ペリドットが、「キヴォトス」を召喚したとき。


 ルシヤは満面の笑みになった。そして、白いタカの(くちばし)とハイタッチをし、ルナ、ニック、ペリドットの順でもう一度やった。


「さて。バンビくんのほうではどうなってるかな」

「携帯はここにはないからな」 


 連絡が取れん、と嘆息するペリドットに、ニックは笑った。


「持ってこなくて正解だよ! とっくに使えなくなってるに決まってる」




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