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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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317話 セパイローの庭 2


「九庵さん、降りちゃったの!?」


 みんなそろって拝殿でお参りをし、バンビが交通安全お守りと旅行のお守りと合格守り、お札にストラップにと、あれやこれやと買いこんでいるのをしり目に、さっさと階段を降りたルナは、紅葉庵で驚愕の事実を知った。


「うん。ラグ・ヴァダの武神と戦うためやな」

「――え」


 カンタロウの真剣なまなざしと声に、ルナは目を見張った。


 九庵が?


 ルナがくわしい話を聞こうとしたが、みんなが次々に降りてきて、紅葉庵は渋滞になった。


「今日は暑いね。アイスが美味しいはずだ」

 セルゲイも、ソフトクリームを注文した。


 拝殿から降りて来た仲間だけではない。紅葉庵にはひっきりなしに客が訪れる。アイスやかき氷ばかりが、飛ぶように売れていた。

 カンタロウもナキジンと一緒に客をさばき始めたので、ルナはそれ以上聞けなかった。

 紅葉庵にも長居はできない。今日は遊園地に行かねばならないのだ。

 ルナは未練がましく紅葉庵を見つめながら、アズラエルに所持されて、シャイン・システムに入った。


「エアコンを、つけるべきかな」


 K19区の遊園地のリンゴの建物も、尋常でなく暑かった。扇風機では用が足らない。まだ六月だというのにこの暑さで、真夏はどうなることやら。


「エアコンなら、俺がつけてやろうか」

 意外と家電に強いグレンは言った。


「本当かい?」


 アントニオが、助かったという顔をした。この遊園地に業者は呼べない。見える人間と見えない人間がいることだし――。


「エアコンを設置すればいいの? あたしもできるわよ」

 バンビも手を挙げた。


「機械に強い人間が多いってのはいいな」

 アントニオはほくほくと手を揉み込んだが。


「このくらいの広さなら、pi=poで十分なのです」

「「「え?」」」


 アントニオとグレンとバンビが、同時に振り返った。ルナが、自分のpi=po――ちこたんのボタンをぽちっと押していた。すぐに、涼しい風が吹いてくる。


「pi=poにエアコン機能なんてついてたっけ!?」

 バンビがほぼ絶叫した。


「ふつうのおうちには、エアコンは備え付けだからね。これ知ってる人、あんまりいないのです」

 ルナはもっともらしく言った。


 ツキヨおばあちゃんのカエデ書店は、かなり古い木造家屋で、エアコンがなかった。扇風機で用が足りていたが、あまりに暑い日は、pi=poのエアコンをつけていた。そんなに広いうちではなかったので、間に合ったのだ。


「みんな、お坊ちゃまだね!」


 バンビもグレンも、返す言葉がなかった。バンビは科学の星で育ったので、エアコンをつけるつけないの問題でなく、空調は常に一定に保たれているのがふつうだったし、グレンは真正のお坊ちゃまだった。悪口にもならない。


「すごく広いお部屋は無理だけど、このくらいなら冷やせるよ」


 ルナは威張って言ったが、皆はどうにも、突っ込みたいところだらけだった。

 エアコンはともかくとして。


「なんで、ここにpi=poがいるの?」


 問いは、もっともだった。聞いたのはアンジェリカだったが、pi=poの存在以前に、つっこみどころは満載だった。ちこたんの腕が伸びて、ルナの胴体にヒシとしがみついているのだ。


「とっても涼しい」

「だろうね」


 ルナは、ちこたんの送風口を、みんなのほうへ向けた。


『ちこたんは、ルナさんの安全をお守りします』

「今朝からなんか、おかしいの」

『ルナさんは、ちこたんを置いていってはなりません』


 付喪神つきのpi=poの噂は、アンジェリカやサルーディーバも聞いていた。ルナの困った顔は、ルナもこのことに対処できていない、いい証拠だった。


「いつからついてきてた?」

「最初からだよ。ギャラリーにもいたでしょ」


 このpi=poは、ギャラリーでも拝殿でもいっしょに柏手を打っていた。普通の顔で紛れ込んでいた。アイスこそ食べなかったが――。

 ミシェルは言った。


「いいじゃん。エアコンもついてるし」

『そうです。ちこたんには、エアコンがついています。あなたのお部屋を涼しくします』

「pi=poって、こんなにしゃべったかしら……?」


 カザマが不思議そうに、ちこたんを覗き込んだ。

 ピエトが「たぶん、ちこたんだけだと思うぜ」と言った。「学校のpi=poはそんなにしゃべんねえし」


「普段は、防犯機能があるから、外には出たがらないんだけど……」


 今朝、ルナが出かけようとすると、ついてきてしまったのだ。「帰りなさい」といっても、『ちこたんを置いていってはなりません』とルナの胴体にしがみついた。それでしかたなく、連れてきてしまったのだった。


「付喪神つきなら、連れていけ」

 ペリドットも気にしていないようだった。

「なにか察するところがあるんだろう。役に立つかもしれん」


『ちこたんは、お役に立ちます』


 そういってから、『電源を節約します』と、ピエトのバックパックを勝手に開けて、中に入り込み、スリープモードになった。エアコンももちろん切れた。


「ほんとマイペースだよなぁ、この機械!」


 ピエトは急に重くなったバックパックを横目で眺めて、眉をへの字にした。


「飼い主に似てんだよ」


 パパが代わりに持ってくれた――ピエトのバックパックには、携帯食料と水も入っている。そこにpi=poだ。けっこうな重さだった。


「いつ出発するんだ?」

 そうだ、いつまでもここで涼んでいるわけにもいかない。

「午後四時半か」

 アントニオが腕時計を見て、窓の外を眺めた。

「昼間が長くなってきたのは助かるが、ノワが動くなら、夜になる前だ。急ごう」


「それもそうですが――今日は、夏至です」


「げし?」


 カザマの言葉に、ルナは首を傾げた。


「ええ。地球の暦にあります。この宇宙船は、地球のある島国と同じ暦でできていますから――今日は、もっとも昼の時間が長い、夏至という日になります」


「今日は特別な日ってわけか。なにやら意味ありげだね」

 アンジェリカがニヤリと笑った。


 遊園地でまず一番にすることは、「セパイローのお庭番」であるノワを探すこと。

 そして、「セパイローの庭」に案内してもらうことだ。

 バンビが言っていた、封印を解く――それが、どのくらい時間がかかるのかは、分からない。

 少なくとも、今日中に解決できるとは、だれも思っていない。


「見ろ」

 みんなで手分けして園内を探そうと、ペリドットがZOOカードを展開したときだった。

「あちらさまから、来てくれたぞ」


 ガラス張りの扉の向こうに、ノワが立っていた。肩にファルコを乗せて。

 世界(ムンド)の呪文を唱えてもいないのに、遊園地はみるみる、ZOOカードの世界に変貌していく。


「のわ」


 ルナの声とほぼ同時に、ノワは背を向けた。

 ――ついてこいと、言っているように。


「行くぞ」


 ペリドットの一声で、出発した。ZOOカードボックスは、ペリドットのアムレトの中に消えていく。


 バンビが、信じがたいものを見る目でそれを見つめ――白目を剥きかけて、セルゲイに叩き起こされた。


 廃墟だった遊園地は、すっかりZOOカード世界に変貌したことを示すように、そこかしこに動物が歩いている。バンビは表情をまるごと凍らせたまま、扉前でたたずんだ。


「早くいけ」


 出口を詰まらせていたバンビを、グレンが押し出す。

 やっと全員がりんごの建物を出た――ルナが振り返ると、リンゴの建物は休憩所になっていた。はためくアイスクリームとコーヒーの旗。

 まるで、紅葉庵だ。


「なにが――起こったの?」

「わぁあ……っ!!」


 廃墟だったはずの遊園地が、リリザさながらの遊園地に変貌した結果、動揺してあたふたしているのはバンビで、目を輝かせたのは、ルシヤだ。


「すごい!! リリザみたいだ!!」

「このあいだは、こんなふうになっていたんだね」


 前回は、遊園地の門前に置いて行かれたセルゲイとアントニオは、感嘆して辺りを見回した。カザマとサルーディーバは、特に驚いた気配もない。


「慣れてくれ。ルナちゃんといると、こういうことは日常茶飯事なんだから」


 クラウドに言われ、バンビは半腰で、ガクガクと首を縦に振った。どんなことが起きても動揺しないと決めていたのに、もうこれだ。

 めのまえを過ぎていく、仲が良さそうな「クマ」の親子に、バンビはふたたび白目を剥きかけた。


「気絶するなよバンビ!!」


 ルシヤは分かったものだ。バンビのへっぴり腰を、一度スパーン! と叩いて正気付かせてから、その手を引っ張って、ノワを追いかけた。

 遊園地にはいまさら驚かないが、別のことで驚いている者は、約一名、いた。


「ちこたんもついてきてる!?」


 ルナは叫んだ。

 なんと、ZOOカード世界に、ちこたんも来ていたのだ。「魂」である動物の姿でなく、pi=poの形のままだったが。


「付喪神だっていうなら、来れるだろう」

 ペリドットはあっさり言った。


「だ、だって、イアラ鉱石は――?」


 ピエトがちこたんの背後を指さした。ルナが覗き込むと、ちょうど、充電器の近く――紐が引っかけられるような個所に、可愛いイチゴ型の白イアラのストラップが、ちょんと括りつけられていた。


「だれがつけたの!?」

『ちこたんが、自分でつけました』

「……これ、ネイシャが買ったやつなんだよ。なくしたっていってたけど、ちこたんが取ったんだな」


 ちこたんは、わたしじゃありません、という顔でツーンと横を向いている。


「それで、ネイシャちゃんは来られなくなったんだね」

 ルナが言うと、ちこたんは、さっさとバックパックに隠れた。

「しょうがないな。あとで、ネイシャちゃんには同じものを買って弁償しよう」

 ルナはあきらめた。

「それにしても、よく白イアラがないとここにこれないって、知って……」

「おい、置いていくぞ」


 ぐずぐず、リンゴの建物の前にいた三匹は――ルナとピエトとちこたんは、それぞれ、所持された。アズラエルと、グレンに。


 ノワは、消えては数メートル先で現れ、消えては現われることを繰り返しながら、一行を導いた。


 ノワの存在も、ルナたちの存在も、見えていないのか、はたまた動物の姿で見えているのか――行き交う動物たちに、不審な顔で見られることはなかった。




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