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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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318話 不死鳥の扉と、バンヴィの羅針盤 2


「そこまで、複雑な迷路じゃないな」


 写真は全部で四枚。つなげても、そう複雑ではない。果てしなくひろがる迷路と言ったわけではなく、曲がる方向さえわかれば、数分でたどり着ける。


「じゃ、みんな、俺についてきてくれ。ゆっくり行くから、遅れないように」


 今度はクラウドが先導した。彼が言った通り、迷路はあっさり通り抜けた。

 そして、また木の扉があった。

 今度の扉には、見たことのない模様がついていた。勾玉(まがたま)みたいな模様が、さかさまにふたつ、くっついた模様だ。


太極図(たいきょくず)だな」

 知っていたのはクラウドとアントニオだけだった。

「太極図?」

「ああ、地球から伝わってる五行思想、だったかな。このへんは、大路の人がくわしいんだが……」

「明日、ナキジンか、カンタロウを連れてきてみるか?」

「そうだな」


 炎の鳥のドアは開いたが、こちらの扉はビクともしなかった。ペリドットもアントニオも、力自慢のアズラエルとグレンも、何度も押したり引いたりしたが、何も光らず、燃えず、消えず、鍵も開かない。

 アズラエルが首を傾げる。


「さっきはなんで開いたんだろうな?」

「バンビがいたからか?」

「バンヴィの羅針盤を取るには、バンビが必要か。でも、」

「そうだな。――だとすれば、扉が不死鳥か鳳凰のしるしだった理由が分からない」


 ルナのウサ耳が、ぴょこん、と跳ねた。


「あのね、今朝ギャラリーに行く前にね、鍵が開く音がしたの」

「え?」

「そういや……ルナ、そんなこと言ってたね」

『ルナさんは、言っていました』

 ミシェルとちこたんが保証した。

「もしかして、さっきの扉が開く音だったのかな」


 ペリドットが首を傾げた。

「だとしてもだ。なにが理由で、開いた?」


 ルナはさらに言った。

「そのあとね、紅葉庵に行ったら、九庵さんのことを聞いたの」

「九庵?」

 今度反応したのは、アンジェリカだった。

「九庵さんって、あのお坊さん? “九庵之不死鳥”ね?」


「――不死鳥!」

 サルーディーバとカザマが見合い、ルシヤとピエトが叫びあった。


「お坊さん?」

「ルナのボディガードだった坊主だ」

「ああ、タキの……」


 ペリドットは言いかけ、危うくとどまった。だれにも聞こえていなくてよかった。


「その坊主がどうしたんだ」

 問いに、ルナはウサ耳をぺたんと垂らした。

「――L05に戻るんだって。ラグ・ヴァダの武神と対決するために」

 ルナの言葉に、アズラエルが不思議そうな顔をした。

「なんだって? 戻るのか。あいつ、結局、階段、上まで上がれたのか」

「それは聞けなかったの」

 紅葉庵は忙しそうだったし、ルナも、それ以上は聞けなかったのだった。


 皆は戸惑って――何から聞いたらいいのかという顔をした。

 九庵の過去を知っているのは、この中では、ルナとアズラエルだけだ。


「ちょっと待って。分からないことが多いな……そのひとは、もともと真砂名神社の階段を上がれないのか?」


 信じられないと言った顔で、アントニオが言った。神職や僧籍の者が、階段を上がれないというのはめずらしいケースにちがいないが。


「なるほど……アイツは、階段を上がることより、ラグ・ヴァダの武神から、L05の人間を守ることを優先したんだな」


 説明を求める声が方々から上がったが、アズラエルは自分の考えを整理するために、すぐには答えなかった。


「アイツは、九庵は、階段を上がるために、数十年も過酷な目に遭いながら宇宙船にいたんだ。このあいだやっと、八十段目まで上がれた――」


「もしかしたら、上まで上がれたのかも!」

 ルナは叫んだ。


「だから、封印が解けたのか?」

 アズラエルは首を傾げ、アントニオが聞いた。


「L05にもどったっていうなら――たぶん、徴兵だよな。彼は、強いのかい」

「ああ。アイツはメチャクチャ強いヤツだ。電子装甲兵の火にも殺されねえ男だった――なるほど。ラグ・ヴァダの武神と戦うために、宇宙船を降りることになった――」

 アズラエルはふと、考えた。

「今のアイツだったら、どっちだったんだろうな。最強の相手と戦うために降りることを決めたのか――それとも、L05の人間を守るために、だったのか」


 皆が、言葉を失った。


 アズラエルは、ふと思い立って、聞いてみた。

「バンビおまえ、この封印は、欲があると解けないって、そんな感じのこといったよな?」

「え、ええ――言ったわね」

「こういうことなんじゃねえのか? 九庵は、自分の望みより、世界を救う方を優先した」


「そのために、鍵が開かれたというのですか」

 サルーディーバが、胸がいっぱいだという表情で、目を潤ませていた。

「なんということ」

 カザマも、胸に手を当てた。

「L05に戻られるということは、L03にある武神の亡骸を封じる部隊に入られるということでしょう。おそらく、過酷な戦いになると思います。――生きて、帰られるかは」


「俺が話を聞いた限りでは、アイツは、自分より強いヤツを求めてこの宇宙船に乗ったんだ。死はなにひとつ恐れていない」

 アズラエルは複雑な顔をした。

「あの階段を上がるために数十年、ヤツは過酷な目に遭ってきたんだ」


 もとより、L05には帰ることのできない身だった。九庵は、この宇宙船に骨を埋めることを覚悟していただろう。

 強い者と戦いたいのなら――ルナのボディガードとしてあれば、ラグ・ヴァダの武神と戦う機会もあったかもしれない。宇宙船に残っても、九庵は立派な戦力だ。

 しかし今や、「九庵」となったパウルに、そんな気持ちがあったかどうか。


 だれもが――九庵を知っている者はもちろん、知らないペリドットも絶句していたが、やがて言った。


「不死鳥に、太極図か。――これは参ったな」

 ペリドットが、扉の中央に刻まれたマークをなぞって、苦い顔をした。

「俺たちが謎を解けばなんとかなるといった具合の封印じゃなさそうだ」


「ぜんぶで、七つ、だっけ?」

 クラウドが腕を組んだ。

「バンビ、君、封印の内容は。たとえばどんな封印が施されているかとかは、……まったく不明なのかい?」

 クラウドの問いに、バンビは困った顔をした。

「ごめん。分からないのよ」

「そうか。……仕方ないな。とにかく、手立てを探してみるしかないってことか」


「ああ。とにかく戻るぞ。陽が沈む」

 太陽はすっかり、山に沈もうとしていた。陽が陰っていく。

「夜になれば厄介な動物も出てくるかもしれん。俺たちだけならいいが、子どももいるからな。今日は戻るぞ」


 ペリドットの合図で、皆は急いで迷路を引き返した。

 ルナは、陰陽のマークを、何度も何度も振り返りながら、アズラエルに運ばれて扉を後にした。


 まさしく本当に、ちこたんさまさまだった。今回の殊勲賞はちこたんだ。

 ちこたんは、来た道順もしっかり覚えていたし、(あの複雑な経路を。クラウドも一ヶ所だけ間違っていたのに!)なにより、あの長い長い回廊を帰らなければならないと、みんながだいぶうんざりしていたところへ、近道を見つけてくれたからだった。


 鏡の道は通らねばならないが、ちこたんは、五分で城の外へ出られる道を見つけてくれた――だが、そこは、金のビジェーテが三枚必要だった。こればかりはルールなので、ブリの門番は容赦してくれなかった。たとえ、白ネズミの女王がいても――。


 しかし、ミシェルの本体である青いネコを呼びだしたら、気前よく払ってくれたので、万々歳だった。


 城の外に出れば、あとは楽だ。エーリヒの本体である賢者の黒いタカが、みんなを乗せて、リンゴの建物まで運んでくれた。

 あとはムンド(ZOOカードの世界)をしまって、今日はおしまい。

 一気に廃墟と化した遊園地とリンゴの建物を見て、バンビが口を開けていたのは今さらだ。


 まもなく日付が変わるような時間だった。ZOOカードの世界は、時間の感覚も狂う。ルシヤは平気そうだったが、ピエトはもうだいぶ前から目を擦っていた。


「腹減ったし、ラーメンでも食って帰ろうか」


 アントニオの提案に、大人たちの一部は乗ったが、ルナはピエトを連れて帰ろうとした――が、ピエトが「行きたい」とぐずるので、付き合った。ルシヤを連れて帰るつもりだったバンビもだ。


 結局、みんなそろって、近くの「雷天」というラーメン店に向かった。歩いて五分。

 アツアツのラーメンを食べながら、今後の予定を話し合った。


 バンビは明日からアストロスに発つ。

 あの扉は、しばらく開かないだろうから、明日の全員集合はなし。

 ペリドットとクラウド、エーリヒ、サルーディーバが交代で見張るとのこと。

 明日からは、ベッタラとニックも参加する。

 アズラエルとグレンの修行は、しばらくお預けだ。

 アントニオは、別口の任務があるため、セパイローの庭には同行しない。


 ベジタリアンらしきバンビだが、ラーメンは好きで、積極的に食べたがった。細切れのチャーシューだけを根気よく拾い上げてルシヤのラーメンにのっけながら、野菜たっぷりの塩ラーメンを黙々と啜った。

 

 美味しくて涙が出そうだった。こんなに空腹を感じたのは久々で、さらにいえば、おそろしくくたびれていた。

 だが、頭は冴え渡っている。電子腺の研究が佳境にあったころの感覚と似ている。


 バンビは、このまま出立したいと思ったが、やはり体に休みは必要だ。

 もしかしたら、今夜を限りに、しばらくベッドで寝られる日は来ないかもしれない。


 餃子をかじりながら、ピエトが落ちたのを見計らい、彼の味噌ラーメンの残りはパパが平らげた。


 ルシヤはとんこつラーメンとギョウザ二人前とチャーハンとバンビのチャーシューを平らげて、満足げな顔をしている。


「今日はメチャクチャ腹が減った!」

 まったく強い。


「見張りはペリドットたちだけでいいけど、一応、集合をかけたら、すぐ来られるようにしておいてほしい」


 クラウドの言葉に、皆はうなずいた。


「じゃあ、バンビ、君は気を付けて」


 ラーメン店の前で皆に見送られ、バンビとルシヤは、帰路に就いた。

 ルナはあした、もう一度紅葉庵に行って、九庵のことを聞いてみようと思っていた。




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