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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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313話 幸運のペガサス Ⅲ 3


「フライヤ、貴様、ルチヤンベルの親族か?」

「――え?」


 フライヤはようやく、スペツヘムがそれらしき名を口にしていたことを思い出した。頭が真っ白だったせいでほとんど聞き取れなかったが、たしか、そんな名を。


「貴様がルチヤンベルの親族であれば、ウィルキンソン家との婚約も、難しいところはなかったのではないか? 今度の行軍も、メルフェスカの姓で行くよりは――」

「えっ? あっ、すみません……わたし、スペツヘム将軍の言葉がちゃんと聞こえなくて……」


 アズサは、はっきりと言った。


「おそらくあの男は、貴様をアラン・B・ルチヤンベルの親族と思ったのではないか」

「ア――アラン・B・ルチヤンベル?」

「知らんのか?」


 本気で首を傾げたフライヤに、アズサは肩をすくめた。


「いやしかし……ルチヤンベルの親族ともなれば、今度はロナウド家と面倒なことになりそうだな。そうか……貴様は知らないのか」

「はい。知りません」


 フライヤもはっきり答えた。


「エルドリウス殿も?」

「そ、それは、わかりません……。でも、エルドリウスさ、お、夫からは、一度も聞いたことは、ありません」

「そうか。貴様も、聞き覚えのない名なのだな?」

「は、はい。初めて聞きました……」


 フライヤは素直にうなずき、「ど、どんな人ですか? 軍人なんですか?」と聞いた。

 すると、予想外に、アズサはくわしく教えてくれた。まさか話を続けてくれるとは思わなかった。


「アラン・B・ルチヤンベルは、太古――まぁ、三千年前にもなるか。アストロスで活躍した、地球の軍人の名だ」


「――えっ!?」


「おそらく、さっき司令官室にいた者はだれも知らんだろう。マクハランもな。あれの家は、L20でも比較的新しい貴族軍人の家系だ。戦功でのしあがった家だからな。わたしのトリーマン家は相当古いのでな。もともと、マッケランの分家筋なのだ。三千年前からL20にいる」


 フライヤは、アズサの階級章の中に白鳥の紋様を見つけ、あっと口を開けかけた。同じ紋章を許される分家筋だ。よほど近いのだろう。

 アズサは、考え込む顔をした。


「ミラさまは、貴様がルチヤンベルの縁故と知って、今度の総司令官を任せたのだろうか? だとすれば、また話が変わってくると思うが――まぁ、知らなければよい」

「えっ、あの、では、ルチヤンベルは結構有名な家系で……?」


 アズサは声を低めた。


「アストロスで唯一起こった三千年前の戦争で手柄を上げたが、その手柄をロナウド家が戦時中の混乱ついでに、ぜんぶ奪い取った――という話だ」


 フライヤは息を呑んだ。


「手柄の横取りがなければ、軍事惑星をつくったのは、ドーソン、マッケラン、アーズガルド、ルチヤンベル、の四名家だっただろうという話でな……まぁ、大昔のことだ。今さら言ってもはじまるまい」

「……」


 フライヤは、そんな話を自分にしてしまっていいのかと戸惑ったが、よく考えれば、たしかに三千年前の話なのだった。ロナウド家には多少不都合なところがありそうだが、ここにロナウド家の者はいないし、フライヤも、会ったことはない。


「ではな。次回の軍議で。――そうそう。サスペンサーも言っていたが、貴様の腰の低さは少し改めた方がいいな。今回は上手くいったが、大抵は舐められる。交渉のときは不利だ。まず、背を丸めるな」

「はい!」

「上背はある方なのだから、胸を張れ。会釈するな。意識して、尊大すぎると思えるほどの態度を取れ。貴様は、そのほうがちょうどいい」

「は、はい!」


 アズサはすこし微笑んで、去っていった。


 フライヤは感謝のあまり、アズサの姿が見えなくなるまでお辞儀をしたままだった。


 アズサ中将がいてくれたおかげで、どれだけ助かっていることか。彼女がいなければ、今ごろフライヤはとっくに更迭されて、L20に帰っているかもしれない。


 それだけ、マクハランの当たりはきつかった。いや、マクハランだけではない。傭兵上がりであるフライヤを見る目は、当然のように厳しい。


 だからこそ、アズサの配慮で、軍議はあれだけのメンバーで行われているのだった。全体会議のときは、フライヤはほとんど発言しない。


 下手をすれば紛糾しかねないからだ。フライヤのいうことなど聞きたくない貴族軍人は、山のようにいる。アズサが押さえているし、サスペンサー大佐やサンディ中佐の実績、そして何よりも、ミラが直々に指名したからという理由で、フライヤが総司令官になっていられるのだ。


 フライヤは、たしかにサスペンサー大佐の下で手柄を上げたが、あれだけでは実績にもならない。フライヤはポッと出の傭兵上がりで、長年激戦地で功績をあげたわけではないのである。まだ、スタークのほうが、実績はある。


 ミラがフライヤを抜擢(ばってき)したのはほとんど賭けで、本来なら、総司令官になるような立場と実績などないことは、フライヤだって自覚している。


 先が思いやられる――いざ、アストロスで実戦の指揮を執ることになったとき、果たして、最善の策を実行できるだろうか。みんなは、フライヤの指揮に従ってくれるのだろうか。


 沈みそうになりながら、トボトボ、フライヤは自室を目指した。


 今日はもう休息だ。フライヤは自室にもどりながら、山積みの案件のことを考えていたが、どうにも、アズサの言葉が頭から離れない。


 アラン・B・ルチヤンベルの名が。


 それでも、少しは休まなければと思って、自室に入ってベッドに腰を下ろした。


 昔から、体力だけはあるので助かっている。

 運動オンチだし、傭兵としての仕事はほとんど向いていなかったが、行軍にだけはついていけた。丈夫な体――特にこの足のおかげだった。足だけは丈夫なのだ。みんなが脱落する軍事演習の行軍も、なぜかついていくことができた。

 コンバットナイフも格闘戦も、銃器の扱いも素人以下だが。

 フライヤはもうひとつ、頑丈な自分の足に感謝して。

 シャワーを浴びようと、着替えを取りにクローゼットに向かったところで、はたと気づいた。


 アズサは、なぜ「アラン・B・ルチヤンベル」という人物を知っていたのか――それは、彼女のトリーマン家が、マッケラン家と濃い親戚筋だからだ。


 では、マッケラン家の人は、アラン・B・ルチヤンベルを知っている?


 ミラに尋ねるには、あまりに唐突過ぎるだろう。だが、スペツヘムが受け入れの体勢に入ったのは、あきらかにアラン・B・ルチヤンベルという人物が関係している。


 パソコンの前に座ったフライヤの脳裏にひらめいたのは、本当に、思いもかけない人物の名だった。


 アルフレッド・O・デイトリス。


 かつて、バンクスの行方を追って、ウィルキンソン家に来た双子の片割れ。あれ以来、おそろしく少ない頻度(ひんど)ではあるが、メールのやりとりを交わす仲になっていた。


 彼は、マッケラン家で、史記を読んだといっていなかったか?

 しかも、大公ツヤコ元少将から、直々に、アストロスの大戦の話を聞いたと――。


(アストロス!)


 それを思い出したとたんに、フライヤは携帯電話の番号を押していた。呼び出し音が鳴り始めて、やっと慌てふためいた。

 L52は今何時だ?


『はいっ! アルフレッドです!』


 存外元気な声が聞こえてきた。時差をたしかめるために、一度切ろうとしたところだった。


「こっ、こんにちは! フライヤです!」


 フライヤはあわてて、一オクターブ以上高い声で返事をした。背はピシーンと伸びていた。アズサに、このくらい胸を張れと言われたくらいには。


『こんにちはってことは、フライヤさんの居場所は昼ですか?』


 明るい声だ。背後には喧騒(けんそう)らしき雑音が。


「あっ! えっ――ええっと、すみません、まちがえた。今は夜なんです。もうすぐ午前一時になるところで――ああっ! すみません、いきなり電話して、アルフレッドさんは大丈夫でした!?」


 緊張でフライヤはパニックを起こした。まさかこんなに早く電話を取ってくれるとは。

 照れ笑いか、苦笑みたいな笑みがあったあと、アルフレッドは言った。どうやら歩きながら話しているようだ。電車のアナウンスが聞こえてくる。


『大丈夫です。こっち、午後十一時を回ったところです。僕はバイトの帰り』

「バ、バイトだったんですか。お仕事お疲れ様です」

『いいえ。フライヤさんこそお仕事終わりました?』

「は、はい。今日の業務は」


 そういえば、メールのやりとりは何度かしたが、直接話すのはこれでまだ二回目なのだ。

 フライヤは、深呼吸をして、気持ちを落ち着けてから、聞いた。


「あの――ちょっとお伺いしたいことがあるんですけど、いま大丈夫ですか?」

『はい? 大丈夫ですよ』


 アルフレッドは、電車をやめて、歩いて帰ることにしたようだ。電話口から聞こえる雑音が、徐々に遠ざかっていく。


『――アラン・B・ルチヤンベル?』


 アルフレッドが歩みを止めた気配がした。電車に乗り損ねさせてしまったことを詫びようとしたフライヤだったが、いつまでたっても本題に入れない気がして、思い切って要件を先に聞いた。


「ご存知ですか!?」


 思わず声が大きくなってしまった。あわてて声を低める。


『え、ええ――でも、どうしてその名をフライヤさんが――あっ、僕は、ケヴィンといっしょに、ツヤコさんから、お話を聞いたんです。三千年前の、アストロスの大戦の話なんですけど、』


「え、ええ」

 フライヤは、必死で興奮を抑えた。


『その中に出てきました。でも、そのルチヤンベルって人は、軍事惑星じゃ特殊で? なんだか、戦後、軍事惑星にはいれてもらえなくて――あっ、一度は行ったのかな? でも、追い出されたって話は聞いたんです』

「追い出された……」

『ええ。ツヤコさんのお話では、ナグザ・ロッサ海戦ですごく活躍したひとだったんですけど、ロナウド家――に、手柄をまるっと横取りされて、それで、』


 アルフレッドは言いにくそうに濁した。


『えっ、これって、軍事惑星の人に言ってもいいのかな?』

「だ、大丈夫です、わたし、ロナウド家じゃないので」


 フライヤは慌てて言った。


「その――内容を、アルフレッドさんはくわしく知ってます?」

『戦後のことは詳しく聞けませんでした。でも、アランが活躍したアストロスのナグザ・ロッサ海戦の話なら、聞き書きしたやつがあります』

「えっ!? ホントに!?」

『僕の兄弟のケヴィンが、ミカレンやジェルマンの話を――マッケラン家の英雄の話ですが、小説にしたいと思ってるんです。アミザさんもいいと言ってくれましたし。それで、僕と二人で、ツヤコさんの話してくれた内容をPDFにまとめて、』

「それ――それ、わたしのパソコンに送ってもらうことってできます!?」

『ええ。ちょっと長いですけど。いいですか?』

「いいです! 小説大好きです! ありがとうございます!!」

『しょ、小説っていうほど、ちゃんと推敲してないんですけど――ファ、ファイルで送りますね――パソコンのほうでいいですか』

「はい!!!!!」


 アルフレッドが電話向こうでなにやらガサゴソする音が聞こえて、一度会話が途切れたあと――。


『アラン・B・ルチヤンベルの“アラン”から、ミラ首相のお姉さんは、名前をもらったそうなんです。――あっ! 次の駅! すいませんフライヤさん、あとでメールします!』


 最後にとんでもない爆弾を落として、アルフレッドは電話を切った。


 フライヤが、最後の爆弾の破片を拾い集めながらうつらうつらしていると、いつのまにか朝になっていた。

 半分意識を失っていただけで、まったく寝た気がしない。


 フライヤは起きてすぐ、室内の湯沸かし器に走った。紅茶でも飲んで落ち着きたい。

 自分で淹れようとして、やっと存在を思い出し、「紅茶をいれて」と指令を出した。

 室内の設置型pi=poが、『了解しました』といって五分も立たずに、フライヤお気に入りのカップに紅茶をいれて差し出してくれた。まだまだ、秘書型pi=poのあつかいに慣れないフライヤだった。


 昨夜の直下型爆弾は相当の威力だった。衝撃だった。


 やはり、ミラに尋ねなくてよかった。ミラ首相の姉に当たるアランの話は、すでに本になって出版されているものの、マッケラン家ではいまだにタブーだ。


 しかしフライヤは、その伝記をすでに読んでいた。エルドリウスが持っていたからだ。


 あの本に、ロナウド家のことはまったく出てこなかったが、あんな話を聞いた後では、まさか、「アラン」の名のせいで、アラン様はロナウド家からも疎まれていたのでは? と邪推してしまう。


 フライヤはボサボサの寝ぐせを、鏡の前でなんとか整えた。そして、最近はpi=poがそれすらもやってくれることを思い出した。下手をすれば化粧までしてくれる。


 今日は重要な会議がないから、それほどキッチリ化粧をしなくてもいいかもしれない――と思って、化粧にうるさい人がいることを思い出した。サンディだ。彼女の前ではちゃんと化粧をしないと怒られる――サスペンサー大佐はいつもスッピンなのに。


 嘆息し、昨夜なにひとつできなかった行動をとる――シャワーを浴びて、着替えることだ。


 フライヤはがっくり肩を落とす――シャワーを浴びてから髪を整えるべきだった。なにをやっているのだろう。


 頭の中は「アラン・B・ルチヤンベル」のことでいっぱい。


 もう、全部pi=poにおまかせにしてしまおうか。しかしそうなってしまったら、本当に人間としてダメになりそうだ。


 歯磨きをしながらパソコンを立ち上げ、メールソフトを開いている間に、朝食が届けられた。


 アルフレッドは家に帰ってすぐ送ってくれたのだろうか。膨大な量のファイルが、四回に分けて送られてきていた。


 あと一時間で軍議。


 フライヤは、パンを口に押し込みながら、ファイルを開いた。


『紅茶、もう一杯召し上がりますか?』


 pi=poの声が聞こえた。




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