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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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316話 幸運のペガサス Ⅳ


 さて、こちらはL20の軍機。


 フライヤが、アラン・B・ルチヤンベルの資料を手に入れたのは、ルナたちが絵を見に行って、どうのこうのしていた時期より、数ヶ月まえにさかのぼるわけだが。


 彼女のほうにも、なにやら奇跡が起こっていた。


 早朝、一時間のタイムリミットを設定して、アルフレッドから送られた資料――聞き書き――を読み始めたフライヤは、集中していた。


 設置型pi=poが鳴らしたアラームにも、ノックにも、『お客様です』というpi=poの声掛けにも、まったく気付かなかった。耳は音を拾っているが、あまりの集中に、脳が認識していない、といったところだろうか。


「入るぞ」


 サンディ中佐の姿を室内に認めて、フライヤは慌てて立って敬礼した。


「敬礼は、わたしのほうがするわけだが」


 サンディは冷静に敬礼し、フライヤの周囲に散らばった紙片と、二台のパソコンと端末と、ずいぶん散らかったデスクを見据えてから、軽く嘆息した。


「なにか調べものか」

「あっ、は、はい!!」

「本日の朝会は滞りなく済んだ。特にいますぐ片付けねばならん案件もなさそうでな――スターク中尉があなたの代理を果たした」


 フライヤは、時計を見て青ざめた。朝の会議を、すっぽかしてしまっていたわけだ。アラームを無意識に止めてから、一時間たっている。

 けれど、サンディがそれをとがめることはなかった。


「なんの調査だ」

「あ、は、」

「もしかして、アラン・B・ルチヤンベルか?」


 フライヤは息を呑み、「サンディ中佐は、ご存知でしたか?」と聞いた。

 サンディは即座に否定した。


「いや。だが、今朝の会議で議題に上がった。アズサ中将が昨夜のうちに、ミラさまに報告して、資料を取り寄せてくださっている――おそらくそのことかと思ってな。なるほど」


 サンディは、パソコンの資料を覗き込み、満足げにうなずいた。


「フライヤ、あなたは戦に関しては素人だ。だが、ミラさまは、あなたのその先入観のないところと、勤勉さに賭けている。――未知の領域に踏み込むとき、調査は一番大事だ」

「は、はい!」

「マクハラン少将は昨夜のうちに本船を離れた。しばらく、気のすむまで調査するといい。その能力を飼われているのだからな――雑務はこちらでしよう。権限はある」

「あ――は、あ、ありがとうございます!!」

「pi=poがあるから、飢え死にの心配もなかろう。睡眠はとれ。週に一度は、調査の進展を会議で報告するように――では」


 サンディは律儀に敬礼し、さっさと部屋を出た。

 フライヤは、大手を振って調査しろと言われたわけで――こんな幸運はなかった。彼女は、ドアが閉まるか閉まらないかのうちに、ふたたびパソコンにかじりついていた。


 アルフレッドが寄こした資料は、素晴らしかった――彼が小説と言った通り、ただの聞き書きにしては、ずいぶん熱意ある文章と構成で、大作と行ってもいいほどの内容の一大活劇ではあったのだが、それだけではない。


 軍事的に注目すべき点もじゅうぶんあった。

 中でも、ナグザ・ロッサ海域。

 例の、アラン・B・ルチヤンベルが活躍したという海戦の場だ。


 ナミ大陸南東、島と島に挟まれたその海域では、不思議なことに、午前と午後で海流が逆になる。潮の流れが真逆になるのだ。その海流と、地元の漁師たちを味方につけたルチヤンベル&ロナウド軍が、マッケラン&ドーソン軍に圧勝した。


 その海戦で、マッケランの総大将であるミカレンが戦死した。


 軍勢の規模は圧倒的にマッケランとドーソン側が上だったが、総大将は戦死、ドーソンの総大将セルゲイは、すでにラグ・ヴァダ惑星群へと出立していた。


(ナグザ・ロッサ海域で戦になったら、この情報は役に立つかもしれないけど……)


 アランの手柄とは、ナグザ・ロッサ海域の潮流の秘密を知る、漁師たちを味方につけたことだった。


 しかしアランは、海流のことをミカレンにも教えている。知っていながら、その海流に誘いこまれたミカレンの行動は、不思議と言えば不思議だが、ドーソンの総大将セルゲイをラグ・ヴァダに出立させるための、時間稼ぎだったという話もある。


 それに、すでに地球を裏切り、アストロス側についていたミカレンは、アストロスで散るつもりだった――さまざまな説はあるが、どちらにしろ、ミカレンはかの地で生を終え、ミカレンの軍はロナウドとアランの連合軍に負けた。


 もともと、アランはミカレンに呼ばれてアストロスへやってきたのだ。マッケラン側の軍人であり、ミカレンに後事を託されたがゆえにロナウド側に回り、生き残った。


 戦後、セルゲイとミカレンの名誉回復にも一役買っている。


 アランは、アストロスの戦後の復興を託され、従事するはずが、その活動も半ばに、ラグ・ヴァダへと移動したロナウドに呼ばれ、アストロスを発っている。


 アランはおよそ十年間、アストロスに残っていた。その十年の間に、ロナウドとアーズガルドは、地球軍として、ラグ・ヴァダで権勢をふるっていた。


 アランがラグ・ヴァダについたとき、彼の出る幕はなかった。


 曖昧にしか書かれていないが、アランはおそらく、ミカレンの名誉回復と引き換えに、L46に赴くことを了承した――。


 かなり複雑なやりとりがあったことはちがいないが、この記録から読み取れるのはそのくらいだ。


(アストロスに、アランの功績が残っているのかな……)


 フライヤは、「おまえがアラン・B・ルチヤンベルか」と言われたことは、知らない。彼女には聞こえていなかった。あの言葉を正確に聞いたのは、アズサ中将のみ。しかし彼女は、フライヤが、ルチヤンベルの末裔か、縁者だと勘違いした。


 ここに、ルナあたりがいたら、「アラン・B・ルチヤンベルさんの生まれ変わりだー!!」とウサ耳を跳ね上げていただろうけれども。

 それをフライヤに教えてくれるだれかは、ここにはいなかった。


(――これ以上のことは)


 聞き書きを読み終わったが、フライヤの胸の内では困惑が広がるばかりになった。

 ナグザ・ロッサ海域のことは、明日会議で報告するとしても、どこで戦をするにせよ、アストロス側に地の利があることは明白だ。メルーヴァには、不利だろう。


(ううううん……)


 フライヤは頭を抱えた。

 根本的に、なにか間違っている気がしないでもない。


 アストロス側は、L20の助力を拒否した。それは、アストロスの防衛隊が、自力でメルーヴァと対決するから、援軍はいらないといっているわけではない。


 フライヤには、そんな気がしてならなかった。


 スペツヘムの言った「アラン・B・ルチヤンベル」の名。

 そして、三千年前、アストロスで唯一起こった戦争は、まさしく「神話」だった。


 フライヤは、ひとつの可能性を、何度も頭を振って否定した。だが、消えてはくれない。


 ――もしかして、アストロスで、三千年前と似たような戦争が、ふたたび起こるのでは?


 聞き書きにあったのは、光化学主砲すら消滅させる武神の存在。


 けれど、地球人だってバカではない。移住する先を破壊したのか、話し合いでの解決はできなかったのかと、アーズガルドはかなり叩かれた。


 政府のいうことは事実か。


 ほんとうにアストロスの民は蛮人か、ほんとうにそうなのか――時間が経てば経つほど、年月が経てば経つほど、人は疑問に思う。

 文明人なのだ。だまって政府の話をうのみにする地球人などいない。


 真実を知るために、たくさんの民間企業がアストロスに渡ってきたのは、戦後しばらくたってからだけれども。


 アストロスは、人が居住できる星は一星のみ。人口過剰のすえに移住を決めた地球人には、たくさんの居住星があるラグ・ヴァダのほうが魅力的だったのはたしかで、アストロスに移住した地球人はわずかだった。


 だが、アストロスが「真の理想の星」だと分かっていた地球人も多くいた。

 神が守る、平和で愛に溢れた、素晴らしい星。


 そんな星が、同胞の愚かな行動で汚されたことに、苦しんだ地球人もあったのではないか――フライヤは、アランもそうだったのではないかと思った。

 アランは、アストロスの弟神と親しく、戦争を回避する方法を探っていた。

 結局、弟神は戦で死に、自分は上役だったミカレンに、あとを託されてしまったのだけれど。


 ラグ・ヴァダから来たメルーヴァが、この神話にあった「ラグ・ヴァダの武神」と重なる。

 L20は、いったい、何をしに行くのだ。

 方法を間違えば、アストロスを破壊し、汚した「地球軍」と同じになりかねないのではないか。

 もし、この神話が実現したなら――それは神々の戦いであって、ひとが介入する隙間は、どこにもない。

 しかし、この推測は、とてもではないが、軍議で話せるものではない。


(スペツヘムさんと、話さなきゃならないわ)


 彼の本音は、まったく見えていない。アストロス全体の本音すらもだ。

 L20は戦争をするつもりでアストロスに向かっている――その姿が、地球軍の姿と重なる。

 ミカレンになってはならない。ロナウドにも、アーズガルドにも。ドーソンにも。

 フライヤが、望む道は。


 ――アランならば、どうした?


 2月にL20を出航した軍事宇宙船が、地球行き宇宙船を追い越し、アストロスに到着したのは4月半ば。


 スペツヘムとの面会はすぐには叶わず――けれど、フライヤがふたたび彼の顔を見たのは。

 彼の葬儀だったなど。


 この時点では、だれも予想していなかった。




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