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キヴォトス  作者: ととこなつ
第八部 ~セパイロー篇~
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313話 幸運のペガサス Ⅲ 2


『スペツヘム・AAA・ベルタヘルムです』


 そこに映ったのは、頬肉までそぎ落とされたような、鋭い輪郭を持った男だった。目だけは爛々(らんらん)と光り、口元には笑みを(たた)えている。

 男は――スペツヘムは、なめらかなL系惑星群の共通語で話した。

 通訳機能のお役目は、この時点で不要になった。

 声は高いほうだ。気難しそうな容貌に反して、口調はひどく柔らかい。


「はじめまして。フライヤ・G・メルフェスカと申します。今度のメルーヴァ討伐軍の総司令官を務めさせていただいています」


 フライヤはそう言って、スクリーンに向かって敬礼をした。

 マクハランははっきり舌打ちし、サンディやサスペンサーもまずいという顔をした。

 フライヤの謙譲は美点だが、腰が低すぎる。

 こちらも対等に渡り合わねばならないときだ。へりくだる態度は、よくない――。


『大変申し訳ありません。お会いするのがずいぶん遅れました。こちらも、住民のアストロス星外への誘導など、多忙なもので』


 フライヤの言葉に返ってきたのは、営業職同士のやりとりのような返答だった。

 思ったより、居丈高(いたけだか)なところはない。皆は拍子抜けしていた。マクハランも少々気がそがれた様子だ。

 双方、軍人同士の会話というにはあまりに柔和だった。

 だが、忘れてはならない――彼は、L20の助力を、はっきりと拒んだ。


『L20の助力、大変感謝しております。つきましては、アストロス太陽系到着後の、L20の逗留地ですが――』


 コンシェルジュのような口調で、スペツヘムは続けた。それを、大声が遮る。


「メルーヴァは見つかったのか!?」

「マ、マクハラン様……!」


 サンディがあわてて止める。

 スペツヘムの頬より鋭いマクハランの大声に、スペツヘムは、ゆるりと視線をそちらに向けた。


『……こちらの方は?』


 マクハランのこめかみに、青筋が増えた。すでにアストロス側に、軍勢の詳細は伝えてあるはず。

 このマクハランを知らんとは!


「ローラ・F・マクハラン少将です。こ、こちらは、アズサ・G・トリーマン中将……」


 アズサの名と階級を紹介した直後、スペツヘムの表情に微妙な変化があった。

 それは、皆が気づけるほどの変化だ。


 フライヤは、画面に映る全員を、スペツヘムに紹介した。マクハランだけが胸を張り、ほかの皆は敬礼をした。


 紹介が終わると、スペツヘムは、フライヤに尋ねた。


『――あなたの階級は』


 フライヤの背に冷や汗が流れた。フライヤは大佐だ。この中で、一番階級が上とはいえない。中将殿をさておいて、大佐が総司令官ともなれば、疑問を持たれるのは覚悟していた。

 一番上の階級の者としか、話をしないといわれたら、どうしよう。


「た、大佐――になり、ます……」


 フライヤの自信なさげな声が、スクリーンを通じて、なんとか相手の耳に届いた。


『大佐……』


 スペツヘムの声が、驚いたように揺れた。


「無理もない」

 マクハランが嘲笑った。

「おまけにそやつは、貴族軍人でも何でもない。傭兵上がりだ。この戦のために駆り出された、傀儡(かいらい)だ」


「マクハラン少将!」


 サスペンサーの焦り声とほぼ同時に、サンディが、スタークのモモをつねった。飛び掛かりそうだったからだ。


『――傭兵』


 いくら遠い星アストロスの民といえど、ラグ・ヴァダの軍事惑星における、軍人と傭兵の身分の差が、分からないわけはあるまい――マクハランはそう思っていた。


「傭兵上がりの大佐、しかも戦知らずとあれば、不安もあろう。このマクハランがL20の代表として、アストロスに赴いてもよい。所詮、フライヤに軍は動かせん」


「マクハラン様――それは!」


 さすがにサスペンサーも言葉をはさんだ。

 フライヤを総司令官に任じたのは、ミラである。


「最大勢力である私の軍は、フライヤの命では動かんぞ! スペツヘムとやら、正しい判断を下すのだな! どちらが長にふさわしいか――」


 状況を見守っていたアズサが、口を挟もうとしたとき。

 スペツヘムが、口を開いた。


『あなたは、この戦いを、どうお考えです?』

「なに?」

 スペツヘムは、マクハランに尋ねていた。

『今度の戦いを、どうとらえていらっしゃる? あなたは、アストロスに来て、どうなさいますか』


 今さらの問いだ。これには、アズサですら鼻白んだ。

 マクハランは胸を張って答えた。


「知れたこと! メルーヴァの捜索と速やかな逮捕! 軍勢があれば我が隊をもって迎え撃つのみ!」


『あなたは?』


 スペツヘムは、アズサに聞いた。彼女は、至極冷静に答えた。


「わたしは、ミラさまの命に従うだけ。フライヤを総司令官とし、宇宙軍を率いて、アストロス周辺の捜索と、警護を担当する。アストロスの地で衝突があれば、援軍として向かう」


 アズサの言葉に、マクハランは舌打ちこそしなかったものの、盛大に顔をしかめた。中将殿には見えない角度で。

 まったく、今回の軍勢はそろいもそろって、威勢がない。


『あなたは?』


「私にも聞くのですか? 私もアズサ中将殿と変わりがない。私は、アストロスの地で直接メルーヴァを捜索することになりますか」


 バスコーレンは戸惑った様子だったが、自分の責務を答えた。


「メルーヴァは、まだ発見には至っていないのですか」


 スペツヘムは、バスコーレンの質問には答えた。


『発見されています。おそらく所在地はエタカ・リーナ山岳。すでにご存知とは思いますが、あそこは、通常人が生息できる場所ではありません。捜索は難航していますが、つづいています』


 しかし、だれかがさらに質問を重ねる前に、スペツヘムはまた聞いた。


『あなたは?』


「私は、戦闘となれば全力を尽くしてメルーヴァ軍を迎え撃つのみです。まずは、アストロスの地を知りたいところですな」


 サスペンサーははっきりと答えた。


 スペツヘムは、サンディとスタークにも聞いた――返事は、ほぼサスペンサーと似通ったものになった。


 最後に、スペツヘムはフライヤに聞いた。


『あなたは?』


 フライヤは、すぐには答えられなかった。なぜなら、フライヤの胸の奥に現れた答えは、おそらくこの場にいる全員に、臆病者とそしられる可能性があるからだった。


 特にマクハランはだまってはいないだろう。これを機に、ミラに上申し、フライヤを更迭――総司令官になってしまうかもしれない。


 けれど、おそらくスペツヘムをごまかすことはできない。フライヤはそう感じた。


 どんな理由であれ、正直に話さねば――返答次第では、アストロスは本気でL20の介入を拒み、太陽系内にすら入れなくなるかもしれない。それでは、ここまで来た航海も無駄足だ。


 しかし、スペツヘムを納得させるような最適解など浮かばない。

 フライヤは、言葉を考えた。精一杯、考えた。


 ミラは、「全面的にフライヤに任せる」といった。そのために、アズサ中将もつけてくれた。

 いざというとき、マクハランという(くい)を押さえる(つち)として。


 フライヤは震えそうになる足を叱咤して、答えた。


「――アストロスの住民の安全が第一」


 スペツヘムの表情は、動かなかった。


「メルーヴァの速やかな逮捕はもちろんですが、もし、戦闘が起きずに済むのなら、その策を取りたいと思います。アストロスの地で、戦争を起こさない。できるなら、それを最善として」


 フライヤの声は後半に行くにつれ、ますます震えた。

 全員の視線が突き刺さっている気がした。フライヤの味方の、スタークやサスペンサーの視線すら、痛い気がする。

 当然だ。フライヤは、サスペンサーたちが手柄を揚げる機会を、根こそぎ奪おうとしているにも等しいのだから。


「きッ……!!」


 予想通りと言うかなんと言うか、マクハランが「貴様!」と怒鳴ろうとした気勢を、アズサが止めた。


「静まれ」


 フライヤは震えていたが、スペツヘムは笑みを浮かべた気がした。


『アラン・B・ルチヤンベル――なるほど。あなたか』


 スペツヘムの言葉はアストロスなまりが入っていたのか、皆、はっきりとは聞き取れなかった。けれど、アズサはその名を拾った。知っている名だったからだ。


「ルチヤンベルだと……」


 その、口の中だけでこぼされた音は、だれにも聞こえない。


『承知いたしました。L20の御助力、歓迎いたします。つきましては、軍の逗留地など、詳細は後日打ち合わせを。その際、こちらでわかっているメルーヴァの情報をお伝えします。アストロス到着後、城塞都市クルクスにて、お待ちしております。――総司令官、フライヤ大佐』


 スペツヘムはそういって、通信を切った。


 ほとんど何の情報も得られなかった、同盟星の総司令官との初会合だったが、実りはあった――。


 マクハラン以外の全員が、そう思った。

 スペツヘムは、フライヤを総司令官と認め、対話の姿勢を取った。

 すくなくとも、このままL20へ引き返すことにはならなそうだ――。


 それが分かったとたん、皆の肩から力が抜けた。アズサでさえ、背に冷たい汗を感じていたほどだった。

 しかし、マクハランだけはフライヤにつかみかかった。


「貴様! 貴様―っ!! なんという! なんという恥さらしな! L20の軍人たちが皆、貴様のような臆病者とそしられかねんことを、よくもッ――!!」


「お放しなさい、マクハラン少将殿!!」


 スタークが間に入ろうとしたのも、マクハランの勢いも、咄嗟に止めてくれたのはバスコーレンだった。


「もともとアストロスは戦争のない平和主義の星です。フライヤ殿の返答は上手かった! あれが相手の本意でもあるのです。お引きください!」

「……っぐ、」

「すくなくとも、アストロス側は受け入れ態勢に入った。これは手柄ですマクハラン少将!」


 サスペンサーも焦り顔で説得したが、頭に血が上ったマクハランは、地団駄を踏んでフライヤを離した。


「フライヤ大佐! 言葉には気を付けろ。ただでさえ士気が低いところにあの言葉はよくない」


 サスペンサーは、マクハランの手前、語気鋭く総司令官を叱った。


「腰の低さも程度がある! 貴様はもう総司令官なのだぞ! もっと胸を張って対等に応じろ!!」


「もっ――申し訳ありませんでした!!」

 フライヤは勢いよく、頭を下げた。


 マクハランの怒りが静まらないことには、これ以上の軍議はできないと判断されたため、一度解散になった。


 フライヤも猛省していた――ついクセで、頭を下げてしまうのだが、自分でも腰が低すぎるのは分かっていた。あの場に、アズサ中将たちだけだからよかったものの、ほかの高官たちが同席していたら。


 フライヤはただでさえ傭兵上がりだ。貴族軍人たちの目は厳しい。いくらサスペンサーやスターク、サンディがかばってくれても、あまりに腰が低いところを見せ続ければ、軍の規律そのものが崩壊しかねない。


 ミラの命令。

 それだけが、フライヤの首をつないでいるのだ。


 咳払いし、すこし背筋を伸ばしてみたフライヤだが、なかなか様にならない。

 しょんぼりとして司令官室を出たところで、アズサがいた。フライヤを待っていたのか。



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