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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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321話 バンビと九庵、ベンと合流する 1


 こちらはバンビサイド。

 アストロスのサザンクロス・シティ、チラン島である。


 何もない田舎島を想像していたバンビは、ケンタウルの空港で見たチラン島のパンフレットを見て仰天した。スキー場を含め、さまざまなウィンタースポーツの施設がある一大リゾート地だったからだ。


 ただし、寒い。

 けっこうな極寒だった。


 それを抜かせば実に快適だ。リゾート地だけあって、近代的なホテルもいくつかあるし、フェリーも一日一往復、なんてことはなくて二十回は便が出ていたので、ずいぶん観光地化された島ではあった。


 遺跡だらけの、神秘的な島を想像していたバンビは裏切られたわけだが、そもそもそういう島で、しかも豪雪地帯でバンビがサバイバルできるわけもなく。多少K39区が雪深いからと言って、慣れた顔をしていたバンビの横っ面を叩いたのは、結局長旅の疲れだった。


 22日にホテルに着いたとたん、船酔いと疲労で熱を出し、翌日一日、起き上がれなかった。なんとか一日で熱が下がってくれたのは御の字で、文句も言わず、なにかとバンビの世話を焼いてくれた九庵には、まったく頭が上がらなくなった。


 スキー場も近いというホテルの外は、白銀の世界だった。

 冬の終わりの季節。スキーをしに来た最後の観光客でいっぱいだ。


 いつまでも寝ているわけにもいかない――リゾート・ホテルの宿泊料はけっこう高いので――バンビは24日にはホテルをチェックアウトし、羅針盤が導く場所を探しに出かけた。


 さすがに九庵も、ホテル併設(へいせつ)のショッピングモールで買ったダウンジャケットに長袖長ズボンにブーツだった。


「運転――できないわよね」

「残念ながら」


 バンビも九庵も自動車の運転はできない。しかも雪道。ここではじめて、バンビは運転ができるだれかをお願いすればよかったと思った。


 バンビのpi=poのデイジーは、運転機能はない。アウトドア特化型なのに? 

 仕方なく、タクシーを振り回すことになった。


 羅針盤の針が示す方向を追って。


 ちいさくもない島の反対側の海辺――断崖絶壁に張り出したその先端に、「目的地」はあった。


 タクシーが行ける限界、行楽地の駐車場に停めて待っていてもらうことになったが、ここはスキー場とは違い、海岸線で、この寒い時期にほとんど観光客はいない。


 タクシーの運転手に、正気の沙汰ではないという目で見られながら、バンビと九庵は、激しい海風吹きすさぶ、断崖絶壁へと向かった。


 バンビひとりだったら自殺者かなにかと思われていたかもしれないが、pi=poを連れていたことと、連れがなかなか強そうな見かけだったことで、強く引き留められはしなかった。


 強い海風のせいで、積雪が少なかったことが唯一の幸いだ。しかし、風が強すぎて、なかなか前に進めない。九庵が前に立って風を受け止めてくれたが、バンビのほうが、背が高い。

 ウィッグが飛んでいきそうだ。


『暴風を感知しました。緊急措置を取ります』


 一歩も先に進めなくなったあたりで、やっとpi=poのデイジーが、暴風バリアを這ってくれた。


「遅いわよぅ!!」


 涙と鼻水だらけのバンビの絶叫に、「デイジー」が返事をした。


『ごめんなさい。こういったケースは初めてだから』


「そうよね。無理もないわよね」

 バンビは鼻をかみ、震えながらつぶやいた。

「急ぎましょう」


 不思議なもので、「目的地」に着くと、羅針盤そのものが光を灯しはじめ――あれほど強かった海風が、止んだ。

 デイジーも、暴風バリアを、解いた。

 海風は止まったわけではなさそうだ。バンビたちが、無風状態の「どこか」へ入り込んだのだ。その証拠に、断崖絶壁の向こうは、びゅおびゅおとすさまじい風が吹き、真横に雪が吹きつけている。


「ヅラは無事のようですね」

「ヅラとか言わないで。ウィッグって言って」


 最先端のウィッグは強靭だった。この暴風でも剥がれない。帽子とフードでガードしているとはいえ。


「一応、羅針盤は、ここを示していると思うんだけど――」


 黄金色の光を灯しては薄れ、羅針盤は明滅する。羅針盤を見つめ、海のほうを見つめたバンビの視界に、突然炎が燃え上がった。

 こぶし大の炎から、三メートルもあるような炎が、首と翼をもたげて燃え上がり、バンビを見下ろした。


「きゃあああああ!!!!!」


 驚いて腰を抜かしたのはバンビだけで、九庵は身を乗り出し、デイジーは「まあ……!」と言った。


 不死鳥の羽根は、ますます広がり――最後に、炎の奥から、ガコーン! とでもいうような――大きなくさびが打ち込まれる、あるいは、何かが嵌まる音がして、ふっと消えた。


「音がしましたね」

 九庵は耳を澄ませていた。


「あわ、あわわ……」

「バンビさん、しっかり」

『すごい音がしたわ。何の音かしら。類似性の高い音を検索します』


 九庵はバンビを助け起こした。


「しまった。今の一連の流れ、撮るのを忘れた」


 バンビはようやく立ち上がりながら悔しげにそう言ったが、九庵は笑った。


「あんなもん、撮れませんよ。――音がしましたね」

「そ、そうね――なんだか、こう、開く音というよりかは――、」

『類似性の高い音が検索できません』


 デイジーは、世界の音の中から、同じ音は見つけられなかったようだ。バンビも九庵も納得した。

 不思議な音だった、と思う。今まで聞いたことがない種類の音だ。


「地面に、でっかい鉄塔か何かが――空から降ってきて刺さったら、あんな音がするかしら?」

「――ああ! そういう感じですな」

 九庵が手を打つ。


 不死鳥が消えると、風はふたたび強くなってきた。


「戻ろう」

 バンビはすかさず言った。

 ――遭難する前に。


 バンビ一行は、駐車場までなんとかついて、その足で船着き場へ行き、島を後にした。

 サザンクロスに戻れば、安いビジネスホテルはたくさんある。

 すでにホテル内のレストランは店仕舞いをしていたので、売店でパンと温かいスープを買い、ようやくありつけた今日の夕食をたいらげながら、バンビはペリドットに電話をした。

 グループメールでは話し切れないことがたくさんあったからだ。


『――クサビを打つ音?』


 デイジーはすでに充電器へ。九庵も別の部屋で休んでいる。


「うん。遊園地のドアは、鍵が開く音だったでしょう? こっちの不死鳥の封印は、そんな感じの音がしたの」

『なんだか、逆に、“封印をした”ような音だな』

「そうともいえるかも」


 バンビは、今日見た光景や様子を、なるべく言葉を尽くして説明した。


「ごめんなさい。驚きすぎて、一部始終を動画におさめられなかったの。用意もしておいたのに」


 ペリドットは大笑いして、九庵と同じことを言った。


『撮れるかそんなもの! ――それで、次の場所はいつごろ行ける?』

「それが、けっこうすぐ行けるかも。シャインがあるのよ」

『本当か』


 デイジーが充電器にいるので、pi=poの地図は開けない。バンビは端末の地図と、さっき売店で買った旅行雑誌を広げていた。

 ここから飛行機で一時間ほどの、マーシャルという海辺の都市へ行くと、シャイン・システムがあり、そこから次の目的地、ベニアロの街へひとっ飛びに行ける。


『街か……』

 ペリドットの複雑な顔が見えるようだ。


「そうなの。街なの。それも大都市。L5系レベルの。まぁ――今日だって、封印の場所は、島の端っこのだれもいない断崖絶壁だったけど、チラン島も観光島だったしね。こういうの、遺跡ばかりじゃないのね。人に見られなきゃいいんだけど」

『だれにでも見れるような封印のわけがないだろう。ところで、身体は大丈夫なのか?』

「今のところ平気」

『そうか。報告ありがとう。ゆっくり休んでくれ』

「うん。じゃ、おやすみ」

『おやすみ』


 電話は切れた。

 この時刻だと、ハンシックは営業が終わるころだろうか。バンビは、ハンシックのグループメールで、「宿に着きました、今日は寝るわ。おやすみ」のメールを送った。

 なんだかんだで、ジェイクだけでなく、シュナイクルとルシヤも心配してくれているのだ。

 バンビは、その事実になんだか涙が出そうになって、あわてて残りのパンを口に押し込み、むせた。


「ゆっくり食わないからそうなるんだぞ!!」


 ルシヤの叱咤が聞こえるようだ。

 あのハンシックを、恋しい場所と思い始めている。


 研究所に入ったときは、実家を。

 刑務所に入ったときは、マシフやデイジーたちといつも一緒だった研究所を。

 地球行き宇宙船に乗ったときは、どこを懐かしいと思ったのだろう。

 もう、覚えていない。


 バンビは、帰りたい場所があるというのは、とてもうれしいことだと思った。

 若い頃はそうではなかった。研究一筋に生きるのだと、一人前に、家族と友人を捨て、故郷を捨て、金もいらぬ家もいらぬと、孤独に生きるのだといきがっていた時期があった。

 だが、今のバンビを助けているのは、それらすべて、捨てたものばかりだった。


 その日、バンビは不思議な夢を見た。

 なにもない大地に、空と岩しかない大地に立った自分が、――ラグ・ヴァダを、懐かしんでいる夢だ。





 翌日の出発は、昼になった。


 ホテルの朝食ビュッフェになんとか滑り込み、これ以上やせてはならないと食い物を押し込み、タクシーで空港に向かい、マーシャルまで飛んだ。そこから、シャイン・ポートという大きなシャインの「駅」から、ケンタウル・シティ南のベニアロという街へ。


 そこは、ずいぶんな大都市だった。


「――え? ここ?」


 バンビと九庵は、微妙な顔で見上げた。

 ふたりとデイジーが見上げているのは、ショッピングセンターの渡り廊下の壁である。ブティックが並んだB棟からC棟に入る裏道みたいなところで――たしかに、ひと気はないけれど。


「ほんとにここ?」


 羅針盤は、ふたたび明滅している。


 裏道にあるトイレから出てきたカップルが、バンビたちを不思議そうに見ながら、前を横切っていった。


 ここは、ベニアロの駅のショッピングモールだった。駅と大きなデパートが一体化しているところ。早くたどり着いたのはよかったが、本当にここかと疑いたくなる場所である。


「ホントに――あっ!」


 疑い深く壁を見上げているバンビの前で、巨大な紋様が壁に浮かび上がった。昨日見た、不死鳥ほどもある大きさだ。


 勾玉を、上下に重ねた形――太極図。


「な、なにこれ」


 親子連れが、何もない壁を見つめるバンビたちを、気味悪そうにちらりと見て過ぎていく。


「もしかして、ほかの人には見えていない?」

「そのようですな」


 突如、九庵の全身がザワザワッと震えて、「バンビさん、下がりましょう」といった。


「え?」


 バンビが九庵のほうを向くのと同時に、九庵の太い腕がバンビを下がらせた。


「――ッ!!!!!」


 こんなにひとが大勢いる公共の場所で、悲鳴を上げるところだった。バンビは思わず耳をふさいでうずくまった。なんて音だ。


 やはり、昨日と同じごう音がして――大きな杭が、クサビが、地面に打ちこまれる強烈な音がして、模様は消えた。


 あれほどの大きな音だというのに、だれも気づいたそぶりはない。渡り廊下から見える、人がたくさん行きかうショッピングモールでは、だれひとり、動揺の様子もない。

 地震かと思うほどの揺れと、音がしたのに。


「見えるのは、わしらだけってことでしょうな」

「……」

「行きましょう。ここは終わりました」


 バンビはなんとなく釈然としないものを感じながら、すでになにもない、無機質な壁を見つめて、その場を後にした。



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