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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~カサンドラ篇~
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39話 おおきなウサギの木の下で 1


 ルナは目が覚めた。

 カーテンのすきまから、まだ薄暗い外が見える。

 横を向くと、アズラエルの胸板が、規則正しく動いている。まだ起きていない。


 よかった。

 マジたすかった……。


 自分は寝言も言っていないようだったし、アズラエルが起きている様子もない。


(グレンの名前でも呼んでいたら、アズが怒るような気がします!)


 とにかく、アズラエルはグレンが嫌いだ。嫉妬というよりか、とにかくグレンが嫌いなだけだった。とにかく、関わり合いになりたくないらしい。

 天敵、といっていたし。

 ルナも最初は、どうしてそんなに……と思っていたが、みんなの「過去の夢」を見てからは、それも無理はないと思ったのだった。

 ちなみに、ルナの携帯に入っていたグレンとセルゲイの連絡先は、勝手に彼が消した。


 ルナは、絡んでいたアズラエルの重い腕をうんしょと上からどけて、起き上がった。


 こんな時間に起きたのは、いつぶりだろう。

 ルナが腕を持ち上げると、アズラエルも目を覚ました。ルナが身動きすると、アズラエルはすぐ起きてしまう。習性で、熟睡はできねえんだ、と彼は言った。

 アズラエルは、本当は、だれかと一緒には眠れないのだそうだ。なぜなら、人の気配があると眠れないから。長く付き合った女性とも、一緒のベッドでは寝ていなかったそうだ。

 それなのに、ルナとは一緒に寝ても平気だ。


 そう――驚くべきことに、再会したあの日から、ふたりは一緒に寝ているのだった。


 せまい部屋に無理につめこんだダブルベッドは、それだけで部屋がほとんど埋まった。


(これじゃ、恋人同士みたいじゃないか)


 ルナはプンスカした。

 ルナのなかでは、まだつきあっていないことになっている。

 みんなに言えば、だいたい、「何を今さら」と言われることが分かり切っていたが――。

 実際、一緒に寝ているだけで、なにもない。


「起きるのか? ――まだ早ェだろ」

「トイレ!」


 薄眼をあけて、アズラエルがうなずいた。また目を閉じる。


 ルナは寝る前に着ていたカーディガンを羽織って起きて、リビングへ行って、自分のものが収納してある引き出しから、宇宙船に入船したときもらった固いカバーの日記帳を取り出した。


 ルナはリビングのテーブルに日記帳を広げると、必死でさっきの夢の内容を思い出そうとした。


 そう、最初はミシェルとK37区のバーにいて――。


(あれは、キラのお母さんだったのだ)


 セルゲイを救出した軍のバスにいた「キラ」は、キラでなく、キラの母親、エルウィンだった。

 そして、デレクとキラのお母さんは、軍人時代の同僚だったのだ。

 連想ゲームのように、つぎつぎ思い出したことを書き連ねる。

 デレクとキラのお母さんは、L47の孤児院の事件で、セルゲイを救出した。


(アンジェに聞いてみようか)

 ルナが見た夢の意味を――。


 隣のページに書いてある、ツキヨおばあちゃんのこととバブロスカ革命のページをながめ、ルナは嘆息した。


(どうやって、アズに切り出したらいいかな)


「どうした。朝っぱらから眉間にしわ寄せて」

 アズラエルがあくびをしながら起きてくる。ルナはあわてて日記帳を閉じた。

「……どうした?」

 アズラエルが、怪訝(けげん)そうにルナを見た。そして日記帳に気づき、首を振った。

「見てねえよ、心配するな」

 そしてそのまま、キッチンに水を飲みに行ってしまった。


(ちがうんだけども)


 ペンギンみたいな動き方をやめて、ルナは肩を落とした。

 いきなりこんなことを言っても、びっくりするだけかもしれない。


(あたしがツキヨおばあちゃんのことを言っても、どこで知ったんだって聞かれるだろうな)


 あの不思議な夢のことを、どう説明していいか分からないルナだった。信じてもらえない可能性のほうが大だし、薄気味悪く思われるかもしれない。

 それに、勝手にアズラエルの過去を見てしまった罪悪感もある。知られたくなかったこともあったかもしれない。


(そのうち、いえるときがくるかな)


 バブロスカのこともだけれど――アズラエルのおばあちゃんと、あたしは仲がよかったんだよって。

 今、ツキヨおばあちゃんは、L77にいるんだよって。


(こういうだいじなことは、いうタイミングに気をつけなきゃ)


 ルナは、アズラエルの背中を見ながら、そう思った。

 気を取り直して、ぱたぱたとカーテンを開けに行く。

 アズラエルは、ルナの不審なペンギンダンスは気にも留めず、「五時か。朝メシ作るか。あいつら、七時にはここを発つって言ってたな」とぼやきながら、頭をかきかき、寝室にもどっていった。


 四人で早々と朝食をすませ、ロイドとキラを乗せたタクシーを見送った。

 タクシーの姿が見えなくなったあたりで、腕時計で時間をたしかめたアズラエルは、いきなりルナに告げた。


「今日から三日ほど留守にする」

「え!?」


 ルナのウサ耳がビーンと立った。


「仕事でリリザに行くんだ」

「リリザ!? おしごとで?」


 なんのおしごと!? ペンギンウサギはパタパタと手をバタつかせた。

 あたしも行きたい! と言いかけたが、その言葉を予想していたように、アズラエルは釘を刺した。


「おまえを連れて行ってもかまわねえんだが――むしろ、ホントなら、おまえがいたほうが、ダニーも喜ぶかもしれねえんだが」

「ダニー?」

「石油王の息子」


 石油王ムスタファの息子、ダニエルは体が弱く、ほぼ寝たきりで、外出することはあまりない。もちろん彼もリリザを楽しみにしているが、この宇宙船が到着するころにはあまりの人出で、ゆっくり観光はできないだろう。だから、時期をずらして観光することに決めたらしい。


「親父さん、リリザの遊園地、ひとつ貸し切ったんだ」


 セレブのやることは違う。ルナは口をあんぐりと開けた。


「ダニーは俺とロビンがお気に入りだから、ボディガードにつくことになった」

「あたしも、そのダニー君と遊ぼうか?」


 ルナは期待を込めて言ったが、その言葉はアズラエルの予想通りだったようだ。


「ダニーも喜ぶだろうよ――だが、そのロビンってヤツが食わせものだ」

「くわせもの?」

「アイツが口説かない女は、この宇宙に存在しない」

「宇宙!?」

「おまえを見たら、確実に手を出す」

「それはアズの考えすぎかも?」

「グレンの百倍は強引で、クラウドの一千倍は口がうまくて、セルゲイの一億倍は人当たりがいい。女限定だが――そして、俺以上に好みが幅広い」


 アズラエルは、ルナの口が開けっぱなしなのを見て、笑った。


「心配するな。リリザに着いたら、ちゃんと連れていくから」


 あっというまに、アズラエルは行ってしまった。


「グレンやセルゲイのとこには行くんじゃねえぞ――それに、アイツらが来たら追い返せ。すぐわかるからな」

 という(おど)し文句を残して。


 ルナはふたたび口をまあるく開けた。やっと帰ってきたのに、またアズラエルは出かけてしまった。

 ルナはしかたなく、携帯電話のメモを見つめた。


「タキおじちゃんに紹介してもらったお店、行ってみようかな」


 エトランゼというケーキ店に、ラーメン屋さん。アズラエルが帰ってきたら、逍遥亭(しょうようてい)に行ってみよう。リリザの情報もゲットしなきゃ。

 ルナの脳みそは、すっかり観光気分に塗り替えられた。


「そうだ! レイチェルいるかな」


 レイチェルとシナモンを誘ってケーキ店に行こうとしたルナは、ウキウキ顔でジニーのバッグを携えて、玄関のドアを開けた。


「サルーディーバさん……!?」


 開けたらいた人物の正体に、叫びこそしなかったが目を丸くしたルナは。

 思いつめた表情で遠慮がちに一礼する彼女に、「あたし、これからでかけるんです」とは言えなかった。

 彼女のほうが先にルナの装いに気づいて、「おでかけですか。では、出直します」と(きびす)を返しかけたのを、ルナのほうが引き留めていた。

 まだ、レイチェルとシナモンに、誘いの言葉はかけていない。


「ど、どうぞ」


 バターチャイはつくれないが、ロイヤルミルクティーに黒糖をいれたものをルナはつくり、サルーディーバに出した。バターこそ入っていないが、似た味のはず。


 彼女は「いただきます」と小さく礼をして、カップに口をつけた。そして。

「突然の訪問、申し訳ありません」

 とふたたび謝った。


「い、いいえ――あの」


 サルーディーバが、ルナになにか話したがっているのは、椿の宿(つばき やど)にいたころから分かっていた。しかし、アントニオがそれを止めていた――気がする。

 サルーディーバは、つめていた息を吐いた。


「アズラエルさんは」

「あ、あずは、おでかけしました……」


 ルナは言い、何の用件で来たのかな、と思って、「あの」と言ったら、サルーディーバも「あの」と言った。ふたりの「あの」は重なった。

 決まり悪げに押し黙り――サルーディーバが先に口を開いた。


「あなたにとっては、途方(とほう)もないことばかり起きているのでしょうね」


 サルーディーバは、苦笑気味につぶやいた。


「しかし、どうか、わたくしを助けると思って、お話だけでも聞いてくださらないでしょうか。お話を聞いてくださるだけで十分です。あなたは、助けたとは思わないかもしれないですが、わたくしにはそれだけで十分のような気がします。わたくしは、だれにも話せなかったのです。それだけに、ずいぶん苦しい思いをし続けてきました」


「……なにもできないかもしれないですけど、聞くだけなら」


 ルナはそう言った。それしか、言えなかった。しかし、サルーディーバは、ほっとした顔をした。


「わたくしが宇宙船に乗った経緯(けいい)からまず、あなたにお話ししなければ」


 サルーディーバは、安心したのか、緊張に張っていた肩がすこし下がった気がした。


「“サルーディーバ”という存在について、どれほど知っておられますか」


 そう聞かれて、ルナは考えた。


「ええっと、学校で習った分くらいしか――ごめんなさい」


 世界規模で有名な生き神さまであり、L03の象徴、というくらいしか知らない。

 サルーディーバはそれを聞いて微笑んだ。


「いいえ。謝らないでください。ご存じないのも当然です」


 そして、すこし考えてから、つづけた。


「……わたくしは、L03で、百年に一度生誕する、特別な予言者として生まれました。“サルーディーバ”というわたくしの名は、ひとびとが地球からL03に移住したおりの、最初の大長老の名です。大長老と言うのは、L7系あたりでは首相に当たりますね。“偉大な者”という意味で、代々、選ばれた予言師のみが、その名を受け継ぐことができるのです。生誕まえから、わたくしはその名を受け継ぐことが決まっておりました」


 ルナは、自分が何者と話しているのか、わからなくなってきた。

 なぜ自分が、彼女を助けられると、そう思えたのだろうか。


「わたくしの天命にも、そうした役割にも――いっさいの迷いも疑問もなかった。しかし、三年前のとある出来事以来――わたくしの中のなにかが崩れてしまったのです」


 サルーディーバは目を伏せた。


「わたくしには、今もってわからないのです。“あの出来事”のなにが、わたくしをおかしくしてしまったのか。たしかにわたくしは、心を激しく乱されました。でも、それは、生まれて初めて、ひとがめのまえで死んでしまうかもしれない――なにしろ、戦争というものを身近で体験したのも、――あのような大怪我人を目の当たりにしたのはそれが初めてだったものですから――そのショックがわたくしの心に衝撃を与えたのだと、そう思い込んでおりました。でも、ちがったようなのです。

 そのあとも、わたくしは身近な人の死も、幾人かの死も、見届けてまいりました。戦もありました。大勢のけが人を、治療したこともあります。しかし――あのときほど――このように、何年も調子を崩すほどのショックではなかったように思えるのです。

 諸事情あって、わたくしはL03で、ほとんど蟄居(ちっきょ)状態だったのですが、L03以外の予言――L5系列の大企業のゆくすえなどは見てまいりましたし、サルディオーネの力も借りて、為すべきことはこなしてきましたが――そう」


 サルーディーバは思い切ったように、ルナの目を見つめて言った。


「わたくしは、予言の力をなくしてしまったのです」



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